五つ子ミルフィーユ   作:真樹

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16_いつも想像してたもの

 中野一花という少女が抱えている問題については以前から知っていたが、風太郎はとうとうこの問題と向き合わなけえればならない時が来たかと思った。

 林間学校の三日目のイベント、キャンプファイヤーを前田という男子と一緒に過ごすと約束されてしまったこと。いつもの風太郎だったら他人の惚れた腫れたの話なんて勝手にしてくれと一蹴して終わるはずだった。

 しかし、今回は風太郎が先約を取っており、一花はそれに対して明らかに意識してダブルブッキングさせてきたのだ。

 

(どうしてだ、この前は結局授業はできなかったが、あいつだって譲歩して勉強しようとしてくれたじゃねえか。どうして俺をそこまで嫌うんだ……)

 

 花火大会の日、風太郎は一花からハッキリと『嫌い』という言葉を告げられている。

 それが本当にせよ嘘にせよ、どちらにしたって真意が測れないでいた。

 

(俺がこいつらとの林間学校の約束を無かったことにしたら、一花は前田とかいう奴との約束も無かったことにするんだろうか……)

 

 一瞬、そう考えるも即座にこの案は破棄した。

 もし風太郎の想像通りの展開になったとしても、本末転倒になるからだ。

 元々風太郎が彼女達を誘ったのは、彼女達自身も希望しない不特定の男子とペアを組ませたくなかったからだ。

 だから自分が身を引くことで前田を退けたとしても、結局この問題が再燃しヤキモキする羽目になる。

 苛々し始めていた。

 考えが堂々巡りしていること、そもそもこんなことを考えてしまっている自分のおかしさに気がついているせいだった。

 

(くそ、林間学校なんて俺にはどうでもいいはずだろ。どうしちまったんだ俺)

 

「フータロー?」

 

 考え込んでいるうちに、現実でも頭を抱えてしまっていたらしい。

 いつものように図書室で隣に座り勉強をしていた三玖が、気がつけばこちらを心配そうに覗いていた。

 

「あ、ああ、どうした? わからないところでもあったか?」

「それは大丈夫だけど、フータローの方こそ大丈夫?」

「大丈夫も何も、俺は元気だ」

「無理してるのバレバレ。悩んでるんだよね、一花のこと」

「…………」

 

 一花と前田の会話を廊下の通りがかりに聞いてしまったのは昨日のことである。

 あれから一花以外の他の連中とも昨日の今日ということもあってろくな話はしていない。

 実際、話したところで他の人格達だって一花が考えていることまでは分からないのだから、昨日のことはどういうつもりだと問いただしても暖簾に腕押しであることは理解していた。

 けれど考えてみれば、約束が反故になろうとしているのは風太郎だけの問題ではなく、一花を除いた人格達だって当事者なのだ。結論は出なくとも、一度話はしておいた方がいいかもしれない。

 

「一応確認だが、一花のことはお前らも初耳ってことでいいんだよな?」

「もちろん。昨日は一花から私に直接交代したから他のみんなの意見を聞けたわけじゃないけど、少なくとも一花以外はみんなフータローと一緒に林間学校を過ごすつもりだった」

「だよな……もう一つ、最終日に一花が出てきちまった場合以外の約束はまだ有効だよな」

「うん。それももちろん」

「そうか……」

 

 少し安心できた。

 三日目に限らず、林間学校の三日間の間で一花が出てくる日があれば、その日の約束はご破産となりそうな気配は感じていたが、五人が出てくる順番が完全にランダムである以上は悩んでも仕方のないことだった。

 

「なら、せいぜいあいつが当日に出てこないことを祈るしかないな」

「前田君との約束、私たちが断っちゃダメかな。私が覚えてる限り、前田君と全然接点ないから一花だって本当に乗り気で誘いを受けたわけじゃないだろうし」

「よした方がいいだろう。それはあの前田に悪い。一花の目的が分からん以上、事前に断っていたって当日に前田のところに行く可能性もある。振り回したら迷惑をかけちまうだろ」

「…………」

「……なんだよ?」

 

 諦観気味の風太郎を三玖はじっと見つめていた。

 対して見つめられた風太郎は何事かとたじろいだ。

 元々他人の機微に疎い風太郎だから、仮に他の人格に同じことをされたからといって察せないのだろうが、三玖の場合は特に表情の起伏が乏しいため、無駄に警戒してしまった。

 

「私もフータローに聞きたかったことがあるんだけど」

「なんだ?」

「フータローはどうして私たちを誘ってくれたの?」

「急だな……それ、一花とは関係ないんじゃないのか?」

「私にとっては大事なこと。どうなの?」

「どうって……」

 

 正直に答えようとすると恥ずかしいものがある。

 それに風太郎自身、この感情がなんなのか自分でも理解しきれていなかった。

 他の男子と真夜中の森で肝試しをしたり、キャンプファイヤーを踊る彼女達の姿を想像して、何か不愉快なものが胸に渦巻いたのは事実だ。

 それが世間一般に言う嫉妬の感情に近いのは、数多く目を通してきた文学のテキスト達からも自身の感情ではあるが、とりあえず"推理"することはできた。

 だけどそこでいつも躓く。

 俺が嫉妬? 

 こいつらに? 

 そんな馬鹿な、と。

 まだ自分でも結論が出ていない中で、中途半端にその心情を吐露すれば、下手すると四葉をぬか喜びさせることになる。

 つい先日、ようやく四葉とのギクシャクした関係も終わりを迎えたと言うのに。

 ここで変に期待させるようなことを言って、後から自分のこの気持ちはやっぱり恋じゃありませんでした、などと言えば今度こそ四葉との仲は決裂し、引いては家庭教師をやめざる得なくなるかもしれない。

 最近、下田と協力体制を取って本格的に授業も軌道に乗り始め、給料だって更にアップしたというのに、ここでそんな展開になるのはごめんであった。

 

「フータローは私たちのことを、可哀想だと思って誘ったの?」

「可哀想?」

 

 考えていた線とは全く別の角度からの話に、オウム返しをしてしまった。

 

「フータローが私たちを誘ってくれたのって、私たちが仲の良い友達と一緒にいられないって話をした後だったでしょ? だから、同情して誘ってくれたのかなって。フータローだったらみんな面識あって、それなりに話もできるから」

「……少なくとも、そういう理由じゃない。俺がお前らを誘ったのは、その、なんとなくだ」

「ふぅん。なんとなくか……わかった」

 

 それ以降はこの話も続かず、また勉強をするだけの時間に戻っただけであった。

 結局見えない解決作に風太郎の心は晴れないままだったが、そんな風太郎とは相反して以降の三玖はどことなく嬉しそうな様子だった。

 

 

 

 

 

 林間学校の前日、らいはが熱を出した。

 この日の風太郎は林間学校に向けた買い物など全て済ませており、学校から自宅へ直帰していたのだが、らいはが通う小学校から連絡が来たのであった。

 らいはを迎えに行った後、家で寝かしつけると勇也へと電話をした。

 学校も父の勇也ではなく、兄の風太郎へ連絡してきた時点でなんとなく察していたがしばらくの間連絡はつかなかった。

 看病している間、根気強くかけ続けていると、日もとっぷりと暮れた頃にようやく繋がった。

 

『俺も今すぐ帰ってやりたいんだが、今やってる現場がどうしても明け方まで抜け出せないんだ』

「そうかよ」

『本当にすまねえ。らいはにも謝っておいてくれ。今は落ち着いてるんだよな?』

「熱が出てる以外は普通だな」

『そうか。なるべく早く帰るようにするからよ、今晩だけ看病してやってくれ』

「今晩だけって、帰ってくるの何時になるかわからないんだろ?」

『明日林間学校だろ。すぐ帰るから、お前は気にせず行け。いいな?』

「……わかった」

『じゃあ戻るわ』

「ああ」

 

 向こうからの操作で電話が切れた。

 ブツリという不愉快な切断音の後、不通を示すツー、ツーという無機質な音が耳に届く。

 それを聞きながら、眼下のらいはを見やる。

 勇也に伝えた容態は嘘ではない。現在のらいはは意識があり電話も聞いていた。熱のせいで顔は赤く体力を消耗しているようだが、それ以外に風邪らしい症状も見当たらなかった。

 明日の明け方、風太郎が林間学校へ赴いたとして、勇也が帰ってくるまでの間らいはを一人にさせたとしても大丈夫そうではあった。

 何事もなければ、の話であるが。

 

(一人にさせられるわけないだろ)

 

 目の前で寝ているのは大切な妹だ。万が一、もしも一人にさせている間に容態が急変しようものなら風太郎は自分で自分を許せなくなるだろう。

 だから風太郎は初めから勇也の言う通りにするつもりはなかった。ただ変に意地を張って断れば電話が長引くし、らいはだって起きているのだから数の上でも不利になりかねなかった。

 その故の承諾だった。

 勇也との電話が終わった風太郎は携帯を持ったまま立ち上がると、らいはの傍を離れた。

 

「お兄ちゃん、どこ行くの?」

「買い出しだ。すぐ帰ってくる」

「わかった。行ってらっしゃい」

 

 らいはに見送られながら外へ出た。

 扉を閉めて、石段を降りていき道路へと更に出る。

 もう何年も閉じられたままのシャッターの前で握りしめていた携帯を持ち上げると、通話ボタンを押した。

 

「俺だ。悪い、林間学校なんだが────」

 

 

 

 らいはに言った手前、手ぶらで帰るわけにもいかず適当なものを買った後で風太郎は家へと戻った。

 いつもは元気ならいはが浅い呼吸を繰り返すだけの時間が過ぎていく。

 時々、らいはの方からじっと見つめられてると恥ずかしいと苦情を受けてしまい、部屋の隅で勉強をしてみたが身が入らなかった。

 気がつけば行くことのなくなった林間学校のしおりを未練がましく眺めたり、またらいはの傍に戻ってはふりだしに戻っていた。

 それがしばらく続いた頃、チャイムが鳴った。

 

「親父か……? んなわけないか、親父ならそのまま入ってくるだろうし、誰だ?」

 

 玄関へと向かう風太郎。

 鍵をあけてノブを捻り扉を押し開けると、外には零奈と五月が立っていた。

 

「こんばんわ。風太郎君」

「らいはちゃんの看病に来ましたよ。上杉君」

「どうして……」

「上がってもいいですか?」

「え、ええ」

 

 風太郎が家の中へと身を引くと、二人も中に入ってきた。

 零奈の手にはここに来る途中で買ってきたのか、ビニール袋が手に下げられていた。

 入れ口からは食材が顔を覗かせている。

 靴を脱いだ零奈は床で寝ているらいはを一瞥してから、風太郎へと訊いた。

 

「らいはちゃんの具合はどうですか?」

「落ち着いています。熱も高いですが、今のところそれ以外は平気そうで」

「そうですか。よかったです」

 

 零奈がらいはの熱のことを知っているのは、先ほど風太郎が五月へ電話をしたからであった。

 林間学校を諦める以上、約束をしている五月達には知らせなければならないと思ったからだった。

 電話口では素直に了承していたものだから、風太郎の家に来たことに驚いているのであった。

 

「五月にくれた電話のことは本人から聞きました。らいはちゃんの看病は私がしますから、風太郎君は休んでいてください」

「そんな、悪いですよ」

「気にしないでください。私も上杉君……ああ、あなたのお父さんの方です。勇也君が帰ってきたら交代しますから。あなたは休んで、明日は林間学校へ行ってください」

「でも…………」

「私は仕事を午前中だけ休めばいいだけですが、あなたは明日の出発を逃したら三日間を無駄にしてしまうのですよ? そんなの勿体無いじゃないですか。せっかく家族ぐるみの付き合いなのですから、こういう時は頼ってください」

「……わかりました。お世話になります」

 

 根負けをしたように風太郎は頭を下げた。

 他所の子の看病をさせてしまうなど申し訳なかったが、正直ありがたかった。

 このまま林間学校を欠席していたら、きっとこれからの三日間を家で悶々としていただろうと思う。

 林間学校を休んででもらいはの看病を選んだのは、自分の気持ちと万が一があった場合のらいはの命を天秤にかけて傾いたからに過ぎない。

 だから決して五月達との約束を軽んじてたわけではなく、むしろ電話をすることでこの展開になることを、厚かましくも心のどこかで望んでいたのかもしれない。

 後は零奈に任せられると思えた途端、胸の奥に文鎮のように居座っていた嫌な感じがスッと軽くなった気がした。

 そうして頭を上げた後、今度は五月へと顔を向けた。

 

「で、お前はなんでここへ来たんだ」

「なんですかその言い草は。私が来たら迷惑なのですか?」

「いや、そういうわけじゃないが親子揃って来るってほどのことでもないだろ」

「私だってらいはちゃんのことが心配だったんです!」

「そ、そうか、すまん……」

 

 怒らせてしまったと、憤慨の様子を見せる五月に気圧され気味でいると、その様子を見ていた零奈がクスリと笑った。

 零奈は微笑を浮かべながら──

 

「その子、意外と朝が弱いんですよ。私がいなかったら一人で起きないといけませんからね」

「お母さん!」

 

 零奈を咎めるように声を挙げる五月だが、零奈の微笑は崩れない。

 風太郎もなるほどな、と思った。

 万が一五月が一人で起きれなかった場合、零奈がここまでしてくれて風太郎を林間学校に行けるようにしてくれたのに、五月の方が寝坊で欠席などという目も当てられないことになりかねない。

 半分呆れ、半分納得気に半目で五月を見る。

 当人は恥ずかしそうにしながら目を逸らして言う。

 

「別に、朝が弱いのは私ではありません。弱いのは──」

 

 言いかけ、それきり途中で言葉を切ってしまった。

 

「五月?」

「いえ、なんでもありません。とにかく、私がだらしないわけではありませんので、そこのところお間違いなく」

「そうか」

 

 会話はそれきりで、後はしきりにらいはの看病のあれこれを段取りとして確認していった。

 零奈からの助言もあって、風太郎は手遅れかもしれないが風邪が移ってもよくないと言うことでらいはとは布団を離して寝ることとなった。

 もちろん、その間も零奈がつきっきりで見てくれており、万が一の風邪による第二の被害者を自ら買って出てくれたのであった。

 

 

 

 

 

 翌朝、いつも通りの時間に目を覚ました。

 上体を起こして横を見れば、五月が眠っていた。

 横向きに体をこちらへ向けているその姿、寝息を立てている様をジロジロと見てしまっていることに恥ずかしくなって目を逸らした。

 

「おはようございます。風太郎君」

 

 起きた風太郎へ、零奈の声が届いた。

 昨日と同じ服のまま、らいはと並べて敷いている自分の布団の上に座って、らいはの汗を拭いていた。

 背中越しの零奈へ風太郎は話しかけた。

 

「おはようございます。もしかして一晩中起きてたんですか?」

「流石に少しは寝かせてもらいました。すみません」

「いやそんな、謝ることじゃ……」

 

 むしろ十分すぎるくらいだった。

 職業柄、子供の体調不良などはほっとけない質なのかもしれない。

 

「その子を起こしてもらえますか?」

「集合時間までまだ時間がありますよ。別に今起こさなくたって……」

「女の子の身支度には時間がかかるものなんですよ」

「そうですか。わかりました……おい、起きろ」

 

 零奈の言葉に従って、五月────というより今日の番となる誰かの肩を揺すった。

 少し揺すると寝ぼけた声で返事があった。

 

「んー、今起きるー」

 

 鈍い反応だが、目覚めはそれほど悪い方ではないらしい。

 ゆったりとした動きで体を起こした後、欠伸をしながら背筋を伸ばした。

 

「ふわぁ、おはようお母さん…………あ、そっか。昨日は泊まったんだったね」

「四葉ですね。おはようございます。顔を早く洗ってきなさい」

「はーい。上杉さんもおはようございます。シンクをちょっとお借りしますね」

「ああ」

 

 脱衣場の洗面台などという高尚な設備の整っていない上杉家のため、四葉は居間と隣接しているキッチンの洗い場へ向かった。

 水道を捻ると出てきた水に小さな悲鳴が聞こえた。十一月に入った今の時期、一晩明けたすぐ後の水道水はさぞかし冷たくなっているだろう。

 じゃぶじゃぶと顔を洗う音を聞きながら、風太郎は零奈へと向いた。

 

「寝起きのあいつを一目で見分けられるんですね」

「母親ですから」

「コツとかあるんですか?」

「そうですね……」

 

 零奈は考えるように一度上を向いた。

 それから少しして──

 

「愛、ですかね」

「そんな抽象的な……」

「ですが本当にそうとしか言いようがなくて。あの子達に明確な違いがあるわけでもないですし」

「なら、俺が見分けるのは一生無理そうですね」

 

 そう呟く風太郎に、零奈はあら、と振り向いた。

 

「そんなことありませんよ」

「え?」

「だって風太郎君、とっくにあの子達を見分けているじゃないですか」

「は?」

 

 いや、そんなわけないでしょう、という返事をするより早く、つい最近のことを思い出した。

 そういえば先日、風太郎は四葉の変装した五月を見抜いている。

 一瞬、そのことを指しているのかと思ったが、四葉達がそのことを話していなければ零奈が知るはずがない。

 ならどういうことだと考えているところに四葉が戻ってきた。

 

「お待たせしましたー、上杉さんも顔洗うのまだでしたら次どうぞー」

「────」

「あれ、上杉さん?」

 

 考えている最中に戻ってきた四葉を見て気がついた。

 自分の方がおかしいのだと。

 冷静に考えれば、気づけるはずがないのだ。

 事実として、クラスメイトは四葉達の多重人格を知っているが、それでも未だにその日最初に話しかける時は誰であるか確認している。

 なのに自分はずっと、当たり前のようにこいつ等それぞれ、別々の見た目をしているような気がしていた。

 実際のこいつは、便宜上『中野五月』として学校に通っている関係上、誰の番であったとしても同じ姿をしている。

 腰ほどの長さの癖っ毛の髪に、星形のヘアピン。それがどの人格の番であっても共通したスタイルだ。

 髪の長さとか、つけているアクセサリーとか、全員同一人物なんだから違いがあるはずがない。

 だから振る舞い方まで四葉が五月に寄せられてしまった先日は、戸惑った。

 いつからだったのだろうか。素の振る舞いであるならば、こいつらを少し会話をしただけで誰であるかわかるようになったのは。

 

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