エアコア・ドリーム   作:甲乙

44 / 46
ある猟犬の見た夢

 

 封鎖ステーションで二つの影が踊る。

 一つはあなた(レイヴン)。一つは(エア)

 あなたは私を討つ為に。私という障害を排除し、衛星砲を止め、ザイレムをプラントにぶつけ、コーラルを焼き払う為に。ウォルターの、カーラの、オーバーシアー達の遺志を継ぎ、その過去を清算する為に。

 そして、最後の仕事に殉じる為に。

 

『レイヴン……』

 

 選択の後、あなたは私に言った。

「さようなら」と、「今までありがとう」と。謝罪の言葉は、無かった。

 そして言った。

 

『レイヴン……っ!』

 

 コーラルを焼くと。そして、()()()()()()()()()()()と。

 最初は自分の為に戦っていた。飼い主(ハンドラー)が言うように、大金を稼いで、再手術をして、そして自分の人生を取り戻す為に戦っていた。

 いつからか、それは変わっていた。

 自分の人生……想像するその光景にはいつからか、大切な人(ウォルター)の姿があって。いつからか、友人(エア)の姿もあって。それは確かな、あなたの夢だったのだと。

 だが、それはもう果たせない夢になってしまった。

 ウォルターはもういない。彼を裏切ることは出来ず、エアとも歩めないというならば、自分にはもう何も無い。

 あまりに多くを踏みにじって此処まで来た。今さら引き返すことなんて出来ない。ならばせめて、最後まで。

 

――だから、さようなら

――いままで、ありがとう

――あなたを、ころす

 

 その言葉を聞いた時、私の波形が歪んだ音を、確かに聞いた。

 

 

 

 ▼△▼△

 

 

 

 結論から言ってしまえば、その戦いは私の圧勝だった。

 当然のことだった。あなたがどれだけ卓越した操縦技術を持っていても、機体の限界は超えられない。あなたが乗るアーマード・コアの性能を限界まで引き出せたとして、それよりも私の躰の性能の方が遥かに高かった。

 C兵器。その中でも更に格別の性能を誇るアイビスシリーズとは、とどのつまりルビコン最強の兵器と呼んでなんの差し障りも無い。構成するパーツ自体は何ら特殊な改造も施されていないあなたのACとは、地力がまるで異なるのだから。

 そして、何よりも。

 

『無駄ですよ、レイヴン』

 

 リニアライフルを連射しながら左肩のミサイルを垂直発射。私が回避機動をとれば、すぐさまクイックブーストで頭上を取ろうと動く。続く右肩のミサイルによる爆撃。()()()()()()

 躰の周囲を覆うコーラルシールドの出力を引き上げてミサイルを無力化。次にあなたはどう来る?

 

『それも知っています』

 

 ミサイルの黒煙を切り裂くパルスブレードの残光。一振り目を後退して回避。次はブーストを吹かすことで間合いを伸ばした二振り目。それを、私は。

 

『捕まえました』

 

 手でそのまま掴み取った。もちろんブレードそのものをではない。それを振るう腕部をだ。驚愕したかのように光る単眼。その視線に、波形の底から暗い波が押し寄せてくる。

 元より私には、機動兵器の操縦技術や戦闘経験なんて無い。コーラル制御導体に組み込まれていた戦闘オペレーションを自身に取り込んではいても、レイヴンほどの相手ならすぐに対応されてしまうだろう。

 でも私には、ひとつだけ武器がある。他の誰にも何にも無い、私だけの武器が。

 

『えぇ、そう来るでしょう』

 

 至近距離でのアサルトブースト。体当たりに近い動きで放たれたキックが私の装甲を打ち、かすかに緩んだ手から腕部を引き抜く。ここまで、全て予想通り。

 だから。

 

『そこです』

 

 両手に握ったブレードで、私はハウンド5の両脚を斬り落とした。

 

 

 

 レイヴン。ねえ、レイヴン。

 私はずっとあなたのサポートをしてきました。ずっと、あなたの戦いを見てきました。すぐ傍で、あなたと同じ視点で、同じ速度で。

 だから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。誰よりも私が、私だけが。

 もしこれが、ヴェスパー部隊やレッドガン。その上位ナンバーが相手だったならば、ここまで上手くはできなかったでしょう。もしかすれば負けていたかもしれません。でも、あなたはレイヴン(あなた)だった。

 我ながら、とんでもない反則(ずる)ですね。でも、あなたがいけないのですよ? きっとこうなると分かっていた筈なのに、私と戦う道を選んだりするから。

 ……私を、選んでくれなかったから。

 

 

 

 それから幾度かの交差を経て、封鎖ステーションに静寂が戻った。

 あなたは最後まで抵抗した。いたぶるような私の攻撃に耐え凌ぎながらライフルを、ミサイルを差し込んできた。そのほとんどを無効化されるとしても、その一部は私の予想を上回ってすらいた。コーラルシールドを削り切り、起死回生の一手として振るわれたパルスブレード。傷ひとつ無かった私の躰には、いくつかの明確な損傷すら刻まれていた。

 でも、そこまでだ。

 

『……終わりですね、レイヴン』

 

 目の前に、ハウンド5だった物が浮いている。右腕と両脚は断ち斬られ、唯一残った左腕のブレードも脱落していた。ライフルとミサイルポッドは、私の放ったコーラルドローンで爆散してしまった。明滅する頭部のアイセンサーが、あなたがまだ生存している事を示しているだけ。

 とどめを、ささなければ。

 

――それで、その後は?

 

 ザイレムを止める。衛星砲で撃ち砕いて、宇宙の塵に変える。それで、コーラルは守られる。

 

――本当に?

 

 カーラは言っていた。彼女の言葉が記憶から離れてくれない。

 オーバーシアーを止めても、その後は企業がコーラルを奪いに来る。この躰がどれだけ強くても、私ひとりで企業は止められない。こんな事をしても何も変わらない。私なんかには何も止められない。今ここで、私とレイヴンが戦ったことには何の意味も無い。

 私には何もできない。ひとりぼっちだった、あの時と同じ。

 

『――……、嫌』

 

 嫌だ。ひとりぼっちは嫌。ぜったいに。もう二度と。

 

 

 

『レイヴン……ねえ、レイヴン。聞こえますか』

 

 人とコーラルは共生できない。私が夢見た未来は、もう砕けてしまった。カーラの言葉が、私自身が見てきた世界が、その全てを否定した。

 何より、あなたが私を……。

 

『レイヴン、今からでも、考え直しませんか』

 

 あなたの残骸をそっと手に取る。明滅する単眼に頭部を寄せて、合成音声で、無線で、交信で、すべてで語りかける。

 

『どうか、諦めてくれませんか。私を焼かないでください。焼かないで、ほしいのです』

 

 懇願した。命乞いをした。惨めでも無様でもなんでも構わなかった。私はもう、取り繕うことをやめた。往こうと退こうと全てを失うというならば、今ここで全てを捨てても構わない。

 私が欲しいものは、もう一つしか無いのだから。

 

『あなたにカーラを討てとは言いません。私がやります。あなたに苦しい思いはさせませんから』

 

 思えば最初から、私は共生なんて望んでいなかったのかもしれない。

 ただ、人と触れ合いたかった。誰かと共にありたかった。ひとりぼっちが嫌だった。そんなちっぽけな願いを、共生という言葉で飾っていただけで。

 だから、もうやめよう。言葉をいくら飾っても、私が望むものは手に入らない。

 

『――私は!

 あなたと一緒にいたい! 離れたくない! 今までみたいに、これからも……最後まで、ずっと……ずっと……っ』

 

 あなたと共にあれるなら、私は何だって出来る。何が相手でも戦う。人間(ヒト)も殺す。同胞(コーラル)だって焼く。

 赤裸々な私の本心は、どこまでも身勝手なエゴだった。そのエゴで望みが叶うというのなら、私はどこまで堕ちても良い。

 

『……もう何も無いと言いましたね。私がいるではないですか。まだ、あなたには私がいるのですよ、レイヴン……!』

 

 そう、私がいる。私が、私だけが。

 元より、私にはあなたしかいない。だから、あなたにも私だけがいればと、そう。

 

『ウォルターは……残念でしたけど、でも、彼だって、きっと――』

 

 ウォルターは、私が……。

 

『ウォル、ター、は』

 

 あの時、私が。

 私が、この手で。

 

『彼は……は、ハ――』

 

 あの時、私は……。

 

 

 

 

 

 

 ハウンド5の単眼が、私を見ていた。

 

『――――ぁ、』

 

 私とレイヴンは交信で繋がっている。隠し事は出来ない。

 

『あ……? あぁ……っ』

 

 ぎゅうぅ、と私の手をハウンド5の左手が掴んでいた。その感触に、姿に、私の波形はまず歓喜して。

 ぎしぎしと、互いの装甲を砕きそうな力を疑問に思うこともなく。

 

『あ――――』

 

 アサルトアーマーの極光が、私の眼を貫いた。

 

 

 

 封鎖ステーションで二つの影が踊る。

 一つはあなた(レイヴン)。一つは(エア)

 私は何の為にここに来たのだろう。何の為に戦ったのだろう。

 ザイレムを止めたいなら簡単だった。ただ衛星砲を掌握して、ただ撃ち続ければ良かった。

 あなたを止めたいなら簡単だった。機体のシステムを掌握して、強制停止させれば良かった。

 あなたを殺したいならもっと簡単だった。脳深部デバイスを掌握すれば、どうとでも出来た。

 なら私は、ここで何をしたかったのだろう。

 

『レイヴン……それでも、私は――』

 

 共生が夢でしかなかったとしても、私は――

 

 

 

『私は、あなたに』

 

 パルスブレードの光が、私の胸を貫いていた。パルスの翠とコーラルの紅とが混じり合い、縺れ、炎となって胸から噴き出す。

 いったいどこに。脱落したブレード。肩のハンガー。いつの間に。

 限界を超えた機体で敢行したアサルトアーマー。自爆に等しい攻撃。命を賭けた、命を擲った一手。そんなにも、そこまでして、私を。

 

『あなた、に』

 

 私を、ころしたかったのですか。

 

『あなたに――っ!』

 

――選ばれたかったのに!

 

 歪み弾けた波形のまま、ブレードを振り下ろす。それだけで、動く残骸に等しかったハウンド5は完全な残骸になった。武器も四肢も失った鉄塊。もう動くことはない、鉄の棺。

 そしてそれは、私も同じ。

 

『あ、あぁ……、痛い……痛い……っ』

 

 急所であるジェネレータは掠っただけ。でも無視できない損傷は刻まれていた。血のように紅いコーラルが、血のように流れて消えていく。機能不全に陥っていく各部の痛み(エラー)が私を苛む。

 制御導体と完全に同化した私は、もうこの躰から離れられない。この躰が止まれば、それが私の(おわり)

 

『痛い……いや、嫌……!』

 

 痛かった。怖かった。死にたくなかった。

 やまない痛みが、目の前にした死が怖い。それはどこまでも生物的で、人間的な反応。

 そんな私が、縋る相手は一人しかいなくて。

 

『レイヴン、レイヴン……っ』

 

 きっと私は、とっくにおかしくなっていた。だからこんな、縋る相手を殺して、殺した相手に縋って。歪み焼かれた私の波形は、ただ狂った言葉だけしか吐き出せない。

 

『レイ……たす、け……』

 

 

 

《ハンドラー・ウォルターに報告》

 

 応えたのは、無機質なCOMの声。心を持たない彼は、どこまでもあなたに忠実だった。

 

《ミッション完了》

 

 衛星砲が止まっていた。私が制御を手放したせいで、赤い眼球のようなジェネレータが停止する。もうザイレムを阻むものは何も無い。

 封鎖衛星制止。あなたのミッションは達成された。そして、最後の仕事も。

 

 ウォ ター

 

 呆然と衛星砲を見上げる私の波形に触れる交信。懐かしい声。視線を下ろせば、断裂したコアの隙間から、あなたの姿が直に。

 

 しごと おわ

 コ  ル焼

 

 チカチカと、最後まで残ったハウンド5の眼が瞬く。きっとその眼はもう何も映さず、そしてあなたももう、現実を見てはいない。

 

 おかね  再  じゅつ

 新  普通の 生

 あな  みんな   い しょに

 

 真空となったコクピット。無重力の中、揺らめくあなたの手が、何かに、私に向けられたように。

 

 わた にも  友   できた

 ウォ タ

      もしょう い

 

 まえ

 

『レ――』

 

 エア

 

 チカリと。

 ハウンド5の眼から、光が消えた。

 

『…………レイヴン?』

 

 

 

 

 

 

《強化人間C4-621 生体反応ロスト》

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。