五つ子ミルフィーユ   作:真樹

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49_マルチパーソナルウォー⑤

 二乃からの告白を聞いた時、日はすでにとっぷりと暮れていた。

 やけに雲が多かった。月明かりなどなく、街灯も公園の大通りから外れた位置にいるものだから無くはないが数が少なかった。

 

「は……? え、何?」

 

 だから、風太郎は返しの言葉が出ないほど動揺と同時に染めた真っ赤な顔色は、幸いなことに二乃にはしっかりとは見られなかっただろう。

 気持ちそのものは前から知っていた。けれど修学旅行中の今、これほどまでに脈絡なく言われるとまでは思ってもいなかった。

 

「返事なんていらないわ。どうせあんたがするべき返事なんて一つしかないんだもの」

 

 一歩、二乃は前へ出て風太郎との距離を詰めた。

 目つきは鋭く、およそ告白している人間がする顔つきとは到底思えないような、人を問い詰める時の顔をしていた。

 

「それよりも聞かせてもらいたいことがあるわ。私達と向き合うことができたら五月から返事をもらうとか言ってたわよね。向き合うって何よ。五月以外……私達も好きになる以外の選択肢があんたにあると思ってるの?」

「それは、あるかもしれないだろ。例えば理解のある友人としてとか────」

「それで何? あんたことが好きな私はお友達をやって、あんたを好きかどうかもまだ分かってない五月とは恋人しましょうとでも? そんなの誰が聞いたっておかしな話じゃない」

 

 二乃の言う事は正しい。もしも本当にそんな関係になってしまったら、どれほど歪な形に第三者には見えるだろうか。

 けれども、自分のすべきことを”二乃達も好きになる”という一つだけに絞ってしまうと、どうしても納得いかないことがある。

 

「だが付き合うために好きになろうだなんて、それはそれで順序がおかしいだろ」

「どうかしらね。あんたの言ってるその順序ってやつ自体、本当に正しいのかしら?」

「どういうことだ……」

 

 恋に落ちたから付き合う。

 愛しているから結婚する。

 この法則性とも呼べる、関係の発展におけるフローを風太郎は不可逆だと信じて疑っていなかった。

 それが否定されようとするならば、それは風太郎の常識を問われることになる。

 それに対して二乃は、例えばの話よ、と前置きをした。

 

「昔は政略結婚なんていうのがあったらしいわね。三玖が好きな時代劇の映画とかだと割とある話だわ」

「急に何の話だよ……」

「他にもあるわ。ドラマでよく見るお見合いとかね。そういうのって全部、好きになる前に結婚までしちゃうじゃない」

「確かにそういうのもあるかもしれないが、ああいうのは大体が他人から言われたからするものだし、そもそも────」

「そうね。そもそもあまり褒められたやり方じゃないわ。だからそんな他人が決めた縁組なんてぶち壊して、白馬の王子様が連れて去ってくれる展開の方が私は好きよ」

「…………」

 

 言い返すつもりで話した言葉を、まさか同意される形で遮られてしまい風太郎はそのまま閉口した。

 てっきり、そういう好きでもないのに縁組を結んでしまうパターンを引き合いに出して、自分達をそうだとでも言うつもりなのかと思った。

 

「でも」

「?」

「本当に結婚させられてしまっても、その後で二人の間に愛が生まれたとしたらそれは偽物なのかしら?」

「……それは」

「きっかけは確かに他人から言われたからかもしれない。だけど自分の幸せを掴むために、相手を理解して、理解してもらって、そうやって自分の力で相手のことを好きになることができたら、それを間違いだとは思えないわ」

「だがそういうのは昔話やフィクションの話であって普通は────あっ……」

 

 普通という二文字を口にした時、風太郎は思い出した。

 先ほどから、やたらと二乃が三玖の名前を引き合いに出してくれたおかげもあるのだろう。

 風太郎の気が付いた様子に二乃は、少しだけ安堵したように息を吐き、腕を組んだ。

 

「忘れてなかったみたいね。そうよ。”私達は普通じゃないわ”」

 

 林間学校の帰り、高速道路のサービスエリアで三玖から聞いたのと同じ言葉だ。

 多重人格なのだから話の内容は当然、二乃だって知っている。

 

「私達五人は同じ人を好きにならないと、望んでもいない光景を見せられる。あの時に三玖から話を聞かされて私も目が覚めた気分だったわ」

「”五人全員愛されてやっと、一人分の愛をその人から貰える”……だったか」

「それはあんたにも言えることよ」

「俺も?」

「あんたさっき言ってたわよね。向き合うってことの選択肢の中には、理解のある友人として、みたいなふざけたこと」

「別にふざけて言ってたわけじゃないんだが……」

「じゃあその理解ある友人になった私があんた以外の誰かを好きになったら、あんた私に何て言うつもり?」

「…………!!」

 

 そんな光景を想像すると胸が苦しくなった。

 

「俺のために諦めてくれとでも? ずいぶん傲慢ね」

「……違う。俺はそういうつもりで言ったんじゃない……!」

「結果的にそうなるんじゃないかしらって話をしてるのよ」

 

 辛い表情をしながらも否定する風太郎を、まるで刑事が尋問をしているかのようにばっさりと切り捨てる二乃。

 その言葉を否定できなかった。

 今さっき胸が苦しくなった時、想像した未来では確かに、諦めろとまでは言わずとも二乃が他の異性と付き合おうとすることを止めようとする自分の姿が想像できてしまった。

 少なくとも、その別の異性が二乃を、自分は五月と、といったように人格ごとにバラバラの交際関係を持っているような世界は気持ちが悪くて想像ができなかった。

 そのことをわざわざ強い口調で二乃が言ってくることにも風太郎は理解が及んだ。

 これは断罪だ。

 先延ばしにしていたわけではないが、問題解決に向けて明確なビジョンを持たずに曖昧な対応を、いい加減な恋愛をしようとしていた自分に対する二乃からの糾弾だ。

 そんな、いつの間にか委縮しきっていた風太郎に対して二乃は付け加えるように言った。 

 

「だからあんたが選べる選択肢なんて初めから二択だったのよ」

 

 全員を選ぶか。

 誰も選ばないか。

 

「こんなの、あの林間学校からの帰りに三玖とあんたが話した日から分かってたことよ」

「…………」

「それをあんたは”恋愛はこうあるべき”とか”正しい選択をするために”とか、変に理屈をこねてきたから今日までずるずると、何も進展がないまま来ちゃったのよ」

 

 何も言い返せなかった。

 ただ、自分は真剣に彼女達の体質を向き合おうとしていただけなのに、どうしてこんなことになったのか。

 何も言わない風太郎に、二乃は呆れたような顔をして組んでいた腕を解くと、今度は片手を脇腹に当てた。

 

「それで、ずっと黙ったままだけどあんたはどうなのかしら?」

「どうって……」

「どうするつもりかって聞いてんのよ。五月だけじゃなく私達全員を好きになろうとするか、あんたの持ってる常識に縛られたまま五月を諦めるかよ」

 

 その二択であれば答えは決まっていた。

 

「あいつを、五月を諦めるなんてことはしたくない……!」

「……あ、そ」

 

 二乃は一度、そっぽを向いた。

 それから小さく、風太郎に対して言ってるわけじゃない声量で。

 

「面と向かって言われると、流石に”来る”わね……」

 

 ボソリとそう呟いてから、一度だけぐすっ、と音がした。

 再び風太郎に向き直った時には元の表情に戻っていた。けれど少しだけ違っていて、問い詰めるというよりはただただ真剣に、まっすぐとした眼差しをしていた。

 

「それが聞けて安心したわ。だったらあんたも自分がこれからすべきことは分かったはず────」

「だが!」

 

 話は終わったとでもいうかのように、ホテルがある後ろを振り返ろう二乃を風太郎は、まだ話は終わっていないとでも言わんばかりの語調で引き留めた。

 ピタリと動きを止めた二乃が再び向き直った。

 

「……何?」

「すべきことが見えても、それを実現する方法がわからないんだ……!」

「方法って、何の話よ?」

「あいつの、五月のおかげで好意を持つということがどういう気持ちなのかは分かった。だがお前たちには悪いがその気持ちをお前や、他の奴らにも持てるようにするにはどうしたらいいかまで分からない……五月のことは気が付いた時にはだったから……だから────」

「安心しなさい」

 

 風太郎は話している間、どんどんと小さくなっていっていた。

 自分の情けない部分を曝け出す行為は、思春期の男子の自尊心を削り取るのに十分な鋭利さを持っていた。

 だから最後はまるで恥ずかしくてこのまま消えてしまうのではないかと思うほどの気持ちで話していたところを、二乃が止めた。

 その声は今までのような冷たいものではなく、どこか柔らかなニュアンスを含んでいた。

 

「ほんと、教科書以外に載ってることは何も知らないんだから、あんたは」

「……」

「何を言い出すのかと思えばそんなの……簡単なことじゃない」

「こっちは真剣に悩んでんだぞ。お前のことをどんな風に考えたらす、好きになれるかって……」

「気持ちなんてもの、どれだけ頭の中で考えようとしたって何もないところから生まれてくるわけないじゃない。相手のことを知らなきゃ好きって気持ちは生まれないわ。だからあんたがこれから、具体的にしなきゃいけないことを、あえて言うなら」

 

 二乃は落としていた手を持ち上げ、胸の前で止めた。

 自分の胸に手のひらを当てて、まるで自己紹介をするかのようなポーズを取ると。

 

「私を見てて」

「────」

「私のことをもっと知って。私がどれだけあんたのことを好きなのかちゃんと知って」

 

 堂々たる姿に、見惚れるようにして何も風太郎は言えなかった。

 けれどもそれさえ気にせず二乃は、自分の胸に置いていた手を続けて風太郎に向けると、風太郎の胸の前で人差し指を突き付けた。

 

「そのためにはもう、適切な距離だとか、攻め過ぎないとか面倒くさいことは全部なしよ。私ができることは全部するわ。だから」

 

 更に一歩、風太郎へと近寄る二乃。

 突き付けていた指は今度は口元へと寄せ、顔は風太郎への耳元へと移動して。

 

「覚悟しててね。フー君♡」

 

 そう言った後、背伸びをしていた足を地面に下ろすとくるりとまた後ろを向いた。

 二乃が後ろを向いたと同時に、大きく風が吹いた。

 空では厚く積みあがった大量の雲が流れ、隙間だけ空いた穴から月が顔を覗かせた。

 薄暗い街灯に月明かりが加わり、ようやく人の肌の色ぐらいなら識別できるほど明るくなると、彼女の耳が見えた。

 赤く染まっているように見えた。

 

「そろそろ戻りましょ。みんなの前で連れ出したから心配してるかも」

「あ、ああ」

 

 背中越しの二乃の声は意外にも普通の声だった。

 その普通さが、逆に風太郎を少し怪訝な気持ちにさせた。

 その時。

 

「げっ」

 

 ポツリと水滴が落ちた二乃が嫌そうに声を出した。

 水滴は続けて風太郎に、更に地面にも、徐々に数を増しながら見る見るうちに小雨では済まない勢いへと強まっていった。

 

「最悪……! なんでよりによって今なのよ!」

「戻るぞ二乃!」

「言われなくても!」

 

 なおも留まらない雨の勢いに置いて行かれないように二人は走り出した。

 ここからホテルまでは走れば五分かからないだろうぐらいに近いが、災難なことに雨はその五分を許さないほど強く、激しいものへと変わっていった。

 着くころにはびしょ濡れだろうと、既にその状態と言っても差し支えないのだが、現実から目を逸らすように風太郎は予想を立てていると、前の方から噴き出す声が聞こえた。

 

「この雨の中で何笑ってんだよ!?」

 

 問いかけに二乃は、心底おかしそうに答えた。

 

「だってこんなタイミングに雨なんて、どういう運勢よ今日!」

「笑うことか!?」

「今日に限ってはね! だってにわか雨に降られて好きな人と走って帰るなんて凄く」

 

 走りながら二乃は、むしろ更に雨を浴びようとするかの如く両手を広げた。

 

「青春って感じじゃない!」

「────」

 

 嬉しそうにする二乃の後ろで、風太郎は今の二乃の役回りは林間学校の時の四葉なのだろうと理解した。

 二日目の観光が終わった後での入れ替わり。二乃にとっての修学旅行での思い出は残りのホテルでの就寝までの時間ということになる。

 自分とはたった今ひと悶着あったわけだが、それに加えて楽しいこと(二乃の中では)が奇跡的に起きたのだから喜ばずにはいられないのだろう。

 しかし。

 

「そんなこと言ったってホテルにはまっすぐ帰るからな!?」

「もちろん! フー君もダッシュよ!」

 

 それはそれとして、これ以上濡れたくない二人はホテルへと走って行ったのだった。

 

 

 

 ちなみに、ホテルに到着した頃には息が切れ切れになった風太郎はエントランスの隅でしゃがみ込んでしまい、体力の無さに呆れられた二乃に置いて行かれたのであった。

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