輝く星になれたなら 作:ケジメファイア
届かない。
息が切れて、肺に酸素が入らなくて、心臓の鼓動が遠くなって血液が薄まって、視界が暗くなる、脳に思考のモヤがかかる。
次々に追い抜かされていく。
砂の感触が足を包み飲んで、脚の筋肉が張っていく。
「置いて、行かないで」
遠ざく背中に声を掛けようとして、口元を噛み切るぐらいに塞ぐ。
ダメなんだ。私は。
私は。
「ミック?遅刻するよー」
「マンちゃん」
通学路。どうやら眠すぎるあまりに意識が遠くに行っていたようだった。
昨日から学園生活に戻ってきたマンダリンヒーローは、時差ボケでヘニャヘニャしていた2日前とは全く違って。3ヶ月余りのアメリカ遠征が一回りも二回りも、成長したように見えた。
それに比べて、私はどうだろう。
二冠の内容は、及第点。一つ目の羽田盃には出ることすら難しい状況から、今となっては三冠目、中央との直接対決の本命にすら持ち上げられている。
「マンちゃんは、次走どこなの?」
欠伸を噛み殺して校門の挨拶活動に並んだ私とマンちゃんは、お互い大井寮の代表役員。
私はメテ姉後任の、副会長として。マンちゃんは各寮2名の書記。
「体調を戻してから黒潮盃。シニア級との対戦を狙う、って感じかな」
「コールも、サンタアニタトロフィーから黒潮盃、なんだよね」
ヒーローコールは、三冠競走を完走することを目指さなかった。
それは彼女なりの考えがあってのもので。
今後はシニア級の先輩達と白黒付けてから私に挑むと豪語された。
「ミック、最近寝れてる?」
「あ、うん、まぁほどほどに?」
嘘だ。
眠れない日が続いている。
もし、負けたらって考えてる。
みんなの期待に応えられなかったら、どうしようって。
「何を馬鹿げた考えしてるんですの」
眠気で少し猫背になっていたところを、後からやってきたコールにパンとはたかれる。
「しゃんとしなさいな」
「貴方は、わたくし、ヒーローコールを倒した南関唯一のウマ娘なのよ」
「……うん」
ジャパンダートダービー。本当はマンちゃんともコールとも走りたかった。走れると思っていた。3月手前までは、私だけが走れないと思っていて。
方やマンちゃんは世界に挑んで、コールは苦しみ足掻き、それでも前を向いている。
2人からの応援は他ならぬ力に変わっていて、私の背中を押してくれている。
「ダートダービーは、まずミトノオーさんが逃げる」
「ソトガケは居ないんだよね?」
ミトノオー。コールの出た中央のレースで1着を取った逃げウマ娘。
ソトガケ。デルマソトガケはコールがジュニア級の時に負けたG1の勝者。マンちゃんと同じケンタッキーダービーに出走した中央のダート路線トップクラスで、彼女がダートダービーに出ていれば圧倒的1番人気は間違いなかった。
「強敵ばっかだなぁ」
迎え打つ私たち南関のウマ娘だって粒揃いのはずなのに、私たちは荒削りの小さな原石なのに、あっちは荒削りのまま何十カラットと光っている。
「なーに弱気になってんのさ」
「そうですわ。なるんですのよ」
そうだ。ならなきゃいけない。分かっていても、いまだに震えている自分がいる。
「おおーい、3人」
「会長?どうされたんですの」
スピーディ会長は大きな段ボールを持って学園のワゴン車から降りてきた。
「中央に、こっちの勝負服の確認持って行ってたんだ。今日の放課後、試着してもらうから」
これが、ミックの分。そう言われて一つの段ボールを手渡される。
勝負服。中央との交流G1で羽織るこれは、重みが違う。S1競走で着るのもほんの一握りだけど。
「アブクマ学園長と話してくるから、ドラケンとシェールとライズの分も運んでやって」
「分かりましたわ」
「んじゃ、ドラケンとシェールの分はボクが大井寮に持っていくよ」
「川崎寮のライズさんの分は……わたくしが行きますわ」
……勝負服。これを着て、私はあの舞台に立つ。
「ミック〜?」
「ダメですわねこれ」
深呼吸。一つ、二つ。2度数えて、息を止め。もう四つ数えて深呼吸。
「あれ?2人とも?」
瞑っていた瞼を開けると左右には2人の影はない。丁度、最初のチャイムが学園に鳴り響く。2人の背中は遠く学園の中で、私は慌てて追いかける。
蒸し暑い、では済まない熱気と湿気の中。
「待ってよ2人とも〜」
「だって、ね〜?」
「明日なんですのよ」
「うぐっ」
ジャパンダートダービーは、明日に迫った。
なんてことはない、7月11日の朝。
明日の20時10分には、私はゲートに立っていて。そしてそれから2分と少し後には、全てが終わっている。
私たちにとっては大事な一瞬。それでいてあっという間の瞬間。
人生の内では瞬きをするような一コマだけど、それが永遠に残る何かになる。
「ミック」
「ミックさん」
2人の親友が、同時に振り返る。
「勝って。戻ってきて」
「わたくし達と、勝負ですわ」
2人の笑顔は、心の奥底に響く。
自分にとって、一緒に駆けてくれる、一緒に輝こうとしてくれる。
こんな2人が、ずっと好きだから。
「うん。待ってて、ね」
次回第2章最終回「足跡:三つ星に憧れて」