五つ子ミルフィーユ   作:真樹

17 / 68
17_ラストチャンス

 零奈に見送られながら風太郎と四葉は林間学校へと出発した。

 集合場所にはすでに他の生徒も集まり始めているが、全員が揃っているというわけでもなかった。

 乗車するバスはクラスごとに決められており、風太郎達は一組のバスの前へと向かうと乗降口の前でしばしの間待機となった。

 

「出発前に点呼を取るから待ってなさいねー」

 

 やる気のない女性担任の声が響いた。

 うちの生徒はどの程度集まっているかとぐるりと周囲を見渡せば、半分というくらいだった。

 続けて携帯を取り出し時間を確認した。外で待たされたとしても十分かそこらだろう。

 羽織っていたコートを直すと、首をすぼめて内側の熱を逃がさないようにした。

 口から白い息を吐きながら風太郎は言う。

 

「冷えるな」

「昨日、上杉さんの家へ向かう前に天気予報を見ましたけど雪が降るかもしれないらしいですよ」

「マジか。林間学校のスケジュールほとんど屋外の活動だろ。大丈夫なのか?」

「私に言われたってわかるわけないじゃないですか」

「それもそうだな」

「……むぅ、その通りですが、それはそれとして釈然としない反応ですね」

 

 話している間にも一人、また一人と集合場所へ生徒たちが集まっていた。

 最後の一人が到着し、出発前のHRのようなものが担任によって取り仕切られた後に乗車する形となった。

 車内の座席は特に決まっていなかった。早い者順で、仲の良いグループ達は一塊になってスペースを埋めていった。

 風太郎はこういう時、大概一番前や後ろの騒がしくない位置に座り、わざわざ隣に人もいないような場所を選んでまでするというのに、着席した後はせせこましく単語帳を開くのが通例だった。

 しかし、今日に限っては例外であった。

 

「それでは上杉さん、私達も乗りましょう!」

「おい、お前と一緒に乗るのか?」

「当然じゃありませんか。今日は私とずっと一緒に居てくれるんですよね!」

 

 そう言って風太郎の返事も待たずに腕を取ると、半ば引っ張るようにしてバスへと乗り込もうとした。

 咄嗟に風太郎は周囲を見た。

 当然、カップルというわけでもない男女がそんな目立つ行動をしていればクラスメイト達の視線を集める形となっていた。

 ただその視線に含まれている熱量は、どちらかといえば奇異のものに目を向けているものというよりも──

 

『あの上杉君が女子と仲良くしてる!?』

 

 という意味合いを感じ取れてしまうほど、どの生徒も目で饒舌に物語っていた。

 当の注目の的のもう一人である四葉はといえば、そんな視線になどおくびも気づく気配はなくハイテンションのままであった。

 後がめんどうくさそうだと、初日だというのに頭痛がした気がした。

 

「────」

「ん?」

 

 そうして四葉に引っ張られながらバスに乗る直前、自分達に向けられる視線の一つに異質なものが混じっている気がした。

 一瞬のことだったために誰か分からなかったし、バスの中へ引きこまれてしまったせいで探すこともできなかった。

 中央に通路を挟んだ左右二席ずつの片側、そこから更に窓際に座った風太郎が席から先ほどの視線の正体を探してみたが、その時には誰もこちらを見てはいなかった。

 

 

 

 

 

 林間学校に向けてしばらくバスが運行した頃、案の定雪が降り始めた。

 降り始めの頃などはわっ、と車内が沸いたものだったが時間が経ち、林間学校へ近づくにつれ降雪の勢いがどんどん増していくと、反比例して車内の勢いは静まっていった。

 そして同様に、バスも徐々に徐行へと変わっていき先が見えないほどの大渋滞に捕まったところで完全に停まってしまった。

 未だに車内で騒いでいるのは状況を理解できていない馬鹿くらいなものであった。

 そして風太郎はかわいそうなことに、騒いではいないものの状況を理解できていない者の一人であった。

 窓際に座り、頬杖をつきながら外を眺めているというのも関わらず、その情景は一切風太郎の視界を介して脳内で処理されておらず、ずっと考え事のためだけにリソースを割いていた。

 何を考えているのかと言えば、今朝のことであった。

 

『だって風太郎君、とっくにあの子達を見分けているじゃないですか』

 

 今朝、零奈から言われた言葉であった。

 彼女との会話によって風太郎はいつの間にか自分が、四葉達を見分けられる側となっていることに気が付いた。

 零奈ほど早くないが、並の人間なら誰か迷っているような段階で分かっている、そんな中途半端な早さだと自己分析していた。

 どうして自分が四葉達を見分けられているのかといえば、それが困ったことに説明できなかった。

 なんとなく表情が違うとか、話し方が違うとか、曖昧な言い方はできる。けれど例えば、じゃあ四葉の話し方と表情はどういう特徴なのかと誰かに問われると言語化できなかった。

 だから零奈に見分け方のコツを聞きたかったのだが、零奈も零奈で同じ程度の認識らしい。それでも風太郎より素早く見分けられるのは、ひとえに彼女が母親だからなのだろう。四葉達と接してきた付き合いの長さが違う。

 正直、風太郎もここで話が終わりならばそれほど考え込むことはなかっただろう。

 接していればそのうち『なんとなく』分かるようになるもの、ぐらいの認識で納得できていただろうからだ。

 けれど零奈は見分け方の代わりにとんでもないことを言ってきた。

 

『そうですね……愛、ですかね』

 

 見分け方のコツを聞いた時にそんな回答が返ってきた。

 

(俺が四葉を……? いや、あり得ないだろ)

 

 確かに四葉とは色々あった。

 四葉から自分に向けての気持ちだって知っている。

 ただそれらは四葉から自分への気持ちであって、自分から四葉に対してはただのクラスメイトであり、生徒以外の何物でもなかった。

 四葉のことを自分が好きなど、断じてないはずなのだ。

 何よりそうでなければ、今まで勉強のためにそういった俗っぽいことから身を引いていたのは何だったのかという話になってしまう。

 だから、困るのだ。

 その時であった。当の四葉の声が耳に入ってきた。ずっと声をかけられていたかのような、途中から声が聞こえ始めた感じだった。

 

「──杉さん……上杉さん!」

「悪い、今考えごとしてるんだ。後にしてくれ」

「あ、そう上杉。でも悪いけど、先生の話も聞いてほしいんだけど」

「え……」

 

 風太郎の返事にリアクションをしてきたのは担任だった。

 予想外の声に驚き、ようやく頬杖を外して声の方へ目を向ければ担任が通路の先頭に立っていた。

 何かクラス全体への周知事項があって立っているのだと気づいた。

 

「あ……すみません」

「ん。じゃあ連絡。林間学校の一日目だけど、スケジュールは全てキャンセルということに他の先生たちとも電話で相談して決まりました」

 

 直後、バス中からえー、という驚きと落胆の声が挙がった。

 

「今のペースだとどう考えても間に合わないし、仮に行けても初日に予定してた校外学習は無理そうだし」

「じゃあ今日はこの後どうするんですか?」

 

 他のクラスメイトの声である。

 

「近くに旅館があるからそこで宿泊します。積もる雪じゃなさそうだから、そこで一晩様子見をして大丈夫そうなら明日の朝に出直します。いいね?」

 

 最後の確認の後、断ることができるわけでもない生徒たちから「はーい」というやや覇気に掛けた声が返ってきた。

 担任が席を戻った後、風太郎は四葉を見た。

 

「出発前の予想、当たっちまったな。ったく、幸先の悪いスタートだ」

「……」

「四葉?」

 

 四葉のことだからまたブーブーとやかましく文句でも言いながら騒ぐかと思ったが、予想外にも返事がなかった。

 ただ今もなお、担任が立っていた空間を見つめたまま固まっていた。

 

「おい」

「あ、えと、ごめんなさい聞いてませんでした。何でしょう?」

「いや別に、大した用じゃないんだが。お前大丈夫か? もしかして酔ったか?」

「動かないバスじゃ酔いようもありませんよ。少しぼうっとしてただけです」

「そうか。ま、仮に具合が悪くなっても後は旅館で休むだけだがな。具合悪くなったら言えよ」

「はい、お気遣いありがとうございます……あの」

 

 話はそこで終わりだと思い窓際をまた向こうとしたところで、四葉が引き留めるように小さく言った。

 

「旅館でも一緒にって、いられないでしょうか……」

「流石に無理だろ。普通に考えて男女別の部屋なんじゃねえの?」

「ですよね────あはは、ごめんなさい変なことを聞きました。忘れてください」

「?」

 

 風太郎の返事を聞いた時、とりわけ一番の暗い表情を見せた気がする四葉であったが、そのすぐ後に空元気だと分かる明るい声と共に笑みを浮かべた。

 

(そんなに初日を楽しみにしていたのだろうか? いや、そんなわけねえか)

 

 四葉の空元気の理由を”ひねり出そう”として、すぐに諦めた。

 実際のところは間違いなく、自分が原因なのだろう。

 先にも触れた通り、四葉の自分への想いは知っている。

 四葉には一度告白され、それを拒絶してしまい、そして今の形に収まった。

 外的要因もあって、衝動的に四葉を遠ざけてしまったことは本人にも理解してもらえたが、それでも四葉から距離を取った対応を取られるようになったのは記憶に新しい話だった。

 四葉が距離を取って敬語で話すようになったのは、風太郎のことが嫌いになったからではない。むしろその逆で、四葉が風太郎に嫌われないようにという防衛策だった。

 恋愛に興味がないと宣言している風太郎に馴れ馴れしくし過ぎてしまい、うんざりされないようにするための対応策なのである。

 だから今もなお、四葉の矢印は風太郎へ向いていると思われるし、そう考えると四葉の落ち込みようも理解できる。

 せっかく林間学校で一緒に行動し、風太郎からこちらに対しての距離を詰めさせるようなアプローチができると考えていた色々がオシャカになり、残念に思っているのだろう。

 

(まあ、”まだ二日あるんだ”。やろうと思えば色々できるだろ)

 

 別に風太郎は四葉にアプローチされることを望んでいるわけではなかったが、沈まれたままなのも心配ではあった。

 けれど考えの通り、まだ時間はあるのだからと、旅館に着くまで風太郎から四葉へ話しかけることはなかった。

 

 

 

 

 

「はあ、生き返る……」

 

 旅館に到着した風太郎は余り物の男子グループに交じり四人部屋へ荷物を降ろすと、その足で温泉へと向かった。

 無論、一人である。

 これを機にルームメイトとなった男子たちと親交を深めようなどという考えは思い浮かぶことすらなかった。

 そんなわけだから、浴場には風太郎以外にも生徒の姿はあるものの一人、夜空を見上げながら、眉間を指で押しつつおおいに湯と湯気を満喫していた。

 少し話は逸れるが、風太郎の家にだって浴室はある。しかしボロ屋に元々備え付けられていたユニットバスだから狭く、風太郎は男性の平均身長と比較しても平均的なタッパであるはずなのだがかなり足を畳む必要があるほどだった。

 それに加えて上杉家の財政状況的に温泉へ行くことも稀であり、風太郎にとって自宅以外の湯船に浸かること自体貴重な体験なのであった。

 だからである、この温泉旅館の石造りの露天風呂は、複数人が入ったとしても余裕が残るほどの広さであるにも関わらず、風太郎は家の湯船で染みついた姿勢である体育座りで湯に浸かっていた。

 端から見れば本当にそれでリラックスできているのかと聞きたくなるような光景であったが、当の本人は日ごろの勉強漬けの疲労が溶かされていくかの如く堪能していた。

 それ故に、近くに人影が来ているというのに気が付かなかった。

 

「おい」

「…………」

「おいコラ、おいったら」

「あ? 俺か?」

「そうだよ、お前だよコラ」

 

 反応が遅れながらも呼びかけた主に目をやると、例の前田とかいう男子だった。

 前田とは直接話したことがなかった。一度顔を見たことがあるだけである。

 それでも覚えているのは先日、風太郎とすでに約束があるはずの一花が前田からのキャンプファイヤーの約束を受けてしまうという現場に居合わせてしまったためである。あの出来事は衝撃的であったため、忘れたくても忘れられなかった。

 

「お前、今日中野さんと仲良くしてたよな?」

「仲良くってほどでもない。ただ一緒にいただけだ」

「はぁ? そんなわけないだろ。あの中野さん、すげえ楽しそうな顔してたぞ」

 

 あの中野さん。その言い方に前田は今日が四葉の番であることを理解していないように思えた。

 

「だったらなんだよ。お前には関係ないだろ」

「いや、ある。お前、あの中野さんと──」

「四葉だ」

「四葉さんと付き合ってんのか?」

「別に」

「……そうか」

 

 あからさまに安堵の表情を見せる前田。

 風太郎は直近の悩みにニアピンの質問に内心では心音を激しく鳴らしながらも平静を装っていた。

 

「じゃあよ……好きか?」

 

 ニアピンどころではない。ホールインワンだった。

 

「何でお前にそんなこと答えなきゃならねえんだ」

「それは……」

 

 当然の質問の返しに、前田は答える前に周囲を見渡した。

 他の生徒たちの様子を伺った辺り、聞き耳を立てられていることに警戒したように見えた。

 しかし生徒たちは皆こちらに関心をもっていないようで、それを確認してから前田は小声で言った。

 

「俺が一花さんのことが好きだからだよ」

「……悪いことは言わん。あいつは性格が悪い。他を当たれ」

「お前に何でそんなこと言われなきゃなんねえんだよ!?」

 

 今さっきの小声から打って変わって怒鳴る前田。

 声を荒げると共に湯船から立ち上がったものだから、風太郎の目線の高さにぶら下がるものが映り即座に目線を逸らした。

 逸らした視線の先では、流石に大声を挙げられれば他の生徒も気になるようで大勢がこちらを向いていた。

 

「おい、迷惑だろ。でかい声出すな」

「お前が余計なこと言わせるからだろ────ああもうくそ、場所変えるぞ。ここじゃ話に集中できねえ」

「…………」

 

 

 

 前田に付き従う形で浴場を出ると、客室と浴場の中間の辺りに敷設された休憩所に来た。

 他に人の姿はなく、一角の席に腰を落とした。

 前田が話を再開させる。

 

「お前鈍いみたいだからちゃんと説明するけどよ、お前が中野さんの誰を好きになったって困るんだよ」

「……そういうことか」

 

 ようやく前田の言いたいことを理解できた。

 口に出すと恥ずかしいため言わなかったが、要するに前田は一花が好きで、風太郎が一花を含め各人格の誰を好きになったとして、結局のところ前田と彼女を取り合うことになるということである。

 一つの体に五人の人格。風太郎は当たり前のように五人を別人として扱っているが、法律的にも現実的にも結局一人の人間でしかないのである。

 二人の男性が五人のうちの別々の人格を好きになったからといって、ではそれぞれの人格と仲良くよろしくしましょうとはなるはずがない。法的にも、倫理的にも。

 それを前田は危惧して、願わくば風太郎は彼女たちと良好な友人関係なだけであることを願って話しに来たということなのだろう。

 

「安心しろ。お前が心配しているようなことはない」

「本当か?」

「しつこいな。お前に嘘つくメリットなんて無いだろ」

「お前にメリットがなくても、嘘つかれたら俺にデメリットがあるんだよ」

「はあ?」

「お前が中野さんのうちの誰かを好きなのに、それを知らねえまま俺が一花さんと付き合っちまったら気分悪いじゃねえか」

「────お前……」

「なんだ、やっぱり嘘なのか?」

「思ったより良い奴なんだな」

「はあ?」

 

 二度目の「はあ?」は前田のものだった。

 前田のことを少々見誤っていたと内心で思った。

 この男は同じ女性を好きになってしまったからにはと、自分に釘を刺しに来たのだと思っていた。

 だが、既に一花と付き合えることが前提になっているのはともかくとして、一般的に考えれば同じ女性を取り合う対抗馬の存在を知ってしまった場合の方が気分は悪くなるだろう。

 知らぬが仏という言葉の通り、他の男性の影を知ってしまえばする必要のなかった杞憂をする羽目になるのだ。

 なのにこの男は「知らないままの方が気分が悪い」と言ってのけた。その言葉はどう意訳したところで、相手の男性を慮っていないと出ない言葉である。

 ここに至るまで風太郎は前田のことをずっと粗暴で馬鹿な奴だと内心では見下げていたから、見る目が変わったのであった。

 

「気にすんな。こっちの事情だ。それよりお前──」

「名乗ってなかったな。前田だ」

「知ってる。それでなお前」

「名乗ったんだから名前で呼べやコラ。ていうか何で知ってやがる」

「お前が筋を通そうとしてるから、俺も一応筋を通しておく」

「無視すんな! ……なんだよ、筋って」

「俺は四葉から告白を受けている」

「…………!」

 

(まあ、そういう反応になるよな)

 

 前田の目が明らかに変わった。

 焦りと、怒りと、いくつかのあまり良くない感情が複雑に絡み合った顔だ。

 目を見張ったその顔は、元のヤンキーとしてのディテールもさることながら、流石に少し気圧されるほどの凄みを感じさせた。

 風太郎も黙ってしまったが、それもわずかのことで前田は抑えてたものを排出するかの如く溜息などではなく、噴き出すように息を勢いよく深く吐いた。

 

「そうか。教えてくれてありがとな……やっぱし、多重人格を好きになると辛いな」

「……みたいだな」

「んで? もう断ったのか?」

「……してない」

「なんでだよ。好きじゃねえんだろ?」

「断ろうとはした。だが、色々あって……」

「色々って?」

「今は、その、友達からって段階で……」

 

 言ってて恥ずかしくなってきた。

 対して前田は、顔を覆うように天井を仰いだ。

 

「んだよそれ。やっぱり心配するようなことあるんじゃねえか」

「悪い。嘘をつくつもりじゃなかったんだが」

「いいよ別に。話してくれたわけだしよ……とりあえず事情は分かった。なら俺とお前は仲間だな」

「何でそうなる?」

 

 話の脈絡が見いだせず、きょとんとした顔になる風太郎。

 しかし前田は笑いながら──

 

「お前が中野さんを好きだったら競争相手だけどよ、これは俺が一花さんを、四葉さんがお前を、どっちが先に落とせるかの競争ってことじゃねえか」

「はあ……」

「ならお前は身持ちを固くしてくれてればいいだけじゃねえか」

「…………」

「なんで黙るんだよ」

 

 ここに来るまでの道中、バス内でもしかしたら好きなのかもしれないと悩んでいたことを、更にこの場でゲロってしまえるほどの勇気は風太郎にはなかった。

 

「にしても、だとしたら四葉さんは今日はかわいそうだな」

「かわいそう?」

 

 今までの話の流れからすれば、微妙に言葉の用法としては間違っているが四葉は前田の恋を成功させるための障害となる存在だろう。

 その四葉に対してどうしてかわいそうなどという感情が出てくるのか。

 

「だって今日は雪のせいでこんな終わり方じゃねえか。この旅館は良いところだけど、男女はずっと別でよ」

「だが後二日残ってるじゃねえか」

「お前本気でそれ言ってんのか? それは俺たちの場合はだろ?」

「────」

「四葉さんは今日で終わりなんだぞ」

 

 ここに来る前、バスの中での出来事に合点が言った。

 旅館でも一緒にいれないかと申し出てきて、それはやはり無理だとわかるや空元気を振りまいた四葉。

 その理由は風太郎と一緒に過ごせる時間が削れてしまうからだと予想を組み立てた風太郎だったが、とんだ勘違いをしていたと風太郎は理解した。

『削れてしまった』のではない、『無くなってしまった』のだ。

 裏に引っ込んでいる間も五感を共有している以上、四葉は残り二日も体験はできる。だが自分の思い通りに動いて楽しめるのは今日だけなのだ。

 五人の人格はローテーションではないが、確率的にはある程度同じ割合で出るように収束しているらしい。

 残り二日で、再び四葉の番になる可能性は低いだろう。

 それを理解していたからこそ、四葉は無理を言ったのだ。

 

(くそっ)

 

 思わず内心で舌打ちをした。

 四葉達の体質のことを知りながら、どうしてこんな簡単なことに気づけなかったのかと。

 内心で焦れている間にも、そんな風太郎の心情など知る由もない前田は逆にスッキリとした面持ちで席を立った。

 

「色々複雑っちゃ複雑な気持ちだけどよ、お前と話しておけて良かったわ……そろそろ行くわ。正直に聞かせてくれてありがとな…………えと、そういやお前の名前を聞いてなかったな」

「上杉だ」

「じゃあな上杉。簡単に落とされるんじゃねえぞ」

 

 言い終えると、こちらの返事を待たずに嵐のように前田は去っていった。

 一人残された風太郎は、前田に対する妙な清涼感と、先ほどの気づきのせいで妙な腹持ちの悪さを感じていた。

 席を立ちあがる気にもならず、膝の上に肘を置いて手を組み、考え込んだ。

 考え込んだ末に、携帯を取り出すと四葉へと電話した。

 

『はい、どうされました?』

「お前ってこの後、時間作れるか?」

『えと、はい、大丈夫ですけど何かありましたか?』

「その……なんだ…………」

『上杉さん?』

「お前との、林間学校の思い出を作りに行かないか?」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。