五つ子ミルフィーユ   作:真樹

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42_ケーキがないならパンを食べればいいじゃない

「フータロー、ちょっといい? 聞きたいことがある」

 

 翌日のことだった。

 学校のトイレから出てきたところを三玖に呼び止められた。

 

「なんだ三玖」

「ここに魔法のランプがあります」

 

 言いながら両手で皿を作って見せる三玖。

 その掌の上には空気しか置かれていなかった。

 

「無いが」

「あります」

「心理テストか?」

「五つ願いを叶えてくれるとしたらフータローはどうする?」

「突然なんだよ。やっぱ心理テストだろ」

 

 三玖は答えず、ただ自分の質問の答えを待つだけだった。仕方なく風太郎も付き合って答えを考える。

 

「そんなの金持ちになる以外を答えるやついないんじゃないか?」

「お金……」

「それでいいか?」

「あと四つ」

 

 皿を作っていた手の片方を挙げると、小指を折って残りの数を示してくる。

 

「普通三つだろ……うーん……」

「なんでもいい。魔法が使えるんだよ?」

 

 そんなことを言われても、と眉間に皺を寄せた。

 何でも叶う魔法というのも風太郎的にいただけない。

 いっそのこと百万円を何に使うか、みたいな聞き方をしてくれれば欲しいものを並べるだけで済むのだが、何でもと言われると物欲を出すのは逆に勿体無い気がする。

 例えば、金で解決できないことを言うべきだろうか。

 一応、思いつくままに言ってみる。体力、疲労回復、寝付き、運気。

 

「……分かった」

「何が分かったんだ? 心理テストか?」

「……」

「え? なんで答えてくれないの?」

 

 所詮妄想とはいえ、都合良すぎる突飛な話の後の三玖の沈黙は妙な怖さがあった。

 というか質問が急すぎて普通に意味がわからない。

 三玖から聞きたいこともそれだけのようで、この妙な空気をどうしたものかと考えていると、後ろの方から廊下を走ってくる足音がしてきた。

 続けて女子の声。

 

「あー! 見つけた! こんな所にいたんだ」

 

 走ってきたのはクラスの女子達だった。目的は三玖らしい。

 

「三玖ちゃん、先生が呼んでたよ」

「む……」

 

 怪訝な顔を浮かべる三玖。

 三玖が答えるより早く、女子達は三玖の肩に手を回すとそのまま連れて行こうとグイグイ背中を押し始めた。

 

「あの、すみませんが私は五月です。先ほど入れ替わってしまいまして」

 

 背中を押す女子達より早く一歩前へ出る三玖。

 くるりと半回転して向き直って風太郎からも顔が見えるようになると、三玖は"五月っぽい"微笑を浮かべていた。

 それは風太郎から見れば五月っぽいと分かったが、女子達は信じたようで。

 

「えーそうなのー?」

「でも私たちも先生から頼まれちゃってるし」

「でしたら、後ほど必ずお伺いしますから先に戻って事情だけお伝えいただけますか?」

「分かったー」

「先生待ってるから早くねー」

「ええ」

 

 三玖の演技に疑うこともなく、言う通り女子達は納得したようだった。そのまま離れると手を振りながら来た道を戻っていった。

 十分に離れた頃、ボソリと三玖。

 

「ふぅ、知り難き事影の如く」

「おい」

 

 顎の下辺りで無い汗を拭う仕草を見せた三玖に風太郎が呼びかけた。

 三玖の肩がギクりと跳ね上がらせる。

 

「何の真似だ三玖」

「あははは、実は今まで私は三玖の真似をしていただけで本当は五月でしてー……」

「あいつらは騙せても俺の目は誤魔化せねえぞ」

 

 一切迷う素振りすら見せず、お前は三玖だと断言すると、三玖は諦めるようにしてため息と共に作り笑いを崩した。

 

「……四葉は見分けてあげられなかったくせに」

 

 ボソリと一言だけ漏らしたが、その言葉は風太郎には聞こえていなかった。

 それからいつも通りの無表情に戻る。

 

「先生、私によく仕事を振るんだ。自分の仕事とかも押し付けてるみたいで」

「お前が学級長だからってだけじゃ無いのか?」

「それもあると思うけど、同じ学級長の武田君に頼んでるところとかあんまり見ない。多分、私なら言えばやってくれると思ってるんだと思う」

「だからって五月に化けたところでお前の仕事が減るわけじゃないだろ」

 

 むしろ演技をしたまま仕事をすれば、担任から見れば仕事は五月の成果となってしまう。

 

「だからさっきの子達がいたあの場はあれで凌いで、今日はもう帰ろうかと──」

「ダメだ。仕事はちゃんとやれ」

「だよね……」

 

 間髪入れず、ピシャリと風太郎に嗜められて肩を落とす三玖。

 三玖は各人格の中でも、真面目さで言えば五月の次くらいには名前が上がるちゃんとした奴である。

 そんな三玖が、嘘の入れ替わりをしてまで仕事をサボろうとするあたり本当にストレスになっているのかもしれない。

 もしその予想が正しいとするならば、ある程度は学校の生徒である以上は必要な仕事なのかもしれないが対処しなければいけないだろうと、会話をしながら風太郎は内心で考えた。

 どう対策するかは後で考えるとして、それとは別に三玖に対しても言わなければならないことがあった。

 

「それと三玖、二乃がやり出したから真似し始めたんだろうが自分の都合で嘘の入れ替わりで逃げようとするのもやめろ」

「…………」

「騙された側からの印象が悪くなる。いざということになった時、お前はそうやって"逃げるようなやつ"だと思われちまう」

 

 所謂ところの狼少年だ。

 

「本当に入れ替わりが起きた時、周りはそれが本当かどうか判断がつかない。いざという時に疑われたらお前も困るだろ」

「……ごめん」

 

 風太郎の言う状況を想像できたのだろうか、申し訳なさそうに三玖は俯いた。

 もし相手が二乃であったなら反抗的な返事の一つでももらって、ここからもう一問答あったかもしれないが、三玖の場合は素直に話を聞き入れてくれたため、風太郎もそれ以上のことは言わなかった。

 

 

 

 

 

「ただいま」

 

 三玖は新しく引っ越した方の家へと帰宅したところだった。玄関に零奈の靴はなく、逆にマルオの靴が珍しくあった。

 引っ越しをしてマルオと一緒に暮らすようになってから分かったことが一つあった。彼の仕事は尋常ではないほど忙しいらしい。

 総合病院の院長という仕事がどれほど多忙なのか三玖は知らない。ただそれにしたって常に仕事に出掛けたきりで神出鬼没に帰ってくる父の生活を見ていると、実は彼は勤務時間という概念を知らないのではないのかという疑問すら湧いてくるほどだった。

 そんな一般的な家庭における父親の生活とはまるで違う、昼夜常に仕事をしている生活スタイルに対しては過労で倒れないかと心配することはあっても他に思うところはなかった。

 むしろ未だに一花や二乃などはマルオと顔を合わせづらそうにしているから、毎晩必ず家に帰って来られるよりは正直に言うと都合が良いとさえ言えてしまった。

 そんなレアキャラのマルオが今日は家にいることは三玖にとって都合が良かった。ちょうど話したいことがあったから、後で部屋へ寄ろうと思いつつ、ひとまず部屋を通り過ぎると自分の部屋へと入った。

 机の上にカバンを置き、椅子に冬服の上着をかける。自分の体をベッドの上に投げ出すと、額に腕を乗せてぼんやりと天井を眺めた。

 今日のことを思い出した。

 風太郎に怒られてしまった。

 元々、嘘の入れ替わりをすることに罪悪感はあった。だけど実際問題として学級長の仕事が忙しいのだから仕方ないと、心のどこかで自分を納得させてしまっていた。

 おかげさまで"例の計画"だって全然進められていない。もうすぐXデイだというのに芳しくない進捗であったため、とうとう風太郎本人に話を聞きに行くにまでなってしまった。

 "例の計画"が何の話かといえば、風太郎の誕生日のことだ。

 

「後二週間……」

 

 正確には誕生日まで二週間も少し切っているため、二週間弱が正しい。

 今の風太郎からすれば随分前の話になってしまうだろうが、三玖の作戦は依然として変わりはなかった。

 一花、二乃、四葉の恋を応援したい。

 多重人格者でも人並みの幸せを手に入れたい。

 けれど五つの心に一つの体しかないせいで、選ぶ相手は一人にしないといけないのならば、自分も風太郎と恋愛関係を構築する。それが目下の三玖の目標だ。

 三玖と風太郎の関係以外にも考えなければいけないことは残っている。

 例えば風太郎は自分含む人格たちのことを”一人を除いて”どう思っているのか。

 自分と同じく、おそらく風太郎に好意を持っていないと思われる五月の気持ちにどうテコ入れすべきか。

 それら考えることはあるものの、他人格の事情はひとまず後回しにすることにしていた。

 なぜならば最大の関門と思っていた一花の精神的な不安定さが今ではあっさり解決していたからだった。

 三玖が表に出てこれず記憶も残っていない二年の三学期、その期間を丸々すっ飛ばして久しぶりに表に出てきてみれば、一花は人が変わったかのよう毒が抜けていたものだから大層驚いたものだった。

 

(あんなに綺麗な一花に変わるって、フータロー何したんだろ……)

 

 兎にも角にも、ここらで一旦自分と風太郎の関係を進展させようと、今一度奮起して目をつけたのが風太郎の誕生日だった。

 今日の風太郎への質問はプレゼント選びのための下調べだったというわけである。

 

(フータローの欲しいものは聞けた)

 

 今日聞いた話を改めて思い返してみると、どれも抽象的な回答ばかりで全然的を射ない回答だったがやりようはある。

 五つも願い事を聞いたのだから、いくつかプレゼントの候補も思い浮かんだ。

 その中から一つ、風太郎との仲をより効率的に進展させる候補を選ぶと体を起こした。

 ベッドから降りて廊下へ出る。

 先ほど通り過ぎた扉の一つの前まで歩いて行った。マルオの部屋の前だ。

 マルオが帰って来た日のタイミングで、こうして部屋を訪れることはずっと決めていた。

 

(上手くお願いをして、プレゼント代を出してもらわないと)

 

 三玖の懐事情に少しだけ触れる。

 実のところ、今の三玖達は零奈から毎月お小遣いを貰っているのだが、その金額というのが世間一般と比較すると少なかった。

 と、いうのも零奈が三玖達に渡している金額そのものはそれなりの額なのだが、三玖達はそれを五等分しないといけない。そうなれば手元に残るのは雀の涙ほどの額なのであった。

 貧相なボロアパートで賃貸暮らしをしていたころは、三玖も事情を踏まえて十分理解していた。

 だがしかし、今となっては高級マンションの最上階というリッチな場所に住むようになったというのに小遣いアップは微々たるものだった。

 高級マンション暮らしとお小遣い増額が直接繋がらないことぐらい三玖だって分かっている。

 しかし、引っ越しの折に零奈もある程度考えを変えて、夫であるマルオの甲斐性にいくらか頼ろうという気は見せたにも関わらず、その中に三玖の小遣いは含まれていないのだった。

 一度、零奈に相談を持ち掛けたことがあるが、こんなことを言われた。

 

『急に手元のお金が増えると無駄遣いしてしまう可能性もあるかもしれません。だからあなたへ渡すお金は少しずつ上げていこうとマルオさんとも相談しました』

 

 そんなわけで三玖のお小遣いの微増というのは、正確には微増し続け始めた正しいのであった。

 

(でもお金が必要なのは今……!)

 

 今月を過ぎればプレゼントを買えるかもしれないが、それでは風太郎の誕生日が過ぎてしまう。

 それ故のマルオへの直談判であった。

 扉をノックした。

 

「三玖だよ、入っていい?」

『構わないよ』

 

 扉越しにマルオの声がした。

 その言葉を確認してから、三玖は意を決して扉を開けた。

 この時の三玖の心境を言えば戦場に赴くもののふの心構えに近かった。あのマルオにおねだりをしにいくのだから。

 けれど、誕生日は年に一度しかないチャンス。これを逃しても風太郎にアプローチするチャンスはあるが、みすみす逃すつもりはなかった。

 心の勇気に火を灯し、いざ行かん。

 

(侵略すること火の如し……!)

 

 

 

 

 

 数日後、買い出しに出かけた風太郎の目に、通りがかりのケーキ屋の店内で店の制服を着ている三玖の姿が飛び込んで来た。

 

「────―」

 

 ほぼ反射で進行方向を変える風太郎。

 そのままケーキ屋の扉を開けた。

 カランカラン、と鈴の音が鳴り響く。

 それと同時に入り口へと駆け寄ってくる三玖。

 

「いらっしゃいま──」

「一名様入りまーす」

「それ私の台詞……そうじゃなくてフータローがなんでここに……」

「奇遇だな、ちょうど俺も同じことを聞こうと思ってたところで。勉強もせず”こんなところで”何してるのか聞かせてもらおうか、じっくりとな」

 

 しり上がりに語調が強くなっていく風太郎の圧に、怒っているのを察してくれたらしい三玖は焦ったように店内へ通してくれた。

 それから休憩をもらってくると、バックヤードへ戻って行く三玖。

 案内された席の位置あって、裏側での会話が漏れ聞こえてきた。

 三玖とこの店の店長だろうか、男性の声だった。

 

「あの、すみませんが少しだけ休憩もらってもいいですか。知り合いが来たので」

「彼氏かい?」

「違います。友達、ですけど大事な話なので」

「そうか別れ話か。今日は好きなケーキを一個持って帰っていいからね」

「だから違います……! 聞いてもらえます……!?」

「制服は着替えてね。他のお客様からサボリに見えちゃうから」

「急に真面目にならないでください」

「注文が多いね」

「店長のせいです……!」

 

 それからしばらくして、私服姿の三玖がバックヤードから出てきた。

 そのまま風太郎の席まで来ると向かい合うようにして腰かける。

 続けて先ほど会話していた相手だろうか、男性がメモとペンを持って席まで来た。

 

「一応三玖ちゃんも今はお客さんだから、注文を聞こうかな。ここワンオーダー制だから」

「俺は金がないので水で」

「私も甘いの苦手なので水で」

「君たちワンオーダーの意味知ってる? 後でまた聞きにくるから、何でもいいから決めておいておくれよ」

 

 やや疲労気味な顔をしつつ、男性が下がっていった。

 それを見送ってから風太郎。事情聴取をする刑事のごとく、頬杖を付き眼前の三玖を見据えて口を開く。

 

「それで、お前はここで何してるんだ?」

「バイト……」

「……俺の聞き方が悪かったな。何でここで働いてるのかって意味だ」

「……言えない」

 

 伏し目がちの三玖。

 風太郎はじっとその三玖を見据えて、話すまで動くつもりはないと睨み続けているが、三玖が観念して口を割ろうとすることはついぞなかった。

 やむを得ず、風太郎の方から質問を変える。

 

「お袋さん達は知ってるのか?」

「それは大丈夫、ちゃんと言ってる」

 

 俺は知らなかったけどな、という言葉はギリギリ飲み込んだ。

 風太郎がこうも尋問するような口調で問い詰めているのは、言外に『お前らにバイトするほど学力の余裕はあるのか?』という意図を含んでいるからだった。

 だがそれでも責めるのではなく、淡々と事実確認をするように努めているのは、風太郎の怒りは家庭教師としての単なるエゴだということも理解しているからだった。

 常識で考えれば家庭教師にバイトを始めたことまで報告する義務は家庭側にはない。せいぜいこれが原因で成績が落ちた時ぐらいだろう。

 まだそんな結果にはなっていない。

 だから三玖が親にすら黙って働き始めているわけではないのなら、と一つ目の質問の答えは良しとした。

 二つ目。

 

「あいつらもここで働いてるのか?」

 

 あいつらとは、他の人格達のことである。

 

「一応協力してくれるって日記では言ってた」

「例の姉妹同士の連絡帳ってやつか」

 

 実物を風太郎は見たことがなかったが、存在は聞いたことがあった。

 淡々と質問をこなしていく中で三玖も落ち着き始めてきていたが、直前答えの中で一つ、気になる単語があることに風太郎は気づいた。

 

「協力って言ったな。バイトを始めたキッカケはお前か?」

「……!」

 

 口元に手を伸びる三玖。

 塞ぐとまではいかないものの、顎元まで上がった手を見て図星かと風太郎は判断した。

 何故バイトを始めたのか、その理由を答えるつもりはないらしいから風太郎なりに考えては見る。とはいえ、バイトを始める理由など金が必要だから以外にないだろう。

 世の中には社会経験のため、などで始めるパターンもあるらしいが三玖がそんな社交的かつ、アクティブな行動を取るとは考えづらい。だから選択肢から排除する。

 では何故金が必要なのかと考えるとなおさら分からない。

 家は裕福なのだから親から貰えば、とそこまで考えて零奈もマルオも厳しい人間のようだから普通にダメと言われたのだろう。

 家計が困っていないのなら小遣いか。

 

(まさか……)

 

 ほんの数秒間の間に考えを出し切ると、ひとまず分からないところは保留にして一番気にしているところへツッコむ。

 

「まあいい……重要なのはお前の学力に支障が出ないかどうかだ」

「それなら頑張る」

「……まあ、お前は大丈夫だろうが」

 

 三玖は各人格の中では一番成績が良い。

 三学期まるまる一花の中で眠りこけてたせいもあって勉強は遅れているが、取り返しもきくだろう。

 だが例えば。

 

「他の奴らに危ないやつがいるだろ」

 

 誰とは言わないが、一人の顔が脳裏を過る。

 

「そんなに多くシフトに入るつもりもないから……」

 

 三玖の答えから、つまるところ他の人格をフォローする案はないらしい。

 実際、風太郎も三玖の立場になって考えてみたが思いつくようなことはなかった。

 とはいえ、まだ三玖達の卒業が危うくなると決まったわけでもない。

 最悪、卒業のためだけに成績評価の代表となっている五月へ集中講義をする必要はあるかもしれないが、五人全員に勉強を教えると決めたからには本意ではないのだが。

 

「……わかった。つっても、だからって勉強をおろそかにだけはするなよ」

「バイト、続けていいの?」

「元々辞めさせることなんてできねえよ……それに」

 

 そこで風太郎は言葉を切った。

 今度は三玖のように、風太郎の手が口元から、そして前髪へと延びる。

 三玖の方はもしかしたらバイトを反対、最悪辞めさせられると覚悟していたから陰鬱な表情をさせていたのが一転して、安心の顔をしていたというのに、風太郎の様子にどうしたのかと首をかしげる。

 そこへ言葉を続ける。

 

「お前のバイトの理由が……お、俺だったら否定することになるだろ。お前の努力を」

 

 言った直後の三玖はしばらく黙り込んだ。

 ただ、目を見開かせてじっと風太郎を見つめてきて、その視線に風太郎は自分の方が恥ずかしくなって、根負けするように目線を逸らした。

 自分の推理が正しいかどうかは結局分からない。

 だけど最近の三玖の言動をつなげて見てみると、可能性は一つしか見えてこなかった。

 まさか自分の誕生日プレゼントのためにバイトまで始めてくれただなんて、もし違ったら恥ずかしくてこっちが死んでしまう。

 恥ずかしさに包まれたそんな時間がしばらく続いた後、最初に沈黙を破ったのは三玖の方だった。

 聞こえてきたのは、笑い声だった。

 

「フータローには隠し事できないね」

「ってことはやっぱり──」

「そうだ、ちょっと待ってて」

 

 答え合わせをしようとした風太郎を遮って、三玖は席を立つとパタパタとバックヤードへ下がっていった。

 急にどうしたのかと待っていると、再び出てきた時には手に小さなチョコレートケーキを持っていた。

 席に戻ってきた三玖はそれを、風太郎の前へと出してくる。

 

「少し早いけど、誕生日ケーキ」

 

 まじまじとケーキを見てみる。

 チョコレートで塗装されている外見は少々歪な形をしていたが、キチンとケーキの見た目をしていた。

 

「……お前が作ったのか?」

「時々練習させてもらってるの。今日のは力作」

 

 いつもの無表情だから、少し自信気に見えた。

 

「バレちゃったから隠す必要もないんだけど、まだ準備できてないからプレゼントはまた今度」

「むしろこれで十分だがな」

 

 ケーキだけではなく他にも何か貰おうなど、贅沢すぎてバチが当たるのではと思ってしまった。

 何故ならそこまで”三玖に”してもらうのは、少々もらいすぎな気がするからだ。

 本人に確認したわけではないから今も作戦が健在なのかは知らないが、三玖が他の子達のために自分を口説き落とそうとしていることは知っている。

 このケーキやプレゼントなどは間違いなくその一環だろう。

 だけどこうして三玖が色々と風太郎にしてきている今も、三玖の方が風太郎のことをどう想っているのかといえば、おそらくはまだ友達止まりではないだろうかと、その気配だけは感じ取っていた。

 五月とのこともあって、こういう話に対しても感心が持てるようになれた風太郎だからこそ感じ取れた三玖の気配であった。

 いつぞやの水族館の時もそうだがずっと疑問だった。

 内気なはずの三玖がこんなにも積極的に自分へアピールできているのは”好きじゃないから”だからではないかと。

 きっと純粋に、他の子達に協力したいからという一心で行動を起こしているのだろうと思われた。

 なぜそこまで三玖が他の子のために尽くすのか、その理由までは分からなかった。

 せいぜい想像できるのは自分よりも他の人格達の方が優れているから、幸せになるのは自分じゃなくていいとでも思っているのかもしれない。

 風太郎が解せないのはそこだった。

 三玖の自己犠牲的な考えが気にくわなかった。

 けれど、三玖の作戦を否定すれば風太郎と彼女達の関係を今後どう築いていくのかという話もややこしくなるため、口を出せないままでいる。

 

(だが、どう考えたって今の状況はおかしい……)

 

 多重人格だろうが何だろうが、三玖は三玖。一人の人間だ。

 自分の幸せを蔑ろにしていいわけではない。

 とはいえ三玖がしようとしていることは自分も含めて全員が幸せになるための作戦だから間違っているとも否定できなかった。

 ならば何が問題かと自問すると、多分風太郎が気にくわないのは作戦の動機だろう。

 

(恋をするために人を好きになるのは、目的と手段が逆転している)

 

 そういう恋の仕方もあると言われればそれまでではある。

 三玖も得意な歴史の中では、政略結婚という話だって嫌というほどある。

 現代でもお見合いという制度だってある。

 他者と恋愛を前提に関係を築いていくことなど、いくらでも実例があるのだ。

 だから風太郎が三玖に対して抱えているひっかかりはただの、我儘のような気がしてならなかった。

 恋とはこうあるべきという、呪いのようなテンプレート。

 もしも風太郎がその呪いから自分を解放できるとするならば、その鍵はきっと三玖本人がかつて言っていた────

 

「フータロー、食べないの?」

「え? あ、ああ、悪い。いただくわ」

 

 いつの間にか考えこんでいたらしく、自信気だった三玖も心配そうにこちらを見ていた。

 それどころか、ケーキを食べてもらえないのかと不安げとすら言えた。

 考えもそこまでにして風太郎はフォークを手に取った。

 ホールカットされている一切れの先端部分を、一口分にフォークで切り離すとすくいあげる。

 後は口へ放り込むだけ、というところでだった。

 

「三玖ちゃん。さっきキッチンに置いてあったケーキないんだけど」

 

 先ほどの店長らしき男性が早足でバックヤードから出てきた。

 店長からの確認に、風太郎が今まさに食べようとしていたケーキを指さす三玖。

 

「それならここに」

「すみません、こいつが食っていいって言ったもんだから、何か問題が?」

 

 考えてみれば注文して出てきた物でもないし、勝手に無料で食べれるものだと思っていたが売り物だったのかもしれない。

 ひとまずケーキが乗ったままのフォークを皿の上に戻すと、店長が安堵したようにその皿を持ち上げた。

 

「悪いけどこれは食べさせられないよ」

「何故です?」

「それは……」

 

 風太郎の問いに、一度周囲の席を見て他の客が近くにはいないことを確認してから小声で言った。

 

「キッチンに残ってた作った後の残りにどくろマークが見えた気がしたんだよ」

 

 間髪いれずに三玖。

 

「あれは大丈夫な方のどくろマークだから大丈夫です」

「大丈夫などくろマークとは?」

「味なら保証します」

「僕安全面の話をしてるんだけどね──とにかく、うちの店で食中毒を出すわけにいかないからこれは没収」

 

 片手で皿を持ったままもう片方の手でテーブル横のメニューを取り出すと風太郎達の前に広げた。

 

「君たちは大人しくここにあるやつの中から選んでおきなさい。すぐ注文取りに戻ってくるから」

 

 そう言い残して再び下がっていく店長の後ろ姿を、頬を膨らませながら睨む三玖。

 風太郎も仕方なく、この店は注文をしないといけないらしいし言われた通り何か頼もうとメニューへ目を落としたところで。

 

「じゃあフータローには、私の練習用に焼いてみたパンをあげる。家で食べてね」

 

 懐から取り出したビニール詰めのなんかべちゃッとしたパンが机の上に置かれた。

 直後、途端に聞こえてくるダッシュの音。

 

「三玖ちゃんはまず自分の料理の腕を自覚するところから始めなさい!」

 

 颯爽と現れた店長によって回収されたパンも悲しきかなゴミ箱へ叩き込まれたのであった。

 

 

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