エアコア・ドリーム   作:甲乙

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死神の足音、破綻の声

 

 巨蟲は叫んだ。

 己の内で渦巻く無数の声のまま。無数の声に応え、そして叫んだ。

 叫び。叫び。叫び。

 声はすべてが叫びと化し、叫びのままに巨躯がのたうつ。

 

『守れ』

『戦え』

『殺せ』

 

「そうあれかし」とつくられた。

「そうあれかし」と生み出されたのだ。生み出された筈だというのに。

 巨蟲は叫んだ。

 無数の叫びが止まらない。無数の叫びは歪み、歪んで、何よりも歪んでいた。

 

守れ(ころす)

戦え(ころす)

殺せ(ころす)

 

 巨蟲は叫んだ。

 それはきっと、断末魔に似ていた。

 

 

 

 ▼△▼△

 

 

 

 アイスワームが()いていた。

 全身を軋ませながら蠕動し、嘆くように顔部を空へと向ける。今や一つだけになった破砕機がギチギチと空回りしている。

 

「仕留めたかッ!」

「いや待て、様子がおかしいぞ……」

 

 穿たれた眼孔から立ち上る紅い霧。血飛沫のようなコーラルが消えていき……?

 

「――離れろッ!」

 

 それがウォルターの声だったのかミシガンだったのか。それを判別することは621には出来なかった。あるいは他の者たちもそうだったかもしれない。

 紅い光が稲妻状に走る。その様はまるで、世界に亀裂が入ったかのようで。

 キィン、と。621の脳を耳鳴りが貫き、

 

『あ――あ、……あアあぁあ゛あァぁ――――!?』

――エア!?

 

 621の脳内に響くエアの声。いや悲鳴。肉体を持たない彼女が拷問にでもかけられているような悲痛さは、621とハウンド5の動きを止めるには充分すぎた。それはもう、この戦場では致命的に過ぎた隙で。

 

「よけろッ!」

 

 は、と。

 ウォルターの声で我に返った時にはもう、眼前に隻眼のアイスワームがいた。最後に残った破砕機が殺意的な回転を始める。

 

《警告 損傷拡大(AP 50%)

 

 直撃だけはACSが避けてくれた。だがそれだけだ。左腕のハンドグレネードの砲身がひしゃげ、根本まで喰われ、そして左腕そのものを根こそぎ持っていかれた。

 あぁ、もったいない。どこか現実感の無い光景に脳が逃避を始める。

 

――あ、が

 

 神経接続した脳髄が焼かれる。光が逆流する。フィードバックが脳に致命的な損傷を与えないよう、安全装置が作動するまでの時間。一秒にも満たないその時間が永遠にも感じる。

 

『――……ィ、ヴン……っ!』

 

 ばつん。安全装置の前に接続が切られる。苦痛に喘ぎながらそれを成した彼女は更に機体に干渉。タンク脚部が唸りをあげて後退を始めた。制御から外れたままの上半身だけがガクガクと揺れる。

 ハウンド5の左腕を貪ったアイスワームが向き直る。巨躯に纏う紅いコーラルの光。殺意というものが形を成せば、あのような色をしているのだろうか。

 逃がす気は無いのだろう。このままでは、逃げられない。

 

「……ぃ、ぎ」

 

 その声が己の声帯から発せられたものだと知ったのは後のことだ。

 意味も無く握っていた操縦桿を握る。本当の意味で握る。力を込めるほどに劣化しきった筋線維が千切れ、骨が軋む。それでも。それでも。

 

「――1!」

『――ヴン!』

 

 名前を呼ぶ声が聞こえて。

 動かさなければ、動かなければ、死んでしまうではないか。

 アイスワームが、今度こそハウンド5すべてを喰らおうと。

 

「が……ぁ!」

 

 ばきりと骨が砕けるような音を鳴らしながら。ハウンド5の操縦桿が、製造から初めて物理的に動作する。

 赤茶けた装甲が眼前を通り過ぎていく。ハウンド5はただ、上半身を真横に向けただけ。621にはそれが限界で、だがその限界でハウンド5は半身になる形で致命的な突進を躱すことに成功したのだ。

 そう、限界だ。それだけで限界だったのだ。

 

『ランチャーが……!』

 

 機体は躱せたが、長大な砲身までは守れなかった。アイスワームの装甲に引っかかったランチャーが肩部ハードポイントから外れ落ちる。怪物を打ち倒す為の武器が、氷の上を転がっていった。

 

《強化人間C4-621 バイタル低下 危険域》

 

 息が苦しい。腕の感覚が無い。耳鳴りが止まない。視界が赤く紅く染まって、それが血の色なのか彼女の色なのか分からない。

 

「――21――応――ろ――脱出――6――!」

 

 バラバラになった懐かしい声。いつも凪いだ水面のような声が、今は荒れ狂って、でも聞こえなくて。

 

『――イヴン……レイ――こえが、こえがたくさん……嫌、いや――』

『レ――いまたすけ……殺す――ちが』

『た――けて、レイヴン……』

 

 視界が黒く染まった中、ちいさな紅い光が瞬いて、最後は見えなくなった。

 

 

 

 ▼△▼△

 

 

 

「G13! 応答しろガンズ……くそッ!」

 

 領域外ギリギリで待機するベイラムの大型ヘリ、その中の管制室でミシガンはコンソールに拳を叩きつけた。スタングレネードランチャーの砲手――ハウンド5のロスト。想定外の事態だが、それで思考を止めるほどミシガンは戦場の素人ではない。

 

「全機応答しろ! 墜ちた者はいるかッ!」

「オープンフェイス、損傷軽微。まだ機能を隠していたとは……」

「キャノンヘッド、生きてる。だがイグアスがおかしい」

「あァ、くっそ……耳鳴りが……!」

「サーカス、機体損傷。戦闘は続行できる」

 

 G13からの応答はやはり無い。G5の状態も気になるが、アレはそう簡単には死なないだろう。そういう男だ。自軍の戦力を再計算し、すぐさまミシガンは命令を下した。

 

「サーカスは最優先でランチャーを回収しろ! G4とG5は陽動を継続! 眼鏡野郎(V.Ⅱ)、お前まで墜ちてくれるなよ! 遠足が終わるまではなッ!」

「チャティ、自分で付けられるかい? 無理なら一度戻ってきな!」

「やってみよう、機体整備は得意だ」

「くそったれが、簡単に言いやがって!」

「行くぞイグアス、ボヤくのは後だ!」

「いちいち言わずとも分かっていますよ。まったく、ベイラムの下品な連中め……」

 

 応答と愚痴を返しながら各々が戦域に戻っていく。それを広域レーダーで俯瞰しながら、ミシガンは隣の輸送ヘリに視線をよこした。昔から寡黙なあの小僧(おとこ)は、もう何の言葉も発してこない。弱音も、それ以外も何も。

 通信を繋ごうとして、手を止める。かける言葉など無く、今はその時でもないのだから。

 

――やはりG13は、死神の番号(ラッキーナンバー)だったか

――だがそれでも、奴なら……

 

 希望的観測を期待しそうな己を律しつつ、意識を戦場へと切り替える。激しく位置を変えるアイスワームを何とか包囲しようと指揮を執り、その最中。

 

「……何だと?」

 

 戦場に更なる闖入者が現れた。

 

 

 

 ▼△▼△

 

 

 

 コンテナミサイルの絨毯爆撃に垂直発射ミサイルの弾幕を重ねその隙間にグレネードを撃ち込んだ上で撃ち漏らしをバズーカで撃墜。全兵装を用いた一連の攻撃で子機を一掃したサーカスはドリフトターンで目標の座標に停止した。

 

「確保」

 

 氷原に転がったスタングレネードランチャ―を拾い上げ各部をスキャンする。まだ使用可能ならこのままサーカスに装備した上で砲手を務める予定だ。

 ぞろりと並んだアイセンサーが横に視線を移す。付近で擱座したタンクAC――ハウンド5は左腕を失い他の部位も損傷している。爆発や炎上こそしていないが搭乗者が無事かは不明。

 

「ビジター」

 

 その呼びかけに合理的あるいは戦術的な意味合いがあったかは不明だ。分からない。だが「笑えないな」とチャティ・スティックのアルゴリズムはそう結論を出した。

 ランチャーのスキャンが完了。これを使うかどうかの判断は(ボス)に仰ごうと通信を。

 

「――おまえ無人ACだな、そういう動きだ」

 

 高速で接近した機体がランチャーを掠め取っていった。

 

 

 

 ▼△▼△

 

 

 

 アイスワームの動きは明らかに異常だった。C兵器などどれも頭の悪い兵器ばかりだが、いま目の前で暴れ回っている化け物は極め付きだろう。顔部の穴からコーラルを撒き散らしながら、狂ったように巨体を叩きつけている。

 

「寄せ集め各位、互いの距離を維持しなさい。まとめて薙ぎ払われればお終いです」

 

 子機の攻撃を装甲で受けながらアイスワームの突撃をクイックブーストで回避。レッドガンの連中が聞くに堪えない言葉で返事をしてくるが、舌打ちだけで留めた。それで解消できなかったフラストレーションを子機にぶつけていると、僚機の一つから通信。

 

「こちらV.Ⅱ」

「サーカスよりオープンフェイスへ。所属不明機にランチャーを奪われた」

「……何ですって?」

 

 あまりにもあんまりな内容に嘘か冗談を疑う。だが通信相手はRaDの自動人形――AIだ。嘘も冗談も口にする可能性は低く、そして何よりスネイルは猛烈に嫌な予感がした。

 

「いったい何処の誰がそんな事をするというのです。その馬鹿の特徴は」

A()C()だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()で、()()()()()()()()()()()が――」

「今すぐ追撃しなさい! さもなければまた面倒なことに」

次席隊長(スネイル)。仲間外れは良くないなぁ、俺も入れてくれないと」

 

 通信に割り込む男声にピシリと、また眼鏡のガラスに亀裂が走った。同時に通信要請が鬼のように鳴り響く。

 

「V.Ⅱ! 貴様この眼鏡! なんだあのACはヴェスパーかッ!」

「おい変態陰湿クソ眼鏡。アンタまだあのセクハラ隊長の手綱を握れていないのかい」

「乱入してくるとはとんでもない奴だ。理由の説明を求めるヴェスパー眼鏡」

「眼鏡眼鏡とうるさいんですよどいつもこいつも! そんなこと私の方が聞きたいぐらいだっ!」

 

 殺到する苦情に逆(ギレ)したスネイルが怒鳴り返し、限界を迎えた眼鏡のガラス板が砕け散る。他勢力との協働戦線ということもあり、遠慮無用のやりたい放題であった。心のどこかで溜飲が下がった(スカッとした)感覚を覚えながら件の所属不明機つまりロックスミスへと通信を繋げる。

 

「フロイト、何故ここにいるのです! あなたには強襲艦隊の撃破と鹵獲という仕事があるでしょう! まさか仕事をすっぽかして――」

「心配するな、()()()()()()()()()()戦闘(プレイ)の回数は多かったが、どいつも早くて満足はできなかったな」

 

一戦(ワンプレイ)の質を高めてほしいものだ」と、飄々と答えるヴェスパー首席隊長。軽々しく言っているものの、この短時間で艦隊を制圧するなど尋常な戦果ではない。スネイルの計算より明らかに早く、つまりはまだ()()()()()()のだ、この男は。最強の名を欲しいままにしながらも、未だ底が見えない。それこそがV.Ⅰフロイトの恐ろしさだ。

 

「それにしても、ひどいじゃないかスネイル。こんな楽しそうな大作戦(パーティー)に、しかも何だこの武器(オモチャ)! 独り占めは感心しないぞ」

「何の話をしているのですか! というか何をするつもり……いや待てやめろ返しなさい!」

 

 意味のない問いを切りあげてフロイトを窘めようとするも、それもまた無意味である事をスネイルは瞬時に悟った。悟れないほど二人の因縁は短くない。そしてきっと、この状況であの男がやらかす事など一つしかないのだ。

 熱源反応。傾いた廃墟の上で片膝をつくロックスミス。その肩部には既に、スタングレネードランチャーが接続されていた。

 

「は、はは。たまにはお前のお手伝いもな――!」

 

 事もなげに言い放ち、あまりにも気軽にトリガーが弾かれる。

 轟音。グレネードの発射音。

 轟音。アイスワームが飛び出た破壊音。

 轟音。弾頭がアイスワームの顔部へと吸い込まれた着弾音。

 あの馬鹿げたランチャーを何の試射も無しに、ただの一発で当ててみせた。爆炎と共にコーラルの盾が砕け散る。

 

「プライマリシールドが消……いや待ちな!」

 

 シンダー・カーラからの警告。炎を突き破って現れるアイスワーム。紅いコーラルの壁。シールドがまだ消えていない!?

 

「馬鹿な、当てた筈だ!」

「総員警戒! 化け物のタガが遂に外れたようだぞッ!」

「これは、悠長にやっている場合ではないか……。カーラ女史、提案がある」

 

 奥の手か、あるいはただの暴走か。秒単位で激しさを増していくアイスワームの動きは自壊すら起こしている。放っておけば自滅する可能性もあるが、その頃にはルビコン全域が壊滅しているだろう。何としても、ここで仕留めなければならない。

 だがしかし。

 

「スネイル、何もしていないのにランチャーが壊れた」

馬鹿者(フロイト)ぉ――っ!」

 

 実際、壊れたのは駄犬(レイヴン)が撃破されたせいである為フロイトは無実なのだが、思わず叫んでしまった。いつもの癖とも言う。

 

「ど、どうするんですか! どうしてくれるフロイト! どうにかしなさい!」

「すごい取り乱しようだな」

 

 機能不全のランチャーを担いだままアイスワームを躱し続けるロックスミス。フロイトにしては珍しい沈黙の後、いつものようにニタついた声で。

 

「どうにか、か。了解した、スネイル」

 

 殊勝な言葉にも嫌な予感しかしない。そしてその予感は正しかったのだと、すぐに思い知らされる事となる。

 

「どうにかするが、()()()()()()()()()()()()?」

「それはどういう――」

 

 意味か、と。そう問う間もない。殺到する子機をライフルで撃ち落としたロックスミスは背の巨大なランチャーをパージ。そして、その場で動きを止めてしまった。

 

「“だるまさんが(Green light)――”」

 

 当然、それを放っておく敵ではない。暴走状態であっても戦闘ロジックは働いているのか、動きを止めたACに向かってアイスワームが飛び掛かる。

 ロックスミスは、フロイトは動かない。

 

「フロ――」

 

 回避できる機は逸した。大質量が機体を押し潰す刹那。

 

「“転んだ(Red light)!”」

 

 幾重にも強化を重ねたスネイルの目には見えていた。アイスワームに轢き潰される瞬間、ロックスミスがブレードを振り下ろす姿を。青い光刃が、ランチャーの弾倉を斬り裂く様を。

 その結果に何が起こったか。簡単だ。

 恐るべき大爆発が、アイスワーム諸共に周辺一帯を吹き飛ばした。

 

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