コームは大事と存じます
今、ルビコンにおいて最も話題となっている事柄は何か。
一つ目は勿論、とある人物からもたらされた集積コーラルの新情報だろう。コーラル再湧出の報せが星系を駆け巡ってからというもの、星外企業たちはこぞってべリウス地方でコーラルの争奪戦を繰り広げてきた。だが件の情報は、それを根底から覆すものだったのだ。
――アーレア海を越えた先、捨てられた中央氷原
――その地のどこかに、コーラルは眠っている
ルビコンの主戦場はすぐさま中央氷原へと移った。星外企業は血眼になりながら氷原を探り、そしてまた血みどろの戦いを繰り広げる。だが激化した争いは遂に分水嶺を越え、惑星封鎖機構が不法進駐者の強制排除を宣言。その対象に例外はなく、更にこの機に乗じてルビコン解放戦線は戦況の巻き返しを図っている。
ルビコン全てを巻き込む炎と嵐は、今まさに最盛の時を迎えようとしているのだ。
そして二つ目の話題は、そんな戦火の中で着実に戦果を積み上げている人物のことだ。
「独立傭兵レイヴン」
今やその名を聞かない日は無いほど、傭兵界隈の話題はレイヴンで持ちきりだった。
曰く、惑星封鎖機構の恐るべき巨大ヘリを撃墜した。
曰く、レッドガンの
曰く、「壁越え」を為した――
その他にも「後見には悪名高きハンドラーがついている」だの、「その正体は人間ではなく犬型の生物兵器である」だの、「中身は
確かなのはその高い技量と作戦成功率、そして守銭奴であるという事ぐらいだろうか。
「レイヴンは
こんな話がある。
ルビコン解放戦線が有する巨大兵器の一つ、武装採掘船「ストライダー」。彼らが反攻の旗印として掲げるそれは当然ながら企業にとっては目障りな存在で、その破壊をレイヴンに依頼したのだ。だが
レイヴンが受諾したのは……護衛だった。
結果を言えばミッションは成功。何処からともなく現れたルビコン調査技研の遺物――C兵器の大群を迎え撃ち、見事にストライダーを守りぬいて見せたのだ。
この英雄的所業に解放戦線の戦士たちは皆が感涙し、レイヴンは歓声を以て見送られた。
その、わずか四十秒後の出来事である。
アサルトブーストで作戦領域を脱したレイヴンは、何故かそのままUターンして戻ってきたのだ。それも今度は、ぎらついた戦意を剥き出しにしながら。
状況を飲みこめない乗組員たちに、レイヴンの代理人――ハンドラー・ウォルターが無慈悲に告げる。
「だましたようで悪いが、これも仕事だ……621、
そう、なんとこの
奇跡的に生き残ったストライダー艦長。彼は後にこう語る。
「ヘリアンサスの方がましだった!」
▼△▼△
中央氷原のベイラム臨時基地。仮設とはいえそれでも広大な前線基地の一角に、一機の大型輸送ヘリが停まっていた。AC一機をまるごと収容し、更に簡易的な
ヘリの所有者はハンドラー・ウォルター。その名の通り悪名高き
そして、その独立傭兵はというと……。
「621、いい加減に出てこい。俺の話を聞け」
『そうですよレイヴン、そろそろ機嫌を直してください』
621。レイヴン。そう呼ばれる独立傭兵――強化人間C4-621は絶賛ストライキ中だった。具体的には、乗機であるACのコクピット内に籠城していた。つーん、と単眼が特徴的な頭部パーツまでもがそっぽを向いている。徹底抗戦の構えであった。
カツンと杖を鳴らしながら代理人――ウォルターがキャットウォーク上を歩く。手にした端末を、頭部パーツの前に掲げながら。
「見ろ、残金はまだこれだけある。お前の稼いだ金だ、金は使う為にある物だぞ」
さすがに主人の声まで無視する気はないのか、AC――ハウンド5のアイセンサーが端末にピントを合わせる。しかし結果は変わらず、再び頭部ごとそっぽを向いてしまった。
そんな猟犬の様子にウォルターは端末を下げ、げんなりとした息を吐く。
「どうしたものか……」
『どうしたものでしょうね……』
相槌のような
事の発端は数日前まで遡る。
集積コーラルの在処をつきとめたウォルターは、さっそく星外企業相手の商談へと乗り出した。特大の情報と交渉力とを武器に資金を引き出そうとするウォルターと、いかに情報を掠めとるか企むベイラムとアーキバス。その戦いは熾烈を極め、情報を小出しにし、カードを何枚も隠し持ち、腹芸に次ぐ腹芸、寝技に次ぐ寝技の末に、最後は実力行使へと発展した。
スーツを破り捨てる筋肉モリモリマッチョマンのベイラム使者に対して、ヴュアァンと小型レーザーブレードを構えるアーキバス使者。そこに我らがハンドラー・ウォルターは手にした杖を変形させ、長大な刃鞭と化した仕込み杖で獅子奮迅の
とにもかくにも中央氷原での新たな活動資金を手に入れたウォルターは拠点である輸送ヘリへと帰還し、だがそこで留守番している筈だった621がACごと行方不明になっていたのだから、彼の内心たるや推して知るべきか。必死になって方々へと連絡をいれ、知己であり同志でもあるシンダー・カーラからその所在を知らされた。
「あぁ、あんたの犬なら先に氷原まで送っておいてやったよ。
ところでウォルター、うちのグリッドに大穴を開けてくれやがった笑えない
その顔は、ウォルターも知っている
そしてそこでようやく、雪ダルマと化したACの中でひとり震える621と再会を果たしたのだった。
「お前が倹約家なのは知っているが、弾代を惜しんで死んでは元も子もないぞ。生きる為の金だ。逆ではないだろう」
なぜ無断で出撃したのか、なぜ自力で企業と交渉できたのか、なぜグリッド086を爆破したのかなど聞きたい事は山ほどあったが、ウォルターにも嬉しい誤算が一つだけあった。それは621がACの機体構成を大幅に変えていた事だ。
なにせハウンド5は金のかかっていないACである。ウォルターが最初に与えたほぼそのままの構成で、そこにオールマインドから無償で提供されたパーツを追加・換装しているに過ぎない。元よりACの戦力は搭乗者の技量に依るところが大きいものの、それでも機体性能の差というものは確かに存在するのだ。
「特にこの
安物の機体で危険なミッションに向かう猟犬をハラハラ見守ることにも限界を覚えていたウォルターである。殆ど手付かずだった貯金を大胆に使って乗機を大幅に強化――ガチタン化していた事に胸を撫でおろしていたことも束の間。621は乗機を元の構成に戻すと言って聞かないのだった。
だったら何故ガチタンにしたのかと尋ねるが、それに対してはプルプル震えるのみで返答は無い。……誰かに脅されているのだろうか?
フレームを買い戻すのはともかく、せめて武装だけでも変えてはみないか、せっかく買ったグレネードを一つぐらい装備しても良いだろうと説得を続けてはみたものの話は平行線。遂に621はコクピットへと閉じこもってしまった……というのが事のあらましであった。
「621……」
押してばかりでは意固地になるだけか。そう判断したウォルターは一時撤退を決め、せめてもの抵抗としてパーツカタログを作業台に置いておく。普段以上に足を引きずりながら階段を降りていく背中はまるで、反抗期の我が子に拒絶された父親のようだった。
▼△▼△
神経接続されたアイセンサーでウォルターの背中を追っていた621は、ガレージから彼の姿が消えてから深く息を吐いた。バイタルを観測しているCOMが小さく警告音を鳴らし、僅かな息苦しさを覚える。これが心痛と呼べるものなのかどうかは、自分でも分からない。
『行ってしまいましたね……』
視界の端が紅く明滅し、ここ数日で聞き慣れてしまった声が脳内に響く。狭苦しいコクピットの中で横たわるのは自分ひとりである筈が、その声は眼前にいるかの如く近い。
自称ルビコニアンのエア。621の目下の悩みであり、そして今の状況を生み出した元凶でもある。
『レイヴン、AC乗りにとって乗機構成が非常に重要である事は私にも理解できます。ですが、ウォルターの言うことも一理あるのではないですか?』
それは621とて理解してはいる。だが納得できるかどうかは全く別の話であった。
あの悪夢のようなミッション――グリッド086侵入。
結果的に一応の成功とはなり、だが収支は大赤字だったのだ。大量に持ち込んだグレネード弾すべてを撃ち尽くした弾薬費は莫大。最後の大爆発に巻き込まれたハウンド5の装甲は消し飛び、作動した
『いえ、あなたは既に強化人間なのですが……』
そういう問題ではない。
文字通りの赤字が所持金欄に並ぶのかと恐る恐るライセンスを確認した621だったが、何故かそこには「残金0コーム」とだけ表示されていた。いったいどういう事かとオールマインドに問い合わせると、それほど間を置かず通信が来たのだが……。
『あ、ああなたのふ負債ならばば、代理人のハハンドララウオルタタがし払いました!』
なんだか様子がおかしかった。まるでひどく寒い場所にでもいるかのように、声がガタガタと震えていたのだ。つい最近、中央氷原でひとり遭難していた身としては同情を禁じ得ない。おそらく取り込み中であっただろうに、忙しい中で対応してくれた事への礼をメッセージで送っておいた。
『よよよ傭兵し支援しししシステムとしては当然の……へ、へぶしゅっ!
ささ寒い! ひ火が消えててますよ対処してください! 対処をイグ』
ぶつりと通信は途切れ、ウォルターに対してもオールマインドに対しても申し訳なさでいっぱいであった。己の不始末を飼い主に尻拭いさせるなど、これでは駄犬と呼ばれても何も言い返せないではないか。鬱々とした思考は堂々巡りを始め、ハウンド5までもがだらりと姿勢を崩していく。
そんな621の内心とは裏腹に、視界がチカチカと紅く瞬いた。
『元気を出してくださいレイヴン! 私たちは無事ですし機体の修理もできました。お金ならまた稼げば良いではないですか!』
いや、そもそもあんな事になったのはエアのせいなのでは? 今さら言ってもどうしようもない事ではあるが、さすがの621でも不満を禁じ得ない。
『では何ですか! 私が支払えば文句は無いのですか!? 体の無い私にカラダで払えだなんて、レイヴンのけだもの! 口説くならもっとロマンチックな時にしてください!
もう知りません! 謝るまでお話してあげませんからね!』
『ふんっ!』と一方的に途切れる交信。ウォルターもエアも去り、完全な静寂となったコクピットで再び深く息を吐いた。
どうにも上手くいかない。これならば感情など取り戻さない方が良かったのではないか? だがウォルターは己にそれを望み、エアもまたその節がある。しかし、このままでは……。
堂々巡りする思考に疲労すら覚えてくる。もう眠ってしまおうか。休眠モードに移行するため脳深部デバイスに接続しようと、
『――レイヴン、なぜ謝ってこないのですか』
変異波形とは皆がこのように短気なのだろうか。だとすれば、コーラルとは非常に危険な物質なのではないか……? 621が密かに戦慄した時。
「ちょっと邪魔するメリよ――――っ!」
ドゴオォン! とグレネードでも炸裂したような音と共にガレージの扉が開け放たれる。まさか爆破されたのかとスキャンを走らせるが、どこにもそのような痕跡は見られなかった。見つかったのは、一人分の生体反応だけ。
「かーっ! しけた格納庫メリね! グレネードどころかバズーカすら置いてないメリとは!」
「けしからんメリ!」と、そうズカズカ踏み込んできたのは、どこかの企業らしき制服を纏った人物。だが肩に背負った筒状の物は何なのだろうか。
ポカーンとアイセンサー越しの視線を向けていると、謎の人物はこちらの存在を察知したらしい。入ってきた時と同じ足取りでズカズカとキャットウォークを上がってきた。
「お前が噂の独立傭兵メリね! ちょっくら話があるから
ゴンゴンガンガンと装甲を叩かれる音がコクピット内に響く。
いや無理である。そもルビコンにおいて、外部の人間と会う時は通信ごしか機体ごしで行うことが基本だ。まして、こんな怪人物と生身で対峙するなどもっての他。そんなものはエアだけで充分『何か言いましたか』ごめんなさい。
「621どうし……何だ、お前は」
駆けつけてくれたのは、やはりウォルターだった。謎の人物を静かに威圧しながら、ゆっくりと間合いを詰めてくる。カチリと、杖の仕掛けを作動させる音がした。
それを知ってか知らずか、だらりと両手を上げながら怪人物は飄々と口を開く。
「ふっ、
「御託はいい。
ウォルターが決然と告げ、それに対して怪人物――メリニット社員が衝撃に白目を向いた。背後で盛大な爆炎まで上がったように見えたが、それは幻覚だったらしい。
「な――なぜ分かったメリか!?」
「さあ、何故だろうな……」
メリニットとは、確か星外企業の一つだっただろうか。主にバズーカやグレネードといった武器の製造元にその名前を見た気がする。
それにしても、ウォルターは何故メリニットの正体を見抜いたのだろうか? やはり彼は只者ではないと、畏怖と尊敬の念を621は改めて感じたのだった。