輝く星になれたなら   作:ケジメファイア

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笑顔:きっと前を向いて

 

 歓声。リングの中心では、ヒールが両腕を掲げて勝鬨の声を上げていて、ヒーロー達は倒れ込んでいた。

 

「いけーっ!サウナーァ!」

「たてやぁーっ!」

 

 怒号が轟く中、高笑いが鳴り響く。

 それは悪役達の確信の笑いなのか?彼らは見合う、けれどどこにも居ない。

 声は。

 

「はーっはっはっ!」

 

 リングの底から立ち上がった1人のサウナハットが笑っている。

 

「サウナーマスク!何故未だ立てる!」

「答えてほしいか?それはな、私が整っていないからだ!……とおっ!」

 

 サウナハットを目深に被った上裸のヒーローは飛び上がってリングロープから一回転。

 

「行くぞっ!ボート仮面!」

「おうよっ」

「いつの間に?!」

 

 タッグのもう1人も飛び上がった。

 

「決めるぞ、フライングスタート……」

「モンキーターンっ!!!」

 

 リングロープを器用に使って、競艇のターンのように体を振り回した2人が、ロープを引っ張った反動を生かして中心に居る敵役達に飛び掛かる。

 

「いけーーーーぇっ!」

 

 心の中から叫ぶ。

 ボート仮面が下から消火用の水入りバケツを取り出すと抱き込みをしていたサウナーマスクに叫ぶ。

 

「サウナー!」

「おうよっ!」

「アイスバケツ……」

「整いバスターっ!」

 

 悪は倒された。

 

「で、満足した?」

「うん!楽しかった!」

 

 呆れながらも安心した複雑な顔で、未だ興奮冷めやらぬ私を見ているメテ姉ぇ。

 

「ミックは好きねぇ」

「うん、やっぱサウナーマスクの整いバスターは最高!でも、ロウリュローリングもいいんだよねー!次は見れるかな」

「私はボート仮面の上腕三頭筋の形の良さが良かったかな」

 

 サウナーマスクとボート仮面。

 その名の通り、サウナが大好きなサウナハット姿とボートレーサー出身の2人のプロレスラー。

 サウナーマスクは水バケツを使った整いバスターが必殺技で、ロウリュが如くタオルや大団扇を振り回して戦う。

 ボート仮面はボートレースみたいな動きでリングを駆け巡るスピードタイプ。

 この2人は元々ボートレースの養成学校同期と言われている。

 今日は、東京ダービーの勝利を祝って、メテ姉ぇがプロレスのチケットを取ってくれた。それも、私のお気に入りのレスラーのタッグマッチ戦を!

 

「あ、ハチミー売ってるじゃん」

「……紅はるかシェイク!」

「自分で出しなよ」

 

 プロレスの試合をしていた街の総合体育館を出て、すぐの公園広場。ハチミーの屋台トラックが止まっている。そこには、紅はるかシェイク始めましたののぼりが立っていた。

 よだれが溢れそうになるのを堪えて、がま口財布を開き、一枚のお札と二枚の小銭を取り出す。

 

「紅はるかシェイク濃いめ多め甘め、メガラージで!」

「濃いめ多め甘めの紅はるかメガラージですね、ちょうどいただきます!」

「私は……ハチミー濃いめ固め多めスモールで」

「ハチミー濃いめ固め多めスモール、お釣り500円です」

 

 ドンと出されたのは両手でギリギリ持てるサイズのミニバケツカップ。いっぱいに入った紅はるかシェイクの至高の赤紫色によだれが止まらない。まさに垂涎もの。

 

「メテ姉ぇ、足りるの?」

「……逆に聞くけど、メガラージ飲めるの?」

「オフコース!写真とろ〜!」

 

 スマホを取り出して、メガカップをメテ姉ぇに支えてもらいながらパシャり。

 やっぱりカップが大きいから顔が小さくなってるかも。

 

「それじゃあ、ミックの二冠達成と!」

「メテ姉ぇの重賞2連勝を祝して!」

「「かんぱーい」」

「発走委員が〜」

「適正な発走と認めなかったため〜」

「再度執り行います」

「ぶふっ……!」「ふふふっ……」

 

 お決まりの掛け合いをした後、一口目。

 

「美味しい!甘味がしっかりシェーキになってる……!」

「すごい勢い……でも」

「はーい。夕ご飯はちゃんと食べます」

 

 空は段々と日が傾いて、まだ夕日には遠いけれど。

 蒸し暑さと陽の長さで、もう夏なんだなってなる。少し汗ばんだおでこに流星の毛がくっついた。

 

「ねぇ、ミック」

「なに、メテ姉ぇ?」

「生徒会役員、押し付けちゃってごめんね」

 

 そんなことか。メテ姉ぇが進学する以上、誰かが引き継がなきゃいけなかった。

 いつまでも、メテ姉ぇが学園で副会長をするわけじゃない。

 いつまでも、スピーディ会長が会長職を続けるわけじゃない。

 

「それに、さ」

 

 スピーディ会長がみんなと距離を置いているように見えた理由が、少しわかった気がする。

 勝って、勝っていくほど。

 周りが私を見る目は変わった。以前はインタビューなんて無かったのに、今では学園に出るたび、記者から逃げ回らなきゃいけない。

 期待は時に、重圧になる。

 負けた時、期待は失望に変わる。

 怖い。

 

「メテ姉。私は、期待されるの、好きなんだ」

 

 東京ダービー。二冠を達成して、Vサインを見せながらスタンド前に戻ってきた時の歓声。

 梅雨の熱気に観客たちが汗をかき、叫び、照明で重のダートから浮かび上がる湿気で霞んでいた。

 

「あの声に背中押されるのは、勝者だけの特権なの」

「私は、もっと煌めかないといけない」

「勝って、南関を背負えるようになって」

 

 メテ姉と会長が居なくなっても、みんなで南関を輝かせ続ける。

 それが私たちの仕事。次代を担い、次の世代が来たいと思えるような学園にすることが、私たちの仕事。

 

「私も、三冠競走は走りきった」

「ミックが強いのも、私は知っている」

「……中央は、もっと強い」

 

 そんなことは分かってる。分かっていても、走り続けないといけない。

 

「ミック、覚えてる?」

「サンクスさんとブリザードさんのダートダービー、観に行ったよね」

「うん」

「サンクスさんの時なんてさ、ミック迷子になって」

 

 オリオンザサンクスさんのダートダービー。大井寮所属のウマ娘が最後に制したJDD、蒸し暑い日に迷子になって。メテ姉を探し回って、あちこち行った挙句。

 

「サンクスさんの控室に入っちゃったんだよね、あの時」

「その時から、なんだろうね」

 

 こうなるって。

 メテ姉は昔に思いを馳せて、呟いた。

 

「トーシンブリザードさんの4冠の時は、ミックすごい声で叫んでて」

「もーぅ、昔のことでしょ」

 

 今すぐにでも思い出せた。

 心を震わせるあの走り、今でも想いを馳せて焦がれている。

 私も、あんな走りをしたい。

 俯くと、すっからかんのシェーキカップの底が覗いた。

 

「メテ姉」

「私、なれる。かな」

 

 三冠ウマ娘に。

 誰に負けてもいけない茨の道だ。

 

「なるんでしょう」

 

 望んできた道。望まれて出来た道。

 走らないといけない。走りたくて来た。

 憧れて、焦がれて、目の前にある。

 

「ミック、小指出して」

 

 首を傾げながら左手の小指をメテ姉に見せる。

 

「大丈夫」

 

 メテ姉はそれを両手で抱き留め、胸元に引き寄せて言葉を紡いだ。

 

「想いも、願いも、夢に届かなくても決して誰も笑わない」

「私たちは想いで走る」

「忘れないで、貴方は1人じゃない」

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