五つ子ミルフィーユ   作:真樹

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56_美味しさの秘訣②

 バーベキューが始まったのはそれからすぐのことだった。

 レジャーシートでひとり座っている風太郎の視線の先、少し離れた石場に設置されたコンロを他の面々が取り囲んでいた。

 輪の中心で肉を焼いているのは三玖だった。調理の担当は女性たち、その他の機材の準備や片づけは男性たちが行うという分担になっているのである。

 調理は初め、零奈がひとりで全てを担当する予定だったのだが、分担決めをしている時にらいはが零奈を手伝うと言い出し、更に三玖も便乗したという流れだった。

 らいはが申し出た時には本心から助かると言っていた零奈だったが、実の娘のはずの三玖が言い出した時は何故か眉をひきつらせていた。

 とはいえ結局のところコンロは一基しかないので、炎天下の中長時間火の近くにいるのも危険ということで三人で交代交代でローテーションをしているという具合だった。

 

(いい匂いがしてきたな……)

 

 熱された油が発する香ばしい匂いが鼻孔をくすぐる。

 あまり食欲は無い方なのだが、それでも多少は空きっ腹であることと普段は中々ありつけない肉の匂いに男子としてはどうしても反応してしまう。

 同時に、早速焼けた肉が配られ始めた。

 勇也などは皿に乗せられるなり日陰で涼んでるこちらなど見もしないでがっつき始めている。

 他の面々にも肉が行きわたった後、最後に盛り付けをした皿を持った三玖が輪の中から出てきてこちらに来た。

 

「お待たせ、はいこれ。フータローの分」

 

 風太郎の前で屈んだ三玖が肉が盛り付けられた皿をシートの上に置いた。

 紙皿に乗せられた肉は火から離したばかりだとわかるほど、表面の油が今でもパチパチと音を立てて小さくはじけていた。

 三玖はそれから風太郎の顔を覗き込んで来る。

 

「体調は大丈夫?」

「まだ体力が戻り切らない感じはあるが、平気だ」

 

 風太郎が一人レジャーシートでジッとしているのは先ほどまで熱中症一歩手前でダウンしたのが原因だった。

 だから食欲がないのも恐らくはまだ本調子だからではないのだろう。

 三玖が置いた皿を見れば肉は結構な量が乗せられていた。流石にこれは食べきれないのではないかと思ったところで。

 

「隣いい? 一緒に食べよ」

「いいが……つーかお前の分も込みでこの量ってことか」

「そうだけど、足りない?」

「いや、それならむしろぴったりなぐらいだ」

「そ」

 

 三玖もサンダルを脱ぐと風太郎の横に並ぶようにして腰を落とした。

 座り終えてからまだ持ったままだった割られていない割り箸をこちらに「はい」と渡してきた。

 

「いただきます」

「……いただきます」

 

 一度手を合わせてから三玖は割り箸を割ると早速肉をつまんだ。

 風太郎も同じようにし、最初の一口を頬張るとよく焼かれた肉の油が口の中にしみ出した。

 

「うま……」

 

 思わず口から漏れた感想だった。

 恐らく肉は普段風太郎が口にするものよりも上等なものなのだろう。日ごろはらいはの魔術的な料理の腕前でゴムのような弾性を持った肉ですら美味しく仕上げてくれているが、今食べた肉は根本的にモノが違う感じがした。

 加えてロケーションもスパイスとして一役買っているだろう。夏の日照りの中、川のせせらぎと遠くで聞こえる家族達の団欒の声を耳にしながらの食事は、まさに夏のイベントといった感じだった。

 惜しむらくは焼き加減だろうか。少々焦げが多い気がしたが、その程度は些末な問題で風太郎なら気づかない程度であった。

 だというのに、不安げな面持ちで感想に三玖は反応した。

 

「本当?」

「ああ、まあ……別に嘘つく理由ないだろ」

「そうだけど……」

「本当に上手い。嘘じゃねえぞ」

 

 言いながら風太郎は続けざまにもう一口頬張った。

 言われ、三玖は口角を上げた。

 

「最近、家でもよく料理するんだ」

「へえ。お前の家で出されたことなかったが」

「お母さんに止められてるの。『実験台は私だけにしてください』って」

 

 それで三玖が料理したいと言い出した時にあんな顔をしたのか。

 それにしたって実験台という言い方をするとは……

 

「日ごろのは知らねえが下手じゃないと思うがな、別に」

「そうだよね」

 

 まあ、自分の場合は日ごろの食生活のせいで味覚の判定がウマイとマズイしかなく、中間の普通が無い上に大体がウマイ判定になるのは黙っておいた方がいいのだろう。

 

「最近って始めた言ってたな。キッカケか何かあったのか?」

「私、少し前にケーキ屋でバイトしてたことがあったでしょ。その時に気づいたの。私、どうやら作るのは好きみたい」

「あの店か」

 

 春頃に三玖のバイト先で出くわしたことがそういえばあった。

 

「つーかお前、バイトしてる余裕なんてないだろ。勉強しろ」

「大丈夫。今はもう辞めてるから」

「は?」

 

 それは初耳だった。

 思い返してみれば始めた時だって特に連絡をもらったわけではなく、出先で偶然見かけたばかりなのだから辞めた時だって連絡する義理はないのだが、それにしたってこんなにも早いのは三玖の性格から考えると少々意外だった。

 

「元々買いたいものがあったから始めただけだし、続けるにしても他の子達にも協力してもらわないといけないから、私のわがままで続けるのは難しくて」

「お前の場合は、確かにそうだな……」

 

 買いたいもののためにバイトを始めることは三玖のわがままじゃなかったのだろうかと頭を過ったものの、そのお金の使い道が風太郎のためであることを考えると指摘できなかった。

 確か、風太郎の誕生日プレゼントを買ってくれたのだった。

 すると、三玖もまた何か思い出したかのように。

 

「そういえばアロマは使ってくれたの?」

「え?」

「”え”じゃなくて。あげたでしょ。誕生日プレゼント」

「!」

 

 ちょうどまさしくそのことを考えていたはずなのだが、それでもアロマと言われてこの男はピンと来ていなかった。

 プレゼントの”中身”を改めて思い返してみれば『そういえば蝋燭のようなものを貰った気がする』程度の記憶しかない。

 

「あーアロマな良いよなアロマ。ふんふんアロマね。中々明るかったぜアロマ」

「絶対使い方わかってないじゃん」

 

(蝋燭に火をつける以外の使い道あるのか……!?)

 

「今度使い方教えてあげるからちゃんと使ってね」

「待て、確かに使い方は間違ってたかもしれないが使わなかったわけじゃ────」

「使ったのにアロマがどんなものかわからなかったの……!?」

「悪い、使ってない……」

 

 未だかつてないほどドン引きする目で見てくる三玖に風太郎は正直に白状した。

 せっかくのプレゼントを使って貰えてないことに加えて、嘘までつかれた三玖は頬を少し膨らませた。

 

「せっかく買ってあげたのに……二乃に怒られるよ」

「二乃? なんであいつの名前が出るんだよ?」

「あれを選んだのは二乃だから」

 

 せっかくだからというわけではないが三玖は誕生日プレゼントを買うまでの経緯を教えてくれた。

 元々プレゼントを買いたいと言い出したのは三玖で間違いないのだが、いかんせん時限的な余裕がなかったのだという。

 風太郎の誕生日は4月15日。プレゼントを買おうと思い立ったのは新学期が始まってからだから、つまり四月の上旬ということになる。

 誕生日当日は全国模試だったことに加えて、とにもかくにも給料をもらえるだけの日数が足らなかったので風太郎にプレゼントを渡したのは少し遅れてのころだった。

 高校生のバイト代でおよそ二週間ほどの分となれば、買いたいものを全て買うにしては少々心もとない。

 そこでそれぞれ贈りたいものをリストアップしておき、後の実際に何を買うかは買い物当日の当番に委ねたということであった。

 

「それであのロウソクか」

「アロマ」

「あ、ああ……アロマな……ちなみにもしも他の奴らだった場合はどうだったんだ?」

「フータロー……」

 

 三玖は風太郎の問いに答えるのではなく、ひとことそう呟くとジトっとした目を向けた。

 

「なんだよ……」

「そういうことは言わない方がいい。二乃が怒る」

「なんで……」

「フータローは五月にプレゼントを贈った後で五月から『他にはどんな候補があったのですか?』って言われたらどう思う?」

「……贈ったやつは気に入らなかったのかと不安になるな……」

「そういうこと」

 

 三玖はそう言い終えたきり、結局風太郎の質問には答えなかった。

 その代わりに。

 

「フータローももっと恰好良くならないとだよ」

「なんだよそれ」

「五月にフータローのこと、好きになってもらいたいんでしょ」

「……!」

 

 予想外の一言に、風太郎の心臓が高く跳ね上がった。

 どうして三玖がそんなことを、というか五月と自分のことを知っているんだと思いかけ、即座に彼女達は常に相互監視の状態にあることを思い出す。

 少しでも五月と惚気ようものならそれは他の四人に見られているということになるのだ。

 それはつまり。

 

「花火大会の日、見てたよ。五月ともいい感じみたいだね」

「それは、その……」

「なんで恥ずかしがってるの。初めから分かっててやってたんじゃないの?」

「あの時はどういうわけか、そのことが頭から抜けてた」

「ふーん」

「なんだよ……」

 

 話している間、風太郎の視線は徐々に地面へと落ちていた。

 恥ずかしさのあまり最後の三玖からの意味ありげな呟きを聞いた時など、顔を全く見れなくなっていた。

 恐る恐る、それでもどういう意図での一言なのかと三玖の顔を伺うようにして見ると。

 

「本当に五月のこと好きなんだね」

 

 三玖はからかうような風にして、笑っていた。

 

「くそっ……まさかお前らのうちの誰かからこういう話で逆に馬鹿にされる日が来るとはな……」

 

 三玖達と出会う前など、自分が恋愛をすることなど絶対にないと思っていたというのに。

 人生とは何があるか分からないものだと妙に達観したことが頭に過った。

 

「てかお前はいいのかよ」

「いいって?」

「その、他のやつらとのことを見せられて思うことがあったりとか……」

 

 例えば修学旅行の時の二乃や四葉のように。

 

「だって私、まだフータローのこと好きじゃないし」

「……そーかよ」

 

 三玖から風太郎に対して”あなたはただのお友達”と言われるのはこれが初めてではないが、それでも少しの寂しさのようなものを風太郎は感じた。

 

「私が皆みたいになれるのって、いつになるんだろうね」

「さあな」

 

 皆みたい、というのはどうしたら風太郎のことを好きになれるのだろうか、ということだろう。

 そんなことは風太郎だって知りたかった。

 女性はどうやったら人のことを好きになるか、そんな心理学めいたことを調べるために本を読んだこともあったが、往々にしてそういったテキストにはこれだといった正解は書いていなかった。

 

「きっとみんなと同じみたいになったら苦しいんだろうけど、そうしないと皆が幸せになれないから」

「苦しい……?」

 

 三玖の言葉に一つ、ひっかかりを覚えた。

 疑問気な声を挙げた風太郎に対して、その様子に気が付いた三玖はクスリと笑みを零し。

 

「後、私の幸せのためにも、だよね。フータローが教えてくれた」

「違う、そうじゃない」

 

 三玖の言っていることは正しい。多重人格の彼女達が幸せになるためには、全員が幸せにならなければならない。それは今まで散々話してきたことで、今更掘り返すまでもない話。

 風太郎が気になったのは三玖の発言の中のもっと最初の部分の、単なる言い回しのところでだった。

 

「他の奴らみたいになったら苦しいって言ってどういうことだ?」

「どうって……だって皆、自分以外の子がフータローと仲良くしているところを見てヤキモチを焼いてる。その気持ちはいずれ私達自身が解決していかないといけない感情なんだろうけど、そもそも私はそのスタートラインにすら立ててないから」

 

 それはつまり。

 

「恋をするってどういうことかまだわからないけど、ヤキモチもできないようじゃ恋とは呼べないよね?」

「────」

 

 ずっと疑問だったことがある。

 最近になってようやく自分の気持ちを変えようとし始めた五月だけでなく、誰よりも早く答えに辿りついた三玖がどうしていつまでも自分の気持ちを変えられないでいるのか。

 恋の仕方に正解などないのは理解している。

 だからきっと三玖の場合は時間がかかると、そういうものだろうと決めつけていた。

 もし、もっと別の形で三玖と出会えていたのであれば本当は彼女の気持ちはもっとスムーズに化学反応を起こしていたかもしれない。

 誰よりも早く答えに辿り着いたように、誰よりも早く恋をしていたかもしれない。

 そんな三玖がいつまでも自らのことを『恋をしていない』と断言できてしまうことは、むしろおかしいことだったのかもしれない。

 冷静に考えればそうだ。普通、人間は自分の気持ちだって百パーセント理解できていないほうが自然なのだ。

 考えられるとしたら、それは三玖の中で一つの基準ができてしまっているという可能性。

 

(仮に、もしも三玖がそうだとしたら……)

 

 三玖がこんな勘違いをしてしまっているのは、きっと三玖が誰よりも答えを出すのが早かったものの、恋をしたのは一番ではなかったから。

 自分の気持ちを知るより先に、何よりも自分に近しい存在である”他人格達の恋の仕方”を知ってしまったから、自分達にとっての恋とはそういうものだと誤解をしてしまった。

 

「三玖」

「何?」

「教えてほしいんだが……」

 

 話しながら風太郎は自分でも驚くほどに言葉を選んで次に話す内容を探した。

 それを訊くということは、下手をすればまた自意識過剰と言われてしまうかもしれないから。

 

「……お前は俺といる時、どう感じてるんだ?」

「質問の意味が分からないんだけど……」

「例えば修学旅行の時、そばには武田達もいただろ。あ、あいつらと一緒にいる時、俺といる時で何か違ってたりとか……」

「それは……」

 

 三玖は一度言葉を切った。思い出すように上を向き、日傘の内側を見つめた。

 顎に指を当て、ほんの数秒だが思案をすると。

 

「全然違うよ。フータローといる方が楽しいし、一緒にいたいと思う時間も多かった」

「……!」

「美味しいご飯を一緒に食べたいし、私が作ったご飯を美味しいとも言ってもらいたい。二乃が言ってたみたいに、フータローのこと、もっと知って見た────」

 

 再び、三玖の言葉が途切れた。

 今度は思案するためものではなかった。

 視線は上ではなく、横にいる風太郎を見つめ、瞼は大きく見開かれていた。

 

「…………うそ」

 

 まん丸の目がこちらをたっぷりと数秒、見つめ続けてきた。

 直後。

 

「────!」

 

 ボンッ、という爆発のような音が聞こえた”気”がした。

 肩を跳ねあがらせて、顔色は見る間に赤くしていく。

 それと同時に、三玖の瞼が高揚とは相反するようにとろんと落ちようとし────

 

「待て! まだ入れ替わるな!」

「……フータ、ロー……?」

 

 風太郎は”まだ”三玖の肩を掴んだ。

 抗えない眠気に飲まれゆく中、ぼんやりとした声でこちらの名前を呼ぶ三玖。

 その三玖に対して、風太郎は早口で伝えた。

 

「やっぱりお前はすげえ奴だ。尊敬する。お前がいなかったら俺はここまでたどり着けなかった。だから────」

「じゃあ」

 

 ゆっくりと、風太郎の鼻先に三玖の指先が伸びた。

 

「次はフータローの番、だよ」

「……!」

 

 そう言って三玖は微笑んだ後、瞼を閉じた。

 その三玖に向けて。

 

「ああ」

 

 と、入れ替わりのほんの一瞬。意識が途切れているだろう三玖に向けて風太郎は応えた。

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