輝く星になれたなら 作:ケジメファイア
黒潮盃。
シニアとの初対戦だったサンタアニタトロフィを10着と大きく取りこぼしたことでヒーローコールの人気は2番人気に下がり、ファンが支持をしたのはアメリカ遠征からの復帰となったマンダリンヒーロー。
「強いや、コールは」
控室に戻ってきたマンちゃんはえくぼに涙を零しながら一言呟き、私を見て俯いた。
1と4分の3バ身もの差が広がったコールは番手追走を軽々と決めて、おっつけぱなしだったマンちゃんを尻目に気持ちよく先頭をとらえた。
マンちゃんは道中も息を着く余裕が無く、直線では一完歩ずつ上がってくる脚色はよかったのに届かない。
乾いた笑いを隠すマンちゃんの隠した言葉は嫌でも分かってしまう。
こんなに強いコールが回避するようなジャパンダートダービー。
その時の絶望したような横顔が、今でも脳裏をくっついて離れない。世間では、私たち南関3英傑には序列が出来たとまで言われている。
「はぁ」
「なにしけた面しとん」
ため息がもう一度こぼれた。広い家の、田舎の風が吹きすさぶ縁側には夏の太陽が差してくる。
小柄な影が二つに切り分けるタイプのアイスの片方と、自分の分だけらしい缶ビールを片手に隣に座った。
アイスを一つ受け取り、封を切る。
「あんちゃんには分からないよ!」
「つっても、学園で見る限り……」
「あーもう、そうだよ!周囲との距離!」
あんちゃん。生まれ故郷でよくしてくれた親戚の兄ちゃんで、トレーナーさんの部下として働いている人だ。メテ姉にもよくしてくれるし、あんちゃん家にはハニトーも妹もよくしてもらっている。
お盆休み、一年振りに帰省してきて、親戚の集いでは当然だけれどJpn1ウマ娘となったことが取り上げられて、疲れて仕方がない。
気の置けない仲たるあんちゃんには、羽田盃前の怪我をしていた時期にもずっと頼っていたから、今更隠し事も出来なかった。
「次はダービーグランプリ、か」
「うん。そこで移動と左回りの適正を見ようって先生が」
夏の北海道はさわやかな風が通り抜ける。風に前髪と流星が揺れた。
「中央、いつか戦わなきゃいけない」
ウシュバテソーロさん。
ダートの上半期最高峰レース「ドバイワールドカップ」をダート開催において初めて勝利した日本のウマ娘。ドバイワールドカップと言えば、今は南関トレセン学園の渉外担当であるアジュディミツオーさんが挑戦したレースでもある。
ダートで追い込み、難しい脚質と気難しく激烈な性格でいて、やる気をギリギリまで隠す。
彼女と闘うとすれば、年末の東京大賞典だろう。彼女は昨年の東京大賞典を勝利してからドバイへと飛んだ。
レモンポップさん。
現役最強の名をほしいままにしている前者とは対照的な逃げの脚質、春のフェブラリーSを圧倒的に勝利した新星でドバイでは惨敗も、立て直しをして秋のマイルCS南部杯をステップに距離延長でG1、チャンピオンズカップで対戦するかもしれない。
それに、ソトガケさん。
「中央と地方、やっぱまだ距離があるから」
イグナイターさんが先日のG2さきたま杯を勝利して、中央と渡り合えることを証明はした。
けれど、所詮G2。メンバーも小粒だったと言えるし、実際、世間での評判はそう。それを塗り替えるためには、秋、私はまず同世代の決着をつけなければいけない。急がなくてもいいと思う。
「あんちゃん」
「私……って寝てる!?」
呆れた呆れた呆れた!
こっちは真剣に相談してるのに、ビール片手だったから怪しいと思ってたけど心地よい日差しに顔だけ隠しながらぐっすりだ!
「もう、毒気抜かれた。ちょっと走ってこよ」
学園からもってきた軽い荷物のなかで面積と重量を誇るゴム蹄鉄ランシューを取り出して、235号線の方に走る。
爽やかな夏は、体調をマシにしてくれている気がする。三冠競走の勤続疲労と、精神的な疲労、最近は目に見えて疲れていた。
草原が広がる新ひだか町の景色は、何もない田舎だからこそ回帰的な安心感があるのだろう。
「うわ……向こうからなんか来てる」
「邪魔だどけどけぃ!」
総合商業施設が見えてきて速度を落とすと正面から凄い勢いの風が通り過ぎていった。
なんだか、どこかで見たような。どこだったっけ。何かの表彰か何かで見た……よう、な。
「あぁ~?!」
あれ、イグナイターさんだ!昨年のNUR、地方年度代表ウマ娘。短距離を駆ける、再点火器!
駆けていく姿、背中だけが遠く離れていくかと思えば、急に止まったイグナイターさんは振り返ってきた。
「おまえ!」「イグナイターさん!」
「「年度代表ウマ娘は」」
「俺だからな!」「私が貰いますから!」
出会いがしらの出会い。距離にしては1ハロンほどは遠いんじゃないかってぐらいの距離なのに、田舎で他に喧騒が無いから声は届いた。
「三冠ってのはよくわかんねぇけど、Jpn1はよくやったよ」
「どうも……」
ま、座れ。半ば脅し、半ば誘い。そんな口調でショッピングモールのカフェでジュースを奢られた。
人参ジュースよりサツマイモラテが良かったんだけどなぁ。
「知らなくて当然だけど、俺、中央の次は南関だったんだぜ」
「え……」
言われて、スマホで調べて検索してみたら。本当だ。え、ていうかメイクデビューは中央でしかも勝ってたの?
「なんなら……あいつ、アレ、えっと……浦和の左耳飾りの」
「スピーディキック会長ですか?」
「そうそう!そいつがこーんなちびっこの時から知ってるんだからよ!」
こーんなちびっこって……私たち世間では中学と高校の年齢なんだから、そりゃスピーディ会長だって今と違ってもっと幼かったんだろう。
「羽田盃なー。やーな思い出しかねぇなぁ」
「んで、凡そその三冠ウマ娘やら中央勢撃破の実感と周囲のアレが乖離してんだろ」
「そーです」
人参ジュースのストローに口をつける。
イグナイターさんは、粗暴で粗野な感じとは裏腹に気遣いとか心持ちの繊細さがやけに紳士で調子が狂いそうになる。
「スピーディも、俺も、そしてお前も」
「中央と渡り合える、それだけが注目されて、俺たちが苦しみながら努力して進んできた地方の一員だってこと、忘れられがちだよな」
「イグナイターだから。スピーディキックだから。そしてミックファイアだから、って」
「そりゃ、そうかもしんねぇけど。俺らだって、別に中央みたいに立派な坂路があるわけでも、立派な学園内ウッドがあるわけでもない」
「そんな声聞かなくていいんだよ」
声を聴くことなく、ここまで来た。ここまで来たから聞こえてくるようになった。
分かってる。分かってるけど。
「チャンピオンズカップは厳しいけどよ」
「来年のフェブラリーステークスまでに俺も、Jpn1ウマ娘になってやる」
「勝負だ、ミックファイア!」