エアコア・ドリーム   作:甲乙

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地下駐車場デスマッチ

 

『まったく、騒がしいことですね』

 

 中層で二機のACが戦闘を繰り広げている時、グリッド086の上層にはまた別のACが佇んでいた。中量級二脚型。曲面で成された装甲は遠目にはアーキバス製の機体に見えたかもしれないが、実際はまるで異なる。妖しく、滑らかに輝く銀色の装甲。その機体を操るモノの心情を表すように揺れる動きは、まるで人体そのものだった。

 

『……あの老兵を失った事は痛手でしたが、まさか第二条件の候補者が二人もいるとは』

 

 我々(わたし)も運が良い。ACの中で彼女(ソレ)はほくそ笑む。あるいは、そんなカタチを成す。

 ()()()()()()()()フレーム「マインド・アルファ(MIND-ALPHA)」をはじめ、極めて希少なパーツで固められたAC――トランスクライバーは、雑然としたグリッドの中において完全な異物であった。

 その異物の眼が、緑色の視線を遠くへと向ける。グリッドの壁も床も、全てを見通して。

 

『見極めさせてもらいましょう――どちらが、我々(わたし)の計画に相応しいか』

 

 誰に聞かせるともなく、■■■■■■■(ケイト・マークソン)の粘ついた声が涼やかに響いた。

 

 

 

 

 

 

『……おや、これは。

 人類(ヒト)が作ったにしては出来が良い……使わせてもらいましょう』

 

 

 

 ▼△▼△

 

 

 

「まったくどいつもこいつも! チャティ、回線の復旧は!?」

「いま終わったところだ。それとボス、クリーナーに不正アクセスした馬鹿がいるんだが」

「こっちは忙しいんだ、お帰り願いな!」

「そう言うと思って、もう焼いておいた」

 

同類(AI)にしてはお粗末すぎる。とんだポンコツだ」というチャティの独り言を聞き流しながら、ビジターが爆破したせいでダウンしていた回線を繋ぐ。監視ドローンの制御とレーダーも復旧。グリッド内部からACの反応。その数、()()

 ポロリと、本日三本目の紙煙草が床に転がった。

 

「……チャティ、ACが増えてるんだが」

「確認した。ベイラムのレッドガンだな。今はビジターと溶鉱炉の近くで交戦中。あと、背中のグレネードが今にも落ちそうだ」

「そろそろ勘弁してくれないかい?」

 

 いったい何故、グレネード弾を背負ったままでAC戦を続けるのか? しかも溶鉱炉の近くで? 頭がおかしいのだろうか?

 というか、レッドガンがここに何の用だというのか? 用があったとして、何故あんな爆弾AC相手に戦闘を仕掛けるのだろうか? レッドガンには脳筋しかいないのか?

 故あってドーザーの真似事をしているカーラではあるが、今となってはコーラル中毒者どもの方がまだまともに思えてくる。そしてまともな奴から死んでいくのが、このルビコンという惑星だ。

 

「ウォルター、とんだ犬を拾ってきたね……」

 

 駄犬か狂犬か。あるいはもっと酷い何かか。何にせよ、まともな奴ではなさそうだ。古い友人の目利きを心配しながら、カーラを遠隔操縦のシステムを起動させた。

 

 

 

 ▼△▼△

 

 

 

 ハウンド5の眼がゆらりと殺意に揺れる。その視線に射貫かれたイグアスは、ぶるりと体の芯のふるえを感じた。

 

「野良犬……ッ」

 

 殺す

 殺す

 死ぬのはお前だ

 死ね

 死んで我の餌となれ

 

 幾多の戦場で、汚らしい路地裏で、何度も何度も浴びてきた視線。悪意と欲望と、敵意と憎悪を、混ぜ合わせて、煮詰めて、練り上げて。

 ハウンド5のフレームから、じわりとドス黒い殺意(オーラ)が溢れる様をイグアスは幻視した。

 

「上等――!」

 

 だがイグアスは怯まない。むしろ歯を剥き出しにして笑った。

 路地裏で喧嘩に明け暮れ、借金のカタに強化人間にされ、レッドガンでは地獄のような訓練に耐えてきた。床も土も泥水も、嫌になるほど舐めてきた。今さら何を恐れ(ビビ)るのか。

 舐めるな野良犬。お前なんぞに負けてたまるか。勝つのは俺なんだよ――!

 イグアスが声もなく吼え、簡易神経接続されたヘッドブリンガーが加速する。ベタ踏みしたフットレバーが、その速度を更に増す。真正面ではグレネードの砲口が涎を垂らしている。回避できる機は逸した。だがシールドは、まだ開かない。

 発射。

 

「づぁッ!」

 

 死の砲弾がコアを食い破る刹那、最大出力で展開したパルスシールドがその衝撃と爆炎を受け止める。一瞬限りの最大防御(イニシャルガード)。実戦で使う奴なぞまずいない机上の空論。イグアスはそれを成した。命を掛け金(チップ)にした大博打に、勝った。

 右腕のリニアライフルは既にチャージ済み。余剰電力でスパークする銃身が、今か今かと発射の時を待っている。こいつで、そのどてっ腹に風穴をあけてやる!

 

()ったぜ――! ――――!?」

 

 絶頂にも似た歓喜と共に走らせたヘッドブリンガー。野良犬はもう目前。今さら別のグレネードを構えても間に合わない。現に奴は、左腕のグレネードをだらりと下に向けて……?

 爆炎。

 赤に染まる視界。割れ響く警告音。ACS負荷限界(スタッガー)

 

「が……ッ!」

 

 揺れるコクピットを更なる衝撃が襲う。眼前、生息がかかるような距離のハウンド5。ブーストキック、いやブーストチャージ。背には壁。倍近い機体重量の差に押し潰され、ヘッドブリンガーはもう身動きが取れない。

 何が起きたか。簡単だ。ハウンド5はグレネードを放ったのだ。敵機にではなく、()()()

 

――イカれてんのか!?

 

 まさに狂気の沙汰だ。いかに重装甲のタンク型であっても、至近距離でグレネードが炸裂すれば無事では済まない。現にハウンド5は各所から火花を散らしている。それでも、既に死に体のヘッドブリンガーよりはずっとマシだ。

 

 ()った

 

 チュイイィィと野良犬の眼が嗤い、大口径のグレネードがほぼ零距離で突きつけられる。この距離で更に撃つ気か。撃つに決まっている。奴の眼がそう言っている。

 

「くそったれが……ッ!」

 

 もはやイグアスに出来るのは、ただ野良犬を睨みつけることだけだった。

 

 

 

 次の瞬間、何か丸いモノに野良犬が弾き飛ばされるまでは。

 

「……は?」

 

 ゴキィン! と武骨で小気味よい音と共にハウンド5に激突したそれは、言葉を飾らず表現すれば「球体」だった。どこから現れたのかも分からない球体は二度三度とグリッドの壁と床を跳ねまわり、ゴロリと床に転がった後、その身を()()()()()()()

 

「あーザザッ あー! 聞こえてるかい、この馬鹿ビジターども!」

 

 節足動物を直立させ、鎧と円盾で武装すればこのような姿になるだろうか。RaD製のカスタムMT――トイボックスから響く、ハスキーな女声。

 

「人のシマで好き勝手にボカスカやりやってんじゃないよ、犬かあんた達は! ……特にそこのレッドガン!」

「……あ? お、俺か?」

「他に誰がいるんだよ誰が! 見てみな、そこのACというか背中の――」

 

 理解不能の状況であっても、いやだからこそイグアスは腹の底から馴染んだ怒りが湧いてくる。何処の誰だか知らないが、野良犬との戦い(ケンカ)を邪魔したのだ、この女は。あのままでは死んでいたとか、そもそもグリッドに侵入しているのは自分であるとか、イグアスはまとめて棚上げした。

 それに何よりも、上から目線で怒鳴り散らすその女が、イグアスにはクソ親父(ミシガン)に重なって見えたのだから。

 

「――おい聞いてんのかい! 分かったらさっさと」

「ごちゃごちゃうるせェんだよ、ババァ!」

 

 未だ姿勢制御が安定しない自機を操作し、中指を立てる代わりにライフルを突きあげる。それが通じたのかそうでないのか、トイボックスはギラリと頭部らしき部分をイグアスに向けた。

 

「バ……、誰がババァだ誰が! 脳みそだけじゃなくて耳までカビてんのかい!」

「うっせーってんだよババァ! 声は若ェけどババァだろお前! なんかそんな気がすんだよババァ!」

「――鋭いねぇ! でも良い度胸だ! この馬鹿騒ぎが終わったら待ってなよ、この悪ガキ!」

「あァ!? やってみろよォ!」

 

 倒れたままのヘッドブリンガーと、威嚇するように立ち上がったトイボックスが火器の代わりに口撃を交わす。そこから離れた部屋の隅では、ハウンド5がプスプスと煙を上げていた。

 そんな惨状だったからこそ、直前までその揺れと音には誰も気付かなかった。

 ビキリ、と。グリッドの壁に亀裂が走る。

 

「は――?」

「あ――?」

 

 遅れて、無機質な声が。

 

「ボス、クリーナーが」

 

 

 

 ▼△▼△

 

 

 

 ばご、おぉん。

 却って静寂と錯覚するような轟音と共に現れたのは、巨大な破砕機。それは赤々と燃えあがり、何よりも一つではない。巨大な二基の「腕」を振り上げるのは、更に巨大な本体。冗談のような巨体の中では、悪い冗談のような出力のジェネレータが唸りを上げている。

 RaD謹製の巨大重機――スマートクリーナーが、怒りに燃えるかのように頭部から炎を噴き上げた。

 

「な、んだよ、こいつは……!」

「チャティ! 不正アクセスは弾いたんじゃ!?」

「理解不能だ。確かに焼き切ったはず。……ただのAIじゃなかったのか?」

 

 三者が各々の形で狼狽し、そしてクリーナーの胴体に乗るソレが高らかに答え合わせをした。

 

『ふ、ふふ……まだまだです。落ちませんよ、我々(わたし)のトランスクライバーは……!』

 

 銀色のAC、トランスクライバー。ひどく人間くさい動きでクリーナーにしがみついているその機体から、平坦な女声が届く。だがその実、怒りだとか狼狽だとか、ある種の自棄が入り混じった声でもあった。

 誰にも見覚えのないそのACに対し、ただイグアスだけが眉根を寄せる。

 

「……あァ? お前、そういや同行するって……」

『その同行者を置いていったのは誰ですかイグアス……! 仮にも依頼人ですよ我々(わたし)は!』

「なんだ、悪ガキの知り合いかい。レッドガンにも女がいたとはね」

「ちげェよ、こいつはケ……ケート・マインドとかいう独立傭兵で」

「ケートマインド? なんか聞き覚えのある名前だね。そういや、声もどこかで聞いたような」

「ボス、それはおそらくオールマ」

『ケイトです! 独立傭兵の! ケイト・マークソンと申しますっ!』

 

 半ばどころか完全に自棄になったような声で叫び散らす、自称ケイト・マークソン。声こそ相変わらず平坦だが、まるでカウンターハックで焼かれたAIが機能不全のまま錯乱気味に喋り出したかのような取り乱し様であった。

 その狂乱が乗り移ったのか、中途半端に制御を乗っ取られたクリーナーが炎を噴き出す。

 

『言う事を聞かない狂犬(イグアス)も! ぜんぶ台無しにした駄犬(レイヴン)も!

 我々(わたし)の邪魔をする者は、みんな消えれば良い――!』

 

 うわああぁん! そんな泣き声にも似た唸りと共に、遂にクリーナーが暴れ出す。ACがかろうじて動き回れていた閉鎖空間。縦にも横にもその四倍はある巨大重機が動ける筈もないが、それは出力が足りなければの話。壁にあけた穴を押し広げ、捻じ込んだ破砕アームが部屋を広く改築していく。暴走したクリーナーは、全てを破壊する暴力そのものだった。

 

「まずい! 動けるかいビジ――」

「くそが! おい野良――」

 

 カーラは友人の飼い犬を助け出そうとMTの頭部を向け、イグアスは自身でも理解できない衝動のままACの頭部を向け、そしてその先で、ハウンド5は既に動いていた。

 ギシギシと、歪んだ関節部が悲鳴をあげる。武装は脱落し、無手となった腕部を無理矢理に動かす。その腕は、青白いスパークに混じって紅い煌きを帯びていた。

 

『腕部装甲パージ。動力バイパス接続。ACS再起動。

 ダメージコントロールはお任せ下さい。レイヴン、あなたは操縦に集中を』

 

 スクラップ寸前の腕が滑らかに動き出す。まるで何かに手を添えられたかのように。

 背に手を回し、しかと掴み取り、そしてそれを、狙いもそこそこに――投げた。

 

「あ」

「お」

『え』

 

 放物線を描く箱。宙を舞うコンテナ。溢れ出す、大量のグレネード弾。

 その全てが、クリーナーの頭部の、燃え盛る開口部へと――

 

『ナイスシュート。さすがは私のレイヴン』

 

 

 

 

 

 

 ▼△▼△

 

 

 

 

 

 

グリッド086における争いに勝者はなく

爆炎とキノコ雲の後には、かつてのメガストラクチャーの残骸のみが残った

 

奇跡的に死傷者の無かったRaDは、上層の惑星封鎖機構との共同作業を開始

グリッドに空いた大穴は、両者が協力して復興することが合意された

 

そして

 

グリッドを爆破した主犯

RaDと封鎖機構の敵たる独立傭兵は捕らえられ

今はただ、その名だけがドーザーの与太話に刻まれている

 

 

 

ポンコツの災禍

 

「ケイトの火」として

 

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