カアカアと、
このルビコンの空を飛んでいるアレが本当に鴉なのかは分からないが、どちらにせよ本物を見た事のない621には大差ない事である。ただ、何処へ向かうともなく遠ざかっていく黒い影に視線を向け続けていた。
「ところで、ビジター」
文字通りに黄昏ていた脳に届く、掠れた女声。低く落ち着いた
「あんた、
未だ詳しく話は聞けていないものの、どうも彼女はウォルターと知り合いであるらしい。ルビコン各所に
……もっとも、そのハウンド5もガチタンに改造されて、今は見る影も無いのだが。唯一、改造を免れた
「主人を選べる犬はいないが……」
通信を続ける声に混じり、何かの機械を操作する音や、彼女とは別の構成員らしき声も聞こえてくる。作業は滞りなく進んでいるのか、ハウンド5のすぐ近くにもカーゴが移動されてきた。
「それにしたって、あんたは運が無い。……まったく、同情するよ」
吐き捨てるような口調にはウォルターへの侮蔑というよりは自嘲、あるいは目の前の犬以外への同情が含まれている。自身の拙い観察眼で、621はそう推察した。
その推察も、ゴンゴンと追加で運ばれてくる物騒な装置に中断させられてしまったが。
「あぁ、それが気になるかい?」
それは一言で表せば「ブースタ」だった。大抵の機動兵器には、もちろんACにも搭載されている推進機。ただしそれは多少、いやかなり……非常に巨大なブースタではあったが。
カーラの声にもどこか悪戯っぽさが混じり、そしてその何割かは怒りでもあったように聞こえる。なんというか、
「こいつは、私が夜なべして作った玩具。名付けて“VOB”さ。何の略か……聞きたいかい?」
遠慮しておく。どうせひどく大仰な、物凄く速そうな名前なのだろう。それこそ、音速の二倍ぐらい出せそうな。ついでに、人間の耐G限界も何倍か超えていそうな。さて、第4世代型の耐G仕様はどれだけだったか……。
正直非常に逃げ出したい心地ではあるが、ハウンド5のすぐそばには
現実逃避も兼ねて周囲を見回すと、RaDのMTに混じり、惑星封鎖機構の機体もそこら中に待機していた。それらの足元でワイワイと談笑しているのは、それぞれの構成員たちだろう。更に映像を拡大すれば、出店らしき物までちらほら見られる。
「いけ好かない連中だと思ってたけど、意外と話も分かる奴らでね。すっかり意気投合しちまったのさ」
それは非常に良かったと621は思う。
それはそれとして気になるのは、空をふよふよ漂っている巨大なクモのような何か。その脚に括りつけられた垂れ幕だ。
【RaD惑星封鎖機構 合同花火大会】
仲が良いのは非常に良いことだと思う。思うが、その花火とやらはいったい何処にあるというのだろうか?
内心の疑問に答えるかのように、カーゴがばかりと口を開けた。中にはACでも収まりそうな暗闇。
もう一度、周囲を見る。皆がこちらを見ていた。たぶん、おそらく、笑いながら怒った表情で。
『やめてください! 出してください! 何をしようというのですか!』
「うるせェ暴れんな! 狭いんだよこのポンコツが!」
『ポンコツって言わないでください!』
621に先んじて、別のカーゴがランチャーに装填される。中から聞き覚えのある声が響いてきたが、聞かなかった事にした。どちらにせよ、明日は我が身であろう。
油圧と電磁レールが唸りをあげてランチャーを引き絞る。力を溜めに溜めて、破損寸前まで溜めて、遂に解き放つ。カーゴが、音を超える。
『イヤあああぁぁぁ――ぁぁ――ぁ――ッ――…………』
音を超えていたのだからして、その悲鳴が本当に聞こえていたのかは定かではない。
「ヒューッ! 見ろよ本当に飛ばしやがった!」
「さすがボス! 痺れちまうぜ!」
「ヒャッハー!」
「コード15、発射を確認!」
「コード44、着弾地点はどこか?」
祭りは最高潮に達したらしく、ドーザーと封鎖機構の面々は肩を組んで大騒ぎしている。かつてないほど平和な光景が尊い限りではあるが、本当にいったい何処に飛ばしたのだろうか?
「あれぇ? ちょっとズレたかね? 私としたことが照準補正をミスっちまったよ、あっはっは」
慈悲は無かった。
▼△▼△
「ちなみにこのカーゴは物資輸送用でね。有人で撃ち出されたのは、あいつらが初めてさ」
押し込められたカーゴの中から外は見えず、ただ暗闇の中でカーラの声だけが響く。
「私らのご先祖より先に宇宙に出たのは
モンキー何某とはどこかで聞いたことのある名前だったが、今はもうそれどころではない。とはいえ、もう出来ることなど心の準備ぐらいしか無いのであるが。
外は見えないまま、だが件のVOBがカーゴに接続された音が確かに響いた。
《不明なユニットが接続されました》
《システムに深コクな障害ガ発生しテイます》
《ただちに死用を停死してクダさい》
ひび割れた音声がカーゴの暗闇に響き、その不吉な内容にはもはや震えすら出ない。そして何かひどい誤字を見た気がする。
『あぁ、こんな狭くて暗い中に押し込められるだなんて……。ふ、二人きりですねレイヴン……っ』
鉄の棺桶に一人だけよりはマシだっただろうか。あるいは一人の方がマシだったか。相変わらず姿は見えないというのに、すぐ近くに気配を感じる。ついでに息が荒い。こわい。
『安心してください、VOBの制御は掌握しました。中央氷原まで必ず辿りついてみせます』
『だからこのまま私に身を委ねてください……』と耳元で囁かれて色々な意味で鳥肌が立つが、その前にVOBを停止させてくれないだろうか? せめて出力を抑えるとか。
脳内でエアに提案もとい懇願するとほぼ同時、平坦な男声で通信が届く。
「RaDのチャティ・スティックだ。VOBの出力は固定した。用件はそれだけだ。じゃあな」
ブツリと通信は一方的に切れ、以降は完全にオールブロック。接続時間が十秒にも満たない会話は、まさに“
『私とならいくらでもお話できますよレイヴン。私が、私だけが!』
「待たせたねビジター。発射準備完了だ」
『むぅ……!』
エアの声は自分以外には聞こえていないらしいが、絶妙なタイミングでカーラが割って入る。それに対してエアは随分と悔しそうだ。そして621は、遂に来た発射の瞬間に気が遠くなるばかりである。
「さあ今日のメインディッシュ、RaD特製花火のお披露目だ! 派手にいくよ!」
「カウントダウン開始」
花火って言った。今たしかに花火って言った。後でウォルターに言いつけてやる。生きていたら。
「ごー! よーん! さーん!」と騒がしい合唱と共に、VOBの身の毛もよだつような駆動音が鳴り響く。ランチャーが稼働し、カーゴが引き絞られ、そして、そして――。
「「「
カーゴの射出と、VOBの点火と、ドーザー達の怒号と、そして621のレッドアウトは、完全に同時だった。
『……レイヴン?
あぁ……あなたには見えているのですね。このルビコンを対流する……コーラル達の声が』
赤い。視界が赤い赤あかかか。ついでに脳内のコーらる管理でばイすががが
《強化人間C4-621 耐G限界超過 バイタル低下》
『……、……あなたに伝えておきたいことがあります。
本当は、もっとずっと後に、伝えるつもりだったのですけれど……』
逆流する逆流している血がぜんぶぶ頭にあつまてデバイスからこーらる押しだされて目のまえ赤赤赤
『コーラルは――私の、同胞なのです』
声がきこえる見える赤いおんなの人ががなつかしい声ウォルタおちつくしごとしごとわたし621
『アイビスの火から
実体のないルビコニアン。Cパルス変異波形と、そう呼ばれたモノ――それが、
くらいくらいなにもない意味をくれたあなただからこわくない死しごとわたし猟犬たたたかう
『ずっと、誰にも、知覚されなかった。私は、このルビコンでずっと、ひとりでした。
あなたに、あなたが、あなだだけが、レイヴン……っ!』
《強化人間C4-621 バイタル危険域 休眠モード強制移行》
人生かいもどす再手術お金こーむお金金たべものミールワームしごと任務ミッションたたかい……
『……レイヴン? 聞いていますか? ……まさか、寝ている、のですか……?』
しごと、こーらる、ウォルター……、……
『レイヴン……レイヴン! レイヴン!
起きてください! 私とお話するんでしょう! あなたのパートナーは私でしょう!?
無視は許しませんから! 絶対に、ぜったいにそれだけは!』
――――
『レイヴン――――ッ!』