五つ子ミルフィーユ   作:真樹

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48_マルチパーソナルウォー④

 翌日の朝になると、風太郎達は宿泊しているホテルのエントランスにいた。

 これから修学旅行二日目の観光場所として決めた場所へ向かうのだが、この場には男子達の姿しかなかった。

 男子三人の間で会話はない。三人ともどことなく居心地の悪そうな空気を漂わせつつ、思い思いの方向へと目を向けていると、遠くの方でエレベーターが開くのが見えた。

 エレベーターからは松井と四葉が出てきた。松井はともかく、遠目でも一目で今日の当番が四葉だと見分けがついたのは、以前も見たことがある大きなリボンを頭につけているおかげだった。

 

「おっはようございまーす!」

 

 そんな四葉がゆらゆらと揺れるリボンより大きく、大型犬のように手をぶんぶんと振りながら四葉はこちらへ歩み寄ってくる。後ろでは松井がエントランス中に四葉の声が響くものだから風太郎達以外の視線も集めてしまっており、少し恥ずかしそうにしていた。

 二人が近くまで来ると、風太郎はスマホの時計を見ながら言う。

 

「遅い。集合は8時だろうが」

「ごめん。準備にちょっと時間かかっちゃってさ」

「過ぎたと言っても5分くらいじゃないですか。上杉さんが細かいんです」

「5分だろうがなんだろうが約束の時間を過ぎていることを言ってるんだ」

 

 女子達に言い返す風太郎、その間に武田が割って入ってくる。

 

「いいじゃないか上杉君。予定には影響ないんだし」

「だが……」

「それにさ」

 

 チラリと、武田は視線を後ろへと流した。その先には前田もおり、今もこちらの会話にはあまり興味が無さそうにそっぽを向いていた。

 そんな前田を見ながら、武田は口元に手を寄せて声を潜めて続ける。

 

「これ以上、班の中で揉め事を増やしたくもないしさ」

「やっぱり今日もアイツはダメそうなんだ……」

 

 合わせるようにして松井までヒソヒソ声で応じると、武田は残念そうに頷いた。

 落胆するようにして松井。

 

「いいよ。アイツのことは私も見張っておくから。上杉君にちょっかいかけようとしたら止めるよ」

「いいのかい?」

「だからいいって」

「学級長じゃないのにすまないね。せめて彼がどうして上杉君にあんな態度を取るのか、理由が分かれば対策も立てられるんだけど」

「俺も何も心当たりがないんだよな……」

 

 話の流れとして、ここでヒントの一つでもだせればよかったのだが生憎ながら風太郎にも前田が自分につっかかってくる心当たりが何一つなかった。

 しかし、ふと横を見れば。

 

「…………」

「…………」

 

 松井と四葉は何故か、微妙な面持ちをしていた。

 何故二人がそんな顔をするのかと、改めて首を傾げる風太郎。

 

「…………?」

「とにかく、今日は私はアイツの傍にいるわ。武田君も手伝ってね、学級長」

「もちろん」

 

 言い終えると、松井は武田を引き連れて前田の方へと向かっていった。

 その背中を見送り、遠くで自分と四葉を除いた三人で何か話し始めた様子を眺めていると、背中をトントンと叩かれた。

 振り返った先にあったのは何故か得意げな顔の四葉。

 

「ところで上杉さん。私は誰か分かりますか?」

「……は?」

 

 思わずマヌケな声が出た。

 何故今になってそんな分かり切ったことを訊くのかという意味で出た声だったのだが、対して四葉はヒントだとでも言わんばかりに頭のリボンを両手で指さす。

 大真面目に聞いてきているらしく、無言のままそのポーズを取り続ける四葉に風太郎は、質問の内容自体は理解できても意図が汲み取れないから恐る恐るとした様子で答えた。

 

「……四葉」

「大正解です! 流石は上杉さん!」

 

 途端に満面の笑みを浮かべる四葉。

 

「いや分かるに決まってるだろ。もしかしたら他の奴らが試しに来てるのかとか深読みまでしちまったぞ」

「そんなことするわざわざする理由なんてないですよ。やっぱり上杉さんが細かいんですってば」

「そうかよ」

「というわけで上杉さん、今日は私の番ですので、沢山思い出作りをしましょうね!」

 

 そう言って、つい最近も見たことがあるような気がするガッツポーズをしてきた。

 四葉らしい行動なのだが、やや行動に不可解さも感じるような気がした。

 

「上杉君、中野さん、そろそろ行くよ」

 

 こちらの話の切れ目と時を同じくして、ちょうど向こうも朝の挨拶を済ませたらしい。武田の声が少し離れた位置から聞こえた。

 二人とも軽く返事を返すと、揃って他の三人達の方へと歩き始めたのであった。

 

 

 

 

 二日目の観光先は最早説明不要の京都最大の観光名所、清水寺であった。

 清水坂と呼ばれる、名前の通り上り坂の道中に構えられた和風の商店街を進むと仁王門という大きな門が見える。

 途中には三重塔があり、差に奥に進めば本堂、そしてかの有名な清水の舞台のお目見えである。

 例に漏れず風太郎達もその道を進んでいき、観光名所特有のその場にいるだけで少し楽しくなる雰囲気のおかげで班内に滞留していた悪い空気というのも気にならなくなっていた。

 けれど、清水の舞台へと向かう道中でまた別の問題が起きていた。

 

「上杉さんあれ見てください! 宇治抹茶ですって! 一緒に食べませんか!?」

 

「上杉さん上杉さん! 入り口見えましたよ! 一緒に門をくぐりましょう!」

 

「上杉さん上杉さん上杉さん! これが噂の三重塔らしいです! 大きいですね! 私も思わず三回もお名前を呼んでしまいました!」

 

 元気印がトレードマークの少女のテンションが、もはやメーターさえも振り切るほどに高かった。

 しかもである。道中進んでいる間、あろうことか四葉は風太郎の腕に自分の腕を回してぴったりとくっつき続け離れなかった。

 決して忘れてほしくないのだがここには修学旅行で来ているのである。今は二人ではなく、五人で行動しているのだ。

 つまりどういうことかと言えば。

 

『上杉君と中野さん……というか今日は四葉さんだったかい。彼女達の距離近くないかい? もしかして付き合っているのかな……?』

『ちげえよ。まぁ四葉さんの方は気持ち的な……そういう感じらしいけどよ……』

『らしいねぇ。流石にちょっと距離が近すぎる気もするけど、そんなわけだから邪魔をしないであげようか』

『前田君と松井さんがどうしてそんなに詳しいのか、僕の中ではまた新しい疑問が生まれたのだけど……?』

 

 前を歩くその他三人がコソコソ話をしていた。

 

(全部聞こえてる……!)

 

 自分達のゴシップよろしくな話を聞いているとどんどんいたたまれない気持ちになった。

 四葉だって風太郎のすぐ傍にいるのだから同じ話は聞こえているはずなのだが、妙なテンションの高さをやめようという気配は微塵も感じられなかった。

 どうしたものかと思案していると前を歩く三人が立ち止まった。

 

「どうした、急に」

「ここからは別行動にしようか」

 

 振り返った武田が言った。

 気がつけば目的地だった清水の舞台に到着していたらしかった。

 

「別行動ってなんで……」

「どうしても何も、その方が君たちにとっても良いじゃないかな」

 

 言いながら武田は四葉を見た。

 誰が見ても気を使ってくれている発言だというのに、対して四葉はかけらも遠慮する様子はなく。

 

「お気遣いありがとうございます。それではお言葉に甘えさせていただきます」

 

 むしろ風太郎の腕に絡めている自分の手を強めて言った。

 その様子を端から見ていた前田。

 

「待てよ。何勝手に話を進めてんだよ俺は────」

「松井さん」

「はいはい。お邪魔虫にならないうちにさっさと行くよー」

「ちょ、引っ張んな!?」

 

 文句を言おうとしたのだろうが最後まで言い切ることなく松井によって引きずられていってしまった。

 後を追うように武田も「また後で」とだけ言い残すと、あっという間に二人きりにさせられてしまった。

 残された後も四葉の密着は変わらない。周囲の目も無くなったわけだし風太郎も一つ溜息をつくと。

 

「……なぁ」

「はい! 何でしょうか上杉さん!」

「……なんでもない」

 

 呼びかけただけで見えない尻尾を振りながら目を輝かせる四葉に、言おうと思っていた「離れてくれ」と言うつもりだった言葉が出なかった。

 やむを得ずそのままの体勢のまま、清水の舞台を練り歩く。その間も四葉は終始ニコニコしっぱなしであった。

 四葉の振り切れた行動も、ひとえに先日の宣言を有言実行しているのだろう。

 

”お友達からやり直し始めた私と上杉さんの仲をもう少し進展させてもいいのではないかという、そういうあれでして……”

 

 四葉の自分への好意は重々承知している。そして今まさしく、四葉は行動を起こしているというわけだ。

 だから四葉の行動に理解はできるのだが、気になることもあった。

 

”五月ちゃんと君との関係に四葉が嫉妬してるのに気がついちゃったんでしょ!? ”

 

 昨日、一花から言われた言葉だ。風太郎からすれば寝耳に水の話だった。

 風太郎からしたら、まず自分の五月への気持ちを知られていること自体が驚きだった。

 この前の温泉旅館でした五月への告白。あれを五月以外は覚えていないことは確認済みだった。

 だから五月とどんな会話あったか他の人格達が知るわけがなく、考えられるとするなら彼女達が自力で風太郎と五月の距離感を察したか、五月が率先してバラしたかだろう。

 それに四葉が嫉妬しているという話もピンとこなかった。

 風太郎の知る四葉は天真爛漫で、裏表がなく、良くも悪くもまっすぐな人間だ。

 嫉妬という感情は四葉だけではなく、多重人格の彼女達全員が幸せになるために解決しないといけない最大の課題であり、風太郎も答えを出すために日々頭を悩ませている。

 だから四葉だってこの問題とは無関係ではないのだが、そういった感情から一番遠い人間だと思っている。

 仮にもし本当に四葉が、多少なりそういった気持ちが芽生えてしまっていたとして、今日の四葉からはそういった負のオーラのようなものは感じない。強いていうなら元気すぎるというくらいだ。

 一花の場合はもっと分かりやすかった。嫉妬や妬みの対象となる相手に対して攻撃性を持って排斥しようとしていたし、そうするのが普通だろう。

 

(聞いてみるべきか……? いや、答えるわけがないか)

 

 こういった話に疎い風太郎といえど『今四葉は五月に嫉妬していますか?』などと聞けるわけがなかった。

 だから結局のところ、風太郎が四葉に対してできることなど今は何もなく、せいぜい自分も旅行を楽しもうとするくらいかと思った。

 

「上杉さん難しい顔をされていますが、何かお困りごとですか?」

「……いや」

 

 お困りの原因はお前だよ、という言葉は喉元まで来ていたがすんでのところで飲み込んだ。

 曖昧な返事をしてしまったとも思ったが、意外にも四葉は追及してこず、むしろ安心するように一つ息を吐いた。

 

「よかった……」

「なんでお前がそんな反応するんだよ」

「だって……今日の私ってちょっと、いつもと違うじゃないですか」

「……自覚あったんだな」

「あー! やっぱり気付いていたんですね!」

 

 リボンをピンと立てて声を張り上げる四葉、しかしそれも一瞬で、すぐにまっすぐ立っていたリボンはへにゃりと垂れてしまった。

 そんなリボンの上から頭を両手で押さえるようにする四葉。

 

「本当は私だって恥ずかしいんですよ……」

「ならなんでこんなことするんだよ」

「……言ったじゃありませんか。この前」

「友達の先へ……ってやつか」

 

 四葉はこくんと頷いた。

 

「本当はそれでも、ここまではりきるつもりはなかったんです。だけど、昨日一花が言ってしまったじゃないですか」

 

 自分からその話をしてくれるかと、風太郎は内心でありがたく思った。

 

「あれ、本当です」

「お前は人を妬むような奴じゃないと思ってたんだがな」

「私だって普通の女の子なんですから、そりゃしますよ!」

 

 どこで琴線に触れたのか、少し声高に反応する四葉。

 けれどすぐに再び俯き、上目遣いでこちらを見てくる。

 

「あの、私からも一つ教えてもらえますか?」

「なんだ」

「上杉さんは本当に…………五月のことが好きなんですか?」

 

 あまりに直球な質問は実に四葉らしいと思う反面、どう答えるべきか少し逡巡してしまった。

 肯定するべきかどうか。ここで肯定することで、四葉含めた人格達に与える影響も考えようとし、それ以前にここで嘘をついた場合に与える心象の悪さこそ先々悪影響を及ぼすと考えた。

 

「…………ああ」

「……!」

 

 短い風太郎からの肯定の一言を重たく受け止めるようにして肩を上げ、落とした。

 凄くショックを受けたような顔に見えた。

 

「そう、ですか」

「だがな四葉。俺は────」

「大丈夫です上杉さん。そんなに落ち込んではいませんから」

「……そうなのか?」

 

 意外そうにして訊くと、四葉は大丈夫だと伝えるように作り笑いを見せた。

 今日ずっと見せられていた太陽のような笑顔とは違う微笑だった。

 

「言ったじゃないですか。私だって普通の女の子だって。自分の体質のせいでこういう気持ちになる可能性だって、考えてこなかったわけじゃないです」

「じゃあどうして今日は急に様子がおかしくなったんだよ」

「どれだけ考えたところで実際に目の前にしてみたら考えが変わるってこと、あるじゃないですか」

「俺が五月に好意を持っちまったことで、思うところができたってことか」

 

 そういうことです、と四葉は頷いた。

 要するに自分の不徳の致すところだったというわけだ。

 五人の中の一人だけに特別な感情を持つからには、死んでも隠し通さなければならなかったというわけである。

 

「いつ気づいたんだ?」

「最近のことです。気づいてなかったのでしょうけど、実は上杉さんってば私の変装に気づけなかったことがあるんですよ」

「……いつだ」

「悔しいから内緒です」

 

 ベッ、と舌を見せる四葉。

 カチンときたが自分のせいなので抑えた。

 それよりも四葉の説明だけではまだ、風太郎は納得がいっていなかった。

 

「お前の変装に俺が気付けなかったことで、何で俺のことをお前が気付けるんだよ」

「お忘れですか? 上杉さんは一度、私の変装を既に見破っているんですよ?」

「五月に化けた時だよな……そうか」

 

 ようやく風太郎の中でも合点がいった。

 四葉の言う通り風太郎は以前に四葉が五月に変装した時、それを見破ったことがある。

 あの時、変装を見破れた理由を挙げるなら『五月じゃないと気づいた』ことだった。

 当時は風太郎だって五月への気持ちを自覚しているわけではなかった。

 それでもそれが原因で四葉と五月、二人への理解度の違いが出てしまった。

 四葉は二度の変装を風太郎に見せ、その反応の違いによって違いを汲み取ってしまったのだろう。

 

「愛があれば見分けられる。お母さんの言葉です」

「いつだったか聞いたことがあるな……」

「私達にとって自分を見分けてもらうということには、大きな意味を持ちます。それは一花だけじゃなくて私達だって同じです」

「だから気づけたってわけか」

 

 風太郎からすれば、たった一度変装を見分けられなかっただけでこんなテレパシストじみた発想ができるものかと実感が湧かなかったが、そういうものなのだろうと思った。

 そういうものだと思えば納得もできた。

 自分の方が先に好きだったのに、気が付いた時にはまだ好きかどうかもわからない他の人格のことを風太郎が好きになっていた。四葉の側からしたら堪ったものじゃないんだろう。

 だから焦って、急いで距離を詰めようとした。なるほど筋書きがようやく見えた気がした。

 

「それでそのリボンか」

「これなら私だって一目で見分けてもらえますからね」

「それはそうだが……」

 

 確かに四葉の言うことには一理ある。

 見分けてもらいたいなら、見分けてもらえるように見た目を変える。至極当たり前の発想だ。

 むしろ、彼女達各人格はいつ、どの人格の時だって同じ外見のスタイルを徹底していた。

 髪の長さなど臨機応変にできない部分は仕方ないにしても、アクセサリーの使い分けなどはもっとしてもいいのではないかと思ったことは初めの頃にあった。

 これから四葉が今のスタイルを貫き通すとするなら、他の人格は誰も真似しないであろう大きなリボンは四葉のアイコニックな一面となるだろう。

 だけど、ここでも一つ風太郎は思うところがあった。

 自分と四葉の関係は、そんな簡単なこと一つで解決するようなことだろうか。

 これから自分が四葉だけは特別見分けられるようになったとして、それがリボンのおかげとなってしまったら本当に四葉は納得できるのだろうか。

 本当に四葉が求めているような見分け方を、今後自分ができるようにするならば。

 

「何を身に付けてるかなんて、大した差じゃないと思うけどな」

「それだけじゃありません!」

 

 風太郎の返事を聞いて、慌てるようにして四葉は声を荒げた。

 

「私は上杉さんの五月への気持ちを知った時、確かに嫌な気持ちになりました。以前までの一花の考えがわかるようにだってなりました」

「四葉……?」

「でも、私は五月のことを邪魔だなんて思っていません! 上杉さんのこともだって責めようと思ったりとか、そんなこと考えてません!」

 

 自分の心を吐き出すようにして言葉を紡ぐ四葉。

 突然の四葉の強い言葉に、動揺の色を見せる風太郎のことなど見えていないようだった。

 

「私は、私のことを上杉さんに見てもらえればいいんです! 他の子が好きでも構いません! ただ、私が一番最初から上杉さんのことを好きだったんだから、私を一番好きだと上杉さんに言ってもらえれば────」

「何言ってるんだ……?」

 

 震えた声が四葉の声を遮った。

 捲し立てるようにして前も見ずにつらつらと自分の心を語っていた四葉は、そこでようやく目を覚ましたように風太郎を見た。

 風太郎の表情には動揺と、少しばかりの怯えが混じっていた。

 途中から四葉が何を言っているのか風太郎には分からなくなっていた。

 言ってることは理解できる。だけど四葉の言う事が共感できなくて、けれども何かとてつもなく大きな感情をぶつけられている気がして、思わず声が震えた。

 その風太郎の反応を見て、四葉が何か気づいたように、焦った顔をした。

 

「私……また、上杉さんとの距離を間違えて……」

 

 たちまちのうちに顔色を青ざめさせていく四葉。

 風太郎以上の動揺と、震えた声で呟いた。

 そこで風太郎も気が付けた。かつて四葉が親しい友人のような振る舞いから、今のような丁寧語で話すようになったきっかけ。距離間を間違えたが故に起きてしまった諍いを、再び起こしてしまったのではないかと恐怖していることに。

 我に返ったのだろう。自分のことを話しすぎたことにも同様に気が付いたらしかった。

 

「ごめんなさい上杉さん。今のは忘れて……いや、そうではなくて私はただもっと普通に仲良くなりたいだけで……!」

 

 まとまらない言葉で言い訳めいたことを言う四葉に、どう言い聞かせれば落ち着かせられるだろうと風太郎も考えた。

 けれど、答えも見つからず何も言えなかった。

 途方に暮れそうになったところで、横から声がした。

 

「中野さん、ちょっといいかな」

「……松井さん?」

 

 別行動をしているはずの松井だった。

 傍に武田達の姿はない。一人のようだった。

 

「お前、どうしてここに……」

「悪いんだけどさ上杉君。大事な話してるんだろうけど、中野さんちょっと借りるよ」

 

 淡々とそれだけを言うと、四葉本人の返事も聞かずに四葉の手を引いて向こうへ歩き去って行った。

 

 

 

 四葉は松井に手を引かれながら風太郎から離れた後、彼の視界から外れるために曲がり角を曲がったところでようやく手を放してもらった。

 

「ごめんね、途中から話聞いちゃっててさ」

「どうしよう。また私上杉さんに嫌われちゃう……」

「大丈夫だって。最後の方は少しだけ聞いてたけど、あのくらいで嫌われたりしないよ。それにもし危なそうだったら、私もフォローするから。一花さんとの約束だもん」

 

 一花との約束とは何かというのは四葉も知っていた。

 昨日の夜ご飯の最中、まだ一花の番だった時に松井とかわされたものだ。

 四葉も裏で話は聞いていたから内容は知っていた。

 

『────ってわけ。きっと今の四葉は五月ちゃんに対してもフータロー君に対しても凄く複雑で嫌な気持ちを持っちゃってるんだと思うの』

『……何そのドロドロな話……え、上杉君と中野さん達の関係ってそんなに複雑だったの……!?』

『私達だって好きで複雑にさせてるわけじゃないよ!? この体質のせいだから!』

『そ、それで中野さんはどうしたいの? 四葉ちゃんが何かしそうになったら止めたいの?』

『四葉がもし前の私みたいになりそうだったら松井さんの言う通り止めてあげたい……でもさ』

『でも?』

『悪いことをするんじゃないなら、応援してあげたい。私も前はそうだったから、四葉が持ってる嫌な気持ちも、好きな気持ちも全部わかってるあげられるから……今の四葉はきっと自分でも自分の気持ちを上手く制御できないだけだと思うから』

『事情は分かったよ。明日からは任せて。できるだけのことはしてみるから』

『ありがとう……松井さん』

 

 一花の話を聞いている間、まさか自分のことをここまで理解しているとは思ってもおらず終始驚きっぱなしだった。

 少し違ったのは、一花の場合は好きな人さえ遠ざけようとする自暴自棄だったのに対して、自分は誰よりも一番愛されたいと思ったことくらいだろうか。

 その想いが募って、濃縮されて、泥のようになろうとしていたところに昨日の話があって目が覚めた。

 かつての素行が悪かったころの一花に共感してしまっていることを自覚していながら、自分が同じ過ちを繰り返そうとしていることに、まさかの一花の言葉によって気づかされた。

 だからぎりぎりで踏みとどまれたと思った。

 彼に見分けてもらえればそれでいいと。一番じゃなくても好きになってもらえればそれでいいと。

 そう思って今日はいつもより明るく、だけど強気にアタックをしてみた。

 だからだろう、いつもより強く踏んだアクセルのせいでスピード加減を間違えた。

 まだ消化しきれていないタールのような黒い感情の流れにブレーキをかけきれなかった。

 

「松井さんがいてくれて本当に良かったです……今日は私、少し頭を冷やさないといけないかもしれません」

「どうするの?」

「すみませんが先にホテルに戻ります。先生には体調が悪くなったとでもお伝えしますので」

「上杉君はいいの!?」

 

 ホテルへ戻ろうと、清水の舞台まで歩いて来た道を戻り始めた四葉の背中へ慌てたように松井が呼びかけた。

 その声に四葉は、自虐のような意味を含んだ笑みを浮かべて顔だけ振り返る。

 

「さきほど松井さんは大丈夫だと仰ってくださいましたが、本当は私はもっと、慎重になるべきだったんです」

「誰だって……好きな人の一番になりたいと思うことなんて当たり前じゃん!」

「違うんです」

「え?」

「上杉さんだからダメなんです。上杉さんに押しすぎは、逆効果なんですよ」

 

 一度体験したからこそわかる。

 恋愛に疎い風太郎を相手に、恋愛でストレスをかけすぎるのは良くないことは過去の失敗で十分理解している。

 今しているこの話し方だってそれが原因ではめられた忌まわしい枷のようなものなのだ。

 四葉は振り返っていた頭だけを少し下げた。

 

「助けていただきありがとうございました。松井さんのおかげで最悪の事態は免れたのだと思います。最後にごめいわくをおかけして申し訳ないのですが、上杉さんや他の班の人たちには誤魔化しておいてください」

「中野さん……」

 

 松井から承諾の言葉はなかった。

 けれど再び止められることもなかった四葉は、ゆらゆらとした足取りでホテルの自室に戻ると、そのままベッドに倒れ込んだ。

 

(今日はきっとダメな日だ。一番になろうとしちゃダメ……私はもっと、元気で、明るくて、良い子で、そうやって上杉さんに好きになってもらうんだ……)

 

 

 

 

 

 風太郎の元に松井が戻ってきた時、そこに四葉の姿はなかった。

 松井が言うには急にお腹が痛くなったから先にホテルに戻ったという。

 どう考えても嘘だろう、とは思った。

 自分と四葉の会話を聞いていなかった前田と武田は素直に信じたようだった。

 その場で訂正してもよかったが結局自分でも四葉が何をしたかったのか、その全容まで把握できているわけでもなく説明できる気もしなかったので、黙ったまま残る時間を四人で回った。

 

(一花の言っていたことは本当だった……)

 

 四葉自身から裏どりが取れてしまったのだから、これ以上の証拠はないだろう。

 そして同時に心配になったのは、その時の四葉の様子がおかしかったことだ。

 以前の一花のようにこちらの神経を逆撫でしてきたり、あえて嫌われるようなことを言ってくるわけではなかったが何か、圧のようなものを感じた。

 また同じようないざこざが起きるのではないかと、少し思う風太郎だった。

 

「あれ? あれって中野さんじゃね?」

 

 四人での観光も終えてホテルに戻ってきた時だった。おもむろに前田が呟いた。

 建物の前で仁王立ちしている四葉……ではない誰かの姿があった。

 一目で四葉ではないと分かったのはやはり見た目だった。緑色の大きなリボンをしていなかった────だけではなく、普段の五月のアクセサリーとも違う別のリボンを付けていたからだった。

 左右で小さなサイドテールを作るように結ぶリボン。柄は黒を下地にオーロラ色の水滴のような形をした模様が一列で放射状に広がっていた。模様全体で見ると蝶の羽のような柄だった。

 初めて見る姿だった。

 彼女も風太郎達の帰還に気づくと、一直線に早足でこちらに歩いて来た。

 風太郎の近くに来るなり。

 

「ちょっと来なさい」

 

 風太郎の手を引っ張った。

 

「な、どこ行くんだよ!? つーかお前体調は──」

「そんなの嘘に決まってるでしょ」

 

 話している間にもずんずんと歩は進み、班のメンバーから離れていく。

 一度だけ彼女は後ろを振り返った。

 風太郎もその彼女の目線を追ってみると、松井を見ているようだった。

 松井も驚いてはいるようだったが、何か察したように頷いていた。

 それを最後に、風太郎達は班から完全に離れ離れになった。

 

 

 

「ここまで来れば十分ね」

 

 ホテルから少し離れたところにある左右を林で覆われた遊歩道、その外れの方まで連れて行かれた。

 ホテルへ帰るには必ずこの道を通る必要があるから、少し離れた場所には観光を終えた生徒達が戻る姿も見えたが、風太郎達がいる位置は少し横道に入ったところだからそばを誰かが通ることもなければ、和気あいあいとした生徒達の声が聞こえてくることもなかった。

 それは逆に言えばこちらの会話を聞かれることもないことを指す。

 そこで彼女は手を放した。

 

「悪かったわね、どうしても今話したいことがあったのよ」

「二乃……だよな。四葉はどうした?」

 

 二乃と名前を呼んだ時、彼女は肯定するように一度目を伏せた。

 

「あの子なら部屋に戻るなりぐっすりよ。よっぽどあんたに言いすぎたのがショックだったみたいね」

「言い過ぎた……」

 

 例の一番になりたい、という話だろう。

 

「二乃、もし知ってるなら教えてくれ。四葉は一体何がどうなって────」

「どうもこうもないわよ。誰だって当たり前に持ってる気持ちを、優しすぎるあの子は考えすぎただけ。それだけよ」

「言ってる意味が分からないんだが……」

「それよりも先に私の質問に答えなさい」

 

 強引な話の進め方をしてくるなと、そう思った。

 二乃はまっすぐこちらの目線を向けながら言う。

 

「昼間の四葉とあんたの話、当然私も聞いてたわ。あんた五月のことが好きらしいわね。告白はいつするつもりなのかしら?」

「告白は……」

 

 あの日の夜のことを思い出した。

 温泉旅館での一幕、それは自分と五月二人だけの思い出。

 何故か他の人格達は知らなかった話を、今してしまうべきだろうか。

 答えは、優柔不断なものだった。

 

「もう、した」

「はぁ!? いつ!?」

「お前らにバレないようにだ」

「へ、へぇー……五月もあんたも、中々やるじゃない……!」

 

 前のめりになっていた二乃が初めて仰け反ると、口元をヒクつかせた。

 流石に動揺を隠しきれないらしく、少しの間狼狽と考え込む様子を見せた後、気を取り直したようにして。

 

「それで五月の返事は? ていうかあんた達付き合ってるの?」

 

 軽く訊くような口調だったが、気を取り直してこちらを見てくる二乃の目には凄みが籠っていた。

 この問題はずっと考えていたから、言外にどういった意図が含まれているのか分かった。

 

”私達の体なのに勝手につき合ってるの?”

 

 というものだ。

 答え次第によっては怒髪天を突くだろうという確信を持った風太郎は、この問いかけには即答した。

 

「つき合ってない」

「あ、そ。ならいいわ……じゃあフられたの?」

 

 途端に凄みが消える二乃。

 

「いや、そういうわけでもないんだ……あいつ自身、まだ自分の気持ちが分からないらしいんだ」

「あの子らしいわね」

 

 落胆なのか、安心なのか二乃は肩を落とした。

 

「お前たちとも全部向き合うことができた時、改めて答えをもらうことになってる」

「随分細かいことまで決まってるじゃない。どうやって私達にバレずにそこまでやり取りしたのよ」

「……」

 

 風太郎は答えなかった。

 

「それもいいわ。本題はそこじゃないし」

「本題?」

「考えてみればずっとおかしかったのよ」

「何がだ」

「私がよ」

 

 間髪入れずに答える二乃。

 その強い口調は何か言おうと心に決めているようだった。

 そこで思い出した。こいつの気持ちを。

 四葉と同じく持っている自分への好意を。

 一花に続いて、一番嫉妬という感情から遠いと思っていた四葉までおかしくなっていたのだ。

 ならば同じ感情を抱き、より苛烈な性格の持ち主である二乃ならばどうなるか。想像もつかなかった。

 けれど一花ほど陰湿でもなければ、四葉ほど前向きな心の変容の仕方もしないだろうと考えると、未知に対する言いしれない怖さのようなものを感じた。

 

「今までずっと我慢してきたけど、一花のせいで散々な林間学校だったわ」

「……林間学校」

「四葉には先を越されるし」

「……先?」

「三玖が言い過ぎたせいであんたは怒るし」

「……何の話だ?」

「おかげでずっとタイミングを逃してきたわ」

「……二乃?」

「まったく嫌になるわ。こんなの全然私らしくない。ほんと最低、最悪」

「……」

「だから最低らしくするわ。私らしくね」

 

 フー君、と彼女は前を置いた。

 

「好きよ」

「────」

「私らしく、攻略開始よ」

 

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