こんな人生、どうでもいいと思っていた。
いつだって何かに追われてきた。夜の暗がりにパソコンのブルーライトが反射する――まさに死んだように生きている日々だ。
それでも生きなければならない絶望が人間というものには待っている。だから指は勝手にキーボードを打ち続けるし、眠気を打ち倒すようにエナジードリンクを何本も開ける。
これが、俺が歩みたい道だったのか?
白い天井を見つめても答えは出ない。答えは出ないが、あることを思い出した。ただひとつの願望器を求め、七騎と七人が争う――聖杯戦争。
街中とインターネットで耳と目にした都市伝説に過ぎないが、どうせ人生投げやりにするくらいなら、試しても無駄ではないだろう。いや、魔術師の家系でもないので、無駄には無駄かもしれない。
立ち上がり、無心で玄関の扉を開けた。やや冷たさを込めた春の外気を通り、マンションの裏手にある森へ侵入する。ふらふらと湖のある方まで歩くと、誰が描いたか魔法陣の上に立っていることがわかった。
噂通りに事が進み、孝太郎の心臓は高鳴りを隠せなかった。これから湖にでも身を投げようとしていたのに、ぞくりと身体が震え上がる。
「――素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」
瞳を閉じると、詠唱の文言がすらすらと口から出る。
触媒は土産にもらった数珠。家にあり、英霊に関わりそうな代物はこれくらいだった。これもまた噂を信じての用意だ。
「
ぐっと拳に力が込められる。自分の中で何かが弾けそうで、脚も地を踏ん張っている。
「――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」
ああ、もうすぐ。もうすぐなのだ。
「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者……」
風が吹きはじめ、孝太郎の黒いくたびれたスーツがなびく。無意識下に身体の中が熱く燃えるような感覚を示した。
「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ――!」
閃光。
瞬間的に孝太郎は後退り、しかしてその光は瞬く間に消え去った。
「……」
そこに英霊――サーヴァントらしき姿はひとつもない。声も、気配も、何も感じ取れなかった。
「……っはは、なんだ、噂は噂か」
孝太郎はぺたりと座り込み、乾いた笑みをこぼした。まるで瞳は笑っていないが。
――そこに、ひとすじの痛みが走った。
「ッ……何、だ?」
右手の甲を見やる。そこには赤黒く、血で描かれたような三画の印がありありと見えた。令呪――マスターの証であり、サーヴァントに対する絶対命令権。
孝太郎は電流のような一時の痛みに脳が痺れる。
嘘じゃない。噂でもない。
そう――
聖杯戦争が、この地で始まるのだ。