五つ子ミルフィーユ   作:真樹

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22_動かざること

 昔話を終えた後、車内の空気はどんよりとしたものであった。

 冬特有の、湿度の低い空気だというのに、目に見えずとも重たくなっているそれは手を動かすだけでもまとわりつくような質感を感じさせた。

 無論、それらは全て錯覚でしかないのだが、そう思わせてしまうほど、自分から風太郎へと話した内容は辛い過去だった。

 横目で風太郎を見れば、硬い表情をしている。

 無理もない。昨晩の出来事が、父を亡くした時と同じ状況だったとは夢にも思わらなかっただろう。

 昨日の出来事は風太郎に非はない。三玖から見ても、明らかに一花の不注意が招いた結果だった。

 けれど、それだけで水に流せる話でないのもまた事実。

 風太郎が顔を強張らせているのは、想像以上にセンシティブな話に対して情報を咀嚼しきれていないためだろう。

 三玖とて暗い雰囲気にさせたいわけではなかった。ただ、昨晩の出来事だけで一花があれほど取り乱すものなのかと疑問気であったため、先々のことを考えても知っておいてもらった方が良いだろうという判断であった。

 そして空気がこうなることは予想できていたことだったが、このままで居続けることもまた本意ではなかった。

 だから尾を引かない様に、意図的に沈黙の流れを断ち切った。

 

「あの、江端さん」

「はい、なんでしょうか」

「家に着くのって結構遅くなりますよね?」

「渋滞がなければ、八時頃の到着になるかと思われます」

「だったら途中で車を停めてもらえませんか? 夜ご飯、済ましておきたいので」

「かしこまりました」

 

 

 

 しばらくして、三玖たちが乗る車は高速道路の途中にあるサービスエリアへと停車した。

 車を停める前、まだ高速道路を走っている最中に零奈には連絡を入れておいた。

 

『まっすぐ帰ってはこれないのですか? 今朝、電話をもらってからというもの貴女のことが心配で……』

「大丈夫だよお母さん。私は平気だから」

 

 そんな流れの会話で、渋々だが了解してもらえた。

 停車した車から降りようと扉へ手をかけたところで、江端が呼びかけてきた。

 

「わたくしは給油だけ済ました後は、車内で待っております」

「江端さんはご飯いいの?」

「もう年ですから。夜に外食などしたら胃がもたれてしまいます。ですからお気になさらずにお嬢様と上杉様だけで召し上がってください」

「わかりました」

 

 後部座席のバックミラー越しに見た江端の顔は微笑んでいた。

 この老人は三玖達娘やマルオと接する時、いつもの温和な姿勢で対応してくれるが、かといってゴマをするように常時微笑を張り付かせているわけでもなかった。

 それ故に、江端がこちらを気遣っていることに気がついた。もしかしたら人生の大先輩である江端は三玖が企み事をしていることなどお見通しなのかもしれない。

 そう思うと気恥ずかしさもあったが、背中を押してもらえているような気になった。

 

 後部座席の扉を開けた。暖房によって暖められ、そして暗い話題によってもったりとした空気が出ていき、入れ替わるように冷たくシン、とした空気が入り込んできた。

 窓ガラスが結露し、白くなった。

 足を外へ出し、続けて全身を乗り出す。

 空を見た。出発前は昼だったのが、いつの間にか夜になっていた。

 後ひと月もすれば冬至であった。日々、日が落ちるのが早くなってきている自覚はあったが、いよいよ気づかないうちに夜になるようになったかと秋から冬にかけての季節の代わりを感じた。

 そういえば、つい一昨日は豪雪に見舞われたのだったと、ふと思いだした。

 冬などとうに訪れているというのに、未だ自分の感覚は秋のままで、季節という松風にこれまたいつの間にか追い抜かされていることに気が付くと可笑しくなって少し笑った。

 松風とは戦国武将、前田慶次の愛馬のことである。名馬として名高い馬であった。

 

「何笑ってんだ?」

「あ……」

 

 声をかけられ、ようやく車の反対側から降りた風太郎が半目でこちらを見てきていることに気が付いた。

 

「な、なんでもない……!」

 

 だらしなく笑みを零していた口元を手で隠すと、恥ずかしさに頬が上気しているのを感じながらそっぽを向いた。

 三玖が恥ずかしく感じたのは、自分の笑みの理由が季節の変わり目を実感したからなどという風情ある奥ゆかしいものではなく、それと戦国時代という自分の得意分野を繋げて連想してしまい、オタク特有のものが漏れたことを自覚していたからであった。

 そんな三玖の心中など風太郎は知る由もなく「そうか」とだけ言うと興味を失ったようにした。

 難を逃れた、と胸を撫で下ろしてから扉を閉めた。

 

「じゃあ行こ」

「ああ」

 

 車の横を通り抜け、風太郎の隣に並び立つと、二人はサービスエリア内のフードコートへと入っていった。

 

 

 

 建物内のフードコートは平日の夜間ということもあり、閑散としていた。

 壁沿いに飲食店が立ち並び、中央のスペースは食事用の席が多数設けられている。その席の大半が空いており、所々で作業着を着たトラックドライバーと思わしき男性たちと、稀に家族客などがみかけられた。

 自分たちの食事の席を決めると、風太郎と一度別行動を取った。

 互いに食べたいものを選ぶためである。

 三玖が選んだのはたこやきだった。チェーン店のフランチャイズがあったので、ソース味を注文するとその場で渡された。

 たこやきをもって席に戻ると、既に風太郎が着席していた。

 机の上に食べ物はなく、呼び出し用の電子ベルが置かれていた。

 

「何頼んだの?」

「醤油ラーメン……一番安かったから」

「そっか」

 

 三玖は風太郎の対面の席に腰かけた。

 八個入りの船形の紙皿を置くと、焼きたてのたこやきからは湯気が立ち上ぼり、二人の間を割って入った。

 たこやきの熱気に鰹節は踊っており、湯気はソースのにおいを運んで鼻孔を刺激してきた。

 食欲のそそられる香りに釣られるように、既にたこやきの一つに突き立てられた爪楊枝を、そのままたこやきごと持ち上げると、風太郎へと差し出した。

 

「なんだよ」

「いらない?」

「自分の分を頼んでる」

「まだ来てないじゃん。待ってる間暇でしょ」

「……いただきます」

 

 風太郎が爪楊枝へと手を伸ばした。

 親指と人差し指でつまむように、三玖から受け渡してもらおうとした指はすんでのところで空ぶった。

 風太郎が掴むより先に、三玖がたこやきを持ち上げて避けたのであった。

 

「くれるんじゃないのかよ」

「……」

 

 困惑気な風太郎。

 三玖は腕を下すと、その眼前にたこやきを無言のまま突きつけてから、言う。

 

「あーん」

「おい」

「あーん」

「んなことしねえって」

「あーん」

「…………」

 

 頑なにそれだけを言い続ける三玖に、風太郎は諦めるようにして従った。

 三玖の手にあるたこやきを頬張る風太郎。

 

「おいしい?」

「ま、まて……あつ……はふっ……」

「そっか、じゃあその間に私も……いただきます」

 

 目の前でたこやきの熱さに悶えている間に、三玖も一つ頬張った。

 表面はそれなりに冷めていたが、歯を突き立てて中の具が口内に溢れた瞬間、温度が一気に変わった。

 確かにこれは熱い。

 

「はふ……うま……」

 

 昔やったホラーゲームに似たようなフレーズがあったな、などと考えながら自分も咀嚼していくうちに、先に食べた風太郎が飲み込み終わったようであった。

 まだ自分は口の中のたこやきと言う名の爆弾と格闘している最中である。

 少しずつ冷ましながら爆弾処理をしている間に、風太郎を観察する。

 依然として、神妙な面持ちをしていた。

 車の中の会話をやはりまだ引きずっているのだろう。

 そんな風太郎の眉間の皺を取るためにここに来たのだから、もう少しせめた方いいなと分析した。

 ようやくたこやきを飲み込んだ。

 

「フータローが何考えてるかはわからないけど」

「…………」

「私に気を使ってるなら、気にしないで大丈夫だよ。話す必要があると思ったから話しただけだし」

「だが、だからってお前自身は……」

「それも大丈夫。お父さんのことは私も悲しいけど、そこまで引きずってないから」

 

 自分はもしかしたら冷たい人間なのかもな、とも思ったがそれは言わなかった。

 三玖にとって実父、仁之助の事故は確かに悲壮な気持ちにさせられるがどうしても一本、線を引いて見ているような感じがしていた。

 おそらくは自分以外の、二乃や四葉といった後から生まれた人格たちは皆そうなのだろう。

 六年前の自分たちが生まれた時より更に昔、一花だけだった時代の記憶だって持っている。

 現に、あの事故が起きて、多重人格であることを自覚するまでは自分のことを"一花"だと自認していた。

 だから本当は、本物の一花のように自分たちも体を"取られた側"だと認識してもおかしくないのだが、実際はそうならなかった。

 もはや本能のようなところで不思議と理解していた。自分は本物の一花ではなくて、後から生まれた存在だと。

 それ自体を悲しいとも思わなかった。

 そして、そんな生まれだからか人格が分かれる前の記憶も文字通り自分のことのように覚えているが、どこか他人事のように感じていた。

 実父の事故も、そんな他人事だと思ってしまう感覚の、境界線の向こう側にあった。

 事故を他人事だと思ってしまうことが多重人格によるものなのか、単純に自分が冷たい人間だからなのかが、三玖には判断できなかった。

 唯一、救いであったのはそんな考えを持っているからといって、三玖は自分自身をそれほど嫌悪していないということだった。

 だからそれ以上考えることをやめることができ、目の前の風太郎へと意識を戻せた。

 

「そうか」

 

 三玖の気にしていないという申し出に、風太郎は納得したように目を伏せていった。

 明るい顔には当然ならなかったが、それでも幾分か表情の険しさは取れた気がした。

 その時、机の上のベルが鳴った。風太郎はそれを手に取った。

 

「取ってくる」

「うん」

 

 ベルを手に持ち席を立つと、料理を取りに風太郎は歩き去っていった。

 

(ここからだ)

 

 風太郎の背を見ながら、そう意気込んだ。

 三玖が風太郎を一緒に帰るように呼んだのには一つの目的があった。ある話をするためである。

 その話をするには、先ほどの実父の話は前振りとして些か重たい話過ぎたし、別に前提として話す必要もなかった。

 それでも話したのは、風太郎の誤解を解消させるためだった。つまり、風太郎のための話である。

 これからする話は、私たちのための話だ。

 風太郎がラーメンが載ったトレーを持って戻ってきた。

 

「美味しそうだね」

「そうか? いやまあ、確かに旨そうだが……」

 

 机に置いたラーメンをしげしげと見る風太郎。

 きっと値段しか見ないで選んだから、三玖に言われた初めて味についての想像をしたのだろう。

 ラーメンから目を上げた風太郎が言う。

 

「少し食うか?」

「いいの?」

「さっきの礼だ」

「じゃあ」

 

 トレーにはラーメンの皿とは別に、空の器と箸が二膳置かれていた。

 元々こうなることを考えて用意してくれたのだろう。

 少しだけだが、風太郎はラーメンを取り分けてミニラーメンを作ってくれるとこちらに渡してくれた。

 たこやきとラーメンが並ぶ絵図に、なんとも言えない"楽しいこと"をしている気分が湧いた。

 

(お祭り……とはちょっと違うよね。お祭りの屋台でラーメンなんてないし)

 

 目の前の光景はどこかで見たことがあるが、しかし具体的にどこでとは思い出せなかった。

 ただ、友達とジャンクな食べ物を並べて駄弁りながら食べるこの時間は間違いなく、学生の間でないと中々できない事だろうと思った。

 そう考えて、三玖は再認識した。

 自分はやはり、この状況を間違いなく『友達』と過ごす時間だと感じていると。

 食べながら、言う。

 

「フータロー」

「なんだ? 足りなかったか?」

「そうじゃなくて、今日って本当は林間学校の三日目のはずだったじゃん?」

「そうだな。それがどうした?」

「キャンプファイヤーの伝説って知ってる?」

 

 そう言った直後の風太郎はラーメンを啜る直前だった。一瞬固まり、

 

「伝説? ……いや、知らない」

 

 答えてからラーメンを啜った。

 ずるずると音がした。

 

「キャンプファイヤーが終わる頃にね、男女が手を繋いでると、そのカップルは結ばれるって言われてるらしいんだ」

「へぇ、知らなかった」

「風太郎はさ、私達とだったら誰と繋ぎたいと思った?」

「────」

 

 直後、ごくんと飲み込む音がした。

 風太郎からだった。

 気が付けば目を見開いた風太郎が、恐る恐るというようにこちらへ訊いてくる。

 

「どういうことだ?」

「どういうこともなにも、言葉通りの意味だけど」

 

 当然、今の会話の流れで本気で言葉通りの意味合いで訊かれているとは風太郎とて思わないだろう。

 伝説の話など聞かされた後なのだから、誰と繋ぎたいかという質問は『誰と付き合いたいか』という質問と同義である。そう理解しているはずだ。

 故に、風太郎からの即答は無かった。

 そもそも、こんな周りくどい聞き方をしなくても風太郎ならば動揺し、言葉を詰まらせただろう。

 そこへ更に、言葉の裏を読むことを要求するような聞き方をしたのはひとえに、三玖側の都合であった。

 風太郎が答えあぐねている間に、三玖は次なる言葉の準備を構えた。

 肉食獣が獲物を狙うように、風太郎の次の一言を待つ。

 

「俺は──」

「待って」

 

 風太郎が言葉を発した直後に、被せるようにそれを遮った。

 面食らったように固まる風太郎。その表情を注視した。

 依然、困惑し続いている様子であった。明確に誰かひとりを心に決めて答えようとしているようには見えなかった。

 "期待通り"の反応に、三玖は安堵した。それから風太郎へと遮った言葉を続ける。

 

「今、誰かの名前を言おうとしたわけじゃないよね?」

「……ああ」

「理由は言わなくていいよ。別に本当に答えを聞きたかったわけじゃないから」

「どういうことだ?」

「確認だったの。風太郎の中に、誰かひとりがすでにいないか」

 

 もしいるとしたら、二乃か四葉か、大穴で五月だろうかと、三玖は自分自身と一花を候補から外して考えた。

 三玖にとってはこれからする話のためにも、誰であろうとも風太郎の口から誰かの名前が出ることは避けたかった。

 なぜならば──

 

「確認したかったの。みんなが幸せになれる可能性が、まだ残っているのかを」

「みんなって……?」

「みんなだよ。一花も、二乃も、四葉も、五月も」

 

 そして、

 

「私も」

「…………」

「せっかく四葉が告白してくれたんだもん、一度くらいは考えてくれたことあるよね? 多重人格の女の子なんかと付き合ったら、どういう大変さが考えられるか」

「……ああ」

 

 答えた風太郎は、苦い顔をしていた。

 ああ、昨日の肝試しで一花に言われた『他の子と変わってと言われたらどうするか』といった話を思い出しているのだろうと、そう推測した。

 

「フータローはさ、マジメだからずっと思い込みをしてるんじゃないかと思ってるんだ」

「思い込みって」

「もし付き合うとして、私達の誰かひとりを選ばなくちゃいけないって」

「…………そんなの、当たり前だろ。普通に考えれば──」

「私たちは普通じゃないよ」

「────」

「私たちの誰か一人だけを好きになるってことは、普通の人の一人だけを好きになるってこととは違うと思うんだ」

 

 きっと、こう考えるべきだろう。

 

「私たちは、五人全員愛されてやっと、一人分の愛をその人から貰えると、私は思ってる」

「…………そんなの、間違ってるだろ。倫理的に」

「そうかな?」

 

 三玖は説明した。

 倫理など所詮は社会通念の一つであり、規範でしかない、と。

 規範とは、人が人として社会の中で正しく生きるためのものであり、規範そのものは社会に通用するようマジョリティに寄り添って作られている。

 では自分たちの場合はどうだろうか。多重人格というマイノリティ中のマイノリティの自分たちまで、その規範に従う必要はあるのかと。

 三玖は考え、答えを持っていた。自分も社会に生きる人間なのだから守るべきだろうが、全ては当てはまらないだろうと。

 恋愛における一人を選ばなければならないという倫理は、根源的には動物的本能も関係するのだろうが、現代社会においては不貞を働かれた側のパートナーを守るための考え方だ。

 無論、その考えは三玖や他の人格だって持っているし、きっと風太郎が五人を愛し、自分以外の人格と仲良くしているところを見せられたら嫉妬もするだろう。

 だけど、見ず知らずの好きでもない男の相手をする光景を見せつけられ、体験させられることに比べれば百倍マシだ。

 この、誰かに体の支配権を譲っている間は自分の嫉妬心を我慢しなければならないという事柄自体は最早どうしようもなく、三玖たち多重人格者に対しても一般人と一律同様の情操教育を施された時点で、手遅れであった。

 生まれた時から、つまり先天性の多重人格であれば教育機関からの刷り込みをされる前に、親から別の考え方を教えられ避けられたかもしれない。

 けれど自分たちは後天性であった。自分たち他人格が生まれた時、既に一花は小学五年生だった。

 精神年齢の成長が早い女子ならば、恋という概念を理解するには十分な年齢だった。だから手遅れなのである。

 この考えを三玖は、風太郎に懇々と話し続けた。まるで風太郎が三玖へ勉強を教えるように、主観と感想が混じりながらも、しかし決して感情に任せた言い方にならないように。

 

「…………」

 

 話を聞いた風太郎は黙り込んでいた。

 その沈黙は、むしろ三玖にとっては手ごたえのあるものだった。

 自分は今、風太郎の持つ倫理から外れたことを言っているのは、先の説明の通り自分でも十分に理解している。

 だからこそ、そんな常識外れな話しをして、なお風太郎が即答で否定してこないということは、共感しうる部分があるからなのだろうと思った。

 しかし同時に、肯定の言葉も返ってこないのもまた、風太郎が内心で自身の倫理と向き合い、ズレている部分を再認識して三玖の話を受け入れるべきかと悩んでいるのだと想像した。

 

 この展開までも、すでに想定の範囲内であった。

 ここまでの話の展開は、三玖が五人の人格の中で誰よりも遅く風太郎と出会った人格だからこそ、できたことであった。

 他の人格が風太郎と接しているあいだも三玖はずっと後ろで控え、四葉の風太郎への告白も目撃して、どうすれば協力できるのかをシミュレーションしていたからであった。

 だから、この後に続く展開だって考えている。

 その話は、三玖が好きなものへと通ずる部分があるからできる話であった。

 

「フータロー」

「…………」

「私ね」

「…………」

「戦国武将が好きなの」

「…………は?」

「あの時代の人たちのね、野心に溢れた生き方が好きなの」

「悪い……話の繋がりが見えないんだが。何の関係が?」

「関係あるよ」

 

 三玖は説明を続ける。

 厳密には当時の武将の生き方ではなく、その当時に基づく考え方が今とはまるで違うことが重要だと話した。

 

 武士道という規範が江戸期にはあった。

 侍という職業が平安時代に生まれ、その当時から御恩と奉公という関係性は存在したが、徳川家康が江戸幕府を開き天下泰平の世を作ってから、戦がなくなってなおも侍であり続けんと当時の人間たちが作り上げた規範だ。

 極端な説明の仕方をすると、主君に尽くせないなら死ねという考え方だ。

 恋愛の話をしているのに死生観の話に変わろうとしているため、これ以上の詳細は省くものの、要するに当時は侍として死ぬことも一つの矜持だと考えられていた。

 現代においてなお武士道に対して美意識のようなものを感じる人はいる。かといって自分も武士道を持っている、などとのたまう社会人は稀だろう。

 いたとしてもそれは真似事で、中二病なのだろうと周りから憐みの目を向けられるだけである。

 逆に、現代社会に本物の武士道に基づいて切腹しようとする奴などいれば、ヤバい奴である。

 要するに何が言いたいかといえば、倫理や規範だって不変ではないということである。

 

「フータローがもし私達と関係を持つ時に、そういう当たり前の考えが邪魔をするなら、きっとそれは"余計な心配"をしているだけだと思う」

「お前……そこまで考えてたのか……」

 

 一通りを話し終えた後、いつの間にか三玖も自分の好きな話が半分混じっているせいもあって、話すことに熱中していることに気が付いた。

 改めて風太郎を見れば、呆気に取られているような顔をしていた。

 そんな風太郎に向けて、三玖は微笑んだ。

 

「今話したことの中には、フータローが教えてくれたことだってあるんだよ」

「────」

 

 嘘ではない。

 ゲームで得た戦国時代の知識しかない三玖に、それ以外の時代の考え方を教えてくれたのは風太郎であった。

 

「私が社会得意なのはフータローだって知ってるでしょ」

「……そうだったな」

 

 得意科目の話など今は関係ないのだが、武士道の話などは必要だったからとはいえ、あまりに本題から逸れていることもあって、場の空気を崩すためにあえて言った一手であった。

 おかげで風太郎の表情もまた崩れた。

 ただそれは一瞬だけであった。

 

「今の話はわかった。だが、仮にその考え方を俺が受け入れられたとしても、お前は肝心なところなところを見逃しているぞ」

「フータローが私達全員を好きになるかは別ってことでしょ?」

「────」

 

 図星らしい。思った以上の驚きようからして、意表を突くつもりで言ったのかもしれない。

 だけどそんなことは初めから分かっている。

 なぜならば──

 

「フータローだって見落としてるよ。私達全員と付き合うには、私達全員が君のことを好きにならないといけない」

「それは……」

「私はフータローのこと、ただの友達だと思ってる」

「────!」

 

 裏切られた、という顔をしていた。

 それはそうだろう。今まで散々理屈をこねくり回してまで、どうやったら後腐れなく付き合えるのかという話をしてきたのだから、話の最中に風太郎は『三玖は自分のことを好きなのかもしれない』ぐらいのことを考えたかもしれない。

 しかしそれは三玖からすれば、とんだ自意識過剰君であった。

 

「今までの話は単純に、手段の話をしてただけだよ。気持ちとか、そういうのは関係ない」

「おい……それじゃあ話した意味がないだろ」

「ううん」

 

 風太郎の言葉を首を振って否定した。

 風太郎の勘違いは確かに単なる自意識過剰でしかない。だけど、そう思ってもらうことには意味があった。

 

「意味はちゃんとある。私は二乃と四葉の恋が叶ってほしいと思ってる。私は他の子たちを応援したい」

 

 二乃が明確に自分の気持ちを風太郎へ打ち明けたことはまだなかった。

 しかし、可哀そうなことだが昨日の一花のせいで既に二乃の気持ちは白日の下に晒されていたため、三玖は二乃の名を伏せることをあえてしなかった。

 そして二乃の名を口に出したというのに、他にもまだ推測の域を出ないせいで、安易に言えないこともあった。

 それはきっと。

 

(フータロー、気づいてあげて。きっと一花、フータローのこと好きだよ)

 

 風太郎は答える。

 

「だが、叶えるって言っても、お前がその……"そうじゃない"っていうんだったら……」

「だからね────」

 

 この一言を言うために、ずいぶんと回り道をしたな、と三玖は思った。

 

「私に恋をさせて。フータロー」

「……は?」

 

 それが私の紛れもない本心だった。

 私は一花のように、皆を邪魔だと思わない。

 むしろ自分なんかよりもずっと凄い皆が幸せになるために協力したかった。

 そのためだったら私は、この人にだって恋をしてみせると、そう覚悟をしていた。

 それがたとえ自己犠牲でしかなかったとしても。

 

 気がつけばラーメンは伸びていた。

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