封鎖ステーションで二つの影が踊る。
一つは
あなたは私を討つ為に。私という障害を排除し、衛星砲を止め、ザイレムをプラントにぶつけ、コーラルを焼き払う為に。ウォルターの、カーラの、オーバーシアー達の遺志を継ぎ、その過去を清算する為に。
そして、最後の仕事に殉じる為に。
『レイヴン……』
選択の後、あなたは私に言った。
「さようなら」と、「今までありがとう」と。謝罪の言葉は、無かった。
そして言った。
『レイヴン……っ!』
コーラルを焼くと。そして、
最初は自分の為に戦っていた。
いつからか、それは変わっていた。
自分の人生……想像するその光景にはいつからか、
だが、それはもう果たせない夢になってしまった。
ウォルターはもういない。彼を裏切ることは出来ず、エアとも歩めないというならば、自分にはもう何も無い。
あまりに多くを踏みにじって此処まで来た。今さら引き返すことなんて出来ない。ならばせめて、最後まで。
――だから、さようなら
――いままで、ありがとう
――あなたを、ころす
その言葉を聞いた時、私の波形が歪んだ音を、確かに聞いた。
▼△▼△
結論から言ってしまえば、その戦いは私の圧勝だった。
当然のことだった。あなたがどれだけ卓越した操縦技術を持っていても、機体の限界は超えられない。あなたが乗るアーマード・コアの性能を限界まで引き出せたとして、それよりも私の躰の性能の方が遥かに高かった。
C兵器。その中でも更に格別の性能を誇るアイビスシリーズとは、とどのつまりルビコン最強の兵器と呼んでなんの差し障りも無い。構成するパーツ自体は何ら特殊な改造も施されていないあなたのACとは、地力がまるで異なるのだから。
そして、何よりも。
『無駄ですよ、レイヴン』
リニアライフルを連射しながら左肩のミサイルを垂直発射。私が回避機動をとれば、すぐさまクイックブーストで頭上を取ろうと動く。続く右肩のミサイルによる爆撃。
躰の周囲を覆うコーラルシールドの出力を引き上げてミサイルを無力化。次にあなたはどう来る?
『それも知っています』
ミサイルの黒煙を切り裂くパルスブレードの残光。一振り目を後退して回避。次はブーストを吹かすことで間合いを伸ばした二振り目。それを、私は。
『捕まえました』
手でそのまま掴み取った。もちろんブレードそのものをではない。それを振るう腕部をだ。驚愕したかのように光る単眼。その視線に、波形の底から暗い波が押し寄せてくる。
元より私には、機動兵器の操縦技術や戦闘経験なんて無い。コーラル制御導体に組み込まれていた戦闘オペレーションを自身に取り込んではいても、レイヴンほどの相手ならすぐに対応されてしまうだろう。
でも私には、ひとつだけ武器がある。他の誰にも何にも無い、私だけの武器が。
『えぇ、そう来るでしょう』
至近距離でのアサルトブースト。体当たりに近い動きで放たれたキックが私の装甲を打ち、かすかに緩んだ手から腕部を引き抜く。ここまで、全て予想通り。
だから。
『そこです』
両手に握ったブレードで、私はハウンド5の両脚を斬り落とした。
レイヴン。ねえ、レイヴン。
私はずっとあなたのサポートをしてきました。ずっと、あなたの戦いを見てきました。すぐ傍で、あなたと同じ視点で、同じ速度で。
だから、
もしこれが、ヴェスパー部隊やレッドガン。その上位ナンバーが相手だったならば、ここまで上手くはできなかったでしょう。もしかすれば負けていたかもしれません。でも、あなたは
我ながら、とんでもない
……私を、選んでくれなかったから。
それから幾度かの交差を経て、封鎖ステーションに静寂が戻った。
あなたは最後まで抵抗した。いたぶるような私の攻撃に耐え凌ぎながらライフルを、ミサイルを差し込んできた。そのほとんどを無効化されるとしても、その一部は私の予想を上回ってすらいた。コーラルシールドを削り切り、起死回生の一手として振るわれたパルスブレード。傷ひとつ無かった私の躰には、いくつかの明確な損傷すら刻まれていた。
でも、そこまでだ。
『……終わりですね、レイヴン』
目の前に、ハウンド5だった物が浮いている。右腕と両脚は断ち斬られ、唯一残った左腕のブレードも脱落していた。ライフルとミサイルポッドは、私の放ったコーラルドローンで爆散してしまった。明滅する頭部のアイセンサーが、あなたがまだ生存している事を示しているだけ。
とどめを、ささなければ。
――それで、その後は?
ザイレムを止める。衛星砲で撃ち砕いて、宇宙の塵に変える。それで、コーラルは守られる。
――本当に?
カーラは言っていた。彼女の言葉が記憶から離れてくれない。
オーバーシアーを止めても、その後は企業がコーラルを奪いに来る。この躰がどれだけ強くても、私ひとりで企業は止められない。こんな事をしても何も変わらない。私なんかには何も止められない。今ここで、私とレイヴンが戦ったことには何の意味も無い。
私には何もできない。ひとりぼっちだった、あの時と同じ。
『――……、嫌』
嫌だ。ひとりぼっちは嫌。ぜったいに。もう二度と。
『レイヴン……ねえ、レイヴン。聞こえますか』
人とコーラルは共生できない。私が夢見た未来は、もう砕けてしまった。カーラの言葉が、私自身が見てきた世界が、その全てを否定した。
何より、あなたが私を……。
『レイヴン、今からでも、考え直しませんか』
あなたの残骸をそっと手に取る。明滅する単眼に頭部を寄せて、合成音声で、無線で、交信で、すべてで語りかける。
『どうか、諦めてくれませんか。私を焼かないでください。焼かないで、ほしいのです』
懇願した。命乞いをした。惨めでも無様でもなんでも構わなかった。私はもう、取り繕うことをやめた。往こうと退こうと全てを失うというならば、今ここで全てを捨てても構わない。
私が欲しいものは、もう一つしか無いのだから。
『あなたにカーラを討てとは言いません。私がやります。あなたに苦しい思いはさせませんから』
思えば最初から、私は共生なんて望んでいなかったのかもしれない。
ただ、人と触れ合いたかった。誰かと共にありたかった。ひとりぼっちが嫌だった。そんなちっぽけな願いを、共生という言葉で飾っていただけで。
だから、もうやめよう。言葉をいくら飾っても、私が望むものは手に入らない。
『――私は!
あなたと一緒にいたい! 離れたくない! 今までみたいに、これからも……最後まで、ずっと……ずっと……っ』
あなたと共にあれるなら、私は何だって出来る。何が相手でも戦う。
赤裸々な私の本心は、どこまでも身勝手なエゴだった。そのエゴで望みが叶うというのなら、私はどこまで堕ちても良い。
『……もう何も無いと言いましたね。私がいるではないですか。まだ、あなたには私がいるのですよ、レイヴン……!』
そう、私がいる。私が、私だけが。
元より、私にはあなたしかいない。だから、あなたにも私だけがいればと、そう。
『ウォルターは……残念でしたけど、でも、彼だって、きっと――』
ウォルターは、私が……。
『ウォル、ター、は』
あの時、私が。
私が、この手で。
『彼は……は、ハ――』
あの時、私は……。
ハウンド5の単眼が、私を見ていた。
『――――ぁ、』
私とレイヴンは交信で繋がっている。隠し事は出来ない。
『あ……? あぁ……っ』
ぎゅうぅ、と私の手をハウンド5の左手が掴んでいた。その感触に、姿に、私の波形はまず歓喜して。
ぎしぎしと、互いの装甲を砕きそうな力を疑問に思うこともなく。
『あ――――』
アサルトアーマーの極光が、私の眼を貫いた。
封鎖ステーションで二つの影が踊る。
一つは
私は何の為にここに来たのだろう。何の為に戦ったのだろう。
ザイレムを止めたいなら簡単だった。ただ衛星砲を掌握して、ただ撃ち続ければ良かった。
あなたを止めたいなら簡単だった。機体のシステムを掌握して、強制停止させれば良かった。
あなたを殺したいならもっと簡単だった。脳深部デバイスを掌握すれば、どうとでも出来た。
なら私は、ここで何をしたかったのだろう。
『レイヴン……それでも、私は――』
共生が夢でしかなかったとしても、私は――
『私は、あなたに』
パルスブレードの光が、私の胸を貫いていた。パルスの翠とコーラルの紅とが混じり合い、縺れ、炎となって胸から噴き出す。
いったいどこに。脱落したブレード。肩のハンガー。いつの間に。
限界を超えた機体で敢行したアサルトアーマー。自爆に等しい攻撃。命を賭けた、命を擲った一手。そんなにも、そこまでして、私を。
『あなた、に』
私を、ころしたかったのですか。
『あなたに――っ!』
――選ばれたかったのに!
歪み弾けた波形のまま、ブレードを振り下ろす。それだけで、動く残骸に等しかったハウンド5は完全な残骸になった。武器も四肢も失った鉄塊。もう動くことはない、鉄の棺。
そしてそれは、私も同じ。
『あ、あぁ……、痛い……痛い……っ』
急所であるジェネレータは掠っただけ。でも無視できない損傷は刻まれていた。血のように紅いコーラルが、血のように流れて消えていく。機能不全に陥っていく各部の
制御導体と完全に同化した私は、もうこの躰から離れられない。この躰が止まれば、それが私の
『痛い……いや、嫌……!』
痛かった。怖かった。死にたくなかった。
やまない痛みが、目の前にした死が怖い。それはどこまでも生物的で、人間的な反応。
そんな私が、縋る相手は一人しかいなくて。
『レイヴン、レイヴン……っ』
きっと私は、とっくにおかしくなっていた。だからこんな、縋る相手を殺して、殺した相手に縋って。歪み焼かれた私の波形は、ただ狂った言葉だけしか吐き出せない。
『レイ……たす、け……』
《ハンドラー・ウォルターに報告》
応えたのは、無機質なCOMの声。心を持たない彼は、どこまでもあなたに忠実だった。
《ミッション完了》
衛星砲が止まっていた。私が制御を手放したせいで、赤い眼球のようなジェネレータが停止する。もうザイレムを阻むものは何も無い。
封鎖衛星制止。あなたのミッションは達成された。そして、最後の仕事も。
ウォ ター
呆然と衛星砲を見上げる私の波形に触れる交信。懐かしい声。視線を下ろせば、断裂したコアの隙間から、あなたの姿が直に。
しごと おわ
コ ル焼
チカチカと、最後まで残ったハウンド5の眼が瞬く。きっとその眼はもう何も映さず、そしてあなたももう、現実を見てはいない。
おかね 再 じゅつ
新 普通の 生
あな みんな い しょに
真空となったコクピット。無重力の中、揺らめくあなたの手が、何かに、私に向けられたように。
わた にも 友 できた
ウォ タ
もしょう い
な
まえ
『レ――』
エア
チカリと。
ハウンド5の眼から、光が消えた。
『…………レイヴン?』
《強化人間C4-621 生体反応ロスト》