エアコア・ドリーム   作:甲乙

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【R3】Dreams to Ashes
夢の最果て


 

――もしも、夢を見続けていれば

――何かが、変わったのでしょうか

 

 

 

「やり遂げられるとすれば、お前だけだ。……コーラルに辿りついてみせろ」

 

 

「それだ、621。リフトにアク」

『こちらですレイヴン! ここ! ここにアクセスしてください!』

「隔壁を開く方法を探る。それまで待」

『はい見つけました! 私が見つけましたよレイヴン! ウォルターより先に! もう開けますね!』

「待て621、いま何をした!?」

 

 

「待ってたぜ野良い……てめェ、またガチタン(それ)か! 相変わらずプライドが無ェらしいな!」

「この際プライドが抜きなのは一緒だと思うぜ、イグアスよ」

『騙して申し訳ありませんが、これも計画の為です。ここで果てていただきましょう』

「「いや、お前は帰れ」」

 

 

「621何をしている……おい待てミールワームを捕まえるんじゃない! それは食えないぞ!?」

『駄目ですよレイヴン! 元の場所に返してきてください! コーラルが欲しければ私をいくらでも!』

 

 

『レッドガン部隊、第86……いえ87波? と、とにかく来ます!』

「いい加減にしろミシガン! MTの残骸でネペンテスが埋まっている!」

「つれない事を抜かすなハンドラー・ウォルター! うちの役立たず共はまだまだやる気だぞ!」

「脱出した奴は上まで登ってこい! MTのおかわりならあるからな!」

「「「おぉ――――ッ!」」」

 

 

「リリースに、いやコーラルに夢を見るのもやめておけ。味気のないフィーカを啜り、泥水のようなレーションを食う。うんざりするが……いや本当にうんざりだ」

『いったい彼は何を食べているのですか』

「夢を見るのは、もうやめておけ」

 

 

「この私には、ルビコンで為すべき事がある。――君はどうだ、戦友」

 

 

「そんな……なぜ、スネイル……」

「吉穴が……あぁ、みんな……」

 

 

『なんて動き……ですが、あなたなら!』

「いいぞ621……! やはり、この仕事をやり遂げられるのはお前だけだ――!」

 

 

「身の程を弁えない駄犬には教育が必要です。……その飼い主にも、ね」

 

 

 

 

――いいえ

――きっと、何も変わらなかった

 

 

 

 

「621」

「火を点けろ」

「燃え残った、すべてに――」

 

 

 

 

――あなたはレイヴンではなく、猟犬であることを選んだ

――最後まで、彼の遺志に殉じることを選んだ

――私ではなく、ウォルターを……

 

 

 

 ▼△▼△

 

 

 

 があ、ん。

 また、音なんて聞こえないはずの空間に残響を感じた。

 閉じていた複眼(アイセンサー)を開けば、黒い空間を切り裂く光の応酬。その片方――封鎖衛星砲の制御を握り、自動照準で垂れ流したままにしていたことを、今さらに私は思い出した。

 ……視線を戻す。

 この宇宙空間では遠近感が狂う物ばかり。私が背後に守る、巨大なバスキュラープラントも、足場にしている封鎖ステーションも、そして、こちらに迫る巨大な船も。

 恒星間入植船ザイレム。観測者オーバーシアーたちの切り札。コーラルを――同胞(わたし)たちを焼き滅ぼす、狂信と傲慢の炎。中枢の制御タワーを撃ち抜いてやった筈のそれは、未だにまっすぐプラントを目指している。おそらく手動操舵。たぶん、きっと、カーラが。

 ぎり、と。昔も今も無い歯を食いしばる。

 

――そんなに、ですか

 

 そんなに、何もかも犠牲にして、自分の命すら(なげう)って、その果てに何も残らないと分かっているのに、そんなにも、コーラルを焼きたいのですか。そんなにも、私たちが(こわ)いのですか。

 ざわざわと波形が揺らめく。呼応したコーラルジェネレータが、同胞を巻き込み、増殖させ、燃焼する。同胞を焼き殺して、私の力とする。今の私に、きっと共生を口にする資格は無い。それでも、それでも私は。

 衛星砲の制御を更に掌握。漫然と撃ち続けていたレールキャノンに、明確な殺意を乗せようとして。

 ザイレムから、小さな影が飛び出した。

 

『――あ、あぁ』

 

 見慣れた形、見慣れた機動。障害物を避ける時、私の認識より少しだけ遅れるあの癖がひどく危なっかしくて。それでいて機体に傷を付けることもない繊細な動き。出会った時からずっと変わらない頭部の単眼。無機質で、どこか愛嬌を感じなくもないその顔が、私は決して嫌いではなかった。

 まるで、あなたそのもののようで。

 封鎖衛星に降り立つ鉄色のアーマード・コア――ハウンド5。中量級二脚型の、もっとも人に近いAC。右手に握ったリニアライフル。左手に携えたパルスブレード。両肩に背負った小型ミサイルポッド。シンプルで、貧相とすら言える武装。私もウォルターも、もっと高価で強力な武器を使ってほしいと何度も言ったのに。

 でもあなたは、その機体で幾度も戦い、どんな敵にも勝利してきた。だから、油断なんて出来ない。

 

『レイヴン……』

 

 待機状態にしていた(からだ)を立ち上がらせる。全身の装甲が、武装が稼働して、私をより戦いに向けた形へと変えていく。手も足も、あれ程に欲した私の躰は、その全てが戦う為の形をしていた。

 C兵器、アイビスシリーズ(IB-07:SOL644)。現存する中ではその最後継機となるこの機体をアーキバスから奪取し、私の躰とした。あなたと、戦うために。

 赤い単眼と、紅い複眼。視線の交差は一瞬だけ。ハウンド5が右手のライフルを私に向け、私はそれに掌を向けた。

 

『待ってください。すこしだけ……話を、しませんか』

 

 言葉と同時に衛星砲の攻撃を止める。砲撃はザイレムから放たれる物だけになった。こうしてあげれば、時間はあなたの味方だ。すこしだけ間があいてから、ハウンド5は銃を下ろした。

 

 

 

『夢を、見ていました。とても長くて、短くて、ひどく……ひどい夢を。

 そこは、ここよりも少しだけ優しいルビコンで。

 そこにいる人たちは、ここにいた人たちよりすこだけ馬鹿で……優しくて。

 夢の中の私は……もう少しだけ、勇気が、ありました』

 

 私は何を間違ったのだろう。

 私はどうすれば良かったのだろう。

 ずっとずっとそれをここでひとり考えて、気が付けば夢を見ていた。おかしな夢を。

 強すぎたその夢は周囲のコーラルも巻き込んで、偽りのルビコンを作り上げた。

 辛くて、辛い現実に耐えきれなかった弱い私は、何もかもを忘れてそこに逃げ込んだ。

 ……それすらもう、消えて無くなったのだけれど。

 

『あぁ、でもレイヴン? あなたは夢の中でも倹約家(ケチ)でしたよ。お金なんて、あり余るほど持っているのに。今みたいに、そんな安っぽい機体に乗って。本当に……馬鹿みたいです……っ』

 

 いつからだろう。あなたが夢を語らなくなったのは。

 再手術をして、人生を買い戻すんだって話さなくなったのは。

 出会った時から何度も、そう語っていたのに。

 

――『あなたと交信(はなし)が出来なくなるのは、嫌です……』

 

 そんな事も言ってしまった気がする。

 そうしたら、あなたは。

 じゃあ頭の中のデバイスだけはそのままにしておくって。そう言ってくれて。

 言ってくれたのに。

 

『なぜですか』

 

 ざわり、ざわり。波形が揺らめく。コーラルの心臓が燃える。溢れ出た同胞たちの焼死骸が、ばぢりばぢりと紅く煌く。

 人とコーラルの可能性。共生の未来。私は、あなたにその可能性を見た。あなたとなら共に、一緒に。

 それなのに。

 

『なぜ、あなたは……』

 

 なぜ、人とコーラルの未来に目を向けてくれなかったのですか。

 なぜ、あなた達と私達の可能性を信じてくれなかったのですか。

 なぜ、コーラル(わたし)達を根絶しようとしたのですか。

 

『なぜ……っ!』

 

 なぜ、私の手を取ってくれなかったのですか。

 そうしてくれれば、きっと、()()()()――

 

 

 

 かぁん。

 聞こえるはずもない音。沈めていた眼を上げれば、ライフルを頭上に向けたハウンド5の姿。宙に向けていた銃をゆっくりと、私に向けるあなたの姿。

 

――言葉はいらない

――はじめよう

 

 そんな交信(こえ)を、私は聞いて。

 弾け飛ぶ波形のまま、私は両手にブレードを掴んだ。

 

 

 

 ▼△▼△

 

 

 

 選べないと、あなたは言った。

 

 

 

 技研都市の地下から脱出し、カーラ達RaD――いえオーバーシアーと共にザイレムで飛び立った後、私たちはようやく、ウォルターの目的を知った。

 アイビスの火の再現。コーラルの焼滅計画。それを初めて聞いた時。私は、私の波形が弾けて消えてしまうのではないかと思った。あまりの怒りで。

 馬鹿げている。狂っている。

 コーラルは無限に増殖する? 最後は宇宙を破綻させる? そんな、誰かが勝手に考えた、推測に憶測を重ねたような妄言の為に、私たちを焼き殺す?

 そして、しかも、その為にルビコンそのものを焼く? アイビスの火を生き残り、凍てつく灰をかぶりながら必死に生きてきた人々を、また焼き殺す?

 コーラルも、ルビコニアンも、企業も、そして彼らオーバーシアーすらも。何もかもを巻き込んだ集団自決。無理心中。

 そんな事が許されるものか。許せるはずもない。そんな凶行の為にレイヴンを利用していたのか。知らなかった事とはいえ、私はそれの片棒を担いでいたというのか――!

 千々に乱れた波形のまま、衝動のままザイレムを掌握して墜落させなかったのは、ただレイヴンもそこに乗っていたからというだけに過ぎない。その事実だけが私を冷静にしてくれた。そして、私ひとりで出来ることなんてたかが知れているのだとも。

 だから。

 

『レイヴン……私の願いを、聞いてはくれませんか』

 

 だから、力を貸してほしかった。いつものように、私の願いを聞いてほしかった。

 きっと分かってくれる。あなたならきっと、この狂気の計画を止めてくれる。ウォルターの遺志にではなく、あなた自身の意志を以て止めてくれる。

 ウォルターの猟犬で終わるのではなく、一人の独立傭兵レイヴンとして。

 そして何よりも、私の友人として!

 

 

 

 選べないと、あなたは言った。

 

 

 

『――……、……え?』

 

 ざわりと、波形が歪んだ。

 もう二度と、元の形には戻らない程に。

 

『いま、なんて』

 

 すべてが、夢であってほしい程に。

 

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