輝く星になれたなら 作:ケジメファイア
「皆々様、お集まりいただき誠にありがとうございます」
綺麗な人だなぁ。息が溢れた。
壇上のマイクで音頭を取る青に白のラインが入ったフォーマルドレス姿のウマ娘。
地方所属のまま、中央開催のG1フェブラリーSを勝利した唯一のウマ娘、メイセイオペラさん。
凛とした顔で、薄い口紅の潤った唇から生み出される言葉は強い意志をのせている。若くして、地方ウマ娘協会の生徒理事の地位に立っていて、私たち生徒や生徒会の要望を協会で叶える仕事に就いた。
「今年も、各地の地方トレセン学園に多くの星たちが輝いてくれました」
ダービーシリーズの終着点、ダービーグランプリが開催される盛岡はオペラさんの母校、水沢の相方。
「今年で、全国に別れたダービーシリーズという形式での開催は終わりとなりますが、来年の全日本のダートクラシック三冠という目標を目指して、関係者皆様と生徒一同の努力を」
「ファンの皆様の応援で背中押していただければと思います」
メイセイオペラさんの挨拶が終わって、会場が次のコーナーの準備で明るくなった。
レセプション会場の立食エリアで貰ってきたスパークリングジュースを一口飲んで、炭酸がキツく感じて顔に出しているところを、マンちゃんに小突かれる。
「なに、マンちゃん」
「大丈夫?なんか、具合悪そ」
「全然、大丈夫」
マンダリンヒーローの心配の問いかけに食い気味で否定を被せる。何を馬鹿なことを言い出すの、明日はダービーグランプリ本番なのに、ここで具合が悪いと思われたら、トレーナーさんに出走を止められてしまう。
ここは、遠征と左回り1800メートル4コーナーの練習なんだ。チャンピオンズカップと同じコース体系と高低差のある盛岡コース、どれをとっても良い力試しになる。
1週間後には、マイルCS南部杯が盛岡で開催されて、ここには春王者のレモンポップさんが来る。距離延長だけが課題の彼女と、競い合える時はいつだろう。
「なーんか、疲れちゃう。ウチら場違いみたい」
「サベージ、そう言わないの」
「そんでさ、ミック。さっきね」
「見つけたの、この子」
レセプション会場の入り口の方で腰を落ち着けていたらしい、サベージとタイガーチャージの姿を確かめると、その隣に懐かしい影がいた。
「ルーン!」
ルーンファクター。
「え、ど、どこいたの?」
「ひばり特別ぶりだねぇ。爪、大丈夫?」
心が逸りそうになる。ルーンは、私が羽田盃に向けて復帰する頃に学園から居なくなっていた。
一緒に走ったひばり特別、その翌日に爪のことを聞かれて、ずっと心配してくれていた。
心配していたのは、今となってはこっちの方なのに。
「そっちは三冠かぁ。すごいや。佐賀からこっちに来て、私も連勝してる。トライアルの不来方賞を勝った以上、勝ちを目的で行くから」
「……うん!」
安心しきって、気づいたら頬に水気が溢れていて、それにめざとく気づいたルーンが涙を拭き取ってくれた。
「ちょちょ、泣かないで!こっちは、佐賀も岩手も楽しんでんだから!」
「あ、トレーナー。うん、今行く!明日、勝つからね、ミック」
「またね、ルーン」
一息入れようとホテルの廊下に出ると、会場の談笑が遠く隔絶された世界のように思えた。
窓の外、盛岡で活躍したウマ娘の名を頂いたホテルの遠くは、12年前の3月、真っ暗闇に包まれたんだ。
「貴方が、ミックファイアさん?」
「え、あ、はい!」
「当館の女将です。南関三冠、おめでとうございます」
「ありがとうございます!」
着物姿のウマ娘。どこかで見た柄の着物。
水色の生地に白の帯。あ、メイセイオペラさんのドレスと同じ色遣いか。
「私も、かつて岩手の学園で走っていました。ある時、中央の子が来て、酷く負けたことが今でも心の中にあります」
「オペラは、私の想いも背負って走ってくれた」
「貴方にも多くの方が想いを、願いを、託していると思います」
トウケイニセイさん。
目の前に立つ彼女は、岩手や地方を中心に走り続けていた。現役最終年、当時解放された南部杯で中央のウマ娘に負けて、それでもなお、ニセイさんとオペラさんのトレーナーさんは、フェブラリーSに勝ったオペラさんよりニセイさんの方が強かったと語った。
脚元に爆弾を抱えたデビュー、怪我からの復帰、連勝、快勝。
ニセイさんは、叶えられなかった想いを、いつしかトレーナーさんとメイセイオペラさんに託した。
「外、明るいですね」
「えぇ。あの日はあった。それは変えられない。でも、私たちは前を向ける」
レースも、きっと同じだ。起きてしまったこと、終わってしまったことは変わらない。
「もし良ければ、また当館トウケイ望を、ご利用ください」
「はい、また来ます。今度は、みんな一緒に来ます」
そろそろ戻らないと。
「あかんで〜ショウガ」
「そうだよ、生姜だって勘違いした人の飲み物に」
「なんで生姜チューブ突っ込むんだよ」
「あらか……」
あれ。あ、次はダービー制覇ウマ娘の集まりか。
「お、南関の王様やん」
「ちょっと、ミーシャちゃん!」
関西弁のツインテールの左飾りが、スマイルミーシャさん。園田の子。
それを宥めた穏やかな鹿毛の左飾りが、名古屋の東海ダービーウマ娘、セブンカラーズさん。骨折して療養中らしく、松葉杖を使っている。
「こいつら、あんま気にすんな。ノリが新喜劇だから」
「うん、ばたいせからしか」
「テクノ、せからしいは分からん」
2人、主にミーシャさんを呆れ返るように眺めているのが高知の右飾り大まくり娘、ユメノホノオさん。
さっきからかなり濃い佐賀弁を使っているのは、九州ダービー栄城賞を制したテクノゴールドさんだ。
「わー遅刻遅刻?!?!」
遠くからドタバタした音が聞こえてきて、廊下の角でブレーキをかけるあまりに前に一回転したのは、岩手の東北ダービーを制した左飾りのミニアチュールさん。
ミニアチュールさんとショウガタップリさん、セブンカラーズさん、スマイルミーシャさんの、本来ダービーとは違う路線を向かう左耳飾りのウマ娘が制したことも、今年のダービーシリーズが豊作だったと世間で言われる理由だとか。
「大丈夫や、アチューちゃん。まだ食べてる途中の人らがおるから」
「……?」
「いや、北の国からは遠すぎるわ。分かりづらい」
「ホノオ!突っ込むんなら!もっと切れ味上げんかい!」
ダービー座談会には、マンちゃんも海外ダービー枠で出てくるって聞いてたけど、まだいない。
LANEで連絡すると、何やら渋い顔をした顔文字だけが飛んできた。
「もー、早く!行かないと!怒られますよ!ベルさん!」
「おー……運んで、くれて、ありがとう、ボブー」
やけにぐったりした姿のホッカイドウのダービーウマ娘、ベルピットを背負ってきたのは明日、彼女と一緒に私たちと走るホッカイドウのニシケンボブ。2人は、今やホッカイドウトレセンの生徒会長と副会長だ。逆に見えるけど。
「いやー、もう、動かないのなんの。疲れちゃった」
「マンちゃんは、お手伝いしてたんだね」
「そだよ。ていうか、ミック。こっち来てから何も食べてないけど、大丈夫?」
「え、あ、うん!大丈夫!大丈夫だよ!」
言えない。ホントは、緊張と知らない土地と沢山の人たちに緊張して、ご飯が喉を通ってないなんて。
「それじゃあ、わたしはここで失礼します!ミックファイアさん、マンダリンヒーローさん!明日は、ベルさん共々、真剣勝負、よろしくお願いします!」
「こちらこそ」
「負けないからねー!」
今回のレセプションイベントのために、学園が誂えてくれた茶生地のハーフ丈と年相応なデザインのドレスに、ニーハイソックスの上に履いたパンプスで、ゆっくりと壇上の裏手に上がる。
秋の夜長の始まりは、もう少しで終わる。この後はゆっくり休んで、明日に備えよう。