輝く星になれたなら   作:ケジメファイア

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歪んで回って→壊れ飛ぶ

「ミックファイアです、よろしくお願いします」

「あんた、誰」

 

 悔しかった。

 所詮、南関なんて蛙の住む池だと言われたみたいで、とてつもなく悔しかった。当たり前だった。

 

「ちょっと、姐さん……!」

 

 そう言われて仕方がなかった。

 私たちは、まだ中央ほども走れていない。

 設備が無いなんて言い訳はしない。実力が足りていない。

 規模も、力も、メンバーも。何もかも足りてない。

 私たちは無力。見透かされている。

 

「あんだよウィル」

「ミックファイアさんごめんね、姐さん……えっと、ウシュバさんは、その、BCで負けて苛立ってて」

 

 ウィル、ウィルソンテソーロさんはレースに向けてシューズの蹄鉄を確かめながらこちらを一瞥だけする。

 

「るせぇな」

 

 荒々しい性格の持ち主、ウシュバテソーロさんはレースに備えて静かに闘志を燃やしていた。

 そこに挨拶しようとした私が悪いのも分かっている。

 

「いえ、いいんです」

 

 ウシュバさんは本当に、私のことを知らない。

 彼女にとっては知る必要もない木端で、攻略法など練ることなく流すだけで突き放せる。

 その自信は間違っていなかった。

 上半期ダート世界一決定戦の勝者、ウシュバテソーロさんを筆頭に、チャンピオンズカップ2着のウィルソンテソーロさん。JBCクラシック勝者と銀メダル、異国、コリアカップ大差勝ちの背中を見た経験値豊富なウマ娘、芝のG1を勝利したのにチャンピオンズカップでは3着を確保、UAEダービーと日本のダービーに出て、宝塚記念も走った異種格闘の同期、ドゥラエレーデ。

 9人の出走ウマ娘の内、中央勢は7人。地方は私と最低人気の船橋、マンガン先輩。

 私は、3番人気。

 複雑な表情のまま勝負服に着替える私に、あんちゃんは悲しそうな声音で問いかけてくる。

 

「……ミック」

「行くよ。私は、ミックファイア。私は、みんなの三冠ウマ娘なんだから」

 

 誰が何と言おうと、私は南関の三冠ウマ娘なんだ。三冠は最強の証、最強を証明し続ける立場。

 私は、望まれ続けたヒーローだ。

 南関にとって、人気の上昇してきた場面で現れた星だった。

 星が輝きを失えば、本当に光る星ならば周りもダメになる。

 光を貰って輝くだけの星は、消えたところで何もない。

 私は、前者として輝き続けたい。誰にも見える、明るい、明るい星でありたい。

 

「ねぇ、あんちゃん」

「私、一等星になれるかな」

 

 髪飾りを結んだ。白の耳カバーを揺らして、シューズの踵を合わせた。

 控え室から、パドックに歩みを進める。

 空はもう、夕焼け。

 時間はあっという間に進み、ゲート裏。ゲートは奇数番で早い入り。呼吸を落ち着けて、落ち着けて、鼓動が、動悸が止まらない。落ち着かない。

 前を向く。

 左隣、9番ゲートにウィルソンさんが入る。

 姿勢を取る。

 

「第69回東京大賞典、枠入り完了」

 

 晴れ、良バ場。滑る要素がないのに、足が砂に取られた。

 そうだ、大井のコースも白い砂に変わったんだ!

 前までの感覚でゲートの踏み出しをすると、深く沈み込んで完全に足が取られる。

 反対に左のウィルソンさんはロケットスタートを決めて、一気にこちらに切れ込んでくる。前が、塞がった。

 

「くそっ!」

 

 外に持ち出してから前に走る。バ群の先行争いから完全に取り残された50メートル。

 なぜだか勘違いされた実況がスタンドの方から聞こえる。私は好スタートなんか切ってない!

 

「その内からはグロリアムンディ、ドゥラエレーデ、更にはノットゥルノ」

「外からウィルソンテソーロ、ウィルソンテソーロが先頭に行きました」

 

 内側の出が良かった組を軽々と良い手応えで外から追い越していくのがウィルソンさん。前走チャンピオンズカップでは直線一気の追い込みで2着を確保した彼女は自由な脚質を生かして悠々とハナを確保する。

 私はそれを遠く眺めながらバ群の1番外、中団後方を追走するのがやっとだった。

 

「な、なんで?!」

 

 バ場を蹄鉄が噛んでくれない、足のピッチが上手く取れない!前に踏み出そうとした力が全て砂質の上の方、軽い砂の部分で止まって、掬われていくような感触。

 コースでの追い切りでも、似たような感触だった。元々、チャンピオンズカップ直前で風邪を引いて、急遽の立て直し。

 砂の入れ替えは、この秋。

 

「なん……で!」

 

 こんなに、走りに集中出来ないのは初めて。

 いつもは感覚が鋭敏になって、周囲の子一人一人が誰か明確に判るほど、集中できる。

 今はその感覚が、耳障りで、集中力にノイズを走らせた。

 隣に、JBCクラシック勝者のキングズソードさんがいる。それをピッタリマークするような、けれど全くマークしていない状況で1コーナー。

 完全に外を回されている。

 残り1400メートル。

 

「後方バラけてテンカハル、ウシュバテソーロは後方から2人目、離れて最後方マンガンです」

 

 背後には、すごい圧がある。これが、世界一のダートウマ娘。前残りが世界共通のルールたるダートレースで、追い込みだけで世界を取った。

 

「私は、私は」

 

 こんな、こんなところで止まっちゃいけないのに。

 

「2コーナーカーブから向正面へ、先頭ウィルソンテソーロ、残り1200メートルを通過」

 

 もう、距離が無い。追い出しを始めないといけない。足が取られて、太ももが上がらなくて、前へと進むための足のストライドが取れない。

 前へ、前へと歩みを進める。向正面中程、いつもここで距離を詰める。中団中程から、先団に取りつく。いつもなら、ここから楽な手応えで先頭集団にプレッシャーをかけるのに!

 

「くぅッ……!」

 

 残り1000メートル、背後ピッタリ。外のコースラインを取る私を風除けに一気に駆け上がってくるプレッシャー。ウシュバさんが来ている。怖い、早い、世界の足が今すぐそこにある。

 勝てるのか。

 負けたら、私が負けたら、地方はまだ弱いなんて言われ続ける。ダートは海外に出ればいいと、来年からのクラシック競走の価値すらも無くなってしまう。

 そうなったら、どうなる。南関は、みんなは、私は、また、輝けなくなってしまうのか。

 

「いやだ」

 

 爪が割れて、三冠を諦めかけた。

 

「いやだ」

 

 ミトノオーさんの逃げ、名家のウマ娘との競り合いを制した時は苦しかった。

 

「いやだ」

 

 いつでも、苦しさを越えた時。満開の星空が私を迎えてくれた。

 ナイターのスタンドいっぱいのペンライト、キラキラと目を輝かせた観客の皆さん。

 いつも、いつも、私の輝きであの星空を照らしていたと思っていた。

 

「前から後方、10バ身ぐらいの圏内に固まってきました。3コーナーカーブに向かいます」

「先頭ウィルソンテソーロ、ペースを握ります」

 

 そうじゃなかったんだ。

 私は、何も知らなかった。私は、ただ光を浴びていただけ。

 私は何も出来ない。

 私は強くない。

 私は。

 

「負け、た……くない!」

 

 諦めたくない!逃げのペースだ、本当に追走にいっぱいいっぱいで、ウィルソンテソーロさんは気持ちいい逃げのペース配分をしている。

 このままじゃ、逃げ切りを許してしまう。

 

「その差は変わらず600を切った!」

 

 4コーナーを抜け出して待ち受けるは386メートルの直線、大井2000の直線。

 JDDの時よりも、前より遠く突き放されている。前には何人も、影がある。すぐ隣に、それまで直後で風を避けていたウシュバさんが一気に左隣に併せてきた。

 

「……ッ、っはぁ!」

「ふぅっ!」

 

 一瞬だった。

 吹き荒ぶ風が、暴風が、一瞬で突き通っていた。その風に押し流されるように、足が絡むように、私の足取りは白砂に取られて内ラチの方に寄れていく。

 前へ進みたい。

 進みたいのに。

 

「……そっかぁ」

 

 私は、星なんかじゃなかった。

 

「外からウシュバテソーロ!内!ウィルソンテソーロ!ウシュバテソーロ差し切った!ゴールイン!連覇達成、これが世界の脚、ウシュバテソーロ差し切りました」

 

 ずっと前で、ゴールの攻防は終わっていた。私は、ほとんど流すように8番目の入線。

 スタンドの南関ファンからの、失望の眼差しが痛い。

 痛いけど、当然だと。

 ヒーローは、負けちゃいけない。

 負けたら、何も残らない。

 私は、負けたんだ。

 そっか。

 

「ミック……さん」

 

 ゴール板の目の前、大観客に押しつぶされそうになりながら最前列で観戦していた南関制服姿の、サントノーレちゃんが呟いた。

 

「ミックさん!オレ!来ました!」

「だから、ミックさん!」

「夢を見させてください!」

 

 そんな、力が私にあったら。こんなところで負けてなんかいない。勝負服の裾を強く握りしめる。

 私に力があったら、こんな惨敗はしなかった。

 

「そうだミック!お前はこんなんじゃない!」

「次だ次!」

「南関魂見せたれぇ!」

「俺たちの、三冠ウマ娘!」

 

 観客たちが、背を向けた私に声をかけ続けてくれる。

 それが、悔しかった。

 私に力が無いことを、見透かされているような気がして。

 控え室に戻ってこぼれ出した涙。勝負服の襟がめちゃくちゃになって、メイクもグチャグチャになるぐらい、泣き腫らした。

 私は。

 

「負けた、んだ」

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