五つ子ミルフィーユ   作:真樹

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27_アンバランスなデート②

 一花が何らかの仕事をしているという話自体は、以前どこかで聞いた記憶があった。

 ただ結局何の仕事なのかは知らないままであったし、一花の場合はまずマトモなコミュニケーションを取るという、もっと手前のステップすら踏めていない状況だったから、話を聞いた後もそれきりになっていた。

 

「一花ね、芸能事務所に所属してるんだ。マルチタレントってやつ」

「もしかして、これか?」

 

 風太郎はスマホを取り出してチャットの画面を表示させると、チャットの名前のところを指さして三玖へ見せた。

 一花の名前の隣には『(織田プロ所属)』という文字が付随していた。

 三玖は頷きで肯定した。

 

「そう。私達のLOINEのアカウント名が一花になってるのもそれが理由なんだ」

「LOINEはあまり詳しくないんだが、どういうことだ……?」

「……最近アカウント作ったばっかりのはずでしょ……えっと、LOINEのアカウントって電話番号と紐づけないといけないでしょ? だから一台に一つしかアカウントが作れないんだよ」

「だから五人で一つのアカウントを共有してるってわけか」

「私達は友達としか連絡を取らないから事情を説明しておけばいいけど、一花の場合は仕事先の人とかもいるから」

 

 そんなところでも多重人格の存在というのは影響するのか、と彼女たちの日ごろ感じているのであろう気苦労の一端が見えた気がした。

 風太郎がスマホをしまうのと入れ替わるように、三玖が今度は取り出すと一つのブラウザで一つのWebサイトを表示させた。

 この水族館のホームページだった。

 前にも見たことがあるのか、迷う動作もなくサイト内を操作すると、スタッフの紹介が書かれているページで指を止めてこちらに見せてきた。

 

「ほらここ、一花の名前があるでしょ?」

「……確かに」

 

 画面には三玖の言う通り『ナレーション:中野一花』というクレジットが掲載されていた。

 本名で活動しているらしい。

 

「一花って、私達が表に出てくるようになってからあんな感じだから、少しでも周りに自分をアピールするために仕事を始めたみたいなんだ」

「……言っちゃ悪いが、お前らの体質で仕事なんてできるのか? 芸能なんて全く分からないが、スケジュール通りになんてできないだろ」

「うん。だから一花ができるのはここのナレーションみたいな、録音しておけばいい仕事とか、他の人の都合に合わせなくても良い仕事ばっかりなんだ」

「随分とあいつにとっては都合が良い話だな」

「今お世話になってる、織田さんって社長の人が優しいからできてるようなもんなんだけどね」

 

 その時、もう片方の手で繋ぎっぱなしだった迷子の少女がこちらへ顔を上げた。

 

「織田……?」

「あ、ごめんね。お嬢ちゃんにはつまらない話だったよね」

「お前、パパのお仕事先の人?」

「え……?」

 

 少女の言う事に一瞬、理解をする時間を要して固まる三玖。

 その背後から、新たに男性の声がした。

 駆け足の音と共に、焦るような声色で──

 

「菊!」

「パパ!」

 

 直後、少女は三玖の握る手をすり抜けて駆け出した。

 脇を通り抜けていく少女を目で追いながら、背後へ振り返ると、菊と呼ばれた少女は七三分けで髭を生やした妙に生活感のある男へと抱き着いていた。

 男もまた、菊を抱き返していた。

 

「どこ行ってたんだい。心配したんだから!」

「ごめんなさい……」

 

 よほど必死に探していたのだろう。菊以外は眼中にないという具合に、再会の一幕を繰り広げる親子。

 こちらは保護して送り届けたのだから、一言くらい何か言った方が良いのではないかと三玖を見れば、動揺の色を見せて再び固まっていた。

 どうしたのだろうと思いつつ、とりあえずは風太郎自身が一歩前へ出た。

 男の方もようやく気が付いたようだった。

 

「あの」

「ああ、君たちが菊を見つけてくれたのかい?」

「ええまあ、一応。ここに来るよう言い出したのはあいつですけど」

「あいつって…………あれ、一花ちゃん?」

「…………!」

 

 風太郎が顔だけで三玖の場所を示し、ようやくその存在に気が付いたらしい男。

 顔を向け、三玖ではなく一花の名前を呼んだ瞬間、三玖が肩を震わせた。

 菊をその場に立たせたまま、男は三玖へと近寄る。

 

「こんなところで会うなんて偶然だね。そちらの子はお友達かな?」

「…………」

「どうしたんだい黙って……ああ、すまない。もしかして一花ちゃんじゃなくて他の人格の子だったかな」

「そいつは三玖ですよ。おっさん」

 

 どういうわけか男の言葉に反応しない三玖の代わりに助け船を出してやった。

 男は三玖の名を聞くなり──

 

「そうか……君か……」

「……おひさしぶりです」

 

 営業スマイルなのだろうか、一瞬上ずらせた声を発しながらも男の口角は上がったままだったが、若干笑みが引きつっているように見えた。

 三玖もようやく口を開いたかと思えばまた黙り込んでしまう。

 その二人の間に板挟みのようにして立つ風太郎は居心地の悪さを感じていた。

 

(なんだこの空気……)

 

 どうにもこの二人の様子がおかしいことを察知した風太郎は、一歩進み自分の体で二人の視線を切るようにして割って入った。

 

「俺は"こいつ"とは友達です。こいつとあんたの事情は知らないけど、娘さんは確かに送り返しましたよ」

「……ありがとう。礼を言うよ。私は一花ちゃんのお仕事を担当しているものでね。仕事っていうのは──」

「それならさっき三玖から聞きました。あなたのことも。多分……マネージャーだろ?」

「話が早くて助かるよ。私は織田という。一花ちゃんのマネージャー兼、一応事務所の代表取締役をやっている。それとこの子は娘の菊だ」

 

 織田から紹介を受け、こちらに一度頭を下げてくる菊。

 

「パパを見つけてくれて……ありがとう」

「見つかってよかったな」

「ずいぶんと懐かれているんだね。結構この子は人見知りをするから」

「これで懐かれてるんですかね……それよりあんた、今度は目を離すなよ。親でしょあんた」

「耳が痛いよ。今日、私がここに来たのも一花ちゃんとは別件の仕事でね。いつもなら信頼できるツテに預けるんだけど、それもできなくて連れてきてしまったのさ」

「それで、仕事中に見失ったと……しっかりしろよ」

「めんぼくないよ」

 

 申し訳なさそうに頭に手を当てる織田。

 すると、菊が織田の手を放してこちらへ近づいて来た。

 近寄ってきた菊は、風太郎のシャツの裾を掴んで言う。

 

「パパをいじめるな」

「いじめてねえよ」

「助けてくれたことは感謝する」

「そりゃどうも」

「でも、パパをいじめるな」

「だからいじめてねえって!?」

 

 いまいち話を聞かねえガキだな、という悪態は父親を前にしていることもあって、すんでのところで飲み込んだ。

 一つ、深く息を吐いて自身の溜飲を下げてから、再び織田を見た。

 

「あの、余計なお世話かもですけど、よければしばらく面倒見ましょうか?」

「君たちが菊をかい?」

「懐かれているらしいですし」

「……ありがたい申し出だけど、遠慮しておくよ」

 

 織田は一瞬だけ、ちらりと三玖を見てから首を横へ振った。

 やはり、先ほどからの空気の悪さもあったし、何かあるのかもしれない。

 ただ、深くは詮索しなかった。

 

「そうですか。わかりました」

 

 そのため風太郎も食い下がらず、素直に一歩退いた。

 それを見てから織田は片手を上げた。

 

「じゃあ、私達は行くよ。君が一花ちゃんとも知り合いなら、どこかで会うかもね」

「ええ、またどこかで」

「バイバイ」

「もうパパとはぐれるなよ」

 

 それぞれと挨拶を交わした後、織田親子はその場を去っていった。

 それを見届けてから風太郎は三玖へと向いた。

 三玖の顔は依然として暗かった。

 一瞬、先ほど織田に聞いたことと同じことを三玖にも聞こうとして、飲み込んだ。

 

「俺たちも行くか」

「……うん」

 

 

 

 織田親子と別れた後、風太郎達は再び二人で順路を回っていた。

 

「さっきのおっさん、良い人そうだったな」

「うん」

「あの菊ってやつも、生意気な奴だったがちゃんと礼が言える奴だったし、躾が行き届いてるんだろ」

「うん」

「一花はあのおっさんとは上手くやれているのか? 俺の知る一花の普段の様子からだとあんまり想像できないが」

「うん」

 

(……やっぱり上の空だなこいつ)

 

 なんとなく、話ながら風太郎自身、三玖の心はここにあらずな気配は感じ取っていた。

 今の会話の他にも、風太郎の方からいくつか話を振ったりはしていた。その全ての会話に手応えがなかった。

 

(こいつ、一応は下心みたいのあって俺を連れ出してんだろ……何で俺の方が気を使ってんだよ……)

 

 三玖が放心気味な原因は考える間でもなく、先ほどの織田との遭遇だろう。

 ただ、これに関しては風太郎は話を蒸し返すつもりもなければ、三玖を問いただす気もなかった。

 というのも織田の立場から考えるに、この件に関してはどう予測したって一花が絡んでいるからであろうと思われるからであった。

 正直、この件の正体がどんなものであろうとも普段の風太郎であれば臆面もなく訊いただろうし、実際訊くべきかどうかも一度は思案した。

 それでも聞かないという方向に舵を切ったのは、今この場で風太郎がどうにかすべきなのは”三玖”自身の方であったからだった。

 だからまずはそれを解決すべきだろうと思い、風太郎は立ち止まった。

 立ち止まった場所は屋内のペンギンゾーンだった。屋外で飼育されていた種とは別の、本当に南極に生息しているタイプのペンギンたちがガラスの向こうにいた。

 風太郎の背中に小さく衝撃が走った。

 続けて、慌てた三玖の声がする。

 

「ご、ごめん。前見てなかった」

「三玖」

「……何」

「本当は今日、お前に会う前からずっと言おうと思ってたことがある」

「…………何」

 

 二度目の三玖の返事は、一度目よりも長い時間を要した。

 三玖なり何か思うところがあったのか、話を聞くための覚悟をしたのだろう。

 けれど。

 

(そんなに身構えなくていいんだ、三玖)

 

「お前背負いすぎ」

「え?」

「さっきのおっさんのことは置いといくぞ。今日お前が俺をここへ連れてきた理由は想像できてる」

「…………」

「林間学校の帰りで話したことだろ?」

「……うん」

「それに、お前がここまでしてるのは全部、お前自身のためじゃなくて四葉達他の奴らのためときたもんだ。正直、それが悪いこととは言わん。多重人格者が後ろめたさを感じずに自分の幸せを手に入れる手段として分からん理屈というわけでもないしな。気持ち的にも多重人格じゃない俺には判断できないことでもある」

「そこまで分かってて、来てくれてたんだ」

「まあ、理由はそれだけじゃないけどな」

「それだけじゃないって?」

 

 らいはに家を追い出されたという話をするのは無粋だろう。

 

「とにかく、俺はお前の目的も理由も分かった上で付き合ってやったのは、一言言わなきゃ気が済まなかったからだ」

「それが背負いすぎってこと?」

 

 風太郎の言っていることが分からないと、首をかしげる三玖。

 

「この水族館だって来慣れてるわけでもなく事前に下調べしてたし、今日会ってからのお前は妙に口数も多かった。ガラにもないことしやがって。功を焦ったな」

「で、でも、そうでもしないと……」

「だから焦る必要なんてねえんだよ。お前の目の前にいるのは、四葉から告白をうけているのにいつまでも返事を返していないろくでなしだぞ」

「……!」

「……まあそれは、あいつがまだ返事をしなくていいって言われているからってのもあるが」

 

 それに今となっては二乃のこともある。

 まだ二乃本人から言葉としてはっきり聞いたわけではないから、風太郎はここでは言及しなかった。

 ただ、向き合わなければならないことであるのは事実であるし、風太郎はあえて二乃のことも差している意味合いを含めた言い方をした。

 

「いずれは答えを出さなければならないだろう。だがそれは、まだ先の話だ」

「それってどれくらい?」

「さあな」

「さあって……適当過ぎじゃ──」

「何も考えていないわけじゃない。俺たちが解決しなくちゃいけないことが他にも山ほどある。勉強は全然できてないし、一花とは普通の話すらできていない……そんな状態でお前との話を進めたって、実際のところは何も進展なんてしないだろ」

「でも、そしたら私はどうしたら……!」

「一つずつ解決していこうぜ。どれも今すぐどうにかしないといけない話ってわけでもないんだ。一つずつ、確実に解決して言って、それで────」

 

 言いながら、風太郎は前髪を触れた。

 

「そうしていく間に、俺たちの関係だって変わっていくだろ」

「……フータロー」

 

 三玖に話したことは風太郎が自分で考えたことであったが、それ故に若干の詭弁をはらんでいることを風太郎は理解していた。

 風太郎が力説した”すべきことを終えてから”という理屈は、前提に付き合う場合にはというものを根底に持っている。

 無論、一組の男女がカップルとして成立たらしめるためには、その当事者同士の諸問題をクリアする必要があるのは当然なのだが、それらの面倒くさい工程を全て無視してこの話を終わらせる手段はあるにはあるのだ。

 さっさとフッてしまえばいいだけなのである。

 風太郎の場合、フッた後もそれはそれで家庭教師は続けられるのか、続かなかった場合の収入の補填はどうすべきかという切実な悩みは残るのだが、そちらは考えれば済むことである。

 それは今、風太郎が解決しようとしている問題と比べれば遥かに難易度は低いと考えてもいいだろう。

 一花という心にトラウマという巨大な氷塊を抱えた少女とどう向き合うか、それに加えて他人格達との関係を良好に保つという、どちらも明確な答えなどない精神性の問題だからこそ、風太郎は未だなお答えを出せないのでいるのだった。

 だというのにも関わらず、フってしまうという選択肢を即決しないのは、風太郎自身が彼女達をどう思っているか自分自身を理解しきれていないせいでもあった。

 つまるところ、これは風太郎自身のための時間稼ぎでもあるのだった。

 ただ、そんな風太郎の思惑など知る由も無い三玖はこれまでの話で納得したように頷いた。

 

「正直今日はずっと不安だった。男の人とデートなんてしたことないし、全然上手くいってる手応えもなかったから」

「楽しめなかったろ」

「……うん」

「なら残りの展示はいつも通りに見て回ろうぜ。金払って入ってるんだから、じゃなきゃもったいないだろ」

「そうだね」

 

 三玖が頷くのを見てから、風太郎は有言実行というかのように展示へと目を向けた。

 ちょうど、ガラスの向こうでは五羽のペンギンが寄り添っているところだった。

 再び三玖を見た。三玖もまたガラス越しの展示を見ていたが、その時の表情はようやく、今日一度も見せたこともなかった純粋な笑顔だった。

 

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