五つ子ミルフィーユ   作:真樹

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5_中野家の事情

『9月30日、日曜日。いよいよ本日は東町で花火大会がありますね』

 

 ラジオがひとりでに話し続けている。テーブルに置かれたそれからスピーカーを通して流されているが、同じテーブルに体を向けている風太郎は内容にまでは耳を傾けていなかった。

 まだ残暑の日差しが辛いこの時期であるが、いついかなる時であろうとも風太郎の休日は変わらない。

 一人で机に向かい、勉強をする。学生としての本業に努めているのである。

 風太郎が勉強する理由は昔から変わらない。らいはのため、より良い収入を得られる仕事につくためである。そしてそのきっかけをくれた人物こそ──

 

「……四葉」

 

 先日の告白のことについて風太郎はそれほど深く悩んではいなかった。答えは決まっているからだ。

 だが、それでもふとした時に思い出してしまう。自分にとって、告白されるなどというイベントは人生で初めての体験だからだ。

 何よりも四葉本人がそれを強く意識させてくる。

 元々風太郎は手に余ると思っている家庭教師の仕事を辞めようと考えていた。しかしそれは勇也によって再考するように頼まれ、今もしぶしぶ続けている。

 四葉とは生徒と教師の関係でもある。告白を無下にすれば、その後の授業が気まずくなり仕事に影響が出ることは目に見えていた。

 だから突き放すこともできず、あくまで仕事として今は四葉と接している。

 四葉本人も告白の場で言っていたことだが、体に同居人がいるせいもあってこちらに答えを求めているわけでもないらしい。とはいえ、顔を合わせれば距離感のバグったコミュニケーションを都度取ってくるのはやや辟易気味であるが。

 むしろ怖いのは他の姉妹達の方である。表に出ていない時も、他の人格は記憶を蓄積し続けているらしい。幸い、二度目の家庭教師は四葉の番であったため他の姉妹と接する機会がなく、学校では話しかけてこないこともあって今日まで一度も会話をしていない。

 願わくば、このままほとぼりが冷めてくれでもしないかと風太郎は藁にもすがる気持ちで願った。

 その時であった。家のチャイムが鳴った。

 

(借金取りか……? 金なら無いぞ)

 

 そう思いながら腰を上げ、玄関へと向かうとその足で扉を開けた。

 扉を開けた先には四葉が立っていた。

 

「四葉っ……!?」

「四葉じゃなくてすみませんね。五月です」

 

 ややぶっきらぼうに五月が言った。

 彼女の外見は中身が誰であろうとも基本的に五月の姿で統一されていた。そのため風太郎には一切の見分けがつかないのだが、それでも五月の姿をしているのならば本来は五月と呼ぶべきだったのだろう。

 しかし、先ほどまで四葉のことを考えてしまっていたために思わず口から出た名前であった。

 

「なんでお前がうちを知っているんだよ」

「母から聞きましたので。私達の親は親同士で面識があることはご存じですよね?」

「まぁ、何となくは聞いてる……」

「そういうことです。今日はあなたにお渡しするものがあります。外で渡すものでもないので、中に入ってもよろしいですか?」

「あ、ああ」

 

 

 

 部屋に入ると風太郎と五月はテーブルを挟んで向かい合うように座った。

 座る時に脇に置いた鞄に、五月は手を差し込むと中から一つの茶封筒を取り出しテーブルの上へと置いた。

 あて名書きが風太郎に読める向きで置かれた封筒には、あて名は書かれておらず代わりに達筆の文字で『給与』と印刷されていた。

 

「父から預かった上杉君のお給料です」

「と言っても今月は二回しか行ってないし期待しない方が……」

 

 茶封筒を受け取りながら風太郎は言った。

 続けて五月の目の前で給金の額を確認すべく、封かん部へ指を入れ札を摘まんだ。

 

(そういえば、相場より高いとは聞いてたが実際いくらなのか確認してなかったな)

 

 父親が取ってきた仕事なのだから確認もしないで仕事を受けたわけではないだろうが、自分でも確認しておくべきだったと反省した。

 そう思いながら摘まんだ札を引き出すと、中身は存外多かった。

 一万円札が五枚。計五万円である。

 想像以上にもほどがある金額の高さに思わず札を摘まんでいる指先に脂汗が浮いた。

 

「すげぇ……これなら借金もあっという間に返せるな……」

「それと──」

 

 二度の家庭教師を一応はしっかりと授業したため、給料を素直に受け取ろうとした風太郎に対して五月は更にもう一封の封筒を出してきた。

 そこにも同じく『給与』と書かれている。

 風太郎は五月を見て訊いた。

 

「これは?」

「こちらは今日の分です」

「は?」

「せっかく休みの日にあなたと顔を合わせたのですから、勉強を教えて貰いなさいと母に持たされました」

「つまり、今日も授業をやれと?」

「あなたがよろしければ、ですけども」

「……」

 

 短い時間だが風太郎は脳内で思考を巡らせた。

 今日の予定は一日中家で勉強である。可能であればこのまま続けていたい。

 しかし先ほど給料の額を知ってしまった。先ほど五月は二つ目の封筒を『今日の分』と言って出してきたということは、一つ目の封筒の半分程度の額が入っていると考えられる。

 ここで断るのはもったいないと、行き過ぎた倹約によって守銭奴となり果てている風太郎は結論付けた。

 けれど即答はせず、考えている間にふと沸いた疑問を五月に投げかける。

 

「お前はいいのか?」

「はい?」

「その、なんだ。お前が引っ込んでる間に色々あっただろ」

「ああ、四葉のことですか。見ていましたが、どうやら適切な距離を取ってくださっているようですし私は気にしません」

「……意外な反応だな。お前と二乃にはもっと反発されるかと思っていた」

 

 すると五月は一つ、はぁっ、とため息をついた。

 

「確かに、私はあなたのことを何とも思っていません。先日、私に対して言った暴言は少々根に持っていますが」

「うっ……」

 

 ジロリ、と言いながら睨んで来る五月に一瞬たじろいだ。

 

「ですが、それだけです。重ねて言いますが、あなたのことは二乃や四葉を通して見ていましたが、教師としてはまあ悪くない人だと思っています。優しい母ですが、教師として勉強を教える時はあなたのように厳しいですからね。逆に、私自身とあなたはほとんど話したことがありませんから教師と生徒という関係以上のことはありません。赤の他人です」

「ハッキリ言うな」

「事実ですから。それでどうしますか? 勉強、教えてくれますか?」

「……分かったよ」

 

 

 

 勉強道具も持ってきていたらしい五月とそれからしばらくは臨時授業の時間が続いた。

 五月に勉強を教えるのは初めてだったが、この娘はどうやら生真面目な性格らしい。問題の解き方は丁寧だが少々度が過ぎているきらいがあった。

 二乃や四葉にも授業をしていて何となく感じたことだが、彼女たちは勉強は不得意という点は共通しているものの得意と不得意も個人差があるようであった。

 二乃の場合は勉強自体がそもそも嫌い。今まで自分で勉強したり、姉妹達の勉強時のことも覚えようとしていなかったらしい。その代わり本人の地頭は悪くなく、取り組んでもらえた時には現時点で教えたことがある三人の中では一番要領が良かった。

 四葉の場合、あれが一番重傷だ。本当に純粋な馬鹿であった。根気よく繰り返し教える必要があるだろう。

 手探りだが、それでもカリキュラムのようなものを用意しようと風太郎は考えていたが下手をすると人格ごとに組む必要があるかもしれないと思うと、また退職の意思が息を吹き返しそうになった。

 五月本人が意欲的に勉強をしてくれているというのに、教師の自分が何を余計なことを考えているのだと頭を振った。

 

「どうしたのですか?」

「少し考え事だ。気にするな」

「そうですか……少し休憩しますか? ずっと付きっきりは疲れてしまうでしょうし」

「授業を受けてる側のお前が言うのか」

「お恥ずかしながら、母や下田さんに教えて貰う時にも時々休憩の時間を取ってます。どうやら負担をかけてしまうらしく、自分達の頭の悪さには私達自身が一番ガッカリしているのです」

「そうか。なら……勉強以外の話になるが聞きたいことがあったんだ」

「なんでしょうか?」

 

 風太郎は座っている足を組みなおした。

 

「給料を貰ってる側の俺が聞くのも失礼な話だが、少し疑問に思っててな。さっきもらった給料の額、お前も知っての通り高校生のバイト代としてはあり得ない高額だ」

「そうですね」

「だがお前の家を見せてもらったが至って普通だった。あんなに羽振りの良いことができる家庭には見えないが」

 

 そういえば以前、二乃は自分の父が医者だと言っていた。医者ならば稼いでいる、というのは安直な発想なのかもしれないが高い給料が払えるのは納得できる。

 だが、それにしては中野家自体の暮らしがやけにささやかだと思ったのも事実だ。他人に金をばらまく前に普通はまず自分達の生活水準を上げるものではないかと思った。

 

「本当に踏み込んだことを聞いてくるのですね。まあいいでしょう。あなたのお父様もある程度は知っていることですしお答えします」

「また親父か……知ってることは全部言っておけよ……」

 

 勇也とは今度、腰を据えて話をする必要がありそうだ。

 

「結論から言えば、私の父と母は別居しています」

「……こっちから質問しておいてなんだが、本当に俺が聞いていい話かそれ?」

「お気になさらず。それほど暗い話じゃありませんので」

「そうか」

 

 両親が別居しているという切り出し方から話が暗くならないなんてことがあるのだろうか。

 

「両親は元々、結婚前からそれなりに交流があったらしいのですが籍を入れたのは最近なのです」

「最近って、変な言い方をするな。お前が生まれる直前とかってことか?」

「いえ、言葉通りの意味での最近です。母は私の実母ですが、父は再婚相手なのです」

「……」

「実父は昔、姿を消しました。母は女手一つで私を食べさせていくために今の家に引っ越したんです」

 

 やっぱり暗い話じゃねえか、という言葉は喉元で留めた。

 

「それからしばらくは二人だけでしたが、詳しいことは当人同士しか知りませんが父の好意を受け取るという形で二人は結ばれたのです」

 

 五月は話を続ける。

 

「三人で住むために引っ越すという話もその時父からの提案で出ましたが、母が拒否したのです。再婚だというのに、結婚してすぐにそんな大金が必要になることをさせたら自分はお金のために結婚した卑しい女のように思えてしまって嫌だとか。逆に今の家に父が同居することは良しとしたらしいですが、それはそれで年頃の私がいるのにあの狭い家で、父とはいえ見知らぬ男性が住むようになれば怯えさせると父の側が遠慮したそうです」

 

 話を聞いてみれば、互いに相手を思いやっての行動なのだろう。

 だが、風太郎が感想を述べるとすれば──

 

「複雑だな」

「まあ、数年分の出来事を簡潔に話すとなればこうなります」

 

(しかしおかげで色々と謎は解けた。母親と二人暮らしをしている理由。住んでいる家が普通のアパートである理由。実際聞いてみれば家庭教師とは関係のない話だ。話す必要も無いと親父たちも判断したのだろう)

 

「他に聞きたいことはありますか?」

「ん?」

「さきほどのあなたの口ぶりからして、あまり仕事のことを聞いていないように見えました。せっかくですから、私にお答えできることならお教えしますよ」

「そう言ってもらえると助かる。実はもう一つ、今の話より先に聞いておくべきだと思っていたことがあった」

「なんでしょう?」

「お前自身のことだ。他に後何人いる?」

「あなたに会ったことがない子達のこと、という意味ですか?」

「そうだ」

「呆れました。父も母も、そんなことも話さず貴方に家庭教師をさせようとしていたのですね……そういう意味でしたら、後二人です」

「やはりか……」

 

 予想の範囲内の回答だった。そして、予想している中では最小の人数でもあったため、安堵に胸を撫で下ろした。

 最初は二乃と五月の二人だけだと思っていたが、予想外の四葉という三人目が出てきた時点で他にもプラスαがいる可能性は想像できた。

 そして、名前の法則である程度予想はできていた。

 問題は五から上の数字がいる場合だったが、杞憂でよかったと思った。

 

「一花と三玖という子達がいます」

「そいつらはどういう奴らなんだ?」

「それは──」

「ただいまー」

 

 五月の話を遮るようにして、玄関の扉が開くと外かららいはが帰ってきた。

 買い物帰りらしく、片手にエコバッグを持っており長ネギが収まりきらない分が顔を出していた。

 話途中のらいはの登場に五月は続きを話さず、玄関へと顔を向けた。

 らいはに挨拶をしようと五月が座っている向きを直していると、先に口を開いたのはらいはの方であった。

 

「お兄ちゃんが女の人を連れてきてる!」

「らいは! この人はだな──」

「もしかしてお兄ちゃんの生徒さんですか!?」

「え」

 

 らいはの開口一番の言葉に変な勘違いをされている可能性を感じ慌てふためいた風太郎であったが、それもまた杞憂であった。

 靴を脱いだらいはが玄関から上がると一直線に五月へと駆け寄った。

 その勢いには五月すら少し引いていた。

 

「初めまして! 上杉らいはです! お兄ちゃんがお世話になってます!」

「こちらこそ、中野五月です。あなたのお兄さんには現在進行形でお世話になっているところでした」

 

 そう言ってらいはから少し離れると、五月は軽く頭を下げた。

 らいはは手に持っているキッチンへと一度足を運び手に持っていたバッグを置くと、上半身を捻って五月へと振り向いた。

 

「今日はお兄ちゃんお仕事って聞いてませんでしたけど、多分今授業してるんですよね? 終わる頃には夜になっちゃうと思いますし、良かったら夜ご飯食べていきませんか?」

「ああ、いえ。お気持ちだけにさせてもらいます。実はこの後少し用がありまして」

「用ってなんだ?」

 

 風太郎の問いに、五月は答えた。

 

「母と一緒に、花火大会へ行くのです」

 

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