輝く星になれたなら 作:ケジメファイア
暗闇を照らすのは
「負けた……んだ……」
呟くように、溢すように。
強く、降り頻るように。
声に出すのは小さいのに、頭の中では大きく響く。
「また、朝だ」
締め切ったカーテンの向こう、外からは朝練に向かうみんなの声が聞こえてきた。今の私は天岩戸に籠ったアマテラスノオオミカミで、それも自惚れ。私は太陽神のように明るいものではなく、強くもなく、ただ照らされて光るだけだった。
私は、負けてしまった。
負けてはいけないレースで、至極当然のように。
私は、力が無い。
私は、自分の力を見誤っていた。
そんなことない、なんて安っぽい慰めを聴きたくなくて、私は部屋に篭っている。
同室の子は、今はいない。転室したのか、転校したのか。今となっては興味がなくなってしまった。
私は、いやでもレースから離れられない。
私は、いやでも大井寮から居なくられない。
それは、どれだけ酷く負けても、私は大井の三冠ウマ娘だから。つけ上がっている自分が酷く傲慢で。
「わたしは、いやなやつだ」
ずっと勝ち続けなきゃいけなかったのに、勝手に自信を失って、やる気を出せなくて、集中しなくて。
あのザマだった。
「ねぇ、ミック?」
扉の向こう、いつもならズカズカと入ってくるプライバシー感覚ゼロの我が寮長が声を掠れさせながら声をかけてくる。もう、何度目だろう。
「ここに……朝ごはん、置いとく、から」
迷惑をかけている。
分かっていても。みんなと一緒に、ご飯を食べるなんて無理だった。
そんなふうに見られる訳がないのに、見られると思ってしまって。
誰も気にしないなんて分かっているのに、自分は過剰に周囲を気にして。
「メテねぇ」
「な、なに!なんでも言って」
10日ぶりに発した言葉は、乾ききっている。掠れている。私の声が聞こえた途端、メテ姉のトーンが一段にも二段にも明るくなって、これまでに掛けていた心配の量が分かって、申し訳なくて、言葉に詰まる。詰まり切った言葉が、一分を過ぎても出てくることは無かった。
「わたし、さいあくだ」
時間は授業の始まる時間になった。
冬休みも終わり、3学期。レースはその合間にもあった。スピーディ会長はぶつかり、外に大きく飛ばされながらも東京シンデレラマイルを制覇した。
レースをまだ見ることができない。ただ、部屋の外から聞こえてくる会話で断片的に聞こえてきただけ。
今は、レースのことを考えたくなかった。
外からクラクションの音が鳴り響く。一度、二度、三度。数えれないぐらい。外が首都高になった。
「さ、流石に連れてきますよオレ!」
「るさいなぁ!ボクの苛立ちも食らえプップー!」
カーテンをほんのり開ける。眩しい光に目が慣れなくて順応するまで一分も掛かった。
すぐそこに止まっているマイクロバスの助手席で、運転手さんの制止を振り切ってマンちゃんことマンダリンヒーローが繰り返しクラクションホーンを叩いていて、それをサントノーレちゃんが止めている。
「うるさい」
LANEに4文字だけ送ると爆速で返信スタンプが飛んでくる。送るたび、クラクションを鳴らされる。
「出てきて」プップー!
「嫌だ」
「なんで」プップー!
「嫌だから」
「どうして」プップー!
「嫌だから」
「理由を言って」プップー!
「マンダリンには関係ないでしょ」
「関係あるよ」プップー!
カーテンを閉める。机の上からイヤホンを取り出して耳に挿し込む。枕元のラジカセに好きなカセットを入れてイヤホンジャックにミニプラグを差して枕に後頭部を一気に倒した。
目を瞑る。未だ、クラクションは鳴り響いている。
「ボクたち親友でしょー!!!!!」プッ!プッ!プッ!プップー!
マンダリンは、そう叫んで窓を叩いてくる。
「窓を叩いて?」
ここ3階だけど。
3階だけど〜っ?!?!?!?!
「ま、マンちゃん何してんの?!」
「あ〜け〜ろ〜」
窓枠いっぱいに張り付き、顔をぺったり窓ガラスに貼り付けているマンちゃん。慌てて窓を開けると一気に転がり込んできた。
「うわ!閉めくさい!換気換気!ミック!部屋の掃除はポリさんに任せて行くよ!」
「えっと、行くってどこに?」
有無を言わせぬまま、マンちゃんは勝手に私のボストンバッグに着替えを突っ込んで、充電器とスマホ、化粧用品を一通りかき集めるとパッキング。肩に抱え、パジャマ姿の私の手を引く。
「益田!その後、NURグランプリ表彰に行くよ!」
マイクロバスはいつの間にか寮の入り口に横付けされていて、マンちゃんから荷物を受け取ったサントノーレちゃんが私の様子を見て表情を複雑に変える。
「いくよ、ミック」
「あの、会長、なんで益田に?」
堂々助手席を確保した会長が、手作りらしい旅のしおりを見せてきた。
かつて益田の学園とレース場のスタンドがあった場所は、今は南関の場外パブリックビューイング会場として運営されていたこと。地域のウマ娘人口の減少とインターネットビューイングの普及により役割を終えること。
そのお別れイベントに、トレーナー含めて縁が深すぎるスピーディ会長が参加する。
それに合わせて、イベントを行うNURグランプリ表彰ウマ娘達による親睦会が山陰の温泉地で行われるということ。
「マンダリン、ブツも回収してきたね」
「抜かりなく、会長」
ブツ?回収?
「あの、一応聞きますけど、何を?」
「ミカインナーだけど」
ミカインナー。赤胴、青袖、白散星の柄のインナー。私が羽田盃から東京大賞典まで着続けた勝負インナー。
「えっと、それを?」
「益田で展示する」
「ちょちょっと待ってください!」
疲れ果てて、洗濯してないんだけど!
「大丈夫よ、額に入れてパッキングするから」
「そういう問題じゃないんです!」
まさに暖簾に腕押しなスピーディキック会長とのやりとりの間にも、マイクロバスは走り出した。
「じゃ、点呼とるよ!マンダリンヒーローです。スピーディキック会長!」
「いるわ」
「メイドイットマムちゃーん」
「はーい」
「サントノーレちゃん」
「はい!」
「メムロボブザップは聞かなくても分かる……」
「はいぃ……」
マイクロバスの入ってすぐの席は、私たちよりも一回り大きいばんえい最優秀ウマ娘、メムロボブザップさんが乗っている。大きいから一見怖いけど、逆に怖いぐらいに穏やかな子が多い。その例に外れず、メムロさんもお淑やかでおどおどしたタイプの子。
「あとは〜」
「モズは中央に転入試験受けに行ってます!」
モズ、モズミギカタアガリはサントノーレちゃんと同期のジュニア級最優秀左耳飾り。
「ウシュバさんは不参加だし、最後は年度代表ウマ娘様を乗せればオッケーです、会長!」
「じゃ行こう。ミック、一曲歌って」
助手席からカラオケセットを取り出した会長はいそいそと勝手に曲を入れ出した。
ツッコミを入れる隙間もない、質問を入れる空気でもない。
今は全てを忘れて休め、という合図らしい。
今だけは、忘れていいのかもしれない。
スマホでこっそり、メテ姉に謝りの言葉を送ると、返信はすぐだった。
帰ってきたら、メテ姉と人生初の併せ。