五つ子ミルフィーユ   作:真樹

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1_1の5乗の転入生

「焼肉定食、焼肉抜きで」

 

 上杉風太郎の昼食はいつも変わらない。

 単品のライスと同額でみそ汁とお新香が付く裏メニューのような頼み方で注文をし、自分の固定席としている食堂の一番端にこじんまりと設置された二人用の席に着く。

 二学期の二日目。この日においても風太郎の予定では何一つ変わらないはずであったのだが、一点だけ想定外の出来事が起きた。

 

「私の方が先でした。隣の席が空いているので移ってください」

 

 たまたま同じ席を使おうとしていた女子と鉢合わせたのだった。

 向こうかこちらか、どちらかが先に着席していれば声をかけられることもなかったろうに、タイミングが悪いことにトレーを置く瞬間が重なってしまった。

 おかげさまで否が応でも顔を合わせてしまった。

 学業を何事においても優先してきた風太郎はあまり同じ学校内の生徒といえども顔を覚えていない。その風太郎であっても、その少女は他校の生徒だと一目でわかった。

 制服が違ったのである。風太郎の通う旭高校の指定制服とは異なり、黒を基調としたセーラー服は中々高級そうだというのが一目見た時の感想だった。

 どこの学校のものかまでは分からなかった。

 そんな、他の学校の制服に身を包んだ少女を前にして、いや、仮に同じ学校の生徒が相手だったとしても風太郎は同じような態度でこう言っただろう。

 

「ここは毎日俺が座ってる席だ。あんたが移れ」

「関係ありません。早い者勝ちです」

 

 男子が眼前に迫って圧をかけているというのに物怖じせず言い返してきた女子に、冷や汗が一筋垂れた。

 そして睨み合いをする時間が一瞬駆け抜けたが、それもつかの間で先に動いたのは風太郎であった。

 女子を横目に勢いよく椅子へ腰を落としたのであった。

 

「じゃあ俺の方が早く座りました! はい俺の席!」

「ちょっ!?」

 

 少女は少し、困惑の色を浮かべながらもなおもその場を離れようとしない。何か逡巡しているようであった。

 その様子に、何故立ち去らないのかと風太郎も疑問符を浮かべる。

 風太郎は早く立ち去れという念を込めながら見つめていると、意外にも少女はそのまま対面の席に腰を下ろしたのであった。

 

「!?」

 

 想定外の行動に、呆気にとられたのは今度は風太郎の側であった。

 

「俺の席……」

「椅子は空いてました! 午前中にこの高校を見て回ったせいで足が限界なんです」

 

 そう説明する少女は、最早テコでも動かないという意思を顔で示した。

 同時に、風太郎の後ろから別の人々の声がする。

 普段学校内で(意図的だが)孤立している風太郎が見知らぬ女子と同席している状況を揶揄する声だ。

 目の前に人がいるというのに、思わず舌打ちと悪態が口から出た。

 そこで風太郎は気が付いた。どうやら今の他生徒の話は少女にも聞こえていたようで赤面をしていることに。

 

(無理してんじゃねーよ……)

 

 初めて会った、どうでもよい相手なのだがここで追い返せば少女にとっては泣きっ面に蜂であろう。

 よくよく考えてみれば自分にとってはこんなどうでもいい、些末なことに時間を取られていることの方が勉強時間をロスするという意味でマイナスである。

 些事にこれ以上付き合うまいと心に決めると、少女に対して口を開く。

 

「勝手にすれば?」

 

 その一言に少女は救われたように胸を撫で下ろすと食事を始めた。さきほどまで赤面していたというのに、それでも席を移動せずに食事を始めるあたり足が限界だという話は嘘ではないのだろう。

 風太郎もまた、食事を始めた少女を前にヤケにセレブな昼食を取るな、などと感想を抱きながら食事を始めたのであった。

 

 その後も少女とはテストで100点を取っているからというのを理由に勉強を教えるよう頼まれるが断ったり、ちょっとした失言があったりするのだが、何故かという野暮な理由の説明はさておき、ここでの説明は不要であろう。

 

 

 

 

 翌日。昼休みの時間に風太郎は昨日と同じラインナップの昼食を持って再び食堂を彷徨っていた。

 視線を左右に動かし、昨日の少女の姿を探した。

 中野五月。それが少女の名前だった。

 昨日、妹のらいはからの電話によって知った風太郎の新たなバイト、家庭教師の生徒である。

 風太郎にとって非常にまずい展開であった。何故ならばらいはから聞いた家庭教師のバイトはかなり割が良い。是非にでもやらせてほしいと、こちらから頼みたいほど高給であったのだが、その生徒である五月とは昨日既に初対面を済ましており、印象は最悪となったでしまったであろうやり取りがあったせいだからだ。

 今日、正式に転入の挨拶をクラスでしてきた彼女は、しかし授業には参加せずにすぐさまクラスから姿を消した。先生の話ではちょっとした用事があるとのことだった。

 だから同じクラスだというのに休み時間に謝罪をする時間を取ることもできず、昼休みになってしまったのである。

 食堂を彷徨っているとふと、視界の端に見覚えのある顔を見つけた。

 五月だ。

 目線を戻せば風太郎が普段使っている壁際の席から離れた位置にある二人用の席に腰かけるところであった。

 五月が座ろうとしているテーブルの対面の席にはスーツを着た大人の女性が座っている。後ろ姿で顔は見えない。

 

(誰だ? 先生か?)

 

 後ろ姿のせいで誰か分からない。分からないが、記憶にうっすらとある学内の若い先生とその後ろ姿を重ねてモンタージュをしていると、途中で五月がこちらを見ていることに気が付いた。

 風太郎が顔を上げるなり──

 

「すみません。席は埋まっていますよ」

 

 としたり顔で言ってきた。

 すごすごと引き下がろうとすると、五月の呼びかけによってこちらに気が付いた女性がこちらを向いた。

 

「なんだ坊主。五月ちゃんと知り合いか?」

「い、いえ……知り合いというほどでは……」

 

 正面から見た女性の顔は知らないものだった。

 鋭い目つきと泣きぼくろの上に眼鏡をかけて、やけに尖った犬歯が特徴的な若い女性は学内の女性教諭のいずれとも合致しない。

 それに女性とは思えないやたらとワイルドな話し方もあって、こんな人物ならば一度でも合えば忘れはしないだろうということから完全に初対面であると結論付ける。

 女性は親し気な顔を浮かべて席を立つと、風太郎に歩み寄り方に手を回した。

 

「でも転校初日から五月ちゃんに声をかけられるなんて、ただのクラスメイトってわけじゃあねえんだろ?」

「それは、まあ、色々と事情がありまして」

「事情ねえ」

 

 女性はそうぼやいた後、風太郎の顔をじっと見つめた。そして少しした後、何かに気が付いたように目を見開いた。

 

「ああ、そういうことか。あいつと似ているわけだ」

「似ている?」

「あたしは下田ってんだ。あの子の……まあ世話焼き係みたいなもんでよ、何か困ったことがあったら言ってくれな」

「はあ」

 

 下田と名乗った女性のことを風太郎は初め、先生ではないのなら母親かと思っていた。

 だが、それにしては全く似ていないし、実の娘を相手にちゃん付けで呼ぶのもおかしいと感じていたところだったので、世話焼き係という言い方にピンとくるものはなかったが合点はいった。

 昨日見た五月のやたらと豪勢な昼食や、やたらと羽振りの良い家庭教師の給料などから中野家というのは金持ちの家なのだろうという仮説が立った。

 世話焼き係というのも角の立たない言い方で要するに付き人なのかもしれない。

 それにしてはずいぶんと素行の悪そうな人物が付き人をしているなと風太郎が下田を眺めると、その下田本人は五月の方へと目を向けていた。

 

「五月ちゃんとは仲が悪そうだな。なんなら間に立ってやろうか?」

「いえ、結構です。自分のことは自分でなんとかしますので」

 

(あまり知られたくないしな……)

 

「へぇ」

 

 下田が五月の付き人ならば雇用主は父親だろう。つまり家庭教師としての風太郎と同じ相手だ。

 もしかしたら家庭教師の話も聞いているし、その相手が自分であることにも先ほどの反応から感づいているのかもしれないが、昨日の失言のことまでは知らなかろう。ここで変にスタートダッシュに失敗していることが五月の父親に伝わり、雇用主に対してマイナスのイメージを植え付けてしまっては幸先が悪い。だから風太郎はあまり下田を交えての五月との会話は今の段階では避けたいのであった。

 そんな考えを持った上での先ほどの下田への回答であったのだが、背景を知らない下田は別の意味で受け取ったのか、にんまりとした笑みを浮かべた。

 

「なら後は若いもん同士でよろしくしな。どうせ放課後に会うんだろうしよ」

 

(やっぱりか……)

 

「ええ、そうします」

 

 やはり風太郎が家庭教師であることには気づいていたかと確信を得た。

 下田もそれ以上の話は終わりと、自分の席に座った。

 五月がこちらのやり取りなど気にも留めていないようで、すでに始めている食事を尻目に、風太郎もこの後の展開への対策を考えるべくいつもの席へと向かった。

 

 

 

 

 

 放課後の時間となったころ、風太郎は再び五月へと話しかけるチャンスを伺っていた。

 昼食の時と同様、例の下田とかいう女性が五月と一緒にいる。

 付き人だと言っていたからには、まさか家の中にまでついて行きはしないだろうと考え二人の後を尾けていた。

 元々今日は家庭教師をする日でもある。教師である自分が家まで行ったところでおかしくはあるまい。

 そんな思いのままバレることもなく五月の家まで到着したが、五月の家は風太郎の予想とはやや反する風体をしていた。

 

「金持ちにしては普通の場所に住んでるんだな……」

 

 五月の家と思われる場所は木造のアパートであった。

 二階建てで、他にも何世帯か住んでいる気配がある扉が並んでいた。

 五月の部屋は建物を正面から見て二階の左側の角部屋。階段を上ってすぐの位置にある。

 何故そこが五月の部屋だと分かったのかといえば、下田と建物の前で分かれた後で五月がその部屋へ向かったからであった。

 バレるリスクはあったが風太郎は、二人が分かれ五月が階段を上り始めるなりすぐに早足で、しかしバレないように足音を殺して五月の後に続いて階段を上り始めた。

 その時であった。

 

「がんばれよ、少年」

 

 階段下から、姿は見えないが下田の声でそう聞こえた。

 

(ちっ、見逃されてただけかよ……)

 

 内心で悪態を吐きつつ、今は五月が部屋に入る前に捕まえたい。

 下田に反応することなく、バレているならばと階段を駆け上がると五月の背後に立った。

 

「おい」

「はい? ……なぜ、あなたがここにいるのですか?」

 

 振り返った先に立つ人物が風太郎であることに気付くなり、露骨に警戒心をむき出しにしながら当然の疑問を投げてくる五月。

 どう返答をすべきかわずかに逡巡した後、この警戒心の現れも昨日のバットコミュニケーションが原因していることを考えると、謝罪が第一であろうと結論付けた。

 

「昨日は……わ、悪……」

「……用がないのなら私はこれで」

 

 日ごろから他人に対して謝罪をするという行為をしないせいもあり、しどろもどろになる風太郎に業を煮やした五月が背を向ける。

 風太郎は慌てて声を張り上げた。

 

「わー待て待て!」

「何がしたいのですかあなたは!? 今から家庭教師の先生が来てくださるので急いでください!」

 

 声量を急に上げた風太郎に呼応してか、負けじと怒鳴り返してくる五月。

 しかし、風太郎は冷静に五月の返答の中に答えがあることに気づくと、やや食い気味に返答をする。

 

「それ俺」

「──」

「家庭教師、俺」

 

 ガーンッ、という擬音が文字として見えそうなほどあからさまな落胆を五月は浮かべた。

 普通であれば同級生が家庭教師などと冗談と捉えられてもおかしくはないのだが、五月は信じてくれたようであった。

 ただし、その代わり──

 

「断固拒否します!」

「俺だって嫌だ! 俺の方が嫌だね! だが諦めるわけにもいかない。昨日のことは全面的に悪かった! 謝る!」

 

 激しい拒絶の意を示した五月に対し、ここで引けばせっかくの謝罪も無駄になると思った風太郎は前へと出た。

 五月へと詰め寄り、五月のすぐ後ろにある壁へと手をつく。

 

「今日から俺がお前のパートナーだ!!」

 

 風太郎としては反論は受け付けないという気迫を持っての圧力に対し、やや絶望的な表情を浮かべながら五月はその場に崩れ落ちた。

 

「そんな……無理……」

 

(無理であろうと受け入れてもらわねばならない。何よりこの仕事を決めたのはお前たちの父親のはずだ)

 

 そう思いながらも、五月の次の反応を待つ。

 

「こんな人が……私達の家庭教師だなんて」

「……私達?」

 

 茫然自失気味になってしまった五月であったが、次に固まることになったのは風太郎であった。

 こいつは今、なんと言ったのだろうかと今さっきまでの会話を脳裏で反芻しようとした。

 

「あ、だめ……」

 

 その時、五月がおもむろに呟いた。

 

「今は、この人を追い返さないといけないのですから……」

 

 そう言いながらも、へたり込んだままフラフラと頭を揺らす五月。

 まるで眩暈が突如として発生したかのような五月はその後、背後の壁へ自身の頭を支えることすら叶わずに打ち付けた。ゴンッ、という鈍い音がした。

 

「えっ」

 

 そのまま瞼も落としてしまった五月。

 急に意識を失ってしまい、風太郎の中にそれまでどうにかして五月を説得しようとしていた焦りとは別種の焦りが生まれる。

 体調不良か。女子は急に意識を失うことがあるのか。とにかく救急車を呼ぶべきだろうか。

 いくつもの考えが走馬灯のように脳裏で交錯し、とにかく状況を確認しようと風太郎も五月と同じ顔の高さまで屈んだ。

 

「お、おい。大丈夫か?」

 

 そう言いながら、肩を揺すろうと手を伸ばした。しかし、結局その手が五月の肩を掴むことはなかった。

 掴む前に、弾かれてしまったからだ。

 誰に? この場には風太郎と五月しかいない。ならば無論、五月にだ。

 

「触らないで」

「は?」

 

 払いのけるようにして五月は風太郎の手を拒絶すると、もたげていた首をゆっくりと上げる。

 気がつけば瞼はすでに開いており、こちらを睨んでいた。

 そのまま立ち上がると、今度は風太郎が見下ろされる側となった。

 

「出てくるのが私で良かったわ。おかげであんたを追い出せる」

「五月……?」

「今は違うわ。あんた、家庭教師って言うからにはパパから良いお給料もらってるんでしょうね。なら、良いニュースの後には悪いニュースもあるものよ」

 

 淡々と話す五月の言葉は風太郎にはほとんどと言っていいほど内容が届いていなかった。

 何故ならそんなことよりも、急に話し方だけでなく雰囲気そのものが、まるで別人へと入れ替わったかのようなその振る舞いに動揺していたからだ。

 そしてその動揺の答えを、五月? は説明する。

 

「私は二乃。あんたがさっきまで話をしてた子とは別人よ?」

「……は?」

「あんたが教えるのは一人じゃないわ。この体の中には複数の人間が同居してるの。つまりあんたは多重人格の生徒を相手に勉強を教えるってことよ」

 




パクリだろってご指摘を受ける前に事前に申告しておくと、昔『まほらば』って恋愛コメディがありまして結構インスピレーションもらってます。
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