マルオと五月による引っ越しを掛けた赤点回避の約束がされた日の晩、風太郎は自分の家で仕事の一環として下田への情報連携の連絡をしていた。
下田とはLOINEの友達登録をしていたため、通話料金を気にする必要もなく今日あった出来事をつまびらかに説明をした。
ひとしきりの話を聞き終えた後で下田は低い声で唸った。
『あの野郎……メンドクセーこと言い出しやがって』
「正直、少し迷ってることもあります」
『迷ってる?』
「おかしな話ですけど、ここで五月が赤点を取ればあいつは今よりもっと良いところに住めます」
『だから今回は赤点を取らせちまってもいいってか?』
「次のテストを落としたら卒業できなくなるってわけじゃないですから」
『ずいぶんらしくねえこと言うじゃねえか。てっきり風太郎君のことだから、問答無用で勉強させると私は思ってたぜ』
「俺が勉強するのは将来の暮らしのためです。ここで五月に赤点回避させるのは、勉強のために幸せな暮らしを見逃させることになります。それじゃあ本末転倒じゃないですか」
風太郎にとって、勉強は何よりも優先すべきことであることには変わりなかった。
ただしそれは下田へも言った通り、あくまでも将来を見据えてすべきことだからというだけである。
勉強以外の方法で幸せになる手段があるというのなら、それも一つの選択肢だと思える程度には風太郎の視界は狭まっておらず、狭量ではなかった。
『……へぇ』
電話先の下田の声が一瞬途切れた。
声の代わりに受話口にかかったらしい吐息の音がノイズとして聞こえた。
「なんですか」
『素直に感心してんだよ。よくいるんだよな、勉強の鬼のくせに将来のこと訊くと何も答えられない奴。お前もそういうタイプだと正直思ってたわ』
「目的と手段をはき違えたりなんてしないですよ」
『みたいだな。悪かった……それじゃあ迷ってるってのは?』
「俺は五月に協力すべきか、という点です。あいつに勉強を教えないのは仕事を放棄することになるし、やってること自体はその……あまり良くないことですから」
『正しいことをしようとしてるはずなのに後ろめたさを感じちまうってわけだ』
「……はい」
返事の後、また一瞬下田は黙った。
風太郎としてもどうすべきかと相談をしている立場だから、何かしらの返事が来るものだと思って根気強く待つと、電話先からこちらに向けて言ったわけではないであろう「ま、言ってもいいか」という呟きが聞こえた。
『悪い、考えこんじまった』
「大丈夫です」
『さっきの話だけどよ、私なりの考えで言わせてもらえりゃ、風太郎君は気にせず五月ちゃんの赤点回避を目指して良いと思うぜ?』
「どうして……」
『理由は二つ。一つ目は風太郎君はさっき『テストは次がある』みたいなこと言ってたけど、引っ越しだって別にいつだってできるだろ』
「それはそうですけど、五月の親父さんの気が変わる可能性だってあるじゃないですか。もしかしたら五月には二度と今回みたいなチャンスが来ない可能性だってありえます」
『それが二つ目の理由だ。マルオは気が変わったりなんてしねえよ』
「何故言い切れるんです?」
『単純に付き合いが長いからな。マルオは自分が決めたことは最後まで貫くタイプだってのを知ってるんだよ』
ここで言う『マルオが決めたこと』とは、マルオと零奈、五月の三人で暮らすために引っ越しをするということだろう。
下田とマルオ、そして勇也……更に言えば風太郎の母親も含めた四人が同窓であるという話は以前聞いた。
当時からの付き合いとなればもうすぐ二十年にもなる古くからの縁となる。
下田はその経験に基づいて言い切っているのだろうが、四人の歴史を知らない風太郎からすればいまいち腹落ちしない理屈であった。
「仮に下田さんの言ってることが正しかったとして、もう一つ気になることもあります」
『まだあんのかよ?』
「俺自身のことです。今後の家庭教師の仕事に響かないかが心配で……」
五月に授業をして赤点を回避させるということは、今回に関してはいわば雇用主の意に反することになる。
電話先の下田も含めて、五月には風太郎の他にも勉強を教えられる人間が複数いるし風太郎が離任したとしても大した痛手にはならないだろう。
それに加えてマルオとの雇用関係はあくまで個人間のものだ。形態でいえば『上司と部下』という関係よりも『客とサービス提供者』と表した方が近く、客であるマルオが個人的に嫌って「もう結構です」と断られればそれだけで終わる関係であった。
風太郎、強いては上杉家からすれば今の仕事を解雇させられるのは死活問題だった。
しかし、そんな風太郎の懸念を一蹴するように下田は笑い飛ばした。
『どこの世界に勉強教えたからって理由で家庭教師を辞めさせる馬鹿がいるんだよ』
「でも今回は事情が複雑で」
『本気で五月ちゃんに勉強させたくないなら、はなから風太郎君や私のところに"しばらく対応不要"の連絡がくるだろ』
「あ」
言われてみれば、それはその通りだ。
『だから風太郎君はいつも通りにすればいいと思うぜ』
「……わかりました」
『それより私としては赤点を回避できなかった場合の条件ってやつが気に入られねえな』
「五月達が引っ越すことがですか?」
『それもだけど、風太郎君がやらなきゃいけないこともあるだろ』
「物件探しの手伝いのことですか」
といっても、風太郎がするのは探す条件に一言口添えをするだけなのだが。
『あの野郎まどろっこしいことしやがって、そんなに風太郎君と嬢ちゃんをよろしくさせたいかね』
「…………は!?」
『なんだよ、気づいてなかったのか? 普通に考えりゃ年頃の娘に近づく男に対しての扱いにしちゃ優しすぎってわかるだろ』
「そりゃ、言われてみればそうかもだけど、それはあの人が優しいからってだけじゃ?」
『優しい? マルオが? 笑わせんな。あいつは百人に聞いたって満場一致になるだろうってくらいの自己中野郎だよ』
「だったらなんで……」
『多分、無堂先生の影響だろうな』
「無堂……」
零奈の前夫。五月の父親である。
『無堂先生と零奈先生の馴れ初めってのは、私らの世代にとっちゃ最後が悲劇ってだけの美談なんだよ。高校で無堂先生を見染めた零奈先生が後を追うようにして教師になって、その零奈先生に性根を叩き直された私らも大人になって、その後二人はめでたく結婚。子供も大きくなってきてこれからだって時に、無堂先生の方が娘を守って死んじまった。私が事情を知らない部外者だったら、物語のあらすじだって言われても信じるぜ』
「あの人はその前の旦那の影響を受けてると…………でも、その」
『ん?』
「こういった話は得意じゃないですけど、再婚した旦那なんてのは普通、前の旦那のことは嫉妬するもんじゃないですか?」
『さあな、あいつが腹の中で本当はどう考えてるかまでは流石に私にもわからん』
ただ、と下田は話を続ける。
『さっきも言った通り男親のあいつが、風太郎君と五月ちゃん達と近づけさせようとする理由なんつったら、それぐらいしか思いつかないってことだ』
「……よくわからないです」
『同感だね。偉そうに言ったけど私も共感はできないよ』
その下田のいいぶりに風太郎は違和感を覚えた。
零奈と無堂の馴れ初めが美談として語られているなら、むしろ関係者ではなく観客として成り行きを見物できる下田こそ、かつての美談の再来とでも言わんばかりに自分たちの後押しをするのではないかと思ったからだった。
「下田さんは違うんですか?」
すると下田は「さっき、言うべきか少し迷ったんだけどな」と前置きをしてから話し出した。先ほど一人で呟いていた「言ってもいいか」ということの話だろう。
『私は無堂先生のことはあんまり好きじゃねえんだよ』
「何故です?」
『死人を悪くいうのは行儀の悪い話だが、あのおっさんには生理的な嫌悪感があってな』
「生理的……」
『笑いたけりゃ自意識過剰って笑ってくれていいけどよ、昔あのおっさんと会ってた頃は私のことを変な目で見てる気がしたんだ』
変な、というのは性的な、という言い方を濁したのだろう。
『それ以外の言動の端々でも、とてもまともな人間の思考回路とは思えない自分勝手な言動とかもあってな』
「それでも親父達はその人を慕ってたんですか?」
『そういう一面も昔気質ってことで済まされてたんだよ』
「ものは言いようですね」
『全くな。何よりその時にはあのおっさんに惚れ込んじまってた零奈先生が、先陣切ってそういう都合の良いものの見方をしてたから、零奈先生にメロメロだったマルオたちも引っ張られたってのはあるんだろうけどな』
恋は盲目というやつだろうか。
繰り返しの話になるが、意中の相手が好きな人、つまり自分から見た恋敵の同姓など『憎いあんちくしょう』以外の何者でもない気がするが、実際にどう思っているかは本人以外は知る由もない。
そしてマルオから無堂への矢印はさておくとして、好きな人に好感を持ってもらいたいという思いから生じる同調の精神とでもいうべきもの、それが下田の言う『引っ張られた』の正体なのだろうと風太郎は解釈した。
『零奈先生に子供ができたって聞いた時、あのおっさんは行方を眩ますんじゃないかとすら思ったね』
「そんな……」
『ま、あくまでそんな事になっても驚かなかったってだけだ。今の話、他の連中には言うなよ。風太郎君は口が固そうだから話したんだからな?』
「わかってます」
こんな話、言えるわけもない。
途中から随分と重たい話となってしまった。それは下田の方も同じらしく、そして今の話で言いたいことも全て言い切ったのか、電話越しから伸びをする声がした。
『話が逸れちまったけど、今の話を風太郎君に話したのはいつぞやみたいに説明不十分のまま家庭教師をしてもらわないようにするためだ』
「あんまり家庭教師に関係がなかったような……」
『釣り糸巻くみたいに話を遡っていけば五月ちゃんたちの引っ越しに風太郎君も一枚噛まなきゃいけない話まで繋がるだろ。人間ってのはどんだけお堅いやつでも心のどっかにある感情に引っ張られて動いちまう。面倒くさいことになったからこそ、きちんと当事者の君には話しておいたんだよ』
「……どうも」
『さて、話はこんくらいかな。他になければ今日はこの辺にしとくぜ。お互い、五月ちゃんたちを上手く引っ張ってやろうな』
「ありがとうございました」
『じゃあな』
その言葉を最後に通話は途切れた。
スマホから耳を離し、通話終了の画面からホーム画面へ戻してから画面表示を落とすと、風太郎も座った姿勢のまま仰け反るような姿勢をとって片手を畳の上に、もう片方の手で眉間を摘んだ。
また家庭教師の範疇を超えた話をされた、というのが先ほどの下田との話を振り返った風太郎の感想だった。
しかし、初めて家庭教師を任された時のような先行きの不安はなかった。というのも風太郎が聞かされた話はあくまでもマルオの発言に対する補足でしかなく、それを聞かされたからといって風太郎がすることに変わりはないからであった。
むしろ今の電話で風太郎がすべきことは明確になった。
とにかく自分はいつも通りに家庭教師をすればいい。
先ほどの会話の末にこれほど明快な答えだけが残ったという事実に、自然体で話してくれていたはずの下田が実はどこまで考えていたのだろうかと、年の功の差はあれど同じ家庭教師としての思慮深さの違いを突き付けられた気がして、自然と背筋が伸びる思いがした風太郎であった。
次の土曜日。最早慣れてきた道筋を通って風太郎は家庭教師をしに中野家を訪問した。
風太郎を迎えたのは五月だった。
マルオと五月との三者面談が行われたのは昨日の出来事のため、五月は二連続の出番となる。
「待ってましたよ。中へどうぞ」
「珍しいな。昨日もお前だったろ」
「たまにあるんです。それより早く」
「あ、ああ……」
(妙に急かされるな)
内心で疑念を持ちつつ、言われた通りにアパートの中へと入室する。
いつも通りリビングの座卓には律儀な五月によって既に勉強の道具は整えられており、五月も定位置に着席した。
「それでは早速始めましょう」
「おう……」
再び、言われるがままに風太郎もいつも座るポジションへと着席する。
その間、五月はこちらを見ず、かと言ってノートを開いたりするわけでもなく、目を閉じてお澄ましの姿勢をしたままであった。
これには風太郎も違和感を覚えた。
「どうした?」
「何がですか?」
「何がって……お前、今日は様子がおかしいぞ?」
「今日"は"?」
質問に質問で返される不毛な応酬だが、最後の一音だけは特に語調が強かった。
その言い方が意味するところは、想像に難くない。
「もしかして最近ずっと……」
「呆れました。気づいていなかったのですね」
「何だよ。話が見えねえぞ。言いたいことがあるならハッキリ言え」
「ではハッキリ言わせてもらいますが、私は非常に怒っています」
「怒ってるって……何でだよ?」
すると目くじらを立ててこちらを睨んで来る五月。
「ここ最近、主に林間学校が始まってからですが、ずいぶんと他の子達と仲良くしているようですね」
仲良くと言われると、やや語弊がある気がした。
確かに一花関係の実父の事故の話で影が薄くなっているが、一花と五月を除いた他三人とも色々あった。
二乃とは肝試しを共にし、その時に彼女の好意を知ってしまった。
三玖はそんな二乃と四葉の協力をすべく、意識的に風太郎との心の距離を縮めようとし始めている。
四葉とは色々と残念な林間学校になってしまったが、それでも思い出の一つぐらいは作ってやれた。
五月がそれらのことを指して言っているのは風太郎でも理解できたが、何に怒っているのかが皆目見当がつかなかった。
(まさか、嫉妬? ……まさかな)
昨晩の下田との会話でそういった話もあったため、ふと思ってしまったが即座に否定した。
五月とは良くも悪くも生徒と教師でしかない。この関係だけは家庭教師を始めてからずっと変わらない。
二乃の好意までも知ってしまった今、自分にモテ期が来ているのではないかと、少し客観視するだけで壁に頭を打ち付けたくなるような恥ずかしい自意識過剰が芽生えているのに気づき、叫びたくなる気持ちを抑えた。
「以前、私は言いましたよね。『恋愛なんて”くだらないもの”に私を巻き込まないでください』と」
確かに言われた。
あれは四葉との雰囲気が険悪になったころのことだった。三玖に向けて言ってしまった失言によって四葉を傷つけてしまい、その後にあった五月からどれほどの失言だったか自覚させるためにそっくりそのまま返された言葉だった。
しかし巻き込むなと言われても、風太郎は些か腑に落ちなかった。
「待て、あいつらとのことはあいつら同士と直接話してるだろ。お前に何かしてもらったり、巻き込んでるつもりはないぞ」
「今になってそんなことを言うのですか? まだ私達の理解が足りていないようですね。それとも一花に聞かされた話を忘れたのですか?」
「なんだよ」
「他の子達との関係がずいぶんと近くなってきているようですね。仲が良いことは何よりです」
しかし、と五月は話を続ける。
「付き合い始める可能性すら現実味を帯びてきたからには、私も黙っているわけにはいきません。一花から聞かされましたよね? 好きでもない相手と付き合っている様も見せつけられるようなことになれば、それがどれだけ苦痛なことなのか」
それも聞かされた。肝試しの最中のことだった。
「他の子達と”友達として”仲良くなるなら私も協力しましょう。ただし、付き合うとなれば話は別です。私はあなたのことなど何とも思っていません」
「それは……三玖と一緒にどうにかしようと──」
「人任せにするのですか?」
食い気味に言われ、その言い方にカチンときた。
自分でも良くないスイッチの切り代わり方をした気がした。
だというのに、こいつの前だとどうも自分を抑えられなくなる。
「こっちは慣れてないことの対応で手いっぱいなんだよ! 何が正しいかもわからなくて手探りで進めてるってのに、お前の我儘にまで付き合ってられるか!」
「わがまま!?」
「だいたい、今回のテストだってお前が余計な癇癪を起さなければノルマなんて付かなかったんだぞ!」
「赤点を取ったからってあなたには関係ないじゃないですか! 引っ越しの話は私とお父さんの問題です!」
「それに俺は巻き込まれたって言ってるんだよ! お互い様じゃねえか!」
気がつけば、二人して座卓に手を付き膝立ちをしていた。
後1℃でもこの空気が過熱すれば、男同士だったら取っ組み合いになっていそうなほどの様相であった。
こんな時に限って、この日零奈は不在だった。
よって、現在室内には二人きり。
誰も止める者などいなかった。
過熱された空気に流されたまま、五月が言う。
「だったら勉強を教えなければいいではないですか! 私から教えてほしいと頼んだのは、初めて会った時の一度きりです!」
「これも仕事なんだよ! そうでもなきゃ、何で好き好んでお前何かに勉強を教えなきゃいけないんだ!」
「…………!!」
その言葉はおそらく、五月の何らかの逆鱗に触れてしまったのだろう。
風太郎の叫びの後、五月は絶句した。
返しの言葉が無いことによって、わずかに冷静さを取り戻した風太郎は、また同じ過ちを繰り返したかと後悔した。
眼前の五月を見た。
最早言葉にすらならないのか、未だなお握った拳は細かく震えており、それが五月の中では怒りの感情が激しく渦巻いていることをありありと語っていた。
次に五月が口を開いた時、とてつもない怒声の一つでも飛んでくるかと身構えた。
けれど。
「……出て行ってください」
「えっ」
「出て行ってください! あなたに教わることなんかありません!」
バンッ、と激しく机を叩く音がした。
五月によって発されたその音には風太郎であってもわずかに肩を跳ね上がらせた。
それから五月は玄関へと指差した。
狼狽えるようにして、風太郎。
「ま、待て! お前はそれでいいのかよ!? もうすぐテスト期間だって始まるってのに、今自習の時間を作ったってお前じゃ──」
「余計なお世話です! 無理ならお母さんでも下田さんでも頼ります! あなた以外の人に!」
この時点で風太郎の頭は大分冷えていた。口論になってしまい、まだ燻る種火はあるものの五月からまた何か余計な言葉が出てこない限りは、現状を収めるにはどうすべきかという点に頭を回せた。
その中で風太郎には分からないことが一つあった。
五月が怒っていると最初に言い出した理由は本人が説明した通り"他人格とも適切な距離を取れ"ということだと理解できた。
だが、今ここまで五月の頭を沸騰させてしまっている原因が何かが理解できなかった。
売り言葉に買い言葉にしては、少々白熱しすぎている。
五月以外も含めて、ここまで激高させたことがなかったので風太郎には追い出されることの他にも一つの心配事が浮上し始めた。
「冷静になれ! 俺が言い過ぎた!」
「もう結構です! いいから早く出て行ってください! あなたのことなんてだいっきら────」
「────五月!?」
風太郎の心配事は、的中した。
五月は最後まで言い切ることはなく、電池が切れたように姿勢を崩すと、頭を垂れた。
呼びかけに返事はない。
おそらく感情が高ぶり過ぎて入れ替わりのスイッチが入ってしまったのだろう。
入れ替わりの光景は何度も見ているため、風太郎であっても先のことは予測できた。
入れ替わり自体はすぐに済む。次に出てくる誰かを風太郎は待った。
そしてすぐさま、頭が上がった。
”そいつ”は風太郎を見ると、笑みを浮かべた。
「フータロー君って本当にデリカシーないよねー。私が邪魔しなくてももしかして自滅してくれてたんじゃないかな?」
「一花……!」
大ハズレであった。
「それにフータロー君は運も無いと。他の子だったら勉強を始められたかもしれないけど、私の番ってことはもう、分かるよね?」
「勉強をする気は────」
「あるわけないじゃん。ほら、帰った帰った」
「っ────クソっ!」
吐き捨てるようにして立ち上がると、風太郎は置いたばかりだったリュックサックを背負い直した。
一花を相手にして、今更勉強を教えられる気もしなかったし、どうにかできないかと望む余裕も風太郎自身に残っていなかった。
無理をすれば、下手すると一花と第二ラウンドをすることになりかねない。
無言のまま部屋を出て行こうとする風太郎に、一花はにこやかな笑顔を向けながら、
「ばいばーい」
と手を振った。
対して、風太郎は最後まで振り返らずに部屋を出て行った。
次の日の日曜日、朝目覚めた一花は再び自分の番だと気が付いた。
昨日と一昨日は五月が二連続だった。
一花の番が連続することも、林間学校の時に一度あった。
(最近多いなー)
同じ番が連続すること自体が珍しいのである。頻度としては半年に一度ぐらいだろうか。
しかも誰が連続するかはランダムのため、当然自分が連続する確率は五分の一。
多重人格を発症してから六年ほどになるが一花がこうして連続するのを経験するのは片手で数えられるほどだった。
「ま、いっか。日曜日に自分の番になれるなんてラッキー」
不愉快なことだが、体質的なそういったことには慣れているため、深くは考えずに思考は自分の番として満喫できる休日をどう過ごすかということにシフトした。
その日、一花は何事もなく楽しい休日を満喫した。
更に次の日、月曜日。
またしても一花の番だった。三日連続は初めてである。
更に更に次の日、火曜日。
その日も自分の番となった一花は、流石に気が付いた。
「あの子達……消えた?」