風太郎が中野家を訪問すると既にマルオ、零奈、五月の三人に加えて下田の四人が待っていた。
零奈は風太郎を玄関で迎えた後キッチンに向かい、残る面々はダイニングテーブルがある方に座っていた。
重苦しい空気がリビングに滞留していることに風太郎はすぐに気が付いた。ただそれでも呼び出されている以上、促されるまま中に入ると下田の隣の席に座った。
座ると同時、キッチンから戻ってきた零奈が湯呑を置いてきた。中身はいつものような麦茶ではなく、侘びの香りがする緑茶だった。
配膳を終えた零奈も着席したところで下田が口を開く。
「それじゃあ始めようぜマルオ。ただの業務連絡だったら電話なりなんなりで済むところをこうして呼び出してきたんだ。ただ呑気にお茶会をしようってわけでもねえんだろ?」
「その通りだ」
「まあ、お前が茶なんて誘ってきたらそれはそれでただ事じゃねえけどな」
「……」
軽口をたたいて見せる下田に、その口ぶりからしてあまり事情を知らないのだな、と風太郎は観察した。
自分の場合、事前に武田やらいはから断片的な話を聞かされていたから、話の全容は見えずともある程度の予測は立っていた。
「まずはこれを見てほしい」
マルオはそう言うと、机の陰で見えなかったが椅子の脇に置いてあったらしい鞄から雑誌を取り出して机の上に置いた。
家でらいはに見せられたものと同じものだった。
雑誌には中身の部分に一つだけ付箋が貼られている。
下田は置かれた雑誌を手に取ると、軽く目を通しながらぱらぱらと捲っていき、付箋が貼られたページが開かれると捲る手を止めた。
「見てほしいってのはここか?」
「ああ」
「ただの映画の宣伝にしか見えねえけどよ、これがなんだってんだ?」
「インタビューの一つに怪我の治療を終えて撮影に臨んだというものがあるだろう」
「ちっと待て…………あるな。今川義子って役者のやつか」
「その子に怪我を負わせてしまったのは一花君なんだ」
瞬間、風太郎は息を呑み、膝の上に置いていた手をぐっと握りしめた。
同時にかつての、まだ一花の性格が荒んでいた時期の彼女の顔が脳裏で蘇った。
(事実なのか……!)
ここに来る前にインターネットで一花に対する誹謗中傷の投稿を目にしていた。
当時の一花ならやりかねない。そうは思うものの、それらの投稿のいずれも根拠となる情報源の提示がないことから、ゴシップが好きな連中がでっち上げた根も葉もない噂だと心のどこかで思いたがっていた。
風太郎とは真逆に、マルオの告げた内容に懐疑的な表情を浮かべる下田。
「待てよ、ここには事故って書いてあんぞ」
再読し終えた下田は顔を上げると、例のインタビューの箇所を指さした。
「そう話してもらえるように示談にしたからだ。相手の子には詳細は明かさないように頼んでいる」
「そんなの初耳だぞ、おい……何があったかもうちょっと詳しく話せ」
下田がそう言うと、マルオは事故の経緯をとうとうと話し出した。まるでこれが初めてではないかのような淀みのなさは、いっそ実は台本か何かがあって、マルオはそれを読み上げているだけのドッキリか何かであってほしいと思うほどにその内容は衝撃的なものだった。
去年の夏、まだ一花が今の学校に転校する前のころに撮影現場で起こした事故。怪我をさせること自体は決して故意ではなかったにせよ、原因は言い逃れのしようがないほど一花にあるその話を聞き終えた下田は、頭の中を整理しようと背もたれに体重をかけると額に手を当てた。
「確かにあの頃の一花ちゃんは荒れてたが、やんちゃしすぎだろ」
「思ったより驚かないのですね」
意外そうに言う零奈。
「まあ学生の頃の喧嘩なんて私らが同じ年の頃は日常茶飯事でしたから」
「それはあなたの周りだけです。あなたや上杉君が起こしたトラブルにどれだけ私が頭を下げて回ったか……ああ、風太郎君。今のはあなたのお父さんの話です」
「……分かってます」
生まれてこの方暴力など振るったことがない……とは小学生のころの自分を思い返すと言えないものの、高校でそういったトラブルは起こしたことがない風太郎ははなから自分のこととは思っていなかった。
「本当に、何度あなた達を見放そうかと思ったことか……」
「いっそ見放してくれたらあのクソ痛いゲンコツを何発も喰らわずに済んだんですかね」
「まだ足らなかったですか?」
「すんませんした、十分です」
いつの間にやら出していた手を零奈は引っ込めた。
「あの、下田さんはこのことを知らなかったんですか?」
神妙だった雰囲気が多少和らいだのを感じる中、話し易くなった空気に乗じて風太郎も下田に訊いてみた。
聞いた内容によると事故が起きたのは転校の直前とのこと。風太郎は転校後からの家庭教師だが、下田はもっと前から一花達と関わっていたはずだ。
このことを知らないことの方がむしろ意外だった。
「知らねえな。確かに転校の話が出た時、こいつがガラにもなく転校の理由を言い淀んだのが引っかかったけどよ。てっきりイジメを受けてたとか、もっと内向きな話かと思って聞けなかったんだよ」
こいつ、と下田に指さされたマルオは目を伏せた。
確かにこんなことを他人に話したくないという気持ちはわかならないでもない。特に自分の友人であり、娘の家庭教師である下田を相手であるならばだ。
立場上話しておくべきだったかもしれないが、話したいと思うかどうかは別問題だろう。
そこまで考えて、ふと思い至ったことがあった。
「もしかして、俺が家庭教師を始める時に色々と話してくれなかったのもこれが原因なんですか?」
「……そうです、すみません」
風太郎の呟きに近い疑問に応えたのは零奈だった。
「今となっては言い訳となってしまいますが、あの当時は私達も一花を守ることに必死だったのです。家庭教師であると同時にクラスメイトでもあるあなたに話し過ぎて事故のことを知られてしまえば、転校した意味がなくなってしまいますから。そのせいで必要以上に伝えるべきことを伝えず風太郎君に苦労をさせてしまったのは本当に申し訳なく思っています」
懺悔に近い説明を終えてから零奈は頭を下げた。続くようにマルオと五月も少しだけ下げた。
慌てて手を左右に振る風太郎。
「よしてください。もう終わった話です。それに今はちゃんとしてくれてるじゃないですか」
「それも下田さんに叱られてしまったからです。同じ教育者として、恥じ入るばかりです」
「……私こそ、事情も知らずに言い過ぎました。すみません」
今も背もたれに身を預けている下田は、腕を組んだ姿勢のままであったが少しだけ声のトーンを落としてそう言った。
気まずそうに視線を泳がせた下田は雑誌に目を留めた。
「話を戻そうぜマルオ。結局のところ一花ちゃんがやらかした事故の時、役者の子とした約束とやらも守ってくれてるじゃねえか。問題がねえってわけじゃないが、私からすればもうこれ以上の話はないように見えるぜ。まだ続きがあるんだろ?」
「実は最近、ネットではこの事故の真相に近い話が出回っているらしいんだ」
「誰かが話を漏らしたってことか?」
「いや、一花君の事務所が抱えている弁護士が調べてくれた結果を共有してもらったが、どうやら話の出所は根も葉もない噂からとのことだ」
「その単なる噂が”たまたま”真実だったってわけか。運がねえな」
落胆するように息を吐く下田。
風太郎も最近スマートホンを持つようになったからソーシャルネットワークの恐ろしさの片鱗程度は知っていた。
インターネットの存在が身近な存在となった現代人にとって、SNS上でマジョリティとなってしまった話題というものは得てして真相などそっちのけで真実として知られてしまうことが少なからずある。
洪水のように常に次から次へと新しいニュースが流れてくる情報過多のネット社会だから、ニュースを目にした人々が自分の手で事実かどうか一つひとつ検証するよりも、流れに身を任せてしまった方が遥かに楽だからだ。
そして流された結果、同調圧力に対する免疫のない彼らは誤った情報さえ鵜呑みにしてしまい、時として”空は青いもの”といったような常識さえも覆ることがある。
厄介なのはそういった強い圧力を持つ話題の出所というのが実は個人の軽率な発言が原因の場合もあることだ。100万人のフォロワーがいる個人が一度誤った情報を発信しただけで、翌日には100万人が嘘の情報を新事実だと主張する状況ができあがるというわけだ。
無論、現実の話をすれば出回った虚偽のニュースに対してファクトチェックをする者や、発信源となる個人に反発的意見を持つ者の妨害によって拡散力は多少なだらかとなるだろうが、それでもあなどることはできない。
現にマルオがしようとしている話は、そういった圧力の影響を受けてしまった結果についてなのだろう。
「すでに噂は噂の域を超えて実影響を及ぼしていてね、学校では五月君の処遇をどうするか結論も出ている」
「…………」
五月は自分の名前が出た時も動かなかった。
これまで一花の過去の話をしているところから、急に五月のこれからのことへと話が移ったわけだが、この話の流れすらも承知の上なのだろう。
「結論から言えば、五月君の退学処分を今日、理事長から言い渡された」
「クッソ……噂ごときで退学とか正気で言ってんのかあのデブ……!」
下田が天を仰いで呪詛を吐いた。
理事長の外見的特徴を知っているということは面識があるのだろうか。
驚きが抜けきらないように頭を抑えながらも、マルオを再び見る下田。
「オメーはそれに納得してすごすご帰ってきたのかよ!? 娘の人生の瀬戸際だぞ。ちったぁ根性見せろよ!?」
「もちろん言われるがままになどしていない。一つ、退学を回避するための条件を設けてもらった」
「聞かせてみろ」
「五月君に対する今回の判断は学校での評価を総合したものとのことだ。この子の障害に対する特例対応にかかる学校側の負担や、成績、内申など」
「つまりあれか、学校側が五月ちゃんを受け入れられるキャパが今回の噂で溢れたってことか?」
「そうだ」
「ならそれをまた溢れない程度にすればいいってこったな?」
「そうだ」
風太郎が事前に聞いていた話としても情報は出揃った。
現状、五月が学校に迷惑をかけていることは三つ。健常者の中に混じるという特例対応、成績不良、そして傷害事件を起こしたかのように囁かれている素行に対する不信。
この中で即刻どうにかできるものがあるとすれば一つしかない。
そして今この場に風太郎と下田の二人が呼び出されていることが、その一つが正しいことを何より証明している。
「来月、五月君に対して臨時の実力テストが行われることになった。そこで赤点を回避できればひとまず退学の話は保留となる」
「……なるほどな。お役御免の話じゃなかったってことにだけは一安心か?」
「ただ今のままだと時間的に少し余裕が出たってだけですよ」
一安心した下田に釘をさす風太郎。
分かっているというように薄く目を空けると、下田がこちらを見てくる。
「実際五月ちゃんの実力って今どんくらいなんだ? 君は夏休みつきっきりだったんだろ?」
「安心できるのは理科ぐらいですね。他の四教科だけで点数を平均すると25点ぐらいです」
「後ちょっと──って言いたいところだが私も五月ちゃんを教えてる身として言えるが、遠い5点だな」
「……すみません」
消え入るような声で五月が言った。
その顔には恥ずかしさなど一切なく、ただただ自分の実力不足を呪わんとする沈鬱さだけが浮かび上がっていた。
「謝るこたねーよ。五月ちゃんは真面目にやってんだ。むしろさっさと点数上げてやれねー私らの方こそ悪かったな」
「い、いえ、下田さんだって悪くは……!」
「せめて二年の三学期の授業を五月ちゃんも出れてりゃよかったんだがなぁ……」
「私達が一花の裏で眠っていた時期ですよね……その間一花も頑張ってくれていたことは聞いています」
「つってもまだ中学生レベルだけどな……とにかく今はそんなこと話してる場合じゃねえか。ぶっちゃけた話よ、風太郎君は勝算あると思うか?」
五月の成長速度を考えるならば。
「何事もなければギリいけるかと」
「聞いといてなんだが同じ認識だ。零奈先生もそうですよね?」
「ええ」
異論なしと頷く零奈。
その反応を聞いてから下田はパンッ、と手を打った。
「ならやるこた決まったな。その来月のテストとやらに間に合うよう、五月ちゃんに徹底的に教えるしかないってこった。マルオ、それでいいんだろ」
「ああ、頼む」
下田に対しマルオは言ってから頭を下げた。
椅子に座ったままだが手を両膝に置き、頭頂部まで見えるほどの深々としたものだった。
下田は目を丸くしてから、
「オメーにそこまでされるの初めてかもな。安心しろ、五月ちゃんは絶対に退学になんかさせないからよ」
頭を下げたままのマルオに対して歯を見せて笑みを浮かべて見せた。
顔を上げたマルオは続けて風太郎の方に顔を向けると、
「上杉君にも苦労かけてすまないが、どうか五月君のことを────」
「俺にまでそんなことをしないでください。むしろ今まで給料をもらっておきながら何の成果も出せてこれなかった俺にとっても最後のチャンスです。汚名を返上してみせます」
と、マルオに対して手を出して制すると、勉強を始めるべく五月に向き直ったのであった。
勉強中の五月の態度は実に勤勉なものだった。
少しの油断もしないという気迫に満ちていて、風太郎でさえもこれほど集中して勉強に臨んだことがあっただろうかと思わせるほどであった。
だからこそ、その五月を見ているうちに一つの疑問が湧いた。
それは下田も同じようで、五月がノートに目を落としている最中など心配そうな目を向けていた。
だから風太郎はその日の授業が終わろうとしている時に聞いてみることにした。
「一つ訊きたいんだが、お前は一花に対して不満はないのか?」
「それ私も聞きたかったことだわ。五月ちゃん自身は悪いことしてねえのに、こんな重大なこと任されてよ。今日の態度見てりゃ手を抜くことはねえだろとは思うけど、やっぱいまいち身が入んねえんじゃねえかと思うんだよ」
二人の質問に対して、五月は曖昧な笑みを浮かべた。
「そうですね、思うところが無いと言えばウソとなります。ですけど、私は一花に責任を取ってもらいたいなどという風には思っていません」
「それはあいつがお前の代わりになれるほどの学力がないからか?」
「確かに一花はまだ私達の後を追って邁進している状況ではありますが、そういう話じゃありません。上杉君」
それに、と五月は続ける。
「学力の高さでテストの担当を決めるのであれば、私より三玖が適任でしょうから」
「それは、まあ……」
「私が一花を責めないのはもっと簡単な話で、気持ちがわかるからです」
「お前が?」
「ええ。だって私も心が分かれる前までは一花だったんですよ?」
前に聞いたことがあった。
一花が小学五年生の時、人格が五つに分かれた直後は五人全員が自分を一花だと自認していたという。
五人は全員が分かれる前の頃からの記憶を保有しており、分かれる前と後では性格がまるで別人だというのに自分の記憶として認識しているのだという。
つまり一花以外の人格にとって、一花の性格もまた自分の性格だった時期があるということになる。
「今の私であれば、事故が起きた当時あのような暴力的な行いはしなかったと思います。ですが、昔の一花と同じ性格の頃のままだったとすればきっと、同じことをしていたでしょう」
「……難しい話だな。言ってることは分かるが、感覚的に追い付けねえ」
「そうでしょうね。こればっかりは本人じゃないと分からない感覚だと思います。ただ、おかげさまで私は一花のしたことといえど自分が償うべき罪だとも思えるのです」
ですから、と。
「テストは私が何とかします。ですから上杉君、それに下田さんも、これからもどうか私に勉強も教えてください」
先刻マルオがしたことと同じように頭を下げる五月。
風太郎と下田は一瞬だけ顔を見合わせると、自信気な笑みを浮かべて頷いた。
五月はそれに対して嬉しそうに顔を綻ばせながら顔を上げると、途中で。
「あ、そういえばなのですが」
「なんだ?」
「他の子達もきっと勉強を頑張ってくれると思うのですが、私ほどではなくほどほどにするように言っていただけませんか?」
「なんでだよ。今は大変な時なんだし苦労も五等分じゃないのか?」
「そうは言っても結局テストを受けるのは私ですから。他の子が勉強をしている光景を裏で見てみてもあまり意味はありませんし」
一応、やりようはなくはないのだろう。
勉強を教えている以上風太郎は五月が勉強で苦手としている部分などをある程度熟知している。それらの箇所を他人格が表に出ている間に重点的に教え込み、裏に控えている五月にとりあえず講義をすることは可能だ。
ただ、講義中は五月からのフィードバックを得られないため一方的なものにならざるを得ないし、仮に説明のどこかで五月が追い付けず詰まってしまってもそれに気づけないのだから後の時間が全て無駄になってしまう。
「それをするくらいなら、普段通りにしてくれていた方が私も助かります?」
「そういうものなのか?」
「もちろんです。裏にいる間だって何でも見えてるんですから、だったら楽しいことをしてくれていた方が私の息抜きにもなります」
「そういえば、五月ちゃんとこの学校はもうすぐ学園際だったな」
思い出したように横から下田が口を挟んで来た。
呼応するように五月。
「そうなんです」
「そうなんですか?」
訊き返すように風太郎。
「君はなんで把握してないんだよ。同じ学校だろうが」
「…………」
そうは言っても知らなかったものは知らなかったのだから仕方ないだろうと、ご意見自体はごもっともだったので内心でだけ反論した。
別に風太郎だって学園祭のことを楽しみにしていないわけではなかった。
むしろこの男はそういった行事ごとは人知れずひそかにしおりやパンフレットを熟読し最大効率で楽しめる計画すら立てるほどの隠れお祭り男なのだが、いかんせん夏休みが楽しすぎた。
五分の一の確率で好きな女子と、五分の四の確率で好きな女子と同じ顔の女子と彼女の家に転がり込んで、家庭教師をしながらだが勉強に没頭できる。
小学生の頃から数えて十二年間の学生生活の中で一番夏休みが終わってほしくないと願うほどだったから先の予定のことなど頭から抜けていたのである。
「ま、いいわ。学校の中でのことは私にはどうにもできねえからよ。風太郎君、しっかりサポートしてやれよ」
「分かってます……」
「私からもお願いします。きっと今の一花辺りは申し訳ないからといって、やはり私に見せるための自習とかをし始めてしまうかもしれませんから」
「殊勝なことじゃねえか。わざわざ止める必要もねえだろ」
「もちろんそうですが、多分忙しくなるでしょうから」
「?」
「一応私、学級長ですから。学園祭の準備とか忙しくなると思うのですよね」
「あー……」
そういえばそうだった、と思い出して苦い顔をした。
それってつまり五月も学校にいる間は行事の諸々に駆り出されて時間取れなくなるんじゃないのかと不安になったが、そうなった場合のことはその時に考えようと思考を切り捨てた。
「今は例の噂のせいでクラスの方々からも疑念の目を向けられてしまっていますし、信用を勝ち取るためにも私以外の子達には学校でしなければならないことを優先して、そしてその分しっかり楽しんでほしいのです」
「ったく、色々背負い込みすぎだろお前。大丈夫かよ」
「安心してください。苦労も五等分にして乗り越えますから」
そう言って五月は余裕を含んだ笑みを見せて来た。
「……そうかよ」
「ふふ、一花がこの場にいれば『これじゃあ五月ちゃんと私、どっちがお姉さんかわかんなくなっちゃうよ』などと言いそうですね」
「そうか?」
「そうですよ。まだまだ一花の理解が足りていませんね、あなた。答えを出すまでの道のりは遠そうですか?」
「うるせえ」
いつの間にか笑みの種類が小悪魔めいたニヤつきに切り替わっていた五月に、風太郎は顔をそむけた。
ついこの前まで自分と同じようにこういった話の時は顔を真っ赤にしてやがったくせに、と内心でぼやく。女の成長は早いというのはこういう時のことを指すのだろうか。
一人、蚊帳の外になっていた下田だけが分からないといった風に。
「何の話だ?」
と、およそ年上の女性とは思えない理解力で口を挟んで来ると、
「な、なんでもないです!」
と、多分いつの間にか自分の世界に入っていたのか、下田の存在を忘れていたらしい五月は途端に真っ赤になって叫んだのだった。