夜。
祭囃子の喧騒が街中に響き渡っていた。
提灯の行列は道の先まで伸びていて、道の左右には埋め尽くすような出店が並んでいた。
年に一度の花火大会が今年も来た。
こうして祭りの様相を眺めていると、もうあれから一年経ったのかと、少し懐かしくなった。
「今年の祭りも当番はお前か、一花」
「あははー、らしいねー……」
隣に立っていた風太郎に、一花は少し困り顔で返事をした。
彼の言う通り、一年に一度しかないというのに今年も当番に自分が選ばれてしまった。
五分の一の確率を二連続だから、二十五分の一だろうか。
何にせよ他の子達に少しばかりの申し訳ないという気持ちと、去年の出来事も相まって風太郎に対しても気まずかった。
「私もまさか君とまた去年と同じ光景を見ることになるとは思わなかったよ」
「お前自身は随分と変わったがな」
「……そうだね」
去年の夏休み。
高校生になってからの一花と風太郎の初めての出会い。
それは一言で例えるならば、汚点としか言いようがなかった。
あの頃の自分は転校したてで、まだこの世のあらゆるものは自分の敵にしか見えていなかった。
風太郎に対してさえ、自分の心とは正反対に傷つけるようなことばかり言ってしまった。
そんな自分が、なんで今年も彼の隣に立っているのだろうかと、神様が振ったサイコロの出目を恨みたい気分だった。
「ごめんね。もしフータロー君が去年のこと思い出しちゃったりして嫌だったら私、ちょっとお母さんのところで一回ゲンコツしてもらってくるからさ。そしたら入れ替わるかもしれないし」
「何言ってやがる。嫌だなんて一言も言ってねえだろ」
「え?」
「むしろ、お前が変わってくれたから嫌じゃねえんだよ。お前が去年のままだったらその案に乗ったかもしれねえがな」
「フータロー君……」
「まあ、去年のお前に入れ替われなんて言ったら、何されるかわかったもんじゃないがな」
「あはは……」
否定はできなかった。
当時の自分は、自分より他の子を求められるようなことを何よりも嫌っていた。
もしも去年、彼に『他のやつと交代しろ』なんて言われていたら、その場で引っ叩いていたかもしれない。
「とにかく回ろうぜ。のんびりしてたら花火が始まっちまう」
「そうだね。ご飯とか先に済ましちゃおっか」
「そういえば、今年は去年みたいに貸切にしなかったのか?」
りんご飴を齧りながら風太郎がおもむろに聞いてきた。
「そうしたかったんだけど、断られちゃったんだって。去年は元々少ない人数だったところを無理して取った貸し切りだったのに、来ない人もいたから」
「つまりお前のせいじゃねえか」
「返す言葉もないって言いたいところだけど、遅れちゃったのは人混みに飲まれてはぐれちゃったせいだよ。だから不可抗力」
まあ、実際のところはすぐに戻ろうとしていれば間に合ったのかもしれないが。
あの時は風太郎を振り回したかったのと、仕事に消えようと思っていたのであった。
「そうかよ。じゃあ今年はどこで見るつもりなんだ?」
「それを考えてたところなんだよねー……」
「ったく、お前のお袋さんも何考えてんだか」
現在、この場には風太郎と一花の二人しかいないのだが、祭りの会場までは零奈とらいはも一緒だったのであった。
現地に到着するなり零奈は。
『それじゃあ後はお若いお二人で』
『おふたりでー』
と、何かを察したらしいらいはと二人でそそくさと人混みの中に消えて行ってしまった。
何か、というか考えられることは一つしかないのだが。
(もー、お母さんってば気を利かせすぎだよ……!)
我が母ながら、子供のそういった事情に関わりすぎではないかと恥ずかしかった。
風太郎の方を見てみれば、口では「何を考えてんだか」などと言っておきながら顔を多少赤くしているあたり、ある程度予想はできているのだろう。
その彼の反応のせいで、尚更顔から火が出そうだった。
元々、母親がわりかし乙女な思考回路をしていることは知っていた。
まだ実父が存命だった頃、教え子だった母が父に恋をして、追いかけるように教職の道を選択。大学を卒業して最初に着任した学校では、高校で離れ離れになったっきりだった父と運命な再会。それから一年足らずでゴールインしたという、実の子供からすれば聞きたくもない両親の馴れ初めを寝物語のごとくよく聞かされた。
そんな母だって実のところはもうアラフォーだ。正直言って乙女回路を持つにしては……その、些かイタイ年頃だと思っている。
一花は母に対して聡明さでは尊敬している。そんな母が自分を客観視できていないとは思っていなかった。
だというのに、その母がそんな少女病のようなものをどうして再発させてしまっているのかといえば、ひとえに浮かれているのだろうと半分呆れていたし、諦めていた。
浮かれているとはどういうことかといえば、最近した引越しがおそらく原因だ。
マルオとの再婚は一花的には腹立たしいことだが、正しく恋愛をして正しく相思相愛になった末になされたている。
それはつまり、零奈からマルオに対してもキチンと矢印は向いているということを指す。
二人が籍を入れたのはもう何年も前になるが、一緒に生活をし始めたのは先日の引っ越しが初めてだ。
同居し始めた時期が遅くなったのは、零奈が金銭面で再婚相手に頼りたくないからという、自立した女性として主張をしたからだった。
ただ、そんな言い方をするということは、つまり本心では零奈だってできることなら同居はしたいと思っていたのだろう。
だから周囲からの圧力に屈する形で同居をし始めたけれども、本心だと零奈もまんざらではないし、むしろ浮かれているというわけである。
男はよく歳を食ってもバカのままだという話をフィクションで聞くけど、女だって大差はない。いくつになってお姫様でありたいし、女子と呼ばれたい。
今まさにそういった感情が大きくなっている零奈のすぐそばで、娘たちが青春を謳歌しようとしているのだから、是非とも成り行きを見たいという気持ちと、何かお役立ちになってあげたいというおばさん根性が同時に湧き出ているのだろうと、一花はそこまで母に対して分析した。
これ以上は零奈に対してむかつきそうだった。
自覚するほどに性格が丸くなった一花だったが、未だに両親の再婚だけは認められていないのだなと、改めて自覚した。
「まあ、いなくなっちゃったからにはどうしようもないしさ。私たちは私たちで楽しもうよ」
「……そうだな」
祭りを満喫している間の時間は驚くほど順調で、ただただ楽しい時間が過ぎていくばかりだった。
「フータロー君、あれ取って! あのぬいぐるみ!」
「ちょ、押すなって。重心がブレる!」
「お客さんたちー、射的台には身を乗り出さないでくださーい」
「あーもう、一匹も取れなかったー!」
「はい、残念賞でおまけの二匹プレゼントだよお嬢ちゃん」
「金魚なんか捕まえたところで、お前飼うのか? ……ああ、そういや新しい家にはでかい水槽があったな」
「そうそう。あそこに入れておけばアロワナが食べてくれるだろうから────」
「オヤジ! 返品!!」
「んー! かき氷サイコー!」
「あんまりがっつくなよ。頭を痛くさせたら下手すると入れ替わりかねねえからな」
「あははー漫画とかだと定番だよねー。でもそんなの現実でなるわけ────イッ!?」
「言わんこっちゃねえ!?」
「……なんちゃって。心配してくれた?」
「……してねえ」
「ごめんね驚かせちゃって」
「だからしてねえって!」
「夏祭りで食べるかき氷ってなんでこんな美味しいんだろうねー。他の子達には悪いけどやっぱりこれは外せないよ」
「他の奴ら?」
「あれ、フータロー君って私たちの味の好みがバラバラなの知らないんだっけ?」
「初耳だが」
「なんでか知らないけど、他の子が好きなものが嫌いなものだったりすること多いんだよねー」
「不便じゃねえかそれ?」
「慣れたけどね。でも、今頃は甘いの苦手な三玖辺りは苦しんでるかも」
「お前の場合はどうなんだ?」
「五月ちゃんが好きなのとか結構苦手なの多いかも」
「一番地獄じゃねえか……」
「フータロー君、五月ちゃんと一緒に過ごす時はくれぐれも食べ過ぎさせちゃダメだよ……! 乙女的にも、私の平穏のためにも……!」
「まだまだ俺の知らねえ多重人格の苦労ってあるんだな……」
『大変長らくお待たせいたしました。まもなく開始いたします』
スピーカーからアナウンスが流れ出すと、去年と同様に客の流れは一気に同じ方向へと流れ出した。
避けようもなく人の波に押されつつも、一花はさほど慌てていなかった。
「フータロー君! 手、離さないからね!」
前回の二の舞にはならないよう、アナウンスと同時に風太郎の手掴んでいた。離れまいという一心で、風太郎の手を握りしめ続けた。
もみくちゃにされ方向感覚さえ見失いそうになりながら、それでも手の感触だけを頼りにしていると、客の流れは一時的なものですぐに収まった。
人の隙間、自分の伸ばした手の先を見れば風太郎の姿を再び見ることができた。
どちらからでもなく、彼と繋いでいた手が離れる。
夏の高い気温の中では、それだけで手のひらはじっとりとしていたけども、嫌な感じはしなかった。
「一花?」
「え、あ、ごめん。何か言った?」
「いや、何も。お前がぼーっとしてたように見えたから」
一瞬考え、一花は嘘をついた。
「あー……さっきの人混みで少し酔っちゃってさ。今年も凄かったね」
「まだ始まってすらいねえだろ。終わったみたいな感想を言うな。これからだろ」
「そうなんだけどさ」
「まだ具合悪いか?」
「ううん、もう大丈夫」
「そうか」
短く風太郎は頷くと、一花から視線を外して夜空へと向けた。
風太郎だけではない。周りの客も一様に、同じ方向の空へと目を向けていた。
まもなく花火が始まる。
花火を見に来た客たちに流されたおかげで、一花たちのいる場所は空を遮るものだどなく、よく見えそうな場所だった。
夜空には星々が輝いていて、夜に使うにしては少々おかしな感覚だが、とにかく快晴だった。
そして、そんな晴れ渡る空の如く、幸せだった。
◆◆◆
「もうすぐ始まるね」
「ああ」
「こんなに何事もなく始まっちゃっていいのかな」
「これが普通だろ。去年が色々あり過ぎた」
彼はいつも通りだ。いつもの仏頂面で何も考えてないみたいに空を見上げている。
こっちが今、本当は心の中でどれだけドキドキしながら"考えていること"なんて知りもしないんだ。
唐変木の、朴念仁。
私が散々言ってきた彼への悪口。でもそれを取り下げる気にもならないし、やっぱり彼はノンデリカシーだと思う。
だって、私の気持ちは三玖から聞かされてるはずなのに何も警戒をしてないんだもん。
少しだけ、いなくなったと思ってた悪い自分が顔を覗かせてきた気がした。
「フータロー君は去年のこと、覚えてる?」
「当たり前だろ。つーか、今日だってここに来るまで何度も去年の話しただろ」
「一番印象的だったのは?」
「…………さあな」
フータロー君の間は長かった。きっと本当によく覚えていてくれて、色々思い出したんだと思う。
あの時話したことは、こんな内容だった。
"私たちの初めての経験は、誰か他の人格によって済まされてしまう"
きっと、これからフータロー君は私以外の四人と、たくさんの思い出を作っていくのだろう。
その中で、この話題は避けることなんてできないで、必ず出てくる。
もしかしたらそれがキッカケで他人格同士で喧嘩をしてしまうかもしれない。しかも多対一で。
なら、誰かが泥をかぶるくらいなら、初めから泥に塗れた人間がその役を買って出た方がいいかもしれない。
そんな風に私は思った。
そう考えて、すぐに私は頭を横に振った。
きっとそれも、ただの言い訳だから。
本当はただ、私がしたいだけだから。
「ねえ、フータロー君。お願いがあるんだけど」
「なんだ?」
「私と、キスしようよ」
◆◆◆
「なっ……!?」
一花の申し出を聞いて、風太郎は目を向いてこちらを見て固まった。
そういう反応になるだろうとは、一花も覚悟していた。
「ごめん、去年みたいに困らせるつもりはないんだ。嫌なら嫌でいいから…………」
「嫌というか、お前、なんで……」
「なんでも何も、フータロー君はもう知ってるじゃん」
理由ならすでに三玖がネタバラシしている。
順序で言うなら、たとえ二度目になってもそのネタバラシを自分からしてから、この申し出はするべきなのだろう。
だけど一花はわかっている。自分が結ばれることはないと。
風太郎は今も自分のことを好きになろうとしてくれてるだろうが、きっと本心からそう想ってくれることはないと確信している。
自分だったら今まであれだけのことをしてきたやつのことを好きになるなどあり得ないから。
ただ、そうなると五月がいつまでも風太郎からの告白の返事とやらをすることができないかもしれない。
どこかで上手く騙くらかす必要はあるかもしれない。
けれどもそんなことは後で考えればいい。
今はただ、自分の"わがまま"に身を委ねたい気分なだけだった。
「だから、さ?」
一花は目を瞑り、顔を上に向けると少しだけ背伸びをした。
歪なことをしているのは分かっている。
後で他の子達には謝り倒そう。
断られたって、大丈夫、覚悟はできてる。傷つくことなんてきっとない。
後の決断は彼に任せたと覚悟を決めて、次を待った。
瞳を閉じた暗闇の向こう。彼が動いた気配がした。
でも細かくはわからない。
こっちに体を向けてくれたのか、逆に無視されて再び夜空を見上げてしまったか。
視界が閉じた分、他の五感が敏感になっている気がした。
心臓の鼓動が、鼓膜まで伝わってきている気がした。
神経の何もかもが敏感になっている気がした。
そんな中で、次の瞬間に一花が感じたのは、始まりの合図となる大尺玉花火の爆音だった。
「うおっ……!?」
花火の閃光と心臓にまで響くほどの炸裂音に、風太郎は肩を跳ね上がらせて空を見上げた。
打ち上げられた花火は柳というその名の通り、空で火花が紐のような尾を引きながら落下しており、その流線が柳の木のようであった。
巨大な大輪の中には小さな花火も仕込まれていたらしく、柳の金色だけではなく赤や緑など様々な色が添えられていて、それは見事な開幕の一発だった。
その鮮やかさに風太郎は心を奪われるのではなく、むしろ既に奪われていた心を取り戻していた。
(待て、俺がこの有様ってことは一花は……)
去年もこんな流れだったと思いつつ、恐る恐る一花の方へ目を向けた。
目をつぶっていたはずの彼女は瞼を上げており、瞼の奥に覗かせた瞳は潤み涙が溜まっていた。そんな目で”睨むように”して目尻を吊り上げ、小さく震えている彼女は、五月だった。
「あ、あな、あなたという人は……!」
わなわなと声まで震わせ、怒りによるものか、はたまた別の感情か、続けざまによほど感極まっていたらしい彼女の感情が決壊したダムの如くあふれ出た。
「何をしようとしていたのですかー!?」
幸いなことに花火大会が終わるまでの間には五月を落ち着かせることができた。
ただ、未だに燻る気持ちはあるらしく溜息をもらすかのような吐息の多い口調で五月はぼやく。
「まったく、次はありませんからね」
「俺が悪いのかよ……」
「それは! ……確かに一番叱るべきなのは一花ですから、後でお説教はしますけど」
「自分相手に説教とは器用なことをするな」
鏡の前で語り掛けるのだろうか。あまり精神的によろしくない行いのような気がするが。
「こういう時のための日記です。おそらくこれから四日間ほど一花は私含めた四人から袋叩きでしょうね」
「イジメじゃねえか」
「いっぺんに言われないだけマシなくらいです」
「てかお前ら、昔一花が荒れてた頃は文句なんて言ってなかったらしいじゃねえか。なんで今は言うんだよ」
「今だから、ですよ」
五月は一度言葉を切った。
今もなお上がり続ける花火の次の一発が上がり、彼女の顔を照らした時、そこには先ほどの憤慨などどこに行ったのかというような微笑みがあった。
「かつての一花は触れた途端に破裂してしまいそうなほど張りつめていました。だから言えなかったんです。嫌われていた私達がもしも何かを言えば、その被害は私達にではなく、一花が表に出ていた時傍にいた人へ向いてしまったでしょうから……去年のあなたのように」
「本当は昔から文句を言いたかったってことか?」
訊きながらも、この問いはすべきではなかったのではないかと風太郎は後悔した。
いくら一花が穏やかになったとはいえ、過去のことは彼女自身のためにも触れるべきではないのかもしれないと思ったからだ。
しかし、問いに対して五月は肯定するでも、否定するでもない曖昧な表情でこちらを見た。
「文句というほどのことではありません。ただ時々、彼女と私が持ってる価値観のズレのようなものに口を出したいと思ったことがあるくらいです。その程度、普通の人間関係でもあることではありませんか?」
「いや、嫌なことがあるならその場で言えよ」
「あなたに人付き合いのことで共感を得ようとした私がバカでした……!」
恐らく今ももっと言ってやりたい気持ちを抑えているのだろう、と。今度は間違いなく怒りで震えている五月を見て風太郎は冷静に分析をした。
別に風太郎だって五月の言いたいことはわからないわけではない。
誰だって文句を言われれば、内容の正当性を問わずに軋轢が生まれる。だから人は本当に言うべき時しか言わないし、もしも逆に自分が言われてしまった時は対話の相手が理性的であればあるほど危機感を持った方がいい。
かつての一花の場合は爆弾のスイッチが鳥の羽のごとく軽く、触れただけで起爆してしまいそうだったからこそ、よほどであっても彼女達は言わなかったのだろう。
気を取り直した五月が続ける。
「まあ、そんなわけですから当時は言いたくても言えなかったことだって、言えるようになったわけです」
「つまりお前らが一花に文句を言えることは、むしろ正常な関係に戻ったってことか」
そういうことです、と五月は頷いた。
更に続けて。
「そしてそれは、あなたにも言えることです」
「俺に?」
「あなたが四人との答えを出すことを決めてくれたことで、四人も四人なりにあなたに言いたいことを言えるようになったのですよ」
「別に……お前とした約束は、俺のためであって……」
「ですが私達のためでもあります」
五月は周囲をおもむろに見回した。
風太郎もその視線を追ってみれば、至るところで一様にカップルが手を繋ぎ、空を見上げていた。
「つくづく奇妙な関係ですよね、私達は。恋人になるために、恋をしようとしているわけですから」
「散々今まで話してきた話だな。俺だってお前みたいに今の関係は変だと思っていたが、二乃に”こういう形でしか俺たちは関係を築いていけない”と気づかされた」
「そうですね。修学旅行中の二乃とあなたの会話だってもちろん裏で聞いていました。異論もありません。ただ、あなたが一つだけ見落としているようなので」
「見落とす?」
ここに来てまだ何かあるのだろうか。
「それが先ほどの話です。あなたはあなたなりに彼女達を知ろうとしているようですが、そもそも恋なんてものは”しよう”とするものじゃなくて、”なっている”ものです。そして他の子達はあなたに恋を”させよう”としているんですよ」
五月の言うことは正しいのだろう。
夏休みもそれなりに期間を彼女達と過ごしているわけだが、どいつらも一様にこちらとの距離を近づけようとしてきている。
ただ、それでもと思うところがあったから自分からも何かすべきなのではないかと実のところ思っていたし、今日だって律儀に花火大会に付き合った。
「あなたが持っている悩みは何となく想像が付きますが、もっと肩肘張らず楽にしてみたらいいんじゃないですか」
「だがそれだと、いつまでも答えを出せないだろ」
「いいじゃないですか、男の子なんですから、もっとどんと構えるくらいでいいのではないですか。『俺を惚れさせてみろ』ぐらいに」
「……腹の立つ野郎だな」
「ですね。自分で言っててもそう思いました」
くすっ、と五月は笑みを零した。
空では一時、花火が打ち上がるのが止んだ。
次の弾の装填と空中に滞留している煙を捌けさせるための休憩時間だ。
幸いなことに風は程よく吹いていた。
煙は雲と共に流れていき、徐々にいつもの夜空の顔色に戻って行く。
その中で雲に隠れていた月まで顔を覗かせてきた。
「でも、昔話にだってそういう人はいたじゃないですか」
「いたか……そんな野郎?」
「野郎じゃなくて、女の子ですけどね」
「かぐや姫か」
見えるようになった月を見て、風太郎の中で五月が言いたいものに結びついた。
説明不要のかぐや姫の伝説。その中にある、かぐや姫に求婚した五人の貴公子のことを指しているのだろう。
自分を振り向かせようとする彼女達と、かぐや姫に難題を吹っ掛けられた五人を重ねているのだろう。
とはいえ、性別は逆だし、難題を出したのだって昔話ではかぐや姫の方であって風太郎はそんな傲慢なことは言っていない。
細かいところで色々違うし、そもそも話題にするにしても少々突拍子が無いのではないかと思ってしまった。
「お前にしてはらしくないことを言うな。前に俺が夏目漱石の逸話を教えてやった時は意味がわからないみたいな顔してただろ」
「…………」
応答がなかった。
黙るようなことを言ったかと月から目を外して五月を見れば、月明かりに照らされていた彼女の顔は赤く染まり固まっていた。
「わ、私だって変わろうとしてるんです。あ、あなたが、あんな気を回した告白の仕方なんてするからには……私だって気の利いたことの一つくらい言おうかと……少しはこういった話についても調べたのです……!」
「……!」
もらい火のように自分の顔が熱くなった気がした。
五月が変わろうとしているのは、いつの頃だったか彼女自身も言っていた通り、自分達が似た者同士だからなのだろう。
五月だけが唯一、風太郎と同じ悩みを持っている。
好意を向けられている相手に応えようと、自分の心を変えようとしている。
風太郎の持っていた悩みに答えを提示できたのは、同じように考え、彼女が先に答えに辿りついたからというだけだった。
だけども、その論法で行くなら続く話を今度は我が身にかえりみて考えないといけない。
”恋はさせるもの”
風太郎が初めて、追われる側ではなく追う側とならなければならない。いまだ五月の真意はわからないが、好きでないなら好きにさせなければならない。
告白まで済ませているというのに、草食系だった自分にはなかった考えだった。
何か、何かしなければと、焦る気持ちが急に湧き上がった。
「い、五月……!」
「はい……!」
どこまで察したのか、ただ声が上ずってしまった風太郎の声に驚かせてしまったのか、五月まで動揺しながら返事をした。
そんな五月に向かって、何を思ったか。
「花火が終わった後も……どっか行くか……!?」
勢いで言ってしまった。
「……!」
五月からの返事はなかった。
ただ、表情だけは言葉はなくても様々な反応を返してくれて、驚きと、戸惑いと、恥ずかしさと……そして最後に困惑の色を見せた。
たっぷり数分は経っただろうか、その間一言も発さなかった五月が最初に返してくれた言葉は。
「お気持ちは嬉しいのですが、去年に続いて今年まで戻らず姿を消してしまえばお母さんを心配させてしまいます。あなただってらいはちゃんを連れて帰らなければいけませんし……ですから、また次の機会に」
フラれたとは思っていない。
ただ、意中の相手をお誘いするというのはこんなに勇気が必要で、断られた時には様々な推測を良くも悪くも立ててしまうのかと、嘆息を漏らさずにいられなかった。
日ごろの他の四人は日々をこんな想いで自分に接していたのかと思うと、普段の自分の態度が申し訳なく感じてしまった。
「おや、戻って来たのですか」
「お兄ちゃんたちおかえりー」
花火大会を終えて集合場所にしていた近くの公園へ五月と二人で向かうと、零奈とらいはが待っていた。
公園のど真ん中で火の点いた手持ち花火で遊びながら。
「……今日はそれ、絶対いらないやつですよね」
「まあ、私とらいはちゃんはそうですが」
やや呆れ顔で一応問う風太郎に、さも当然のように答える零奈。
続けて。
「てっきりあなたがたの方が何かトラブルでも起きて禄に花火も見れずに帰ってくるか、もしくはまた風太郎君一人だけになってくるかと」
「少しは自分の娘を信用してよお母さん!」
信用ゼロの物言いに間髪入れず口を挟む五月。
対して零奈、娘の反抗にふんふんとうなずくも即座に。
「でも五月に入れ替わってるじゃないですか。何があったのですか?」
と、何かあったのかの確認をすっ飛ばして、その中身に突っ込んで来た。
「お母さん!」
答えて堪るかと、再度大きな声を出す五月。
そんな親子のやり取りを眺めながら、風太郎はここ最近夏休みを中野家で過ごしている間に思い浮かんでいたことを今も思い出していた。
五月達の母親、零奈は一見クールで知的な女性かと思っていたが、その実態は天然なのではないか、と。