輝く星になれたなら 作:ケジメファイア
メイクデビュー
真夏の東京に吹雪が吹いた。
先頭を駆ける彼女は、直線で余裕たっぷりの末脚をドンドン追い出して。
後ろをモニターで確認する余裕まであった。
「いつか、私も……」
大井レース場、真夏のナイターレース。
汗ばんだTシャツ、溢れる汗。握りしめたペットボトル飲料の感触。強く、握りしめるメテ姉ぇの手のひら。
今でも、忘れない。
「いつか私も、あの夜空に、3つ目の星を輝かせたい」
オリオンの星のように。
「雨残る大井レース場、天候は雨、重バ場の発表。ナイター開催の4R目、メイクデビューです」
夏が終わったにも関わらず、変わらぬ厳しい残暑の9月下旬。汗ばむ暑さに不快さを齎す雨。蒸し暑い。
バ場が湿ってタイムは早くなる。芝のバ場は悪くなればタイムは遅くなる。中央の内側や地方の基本コースにある砂、ダートコースでは足抜きが良くなることでバ場は重い方がタイムは良くなる。無論、限度はあるものの。
今日は、ちょうどいい。
「1番人気はこの子、1番ミックファイアです」
大井レース場、東京シティレースのパドックは、中央ほどではないが華やか。
地方は中央よりも距離感が近い。手を伸ばせば今にも観客の顔に手が届きそうだ。仕切るものは、フェンスしかない。
茶色で囲った白の星の耳飾りを揺らし、前髪の少し右に流れる流星を触った。
赤に白菱、袖緑のインナー。
白の星が背にあしらわれた茶色の半袖ヘソ丈ジャンパージャケットに、白星が散らされたフリルスカート。
メイクデビューと重賞だけで着ることの出来る勝負服。
この美しい衣装を何度も、何度も、着てみせたい。
強く手を握りしめた。
止まれの号令。
「気をつけ、礼」
レースに出るウマ娘たちが一列に並んで一礼。
コースに向かう道、誰も喋らない。喋れない。
緊張しないわけがない。
地方だから、レベルが低いから、緊張の度合いは低いって?
そんなわけがない!
トゥインクルレースを執り行う中央トレセン学園と比べて、確かに私たち地方の学園は設備が少ない。
彼女たちが練習を行う学園のコースは、レース場と同じ規模を持つ。坂路やウッドチップ、プールからトレーニングジム。どれをとっても一級品。
それに比べて、私たちの練習は大所帯の学生が交代交代でレース場のメインコースと内の練習コースを走ったり、学園のトレーニング施設を使うだけ。規模は、勝てやしない。
中央は、それだけ期待されたウマ娘が集う。入試もレベルが高い。
でも。
「それが、強さや面白さを決めるわけじゃない」
努力して、追い続ければ。
より、輝けるはずなんだ。
「枠入りお願いしまーす!」
発走委員が旗を振り、ファンファーレが鳴って枠入りが始まる。雨はほとんど止んで、バ場と空気だけが重たい。
雨の香り、ほんのり匂う。
7人のウマ娘がゲートに入った。
「4レース、メイクデビュー。6番収まり」
「1600枠入り完了」
ゲートの扉が開く。
圧迫感だらけのゲートから早く抜け出したい一心の心が、明るくなった方へ、光明へと走り出す。
スタートは良い。外から誰かが押してくるけど、それならそれで、その子を押し出してマークすればいい。
「スタートしました。内1番ミックファイア好スタート、そのまま出ていきますか」
残り1400メートルの標識、14と書かれた標識を越えていくとキツい右カーブが続く。大井名物の急コーナー。狭い敷地で広い直線と向正面を確保するために、カーブが短くて角度がキツい。
レースの流れが早くて、番手に付かれてしまった。前残りのダート、しかもそれが際立つ地方レースでは先頭ではなく2番手につけた方が良い。先頭ではいい的になってしまう。
「1、2コーナー中間に差し掛かります。前の方固まった態勢、先頭は1番ミックファイア、1バ身ぐらいのリード」
1人、気配が消えた?!
たった7人、そこから1人の気配が消えたような気がする。
向正面が終わった。次の3コーナー手前に来たところで、後ろをピッタリマークして追走してきた2番手のウマ娘が横に並ぶ。
「抜かせない……!」
バ群の前が詰まって後ろが開く。
直線はすぐだ。
溜めていた末脚を一度に解放、2番手、3番手の子の気配が無くなった。
「1番ミックファイア、今ゴールイン!」
やった。
そう思って、スタンドの方を見る。
それで、場の空気が静まり返って。入線するみんなの方、1人のクラスメイトが、座り込んだ。
「競争中止、4番は競争中止です」
ウマ娘のレースは、華々しさと同時に過酷な世界でもある。
私の名前はミックファイア。志を抱いて大井に来た、未だ何も知らないウマ娘。