あの、史上稀に見る大虐殺が行われた内紛から60年。共和国では建国60周年記念式典が行われていた。
首相である、そして、あの民族浄化で生まれたアドルフがそこで演説をしている。
「かの残虐行為をした悪魔は60年前、かつてここの公園の前に建っていた収容所で死刑となった!今、この国にはあなた方、そして、私のような善良なる市民たちが治めている!」
「あの裁判から60年が経ち、あの大虐殺を体験した人々が亡くなっていき、新しい世代がこの国で、世界で羽ばたこうとしている。しかし、いまだ禍根が、傷が完全に癒えたとは言えない...」
「私は、このアドルフは、わが祖国の将来な必ず良きものとなると信じている。市民よ、私は今年が最後の任期としようと思う。」
「そして、私のような、あの忌まわしき民族浄化による子供、または戦争によって親を失った子供のための活動を行いたいと思う。」
「私は確信している。この国が、あのような悪魔を再び生まないように向かうことを、市民が、この国をより良い方向に向かわせてくれることを!」
演説が終わるときにはアドルフの目が昼間の穏やかな陽射しにきらめいてた。聴衆や各国の要人は、そんなアドルフに長い拍手を送った。
聴衆の中に、顔が爛れた老婆が座っていた。近くにはその夫と見える老爺と、子供と見える青年とその妻、そして孫が座っている。
「行きましょうか」
老婆がやや嗄れた、だがはっきりとした歳を感じさせないような声で家族に言った。
「もう帰るのか?この後、パレードがあるらしいが」
青年が母である老婆にそう問いかける。老婆の隣で座っていた老爺がいう
「いいんだよ。お前もわかっているだろう?母さんはこういう場とか、パレードとかは好きじゃないんだよ。まぁ、我が家でゆっくりしていけばいいじゃないか。2人目、できたんだろう?」
そう老爺が青年にいうと、青年の隣に座っていた若い女、青年の妻が少し赤く頬を染めた。
「えー!パレードみたい!」
金髪碧眼の、祖母に似た齢五才ぐらいの子供が文句を言う。
「貴方、孫の話を聞きたいのもわかるけれども、後は若い人に任せましょうよ。私たちの時代は終わったんですからね」
「ははっ、確かにその通りで。うん、じゃあ僕とアメリーで先に帰っているよ。」
「すみません...わがままな子で。夕食までには帰ってきますのでお願いします」
「気にしなくてもいいよ。それに、エミールは可愛いからね。もうアメリーとそっくりだよ!金髪碧眼のところとか、ちょっとわがままのところとかね!」
顔に広く火傷のあとのようなものが強く残っている金髪の老婆は、その青い目を下に落とし、すこし苦笑した。
2人は、先に郊外の家に帰るために、駅に向かい、電車に乗った。
「ここら辺の景色も随分変わったね。」
「えぇ。私たちも歳をとるはずね」
「この、電車も、若い頃の僕達が乗っていた煙臭い汽車と違って...」
2人はそんなふうに昔を懐かしみながら短い電車の旅を終えた。
2人の家は首都郊外の、外れの一軒家であった。
「ここも随分、古ぼけてきたねぇ。...君が血塗れで家の前で倒れていたときは、すごくびっくりしたなぁ。」
「ふふ。そうね、でもその割にはそんないかにも怪しい私を家に置いてくれて...今こうしてるじゃない」
「いや〜、あの時ほど医術学んでいて良かったと思った瞬間はないよ。」
家にそう談笑しながら2人は入って行った。
木製の、しっかりとした木のテーブルにアメリーはコーヒーを2つ置いた。彼女は椅子に座り、前に座ってる、コーヒーを口で冷ましている愛しい夫に、思わず微笑んだ。
「どうしたんだい?」
「いえ、なんか可愛いなぁって」
「なんだいそれは」
家に2人の微笑が響く。
アメリーがちらりと時計を見ると、もうパレードが始まっている時刻だった。この辺りまで来るにはあと1時間ぐらいかかるだろう。
「ねぇ、どうして私をあの時、ひろってくれたの?」
アメリーは真剣な表情で、自分の優しく、ちょっと頼りない夫であるハンスに問いかけた。
「うーん、そうだね。やっぱりその時は医者として見捨てられなかったんだよ。」
「お人好しね」
「変わり者だよ。」
「そうね。私みたいな醜い女と結婚して子供まで作るんだから」
「そんなことはないよ!」
ハンスが声を荒げる。卑下しすぎた女に怒っているようだ。
「君がどうして火傷をしたのかは僕は知らないし、というより僕は申し訳ないんだよ。あのころの僕の腕じゃあ君の顔の火傷を綺麗に治せなかったことに。」
「でも、でも、わかってほしい。君はそれでも可愛いよ。それでも君が自分の容姿を貶すなら、僕は言うよ。君の心が美しいんだって、僕はそこに惚れたんだって。」
「君は、僕が自分の過去を打ち明けた時に見せた、あの表情は、君の精神の美しさがあってのことだ!」
「アメリー、本当に大事なのは心の美しさだよ、外見とか人種とかで人を評価はできないよ。」
「そうね。うん、ごめんなさいね、年柄もなくあんなこと言っちゃって。」
「いいさ、何年一緒に居ると思っているんだよ。愛してるよ、アメリー」
ハンスは椅子から立ち上がり、アメリーを後ろから抱きしめた。
覗いたアメリーの顔は、まだ暗く沈んでいた。
ハンスは、心から彼女が優しい人だと思った。
End 「優しさ」
ハンスは医者の家系で、親は大虐殺の犠牲になっています。
楽天的な性格で、悲観的なアメリーを元気づけようとしています。
それが、アメリーをますます苦しめるのですが。