五つ子ミルフィーユ   作:真樹

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55_美味しさの秘訣①

『そういうことだから、今日は家庭教師に来なくて大丈夫だよ』

 

 夏休みも後半に差し掛かってきた頃、三玖から朝一で電話がかかってくるなりそんなことを言われた。

 曰く、いつも忙しくしていて家を不在にしがちなマルオが珍しく丸一日休みが取れたらしい。せっかく夏休みで日中から三玖もいるのだから家族三人で出掛けようという話になったのだとか。

 

「そうか、わかった」

『急でごめんね。お父さん、いつ帰ってくるかわからないから』

「気にすんな。最近はお前らに付きっきりだったしな、たまには羽を伸ばして自分の勉強に専念するさ」

『……それは羽を伸ばすって言うの……?』

 

 懐疑的な三玖の応答の後、別れの挨拶をしてから電話は切れた。

 スマホを置いてから部屋の隅に目をやった。

 布団などをしまっている襖には愛用のリュックサックがかけてあり、中には既に今日の分の教材が準備済みであった。

 

「まぁ、無駄になったわけじゃねえしな」

 

 誰に言うでもなく一人ごちると、風太郎はそのリュックサックに手を伸ばしチャックを開けた。

 分厚い紙束と一緒にしまわれていた筆記用具を取り出すと、普段勉強に使っているちゃぶ台へと置いた。

 有言実行とわざわざ言うほどのことではないが、どうせ今日も仕事をして終わりだと思っていた今日の予定を変更し自習に時間を使うことにする。

 腰を上げ、ちゃぶ台とは反対側の部屋の隅にある本棚から参考書と使いかけのノートを手に取る。

 再びちゃぶ台の前に戻ると腰を落とし、手にしていた本たちを置くと中を開いた。

 

(久しぶりに静かな一日を送れるな)

 

 最近の彼女達との日々だって決してつまらないものではないと風太郎も自覚はしていた。

 けれどもどの人格の番であったとしても一筋縄ではいかないし、何らかの出来事はおきている。だから今日のような大きな盛り上がりも特になく、ただ淡々と勉強をする日が来るのはいつぶりだろうと──

 

「おにいちゃんただいまー!」

「お、なんだ風太郎今日は出掛けねえのか? ならお前もじいちゃん家んところに墓参りに行くの付いて来いよ」

 

 前言撤回。そんな静かな日を送るのは”いつになるのだろうかと”、開いたばかりの参考書を閉じながら遠い積乱雲の空に想いを馳せた。

 

 

 

 

 

 実のところ上杉家の実家は結構近い。

 勇也の両親、つまり父方の実家は同じ地元にあり、公共の交通機関で少し田舎の方へ移動すればいつでも行けたりする。

 車ならばすぐなのだが、上杉家の財政状況は知っての通りであるところなので自家用車など当然のようにない。

 風太郎達は家族三人でえっちらおっちら都度金を払って向かう必要があったので時々顔を出す程度なのであった。

 そんな三人が電車を降り、バスへと乗り換えようとしたところであった。

 

「お父さんもお兄ちゃんも早く早く! バス行っちゃうよ!」

 

 電車を降りるなりホーム越しにバスが到着していることに気が付いたらいはが慌てたように大きな声を挙げた。

 急かすように手を振りながら飛び跳ね、その度に高すぎる位置でくくったポニーテールが大きく揺れた。

 

「マジかよ。それ逃したらシャレになんねえぞ!」

「くそっ、ついてねえ……!」

 

 男二人もバタバタとした足取りで電車を降りた。

 二人が下りた後で電車の扉はすぐに締まり次の駅に向かって発射して行った。それと同時に電光掲示板では直近のダイヤの表示が消え、自発の便の到着予定が繰り上がって表示された。

 新しく表示された到着予定時間は、予定のはずだというのにも関わらず現在時刻よりもニ十分ほど前の時間を示していた。

 と、いうのも実は風太郎達が電車に乗っている時に一度電車が止まったのであった。

 アナウンスが言うには進路上の駅で非常停止ボタンが押され、安全確認が必要だからとのことだった。何があったのか詳細までは分からないが、安全確認にしては長くニ十分ほど停車し続けたため到着もそのままずれ込んだというわけだった。

 三人は電車を降りた後も駆け足で改札を通るとバスの停車場まで走ろうとした。

 ただ。

 

「あぁ……!」

 

 らいはが物悲し気な声を挙げた。

 それと同時に無情にも視界の先ではバスの扉は閉まり、発車して行ってしまった。

 残された風太郎達は虚しくもバスのいない停車場まで歩み寄ると、運行情報の張り紙に目をやった。

 

「どうすんだよ……次のバス二時間後だぞ……」

「この熱い中でそんなに待ってたら熱中症になっちゃうよ!」

 

 風太郎とらいはがそれぞれの反応をし、勇也の方を見た。

 最終決定は任せたものの、風太郎的には正直、無駄になった電車代は手痛いが今日は出直したかった。

 何故ならば降りた駅の周辺には”無料で”涼めそうな場所というのがなかった。

 あったとしても喫茶店や飲食店ばかりで、入ったからには何か注文しなければならないようなところしかなかった。

 もしも次の便を待つと言おうものならバス停には屋根があるものの、屋外で二時間もの間ジッとしなければならない。らいはの言う通りバスが来るより倒れてしまう方が早いだろう。

 それは風太郎が頭が良いからとか関係なく、誰であってもすぐに分かることなので同じ結論に勇也も当然辿り着くだろうとは思っていた。

 

「しゃあねえな、歩くか」

「はっ!?」

「えー……」

「何、歩けば三十分くらいで着く距離だ。余裕余裕」

 

 言うなり風太郎とらいはの返事を待つことなく、歩道を歩き始める勇也。

 残された二人はその場に留まったまま一度、互いに顔を見合わせると。

 

「はぁ……」

 

 と、同時に溜息を吐き勇也の後へと続いて行った。

 

 

 

 

 

「ちょ、親父、タンマ……!」

 

 バスなら十分少々の道を三分の二ほど進んだ頃、風太郎は立ち止まり両手に手を乗せて俯いた。

 顔からは滝のような汗が流れていて、呼吸は全力疾走をした後のように荒かった。

 

「ったく、お前が一番にダウンかよ。貧弱なやつめ」

「お兄ちゃん後ちょっとだよー……」

「流石に、らいはより先なのはショックだが、無理なものは、無理……死ぬ……!」

 

 息も絶え絶えにふらつく足で道路の脇に移動すると、ちょうど目に入ったところで腰かけた。

 風太郎達が歩いている場所は山と川の中間にある麓の辺りを開拓し、舗装した道路であった。

 アスファルトの道路を左手に見れば土の斜面が広がっており、右手を見れば落ちないようにガードレールが設置されており、その先に少しの傾斜と川が見えた。

 川がある方の斜面はアスファルトの重さに耐えられるよう、斜面に沿ってコンクリートのブロックが敷かれて補強されており、時々川の方へ降りられるように石造りの階段が設けられていた。

 風太郎が座ったのはその階段の最上段だった。

 勇也は座り込んでしまった風太郎を眺めながら頭を掻いた。

 

「参ったな、休憩ったって日陰もねえし、ジッとしてても体力無くなるばかりだぞ」

「あ、お父さん向こうに自販機が見えるよ!」

 

 進もうとしていた道の先を指さしていたらいはに従い、先の方を見やると確かに赤い四角形の設置物が見えた。

 眉を八の字にして困っていた勇也だったが、一転して目を輝かせた。

 

「でかしたぞらいは! おい風太郎! 仕方ねえから冷たいもん買ってきてやる。そこから動くんじゃねえぞ!」

「動きたくても、動けねえよ……」

「らいはもこい! 好きなもん買ってやる!」

「わーい!」

 

 一体どこにまだそれだけの体力が残っていたのかと聞きたくなるような全速力で駆け出す勇也とらいは。

 それを見送っていた風太郎だが、顔を上げているのもしんどくなるすぐに視線を足元へと落とした。

 駆け足の音が遠ざかっていくと急に静かになった気がした。

 自然も多いはずだというのに、セミの声も遠くでしかなっていない気がした。

 一粒、また一粒と顔から浮き出た脂汗が鼻の先に集まり、石階段の上に落ちると染みを作った。

 

(あーこれ、やべえかも……)

 

 やっぱり歩くべきじゃなかったと、そう後悔した。

 

「フータロー?」

「……え?」

 

 勇也でも、らいはでもない知った声がした気がした。

 声がした方に顔を上げて見れば、階段の数段下で三玖がこちらを見上げるようにして見ていた。

 

「三玖……?」

「なんでフータローがここにいるの?」

「なんでって、俺は、実家に……お前の方こそ、なんで────」

「フータロー!?」

 

 暑さのあまり幻覚でも見たのかと、幻覚だったらどうして三玖が出てくるのだろうかと、そんな今すべきではないとりとめのないことを考えている間に、風太郎の視界は暗転した。

 

 

 

 

 

「まさか零奈先生たちがうちの実家の近くにバーベキューをしに来ているとは、知りませんでしたよ」

「そういえばお父さんの実家がこの辺りにあるのでしたね。昔、上杉君の担任をしていた頃、生徒の情報にあったのを忘れていました。一声かければよかったです」

「いやいや、もう二十年近くも前の話じゃないっすか。気にしないでください」

 

 意識が戻ってくると、すぐさま賑やかな(主に勇也の)声が聞こえて来た。

 

「うん……」

「フータロー、起きた?」

「ここは……三玖……?」

 

 状況がいまいち読めず、浮かんだ疑問がそのまま口から洩れた。

 その間も意識はハッキリとしていき、額に冷たい感触と、それと同時に後頭部に柔らかな感触があることに気が付いた。

 ようやくぼやけた視界も見えるようになると、覗き込む三玖と目が合った。三玖の顔の後ろでは青い空が見えた。

 

「────!」

「あ、待って、まだじっとしてた方がいいよ……!」

 

 三玖の静止も聞かずに風太郎は勢いよく頭を上げた。

 頭だけでなく仰向けに寝ていたらしい体もとりあえず上半身を上げると、腰の辺りで固い感触がした。

 どうやら川沿いの石の地面にレジャーシートを敷いているだけの場所で寝ていたらしい。

 固い感触はでこぼこした石の地面のものだった。

 

「お兄ちゃん起きた! お父さーん! お兄ちゃん起きたよー!」

「やっと起きたか、このねぼすけ」

「おはようございます。風太郎君」

「…………」

「ご加減はいかがでしょうか、上杉様」

 

 視線の先、らいはが声を挙げた先を見ると勇也だけではなく零奈とマルオ、それにいつだったか会ったことがあったと思われるマルオの秘書の江端がいた。

 それぞれがこちらを気遣うように目を向けてきており、その集中する視線を受け止めながら風太郎は後ろを振り返った。

 そこにはやはり三玖がいて。

 

「幻覚じゃなかったのか……」

「何の話?」

「何でもない。気のせいだ……いや、気のせいじゃなかったって言った方が正しいか」

「よく分からないんだけど……」

「どうでもいい話だ、気にするな」

 

 ようやく状況が理解でき初めてきた。

 どうやら自分は熱中症の一歩手前だったらしい。額の冷たい感触も看病してくれた三玖が張ってくれたらしい冷えピタだったかと、今ではかなりぬるくなっているそれを剥がして確かめた。

 風太郎はレジャーシートの上で立ち上がると、看病している間に脱がされていたらしいシート横に揃えて置かれていた自分の靴をもう一度履き、マルオの方へと向かった。

 近くまで行くと、あちらも自分を見ていることを確認してから頭を軽く下げた。

 

「ご迷惑をおかけしました。今日は家族ででかける大切な日だと三玖から聞いています。それを邪魔してしまったみたいで────」

「気にしないでくれたまえ。僕は医者としてすべきことをしただけだよ。それよりも、お礼を言うのなら僕より先に言うべき相手がいるんじゃないかと思うのだがね」

「先に?」

「あなたの体調が危ないと教えてくれたのは三玖なのですよ」

 

 補足するように零奈が言ってくれたおかげで、風太郎も自分が意識を失った後の出来事におおよその予想が立った。

 恐らく階段で出会った時、意識を失った風太郎を見て慌てて三玖はマルオの元へ駆けて行ったのだろう。

 付け加えるとこの場には上杉家と中野家の面々、それと付け加えるなら江端くらいしかいない辺り救急への連絡も必要ないとマルオが判断したと見える。

 現地に医者がいることのなんと心強いことか。

 マルオに言われ風太郎は三玖へと振り返った。

 

「お前にも迷惑をかけたな。助かった」

「ううん、大事にならなくてよかった。それに、今日は会えないと思ってたから……むしろ嬉しい」

 

 礼に対し三玖は恩に着せるような態度などおくびに出さず、それよりも言葉通り心底嬉しそうに両手を合わせると口元へと寄せて微笑した。

 

「へえ、風太郎のやつ隅に置けねえな」

「お兄ちゃんってばいつの間に……!」

「これはまったく、いよいよがあるかもしれませんね」

「あの、零奈さん、僕たちは女の子の親としてもう少し緊張感を持った方が良いと思うのです……」

 

 外野がうるさかった。

 最後の零奈への物言いはマルオによるものだったのだが、普段感じる様な余裕からにじみ出る高圧さといった雰囲気などかけらもなく、おずおずと言葉を発しているところを見ると中野家での序列が伺い知れる。

 そんな連中一行など意に返さず、というか三玖は三玖で自分の世界に入り込んでるおかげで単純に気が付いていないのか、とにかく動じる様子など微塵も見せずに手を合わせたままでいたが、おもむろに何か思いついたような顔をした。

 

「そうだ。フータロー達も良かったらお肉食べていきなよ」

「いや、悪いだろ。助けてもらった上に飯までいただいちまうなんて……それに食材費を出せる金だってねえし」

「うちは構いませんよ」

「お金も気にしないでくれたまえ」

 

 間髪入れずこちらの遠慮を叩き潰してくる三玖母と三玖父。あんたらマジで我が家との距離近すぎないか? 

 

「それに食材だって足りないだろ」

 

 恐らく想定では中野家三人に加えて江端の四人分程度を用意していると思われる。

 そこへ大の男二人と女子中学生ひとりとなれば、多少余裕を持って買っていたとしても足りなくなること必至だろう。

 

「それなら大丈夫」

 

 大丈夫らしかった。

 

「万が一ここで五月に入れ替わってもお腹いっぱいにさせてあげられるくらいには買ってあるから」

「それって俺たち三人分と五月の食事量が同じって意味か?」

 

 単純計算で五月の胃袋は一般人の2.5倍ほどだろうか。フードファイターも夢ではない。

 いや、それよりも。

 

「入れ替わったところで胃袋の大きさは変わらないだろ。性格によって個人差はあるかもしれねえ食べれる量はお前と大差変わんないだろ?」

「そういう話はお父さんに」

「上杉君の言うことも間違ってはいないが、満腹と感じるかどうかには脳も関係しているんだ。五月君の場合は他の子よりも満腹と感じるまでのしきい値が高いのかもしれないね」

「……解説をどうも」

 

 くそう、強い。

 非常に分かりやすい解説だった。

 分かりやすいおかげで掘り下げるべきではないのかもしれないが、気になることも出て来た。

 

「五月が食事してる時に他の奴らの限界を超える量を食った場合、裏のこいつらはどうなるんです? 確か全部の感覚を共有しているんでしょう?」

「そういう話は三玖君本人に」

 

 たらい回しが過ぎる。

 

「裏にいる時だけは五月と同じくらいのタイミングまでお腹いっぱいにならないかな。途中の段階でもう普段自分で食べてる時より多くなってるはずなんだけど」

「どういう仕組みなんだよ」

「そういう細かいところが未解明だから、治すのが難しいんだって」

 

 いわば人体の神秘として医者も匙を投げているということらしい。

 考えられる可能性とすれば、五月が表に出ている間は脳も五月の担当をしている部分が活性化しているといったところだろうか。人間の脳は五感や演算能力など機能によって脳が働く部位もある程度決まっているらしく、彼女達はその部位ごとに五等分に担当が分かれているとか……などと医者でさえ結論を出せないことに対して、何も根拠のない推測を立てていることに気が付いた風太郎はそこで考えるのをやめた。

 

「とにかく、そういうことだから食べ物の心配はしないで。フータロー達さえよければ一緒にいてほしいだけだから」

「……どうする、親父」

 

 いい加減断る理由も見つからなくなってきた風太郎は助けを求めるように勇也を見た。

 ぶっちゃけ風太郎もご相伴に預かることは自体はやぶさかではないのだが、たまの中野家の家族団欒を邪魔することに申し訳なさが多少あることと、上杉家の実家に帰るという先の予定があることが一応ひっかかっていた。

 だからバスの時同様、一応は家長の顔を立てるべく返事を貰おうとしたところ。

 

「────そういうわけだからメシは夕飯だけでいいわ。夜までには着くからよ、じゃ。今じいちゃん達には連絡して到着遅くなるって伝えといたわ」

「少しは悩めよ!?」

 

 さっきから自分の世間付き合いの常識が中々通用しないのも、熱中症が原因かと頭がまた熱くなる気がしたフータローであった。

 




コミケ行ってきます。ごとよめの新刊楽しみすぎる。(そのうちこの後書きは消します)
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