輝く星になれたなら 作:ケジメファイア
大井2000メートル。
スタートから最初のコーナーまでは500メートル。小回りのキツいカーブを曲がって向正面、3コーナー、4コーナーを抜けた先の直線は地方レース最長の386メートルの直線。
南関のダービー、東京ダービー。
中央と戦う、ジャパンダートダービー。
夏のグランプリ、帝王賞。
年末のお祭り、東京大賞典。
大井のお祭りは全て、このコースで執り行われる。
「決して、負けない」
パドック、歓声はミックファイアに集まる。
「1番人気は6枠12番、前走羽田盃をレコード勝利、ミックファイアさん」
羽田盃の1番人気はわたくし。
初めての重賞挑戦、2番手につけての好位追走から上がり最速を叩き出してのレコード完勝。
大井の怪物、ミックファイア。
いつの間にか追い越されて、いつの間にか突き放されて、彼女は遠くに行ってしまいそうだった。
ヒーローコールは忘れ去られてしまうのか。否、断じて否。
「2番人気、前走羽田盃2着、2枠3番ヒーローコールさんです」
わたくしはヒーローコール。決して諦めない、決して引かない。前を見て進み続けて、栄光を掴むウマ娘。
その前に怪物が居たとしても、叩き潰し、捻り倒すまで。
勝負服の意匠と同じ、いつもと同じ柄のレース用の帽子を深く被り込む。
前走はあんなに堂々と立てたはずなのに、今はまるで怖い。
ミックファイアは、強い。
あの背中に手が届かなくなる夢を、何度も見た。追い越さなければ、いけないのに。
「どうして、貴方は」
そんなに、人の期待に、人の希望に応えようと出来るのですか。
白く、大きな髪飾りで髪を纏めたミックファイアの後ろ姿。彼女はあの髪飾りに、柔道の白帯のように初心を忘れない、そう心を込めているらしい。
パドックからコースに向かうスタンド下の道中、後ろでミックファイアがパドックを出た時に再び歓声が巻き起こったのを聞いて、悔しい気持ちが湧き出す。
「わたくしは」
ここで負けたら、終わってしまう気がしている。そんなわけがないのに、次があるのに、ここで突き放されて、一生追いつけないところにミックさんが行ってしまうんじゃないかって。
帽子を深く被る。
一歩踏み出すたびに大歓声が近づく。それは、ミックファイアの二冠を待ち侘びているようにも、怪物をジャイアントキリングするウマ娘を待ち侘びているようにも取れる。
けれど、ここには1番人気のヒーローコールは居ない。
誰も、わたくしを大本命には考えていない。
「コール」
「なんですのサベージ」
幼馴染が肩を小突く。
「ミックは緊張で入れ込んでる。勝てるよ、勝つよ」
前走、ミックファイアはかなり入れ込んでいた。レース前、パドックの時点で精神的に疲労していたはずだ。それにも関わらず、あのパフォーマンス。
サベージ自身もわかっているはずなのに、勝つことを諦めていない。彼女は、ひばり特別と羽田盃と、2度もミックに負けているはずなのに、諦めなんて、心の何処にも存在していなかった。
たった一度の敗北で、諦めかけていた自分がバカらしく思えてきた。
からっからの喉のまま、笑った。
「勝とう!」
本バ場入場、ナイター開催の照明カクテルがコースを彩っている。
直線奥にある、ゲート裏。
もう、ミックファイアは気にしない。わたくしはわたくしのレースをするだけだ。
「ダービーシリーズ専用ファンファーレをお聴きいただきました。ダービーシリーズ2023、第69回東京ダービーS1、クリソベリル賞」
「クラシック級オープン2000メートル」
「残念ながら7番のコロンバージュ、競走除外となりました。出走15人」
背後でゲートが閉まる。暗闇、静寂。遠くの歓声。もう一度直線に来た時、その歓声は誰に向くのだろう。
「第69回東京ダービースタートしました」
ゲートはしっかり。なるべく前目、それでいて息を入れられるポジションが欲しい。大井2000は過酷なコースだ。絶対に、息を入れたい。
「まずまず揃って出ました」
「12番ミックファイア、好スタート。一歩前に行ったのは9番です、唯一の左耳飾り、逃げの手」
バ場は晴れているのに重。足抜きのいい状態はミックファイアにとって有利になるだろう。案の定、外を楽な手応えで前につけてくる茶白のジャンパー勝負服が見えてきた。
外の子達もそれを追走しようと被さってくる。こんなところで脚を使いたくないのに!
「12番ミックファイアが2番手、8番が3番手に内からつけていきます」
「後ろから前を追っていくのは11番のリベイクフルシティ、外には13番も上がってきてそれを見るように3番、ヒーローコールはここです」
バ群の前目中団に収まった。このまま、追走していきたいけれど、前を見れば、ミックが軽快に番手を駆け抜けているのが見えて、焦りが浮かぶ。心を押さえつけて、折り合う。
万雷の拍手、これからダービーを駆け抜け、栄冠を掴もうとする15人のウマ娘達に観客は万雷の拍手を送ってくれる。
「拍手に送られて、15人が1コーナーに差し掛かっていきます」
メインスタンドの明るい照明が左目を照らして、眩い。
1コーナー、2コーナー、厳しいアール角のコーナーを越えていく。向こう正面、ゆったりと息を入れながら逃げている子とミックをマーク。
「負けない、負けない」
3コーナー手前、直線を生かして集団を抜け出してミックは3コーナーの入り口で併走、そのまま楽な手応えで追い抜いていくように見えた。もう、周囲にはわたくし達3人しかいなかった。
「先頭9番必死に逃げる!」
「並びかける、ピッタリと並んできた12番のミックファイア、4コーナー」
2人の逃げの影を必死に追いかける。
決して、離されてはいけない。
4コーナー半ば、ミックファイアは悠々と先頭に立つ。
「ミックファイア、ここで先頭に立ちました。内は食い下がっている9番。3番手は3番ヒーローコール!その後ろからは6番、4コーナーから直線!」
残り386メートル。
砂を踏み締める。
ダービーは、一生に一度の舞台だ。悔いなく走りきると、決めている、
全身の筋肉を収縮させて、血流を強くして、荒れる呼吸を抑えて、前だけを見つめて。
「あっさりと抜け出した!」
「ミックファイア、独走に入る!」
遠い。
あの背中が、遠い。
ドンドンと、突き放されていく。距離は思っていたよりもあったみたいだ。
必死に追っても、追い続けても。
「200を通過!ミックファイア、ミックファイア!断然先頭!」
ずっと、わたくしは彼女を下に見ていたのかもしれない。
親友を、そんなふうに見ていたのかもしれない。
ミックさんは、一度、派手に負けたわたくしをそんな風には一度も見なかったのに。
同級生の先頭を駆け抜けてきた事実が、驕りを産んだのかもしれない。
ミックファイアは強い。
他の誰よりも。それは、伏竜ステークスで戦った中央のエリートなんかよりも。
6バ身ほどもついた差は、もっと遠く思えた。1秒にも、2秒にもなる大差のように思えた。
ミックファイアは、それほどまでに遠くに居た。
残り200メートルが、何処までも続くように思えた。
「圧勝です!強い!ミックファイアゴールイン!」
「無敗の2冠ウマ娘!」
きっと、南関東トレセン学園を救うのは。
きっと、中央の強豪を倒してくれるのは。
わたくし達が目指すべき指標になってくれる、次期生徒会長に相応しいのは。
次のジャパンダートダービーを勝って、3冠ウマ娘。それも、無敗の3冠ウマ娘になるのは。
「12番のミックファイア!」