輝く星になれたなら 作:ケジメファイア
11月が終わろうとしている。もうすぐ、師走の月、あっという間と聞かされていたクラシック級は本当にあっという間だった。
「次は、川崎寮に顔を出して……っと」
抱えるバインダーの中身は、生徒会が作った打ち合わせの書類。来年には生徒会長に就くのが確定路線になりつつある中、大井寮の筆頭副会長として、あちこちに奔走、練習も走り、学業もこなす二本の足には余る草鞋を抱えている。
12月の最初の週末に控える、G1、チャンピオンズカップの出走登録もトレーナーやあんちゃんのところでしないといけない。
あ、そういえば今日の自主練、朝はサボったんだ。走らないと……レースまであと1週間なのに。
あーーーー!英語の課題放置したままだ!
「やることが、多い」
ため息と共に、尻尾と耳が垂れる。
「なんか、体も重いし」
前を、向かなきゃいけないのに。
去年も、この時期はしんどかった。爪が割れて。走れなくて。苦しかった。
「私は、勝たないといけないんだ」
何もかも、乗り越えて。
何もかも、私が。
私が。
「知らない天井だ」
布団に寝かされていた。ついさっきまで、川崎寮の目の前に歩いてきたはずなのに。
「おっ、目ぇ覚めたぁ?」
「ライトウォーリアさん」
ゆったりとした口調、明るいキャラクターそのままに優しさも併せ持つ、川崎寮の寮長、ライトウォーリア先輩がこちらを覗いていた。今日の、会いに行く目的の人。
「寮の前で倒れてた、だいぶ熱っぽそうだから体温、計ってね。連絡しといたから、マネージャーさんが迎えにくるみたい」
「あんちゃんが?」
あー、どうせ、あんちゃんにおぶられるんだろうなぁ。昔からそうだ。私が体調崩して、あんちゃんや、あんちゃんの兄弟たちが学校まで迎えに来てくれた。元々、私は体が強くない。
「慌ててたねぇ。もしかして」
「違います!」
そんな、私とあんちゃんがそんな関係……だったらいいけど、あんちゃんは、チームのマネージャーで、他の子にも同じことをしている。ただ、昔馴染みで、昔から憧れているお兄さんというだけ。むしろ、それが……ディスアドバンテージなのかもしれない。カケラも意識してもらえない。
「うーん?ウチはただ慌ててたことを伝えただけなんだけど」
「……ゔっ」
墓穴掘った。思わず飛び上がって起こした上半身をもう一度敷布団に倒して、掛け布団の端を握りしめる。体温計の音で静寂が終った。
「さんじゅーはちど、きゅーぶ。熱だね」
「そ、そんな?!」
私、チャンピオンズカップに出るつもりなのに。
「今から熱が下がって落ちたコンディションを上げられんの?」
「それは……」
「休むのが正解じゃね?」
「そう、なんですけど」
理解はしても、分かっても、納得できない。走らないと、走って、最強を証明しないと、いけないのに。
「コンディション不良のまま勝てるなんて幻想持ってんの?」
痛いところを突かれまくる。
「ねー、ウチも来年の生徒会長の座、狙ってんからね」
「川崎寮は、弱い。はっきし。んでも、負ける理由になんねーじゃん?」
「生徒会長になるに相応しい実績を残して見せんのさ」
川崎寮の保健室で、独白が続く。
今、日本のウマ娘レース界は変革の時期に来ている。
今度のジャパンカップで引退を迎える、世界最強のウマ娘が中央にいる。日本のウマ娘は、世界に通用する。
世界最強のイクイノックスさんを筆頭に、ダートの本場アメリカの祭典、BCのクラシックを2着に好走したソトガケさんは間違いなく世界のトップクラスになった。
マンダリンだって快挙だ。
そう、だけど。
「地方は、中央とやり合って。日本のダートを牛耳るようにならないといけない」
私は呟いた。
スピーディ会長や、メイセイオペラさん、NURが推し進める体系的な日本ダートレース競走構想は、中央に入る有望なダートウマ娘を地方に望んで入るような仕組みづくり。
このためにも、道標を作らないといけない。
「ねぇ、ミックちゃん」
「自分しか居ないって、錯覚してない?」
自分しか、居ない?
今目の前に、ライトウォーリアさんがいる。寮に戻ればメテ姉も、マンちゃんも、ハニトーも居る。生徒会室にはコールとスピーディ会長も居る。
みんな、そこに居る。
戸惑っている私に、ライトウォーリア先輩は困った顔を浮かべながら冷たい冷却シートをつけてくれた。
「ほら、王子様が来たよ」
「……もういいです」
「ウチ、負けんから」
「こちらこそ」
胸元を緩めていたブラウスのボタンを留め、制服を羽織る。外で待っていたあんちゃんに声をかけると一瞬で背中に乗せられた。
「大丈夫?」
「うん……」
変わんない。
あんちゃんのがっしりした背中、顎を頭に乗せるとわかる感触。
「重くなったなぁ」
「るっさい」
私だって、もういい歳で。体も、一年前と比べてもがっしりしてきたと思う。
「先生は、とりあえずチャンピオンズは回避って」
「そう、だよね……」
チャンピオンズカップは、JBCスプリントを中央をねじ伏せて制覇したイグナイターさんを南部杯で大差つけて逃げ切ったレモンポップさんが居る。
現状、国内では最強。
ウシュバさんも暮れのレースに来る。
「暮れ、クラシック距離を制覇しよう」
「そう、だね」
外はいつのまにか夕日に包まれている。大井寮までは3分ほどの距離。
もうすぐ、着く。あっという間。レースと同じくらいの時間しかない。
「ねぇ、あんちゃん」
「わたしさ、ミックファイアだよね」
私は、ミックファイア。トレーナーさんに言われたことが、違和感と一緒に今も頭の中に残っている。
「あー、今のミックはちょっと……」
私はいま。
「あらら、大丈夫?ミックちゃん」
背負われ、ぼんやりした私の顔を見て、寮の前に居た副寮長が不安そうな顔のまま、あんちゃんから私を引き受けた。
「サヨノせんぱい……」
サヨノネイチヤ先輩。遠い親戚に、中央で今も根強い人気を誇るブロンズコレクター、ナイスネイチャさんを持つ、シニア級のウマ娘。大井分寮の寮長で、大井寮副会長の相方。
「流行り風邪かもしれないから、とりあえず自室で休んでね。ルームメイトの子は他に移ってもらってるから」
「ありがとうございます……」
スポーツドリンクとゼリー飲料の入った袋を持たされ、自室につく。
いつもと変わらない、自室。制服の上着をハンガーにかけて、着替えた。
茜色に染まった空の光が窓からさして、外の喧騒が聞こえてくる。
「……さびしいな」
ずっと、忙しかった。
周りは、いつも人に囲まれていた。
「……わかんない、よ」
今の私が、私らしくないなんて。