五つ子ミルフィーユ   作:真樹

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34_複雑な一人っ子心

 新学期が始まり、新しい生活も始まった。

 一花は平日の日中は下田が務める塾へと向かい、授業を受けた。

 普通、学生をターゲットにした塾は学校の無い時間を狙って授業が行われるものだが、マンツーマンでの授業をしてくれることに加えて、マルオの取り計らいによって授業の枠も増やしてもらえた。

 下田もなるべく多く一花の担当となるようにしてくれたが、流石に全ての授業の面倒を見るわけにもいかず、別の先生に教わる機会もあった。

 それに加えて講師の都合がつかない時は以前に風太郎へ説明した通り、他の年代に混ざって授業を受ける日もあった。

 家に帰れば零奈や風太郎が引き続き勉強を教えてくれる。どうやら授業の内容は下田から共有されているようで、教わる内容に大きなズレはなかった。

 一花からすればかなりの勉強漬けな日々で大変だったが、しかし思ったほど辛くもなかった。

 何しろ風太郎が説明してくれた通り、授業の進みが良い。

 基本的に教わったことは理解できるし、詰まったとしても長引くことは少なかった。

 自尊心を傷つけられるだろうと覚悟していた年下の子達に混ざっての授業も、初めは少年少女からの『なんでここに年上のお姉さんがいるんだ?』という視線を集めて恥ずかしい思いをしたものの、いざ始まって見れば訝し気だった視線は人一倍勉強を覚えるのが早い凄い人という羨望の眼差しへと変化し、傷つけられると思っていた自尊心はむしろ回復すらしていた。

 一度、風太郎にそのエピソードを話した時は『お前はできて当然のところを今更勉強してるんだから、あまり天狗になるなよ』と諭されてしまった。言っていることが正しいのは理解できるが、もう少し褒めてくれてもいいじゃないかとその時は唇を尖らせたのは記憶に新しい。

 そんな、一花にとってあまりストレスがかからず、かといって余裕ができるわけでもないほどほどに忙しい日々というのはいつの頃からか、一花は自分が多重人格であったことを忘れさせることすらあった。

 だからだろうか。あんなに憎んでいたはずの他人格達がどんな子だったのか、懐かしむかのように気になってしまった。

 振り返る術はあった。

 あの子達が生きて来た証は、何冊もの日記というノートによってまとめられていた。

 ある日の晩、一花は寝室の押し入れから古い日記も取り出して何冊か取ると、それを机の上に置いてページを開いた。

 

 

『2013年4月1日 月曜日 五月

 今日は中学校の入学式でした。初日からずいぶんとクラスの子達から質問攻めにされてしまいましたね。やはり多重人格は珍しいのですね。

 同じ小学校から進学してきた子達も結構いましたから、友達は完全に作り直しというわけではありませんが、一花は仲良くやれるでしょうか……』

 

『2015/11/22 二乃

 ほんと最悪! 何あの男! お母さんなんであんな男と再婚なんてしたわけ!? お父さんへの愛はどこいっちゃったのよ!?

 三玖も四葉も五月も揃って”悪い人じゃなさそうだし”なんてこと言ってたけど、そういう問題じゃないでしょ!?

 私とお母さんとお父さんの三人で暮らしてた幸せな生活……そりゃ、お父さんはもういないけど、だからってあの男が入ってきていい余地ができたわけじゃないのよ!

 しかも下田さんに昔話聞かせてもらったけど、あの男昔はお母さんのファンクラブなんての作ってたらしいじゃない!

 キモ! キモすぎ! ストーカーじゃないの!?

 一花、あんたなら分かってくれるわよね!?

 むしろ突然現れたあんな男にお母さん取られたくないって気持ち、あんたが私たちに向けてきてる気持ちと近い気がするし、こっちが分かってあげられる気がするわ。

 私達の体のことは自分達じゃどうしようもないけど、あの男は一緒に追い出してやるわよ!』

 

『6月24日 四葉

 高校一年にしてバスケ部インターハイ出場決定! みんなやったよ!

 ……っていっても、補欠だけとね。

 監督、試合当日に私の番になれたら試合に出させてくれるってさ。優しいよね。

 影だと練習にあんまり参加できてないのに、試合の時にだけ贔屓されちゃってるって結構コソコソ言われてるみたいだけど、でも実力で勝ち取ったんだし気にせずに頑張るよ!

 一花もタレントとして活躍し始めたんだもん! 私も活躍できるように頑張らなきゃ!』

 

『七月一日 三玖

 一花……その、来期からは転校だね。

 なんて言ったら良いかわからないけど……次の学校だと上手くできたらいいね』

 

 姉妹達の日記は一花だって内容は知っている。何しろ書いている本人の視界を通じて見ているのだから。

 それに加えて日記というのは元来、後から見返すためのものでもあるわけだし、そういったところで言うと一花は自分の憤怒の感情をより燃え上がらせたい時など、負の感情が強くなった時に他人格の日記を見返すことだってあった。

 だけど、ここ最近はめっきり毒も抜けてきており、そして他人格が出てこなくなってから初めて日記の読み返しをした。

 今までの一花であれば、他人格は全員一花から体を乗っ取ろうとしている侵略者だとでも思わせるような自己催眠がかかっていたものだから、全ての内容から他人格が自分へ向けてくる悪意を無意識に捏造し汲み取っていた。しかし改めて見返して見ればどの子達も全員、一花に対しても当たり前のように、まるで姉妹を相手にするように接してくれていた。

 無論、今一花が目を通した日以外だって日記は書かれているし、その中には他の人格同士で交流を取っていることもあった。

 不思議なのはどうしてこれだけ一花は彼女達を嫌っていたのに、彼女達は自分に対して優しくしてくれたのかだった。

 だけどそれを今聞くことはできない。このノートは昨年の十一月ごろを最後に続きは書かれなくなっているからだ。

 最後の日付は、他の子達が姿を現さなくなった日の前日だった。

 訊いてみたくなった。

 どうして自分なんかにずっと優しくしてくれたのか。

 彼女達が今も裏で見ているのかは、一花には分からない。

 もし見えていたとしたら、それは随分と長い夢を見ていることになるだろう。

 今、ぼんやりと訊きたいことを言葉にしたって、彼女達が次にいつ出てくるのか分からない。

 だから一花は、ペンを取ることにした。

 

『1/31 一花

 日記の日付、ずいぶんと日が空いちゃったね。見えてるかわからないけど、最近は私、一人で頑張ってるよ。

 五月ちゃんに全部お任せしちゃってたから勉強とか大変で……だけど変わらずお母さんや、下田さんや、風太郎君にお世話になってるよ。

 もう二か月近く、入れ替わりの無い生活を送ってるせいからかな、何か、その……こんなこと書くの都合の良い話なのかもしれないけど、みんなのことを考えることが多くなったんだ。

 おかしいよね。今は裏で待機してる時間もないから前よりずっと忙しいはずなのに、どうしてかみんなのことを思い出しちゃうの。

 それで思ったんだ。みんな、なんで私に優しくしてくれるんだろうって。私、みんなに酷いことばかりしてきたのに。

 もし、この日記を誰かが見たら、教えてくれないかな。

 もしかしたら、私もみんなと仲良くできた可能性って、あったのかな』

 

 

 

 

 

 

 三学期も間もなく終わりを迎えようとしている三月の頃だった。

 新しい体制の生活にもだいぶ慣れてきて、風太郎も学年末テストを無事に終え、再び自分の勉強に集中しながら一花にも勉強を教え続けていた。

 一花の学力は依然高校生レベルには及ばないものの、成績の伸び具合は客観的に見ても好調だった。

 このままのペースならば卒業までには本来の学年に相当する難易度のテストで赤点回避をすることも不可能ではないだろう。

 加えて一花本人との関係値も良くなってきている。

 憑き物が落ちたかのように性格に丸みを帯びてきた一花とは最近だと勉強以外でも話をするようになってきた。

 今日までの間に何か劇的な出来事があったというわけでもないのだが、時間というものはやはり強い影響力を持つのだろう。

 ずいぶんと穏やかな時間が流れていた気がする。

 そう思っているのはきっと風太郎だけではなく零奈も下田も、言葉には出さないものの勉強を教える相手が一人だけになったことなどは随分とやりやすさを感じているように見受けられた。

 最近では勉強の時間もずいぶんと和気あいあいとした雰囲気も流れているのを感じていた。

 だけど、風太郎は同時に不安にもなっていた。

 このまま、今の生活が当たり前になってしまわないだろうか。

 風太郎の本音を言えば、他人格には戻ってきてほしかった。

 無論そこには特別な感情を置く一人の人物がいるからというのもあるが、それ以外の面々とだって何も挨拶もできないままブツリと交流が切れてしまっている。

 今の生活をしていると、まるで他人格など初めからいなかったかのように感じてしまいそうになる。

 その感覚が風太郎にはたまらなく不気味だった。

 この不気味に思う感覚を風太郎は、零奈や下田たちも感じていてほしいと願っていた。

 と、いうのもこの不気味さの正体がわかっているからだった。

 風太郎自身も含めて誰も他人格のことを話題に出さないからであった。

 何故ならば風太郎が零奈や下田と会う時、その場にはほぼ必ず一花がいた。

 一花の前で他人格の話をするのは憚られた。

 いなくなった他の人格が戻ってきてほしいという気持ちは、風太郎からすれば消えた知り合いに帰ってきてほしいという感覚であったが、一花からすれば障害が再発してほしいと言われるようなものだろう。

 一花本人のかつての他人格への当たり方も加味すると、思っても口には出さない方が賢明というものだろう。

 だから風太郎の目線からすれば零奈や下田が一度も他人格達の話をしないことが不気味に感じるのと同様に、零奈や下田からすれば風太郎が他人格の話をまったくしないことも不気味に思っていてほしいと、そう考えていた。

 

 間もなく三学期が終わる。

 このままでは風太郎は他人格達と入れ替わり立ち代わり接してきた時間よりも、一花一人だけになってしまった時間の方が長くなってしまう。

 いい加減、空気読みのような自分には向いていないことは止めて話をすべきかと、ここ最近はずっと思っていた。

 そんな折だった。

 夕飯の買い物に出ている道の途中、横断歩道を渡る手前で零奈に話しかけられた。

 

「風太郎君」

「お……お母さん……」

「あなたにお母さんと呼ばれる筋合いはありませんよ」

 

 零奈はラフな私服姿に、手提げのエコバッグをさげていた。中身はまだ空のようでしぼんでいた。

 零奈は風太郎を見ながら言った。

 

「渡らないのですか?」

「え」

「信号、青ですよ」

「ああ……渡ります……」

 

 話しながら零奈が前を指さすと、信号待ちをしていたはずがいつの間にか青に変わっていた。先ほどの考え事に熱中しすぎていたらしい。

 横断歩道を渡り始めると、零奈も横に並んできた。

 

「家のお手伝いですか? 偉いですね」

「らいはにたたき出されてきただけです」

 

 家でゴロゴロと勉強をしていたところ、曰く「働かざる者食うべからず」らしい。

 

「素直ですね。褒められたのですから、そのくらい自分の手柄にして胸を張ってもバチは当たりませんよ」

「嘘つく理由もないですから」

「やはり偉いですね」

 

 歩きながらチラリと零奈を見た。

 この人とも随分と普通に話せるようになったと思う。

 何より意外だったのは、この終始鉄面皮の美女は会った当初は人の顔を象った仮面でも付けているのかと思っていたが、実際には表情の変化が三玖以上に薄いということに最近は気が付いたことだった。

 昔の自分であれば無表情だと思っていた今の零奈の表情は、薄く微笑んでいる……ように見えた。

 そういえばと、思い出したことがあった。

 

「一花達の家ってもう少し近くにも店ありませんでしたっけ」

「この先のスーパーでセールをやってるというチラシがうちのポストに入っていたんですよ」

「……ああ」

 

 セールをやっているのは風太郎も知っていた。むしろ同じものを上杉家も夕飯の材料にしようと狙っていたくらいである。

 目的地が同じ店ということもあり二人並んで歩き続けたが、その間に会話はない。零奈は口数が多くない方だし、風太郎も沈黙を苦としないタイプだったからそれでいいと思っていた。

 けれど、思えば零奈と二人きりの時間など中々ないわけで、先ほど考えていたことを聞いてみようかと思った。

 

「聞いてもいいですか」

「なんでしょう」

「一花以外の奴らのことです」

「……あの子達が戻ってくることはあるのか、ということでしょうか」

 

 流石教師というべきか、頭の回転が速い。

 風太郎は頷いて肯定した。

 話している間にスーパーに着いた。

 自動ドアを潜り抜けて先に入った風太郎は、カゴを二つ取ると一つを零奈に渡しながら言う。

 

「まだ年明け前の話ですが、親父さんから一花はまだ、医者からは治ったっていう診断は受けてないと聞きました。それは今もですか?」

「そうですね。まだ経過観察という扱いです」

 

 まだ、という言い方に風太郎はひっかかりを覚えた。

 それはつまり、このままだといずれは完治扱いになるということだろう。

 

「いつまでそうなんです?」

「明確な機嫌はお医者様からもなんとも……一花の様子が安定したら検討しようということになっています」

 

(ってことは、もうすぐってことか)

 

 一花の様子はすでにかなり落ち着いてきている。

 学力が非常に遅れているという問題は残っているが、それは副次的なもので障害そのものとは関係ない扱いだろう。

 風太郎は医者の結論それ自体にはあまり危機感をもっていなかった。いくら医者が診断結果を下そうと、未解明な部分も多い精神的な話である。診断結果も絶対というわけではないだろう。

 けれども医者が完治したと判断を下すことによって周囲に与える影響の方が問題だった。それはすなわち、他人格の存在が過去の遺物へと成り下がることを意味する。

 そうなってからどうにかしたいと騒ぎ立てたとしても、もう遅いだろう。

 スーパーの店内を歩きながら、風太郎はまだ自分でもまだまとまりきっていない考えだと分かってはいたもののぐっと表情に力を籠めると零奈へと向いた。

 

「正直に言えば、俺はあいつらには帰ってきてほしいと思っています」

「────」

 

 一瞬、零奈が唇を震わせた。それから風太郎へと、

 

「それはあの子に、一花にもう一度多重人格になれということですか?」

 

 そう問いただしてくる零奈の声は淡々と、教師が生徒に勉強の内容を理解しているか確認するような義務的な声色だった。

 会話の内容だけを冷静に鑑みれば彼女は、対面にいる青年が娘に対して自分本位な感情から勝手なことを言っていると思われても仕方ない。そして本当ならば風太郎に対して怒っているのを、大人として自分を律して冷静に話をしようとしている、そう捉えられるだろう。

 実際問題、風太郎は零奈とは多重人格の各人格とどう適切に交友していくかという話はしたことがあっても、零奈自身が他人格というものをどう思っているのかは話したことはなかった。

 だがそれでも、最近は付き合いが増えてきたからこそ零奈の言葉の裏に隠されている感情を何となく察した。

 おそらくは────

 

「俺は、あいつらが五人でいることは障害なんかじゃないと思うんです」

「…………!」

 

 期待だろう。

 零奈は言葉こそ何も発さなかったが、目を大きく見開いていた。

 そこへ風太郎は、畳みかけるように自分が考えていたことを説明する。

 

「俺が初めてあいつらと会った時、多重人格なんてものを初めて見た時はとにかく戸惑いました。それにあいつらは性格もバラバラで、全員が自分ってものを持っていたし、俺もあいつらに対応しようと躍起になりました」

「そのおかげであなたには家庭教師の仕事の荷をずいぶんと重く背負わせてしまいましたね」

「もう済んだ話です。今はもう改善されてますから気にしてません。それで、あいつらの体質が単なる個性ではなく、障害だと意識するようになったのは一花との出会いからでした」

 

 花火大会のことは今でも鮮明に思い出せる。

 一花という存在は、風太郎が人の機微に聡いほうではないという点を差し引いたとしてもあまりにも情著というものがなく、理解が遠くにある存在だった。

 

「あいつの、一花の出現っていうのは俺にとっては悩みの種でもありましたが、同時に考える機会をくれる存在でもありました」

 

 多重人格の女の子と付き合うには、どんなことを覚悟すればよいか。

 花火大会と、林間学校と、何度となく会うたびに一花は”教えてくれた”。

 

「極めつけは他の奴らが出てこなくなって、このままになることが良いことなのかどうかが、考えても俺にはわからなかったんです」

「……一花にとって、今は普通の生活を送れるようになったのですから良いことなのではないでしょうか?」

 

 そう問いかける零奈の声は、本心からそう思っているようには聞こえなかった。

 むしろ、同じ悩みを持っているからこそ、自分の持っていた疑問の答えを風太郎に求めるように聞いているかのようだった。

 

「俺もそうかもしれないと考えましたが、考えているうちに思ったことがありました。普通の生活って何だろうかと」

「どういう意味でしょうか?」

「去年、一度だけ一花と勉強を抜きにして外出をしたことがありました」

「……」

「勉強の息抜きみたいなもんです。その時に知ったんですがあいつ、他の奴らが行きつけにしてる店なんかも自分のお気に入りにしてて、俺に紹介してきたんです」

「一花が?」

 

 信じられないという顔だった。

 

「普通、本当に嫌いなやつの好きなものなんてのは、そいつと一緒に嫌いになるもんでしょ。それに俺から見てもあいつに紹介された色んな場所に他の奴らが生きてた跡みたいのがあって、そのどれもがあいつらはただの女の子として上手くやってたっていう証にしか俺には見えませんでした。あいつらは俺たちと比べたら違う形かもしれないけど、あいつらなりに普通に生活できてたんじゃないかと思ったんです」

「……マルオさんが以前言ってました。精神疾患の治療における共通の目標は『患者を社会復帰できるようにする』ことだと」

「あいつらは、あいつらのままでも十分社会で上手くやれてました。もちろん、それはあなたや親父さん達があいつらをサポートしてきたからっていうのもあるんでしょうが」

「ですが、一花だけは違ったのは、あなたならよく分かっているのではないですか?」

「確かにあいつだけは俺や他の奴らにキツく当たってました。だけど一花だって周りの連中とは上手くやってましたよ」

「…………」

 

 ここに至るまで神妙に風太郎の話を聞いていた零奈であったが、最後の話にだけは同意も何もなかった。

 その様子に風太郎も気づいていたが、特別話に割り込んでくる気配もなかったため追及はしなかった。

 

「結局あいつらは、あいつら五人がいたって普通の生活ってやつは送れてたんじゃないかと思います」

 

 むしろ学校内で一花を取り巻く人間関係はおかしくなり、勉学でも後れを取って休学してしまっている現状の方がよほど異常なのではないかとすら思ってしまう。

 

「これはもしもの話ですが、一花だけでも、一花以外のあいつらがいたとしても、どちらにしても上手くやっていけるとしたらあなたはどっちの方が良いと思いますか?」

「私は……私だって本当は、あの子達には帰ってきてもらいたいです。一花以外の子達だって今はもう自分の子としか思えません。ですが、それを他でもない一花が望むかどうか……」

 

 やはり問題はそこか、と風太郎はここまでの話の流れで自分の予測が間違っていないことを確信した。

 一花が多重人格であることを望むのが自分だけではないということを知ることはできた。

 ただしどう言い繕ったところで、この話の当事者はこの場にいない一花なのである。患者である一花が望まない限りは、医者も人格の統合という治療方針を変えることはないだろう。

 けれど、全く希望がないわけではなかった。

 出会った当初の一花であればこんな話をしようものならその場で罵詈雑言の嵐を喰らっていたかもしれない。

 だけど今なら、少なくともクリスマスの日に見せた一花の他の人格に向けた態度を思うと、可能性はゼロじゃない気がした。

 その可能性に掛けるとしたら────

 

「部外者の俺が意見する立場でないのは理解しています。でももし考えてもらえるなら、一度だけ訊いてもらえませんか? あいつ自身にこれからどうなりたいのかを」

 

 

 

 

 

 後日、一通の封筒が上杉家に届いた。

 差出人は零奈からだった。

 封筒の中には手紙と、それとチケットが入っていた。

 手紙から先に読むと風太郎との会話の後、親子三人による家族内で同様の話し合いが行われたという。

 マルオの見立てでは次に担当の精神科医と面談をすれば十中八九、全治と診断されるだろうとのことだった。

 とはいえ、医者の言う全治というのは”人格の統合”をゴール地点に据えた場合の話である。

 話し合いの主題目は、その医者の診断を受け入れてよいか、つまり治療の方針に変更はないかの意思確認をすることであった。

 つまりこの話し合い自体が風太郎との会話に感化されて行われたといっても過言ではないのだろう。

 零奈からすればダメ元の覚悟であったが、一花へとこれからは一人で生きていくことで問題はないかと、あくまでも一花側に寄り添った形での最終確認をしたところ、意外な返答が返ってきたという。

 本人の発言をそのままに書くと『わからない。今はあの子達がいた生活も悪いものじゃなかったんじゃないかって思うことがある』とのことだった。

 よって、話し合いの結論としては”保留”ということになったという。

 この話し合いの結果によって、零奈は一つの決断を下した。

 一花の多重人格の始まりとなる地、実祖父が経営する虎岩温泉へと行くとのことだった。

 以前は毎年のように出向いていたが、ここ数年は一花のストレスを考えて控えていたという。

 結論を急ぐ必要はないのだが、一花がトラウマを克服できているのかの確認も含めて、行くことにしたというだ。

 同封されていたチケットは温泉のものだった。

 要するに風太郎達にも結果を見届けて欲しいという意味であるとして、風太郎はこの誘いを受けることとした。

 

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