輝く星になれたなら 作:ケジメファイア
「6番、ミックファイア」
1番人気だ。中央の強豪を差し置いて、詰めかけた大勢と中継を見ている全国のレースファンが注目する。
赤と青に白の星のインナーは少し暑い、勝負服の茶地に白の星が散らされたジャケットとジャンパースカートの裾が揺れる。
パドックを終えて、緩くなっていた白の大きなリボン紐でポニーテールを結び直した。
スタンド下バ道の静寂が体を突き刺す。勝負服に合わせたデザインのシューズが地面を踏み締めるたび、硬い足音が何十奏にもなった。11人、2足の合わせて22足の足音。
この足音が、踏み締める足跡が、大井2千コースのダートを踏みしめて、日本一を決める。
スタンドの方を振り返れば、ナイターレースの醍醐味、一杯のファンを浮かび上がらせる照明が私たちを照らし出した。
「うん、そうだ」
ここは通過点。
私は、勝つ。
造作もないことだ。
ダートを踏み締めて、返しウマ。いつもと変わらない大井コースの踏み締め具合は、今日は良バ場。ここでタイムを出すことができれば、今後にも繋がる。
ここは、試金石に過ぎない。
ゲート裏。
周囲の視線は、ある。
中央の名家のウマ娘は、2番人気に不満を感じているらしい。突っかかってきたが、気にしない。
周囲が見えなくなるぐらい、自分にいっぱいいっぱいだった。それほどまでに溢れる闘志は、自分で抑えることが難しいくらいに渾々としている。
白の髪飾りに手を当てる。昔から柔術を習っていて、白い帯をモチーフにしたこれは、初心を忘れないという自分の想いを込めたものだ。東京ダービーの大一番に向けて誂えた。これを結ぶのは、本気を出す時だけ。
「夢は、叶える」
曇り空に、ファンファーレ。
「TCR、東京シティレース、第11競走。文部科学大臣賞典、指定交流。第25回ジャパンダートダービーJpn1」
「来年度より、日本全国の体系的なダートレース整備のため、時期の変更と共にジャパンダートクラシックとして生まれ変わります」
蒸し暑い、ダートの上。乾きつつあったバ場に一雨あっての、湿気具合。
あの時を思い出す。蒸し暑い日、メテ姉の手を握りしめて、声を挙げて応援した、あの日のことを。私は今、あの声援の先にいる。
ゲートに収まった。
夢の舞台に立った。この場所に来て、多くの人の思いを背負っている。
親友として、2人の想いを背負い。
家族として、家族の想いを背負い。
大井寮代表として、南関東代表として、みんなの想いを背負い。
三冠ウマ娘の誕生を願う人々達の想いを背負って。
瞼を開く。暗いゲート、体を深く沈み込ませてドアの向こうの灯りを望む。
「クラシック級、距離は2000。11人で争われます。バ場コンディションは良」
「風は収まりましたがこの時間、細かい雨が落ち始めてきました」
「第25回ジャパンダートダービーJpn1。11番のキリンジさんが最後の枠入り」
私は、夢を叶える第一歩を踏み出した。
「スタートしました。4番すこーしスタート躓きました」
流石に、地のスピードは中央のウマ娘も早い!
スタートは五分に出たつもりでも、前には3人も居た。
「まずは先行争い、ミトノオーが行く!7番ミトノオーが先頭」
前目につけたいミトノオーさんを筆頭に、勢いよく出てきた中央勢はスタート100メートルで、ナイターのコースの見え方に戸惑って、掛かった。
「外に切り替える3番、その外に5番、そしてここにミックファイア!」
3番のウマ娘が左に進路を動かし続けて、高飛車なウマ娘までもが押されてくる。
ホームストレッチ、なるべく走りやすいエリアを踏んでダートの踏み締めロスを減らしたいのに、内側の掘れてるところから出ようと押し出されるのは難しい。
「人気どころは前につけました」
砂を踏み出す足は自然と足取り軽くなれた。前から5番目ほどの立ち位置はこれまでになく後ろの立ち位置。テンのスピードでは抗えないし、苦しい。苦しいはずなのに。
「大歓声!大歓声に送られて1コーナーへ!」
スタンドいっぱいのファンから押し出されるように、応援の声が背中を押してくれる。
コーナーに入る寸前になっても、内は開かず、外を延々と振り回され続けられる状態。レースの状況は一向に芳しくならない。
これが、G1。交流重賞のテッペンはこんなに苦しいのか。
思わず笑みが溢れる。
1コーナーを周る時点で、先頭集団の後方で4列目に付けたが、前を走るウマ娘は快調に飛ばしていくのが見えた。距離は自然と開いていく。
息をつく合間はバックストレッチしかない。息を整えて、4コーナーから、一気に勝負をかける!
「7番ミトノオー先頭、リードは1バ身から1バ身半!2番手に3番。3番は2番手です。」
「内から追い上げていったのは、9番!外には5番、その後ろの圏内内側に8番ゴライコウと外に6番のミックファイア!」
内から4番手が堪えきれず前に出て、息を無駄にしながら先頭集団が3列に縮まる。
前が、遠すぎるように思えた。
コールが、このパターンで負けた。彼女は、番手を走って一気に抜け出した私をマークするあまりに、脚を早い段階で使って、息が切れて直線全く届かなかった。
ならば、私が勝負を掛けるのは今じゃない。
大体1分間ピッタリがたった。バックストレッチも半分を超えて、息が完全に整った。踏み出す覚悟も、息も整った。
「3コーナーカーブに差し掛かります」
「先頭は7番のミトノオー、リードを広げていく」
前を見る。遠い。遠すぎる。
「負けない!」
600の標識が見えた。前の3番手に居た高飛車な子に一気に併せて行って4コーナーまでの中間。先頭は2番手から3バ身ほども広げている。それも、息を入れて。
「1バ身半、2バ身、3バ身、3、4コーナー中間!2番手は3番!追い上げていったのは外から5番、更に外からは……ミックファイア!」
だから、どうした。
私の末脚で差し切れば、全てを薙ぎ払えば、いい。
レースは、そういうものだ。
負けない。負けない。私は負けない。
4コーナーのキツいカーブの出口を5番のウマ娘と共に飛び出す。前との差は4バ身以上にも感じて、普通ならセーフティリードだ。
「ミックファイア、ユティタム、前を追っていく!しかし先頭はミトノオー、リードを広げて4コーナーから直線!」
400の標識ポールが一瞬で横切った。スタンドからの全力の歓声の風が、風速何十メートルにもなって吹き付けて、眩しいスタンド照明の太陽が照りつける。照らされた無限の砂漠、ダートに一歩、また一歩と踏み締めた。
中央のウマ娘は強い。確かに。強い。
だからといって、負けていい理由にはならない。
私たちは、誇り高き地方ウマ娘。
素質だけじゃない。努力も、練習も、友情も、場所が全てを変えるわけじゃない。
輝くことは、誰にでも出来る。誰にでも託された奇跡なんだ。
「ミトノオーが先頭、5バ身、6バ身のリード!」
「2番手、追って、ユティタム!」
高飛車なウマ娘が必死に追い縋ろうとする姿が見えた。輝くためには、誰しもが必死になる。それが、美しい。
ギアを、上げる。スロットルを強く押し出す。
残り、300メートル。
「なん、っなんですの?!」
私は並んで、突き放した。
「ミックファイア、ミックファイア、ユティタム、並んで前との差を詰めてくる!」
歓声が、もっと欲しい。
全ては、指標となるために。
心臓が苦しい。息はとっくに切れている。呼吸は少しでも酸素を掴もうとして、心臓は痛いぐらいに鼓動を鳴らして血管に血を送り流す。体全体の血管は脈動し、筋肉、末端の全ての神経に全てを流し込む。
「200を通過!前は、粘る、ミトノオー!」
捉えた。シュートキュー、ロックオン。
「外から、ミックファイア!ミックファイア!」
「一歩ずつぅ!迫ってきた!」
あんなに遠かった先頭の背中が、すぐに隣。
「ミックファイア、外から捉えた!」
「6番ミックファイア、三冠達成!」
ゴール板は、そこにあった。
「お見事!無敗の3冠ウマ娘誕生!」
コースを流す。
実感が、湧かない。
スタンド前にゆったりと歩みを進める。
「怪物ミックファイア、中央の、URAの強豪を退けて、無敗の三冠を勝ち取りました。トーシンブリザード以来の無敗の3冠ウマ娘!」
「大井寮所属のウマ娘としては、オリオンザサンクス以来のダートダービー制覇でもあります!」
「大歓声に笑顔で応えるミックファイア!」
思わず、三本指を立てたガッツポーズを。三冠のポーズを取る。親指と人差し指、中指を立てて。
「場内にミックコールが響き渡ります!」