「中野さんの今日の仕事は特になしだね」
学園祭二日目。学級長達は朝一でミーティングをすることになっている。
山盛りの仕事を分担するため、日ごとに各自へ通達をするための集いなのだが、四葉のクラスの分は武田が一足先に確認してくれていたらしい。
小さな紙を手に持った武田は四葉が到着するなりそう言ってきた。
「いいんですか? 昨日はあんなに忙しかったのに」
「大体の仕事は他の学級長がやってくれているからね。まあ、多少はしないといけないこともあるんだけど……」
話しながら武田の声は尻すぼみになっていった。
歯切れの悪い物言いには四葉も察するところがあり、
「私に任せられる仕事が今日は無いということですね」
「そうじゃないんだ。単純に適材適所で考えた結果というだけで──」
「お気遣いありがとうございます。そんなにショックも受けていないので大丈夫です」
「……ならいいが……」
淡々と、然程深刻そうでもない物言いをする四葉に武田も遠慮気味だが納得したように頷いた。
「そういうわけだから、今日は僕達に任せて中野さんは学園祭を楽しんで来るといいよ」
「それではお言葉に甘えさせていただきますね」
失礼します、と四葉は一度腰を折ってお辞儀をしてから、一足先に学級長達の集まりから離脱した。
既に正面通りの方では賑やかな喧噪が聞こえ始めている。開場と同時に入って来た一般客や仕事の無い生徒達が学園祭を満喫し始めているのだろう。
その音を聞きながら四葉はスマホを取り出すと、LOINEを起動した。
風太郎とのチャット画面を開き、今日は仕事が手すきになった旨を送信する。
たっぷり数十秒待っても返事が来ないので、続けて通話アイコンをタップした。
耳に当てた先、スピーカーから呼び出し音が鳴り始める。
「……むぅ、やっぱり出ない」
呼び出しのコールが十回ほど鳴った辺りで諦めた。
(お店に行ったら誰か居場所知らないかな? ……でも上杉さんだからなぁ、誰にも伝えてなさそうだし……)
その場で棒立ちのまま腕を組み、うんうん唸ること更に数十秒。
日ごろから考えるよりも行動派な四葉にしては珍しく十分な思案をした後、導き出された結論は。
「とにかく探そう」
やはり体を動かすことだった。
一も二もなく走り出すと、人とぶつからないように気を付けながら校内を巡り始めた。
校舎の周りを取り囲むように並ぶ屋台の数々は油断をすると目移りしてしまいそうになる。
タピオカ、焼き鳥、フランクフルトにフライドポテト。食べ物屋でないならストラックアウトや輪投げまである。
(あ、唐揚げ屋だ……上杉さんが持ってきてくれたやつ、あそこのかな)
走りながら昨日のことを自然と思い出していた。
風太郎から二乃への告白。自分だって裏で聞いていたから、何て言われたのかは覚えている。告白は二乃だけではなく、自分達他人格にも向けられていることだって理解していた。
それ自体に関して感想を述べるなら、凄く嬉しかった。ようやく待ち望んでいた答えを貰うことができたと思えた。
だけどその反面、やはり初めての告白は他の誰かを経由してではなく直接聞きたかったという思いがどうして浮かんできてしまう。
済んだ出来事を覆すことはできないことなど、いくら四葉が馬鹿だからって分かっている。
だから四葉はこの嫌な思いを、風太郎と過ごす楽しい学園祭の時間で塗りつぶしたいと考えていた。
そのためにも早く会いたかったし、そんな四葉の願いに応えるように思ったように早く見つかった。
「あ、いた。おーい! 上杉さ────」
ただし、そこには一つの予想外を伴っていた。
「あ! 風太郎下手くそ! だからもっと左だって」
「お前が隣でうるせーんだよ」
風太郎を見つけた場所は下級生が運営している射的屋の前だった。
どうやら遊んでいる真っ最中らしく、手には射的用の銃が握られている。
そして銃を持つ手とは反対側、風太郎のすぐ傍には一人の見知らぬ女の子の姿があった。
「……そういう仕切りたがるところ変わってねーな。竹林」
「私のこと忘れてたくせによく言うよ。あーあ、せっかく来てあげたのに」
「だってお前全然雰囲気変わっただろ」
「あー、それも風太郎が言うんだ。あ、あれ欲しいな。次あれ狙ってよ」
竹林と呼ばれたロングの髪に前分けにしてヘアピンで留めている女性。彼女と風太郎の距離は一目でわかるほど近かった。
昨日、二乃を通して私達にあんなことを言っておきながら今日は別の子とデートですかと、そんな考えが過っていった。
胸の奥が締め付けられるような、みぞおちの辺りが気持ち悪くなるような、そんな感覚が湧き上がってきた。
全身が硬直するような錯覚にさえ陥って、往来のド真ん中に突っ立っている四葉は当然目立ったらしい。
茫然としていると、こちらに気が付いた風太郎の方から声をかけてきた。
「四葉」
「……上杉さん」
「学級長の仕事はいいのか?」
「……それなら、先ほどご連絡をお送りしました」
風太郎はスマホを取り出し画面を確認すると、すぐに顔をしかめた。
先ほど四葉が送ったチャットをどうやら今初めて見たらしい。
「わりぃ、気づかなかった」
「いいんです。上杉さんのことですから気づかないかもとは思っていました」
「それなら────」
「そんなことよりも!」
この場に至ってなお平然と話す風太郎の様子が、逆に四葉の神経を苛立たせた。
回りくどい状況確認がたまらなくジレったくて、遮る口調は意図せず不自然に強まってしまった。
今一度、落ち着いて話そうと努めながら、
「……そちらの方をご紹介いただけますか?」
半目で竹林の方を見ると、彼女の方からぺこりと頭を下げて来た。
「初めまして、竹林と申します。いつもうちの風太郎がお世話になっています」
右手は風太郎の頭を押さえつけ、まるで母親のような姿勢だった。
「うちの……」
また一つ、四葉の内心がささくれ立つ。
「風太郎とは小学生からの同級生です」
「……そうですか」
「あなたは中野一花さんですよね?」
「え……?」
何故一花の名前がここで出るのかと、不意を突かれた気分になった。
竹林の隣を見れば風太郎も同じ顔をしており、自分達のことを事前に伝えていたという可能性も低そうだ。
ただ一人、竹林だけが説明を続ける。
「ご自覚がないようですが少々有名人ですから、あなた。ニュースでお名前を拝見した時、その名前で調べて見たら知っている顔が出て来たのでびっくりしました」
「知っている?」
四葉の問い返しに竹林は風太郎から離れると、こちらに近づいて来た。
耳元に寄って小声で、
「あなたですよね。京都で六年前、風太郎と会ったのは」
「……っ! なんで……」
「写真で嫌という程見せられていましたからね。まさか学校にいるとは思わなかったけど」
「おい、何コソコソ話してる」
小声で話す二人の間に割って入るように風太郎の声。
竹林はそれに対しては答えず、先に四葉へ短く訊いてきた。
「このことは風太郎には言っているのですか?」
「……言ってます」
答えに竹林は「そうですか」と安心した顔をして一歩距離を空けると、風太郎へと振り返る。
「昔、風太郎が話してた子がこの人か確認したんだよ」
「……よく分かったな。写真のこいつは大分小さかったろ」
「だから風太郎よりマシだって。それともまさか、気づいてあげられなかったの?」
「それは……」
「本当に!? 信じらんない! 風太郎ってば小学校のころはあんなに熱心に勉強してたのに、愛が足りないなー」
「────!」
流石に最後の一言は聞き捨てならなかった。
よりによってこのタイミングでそんなことを、ぽっと出の女に言われたくなんてなかった。
自分ではギリギリ怒鳴らずに留めたつもりだったが、恐らく表情までは歯止めが効かなかったのだろう。竹林が再度こちらに向き直って顔を見た時、困惑するように眉を下げた。
「えっと、すみません、何か気に障るようなことを言いましたか?」
「私は……上杉さんにとって私は……!」
(あれ……?)
恋人です、と続けて言おうとした言葉は喉元でひっかかってしまった。
自分が恋人だといういうことに急に自信が持てなくなった。
恋人? 本当に?
昨日、風太郎から好きだとは言ってもらったが、付き合おうとは言って貰ったっけ?
そんな考えが、いざ自分と風太郎の関係を言い表そうとした時、ふっと湧いて離れなくなってしまった。
今も竹林は続く言葉を待ってくれている。
四葉はとにかく今、この場で間違いなく自分達の関係を言い表せる表現がないかと言葉を探した。
気まずい沈黙が数秒空いてしまった。
すると風太郎。
「い、一応そいつと俺は……つ、付き合ってるんだ」
「うそっ。いつから?」
「そこまでは答えなくていいだろ」
「あー、でもそしたらさっきのは軽はずみだったかも」
申し訳なさそうに四葉を見た竹林が、右手を差し出してきた。
「ごめんね、一花さん」
「後、そいつは一花じゃなくて四葉だ」
「え、ニュースで見た写真とそっくりに見えるけど……双子?」
「いや、そいつはな……」
「上杉さん。私のことは私自身からお話します。あの、竹林さん」
「はい」
「初対面の方にお聞かせするような内容では無いかもしれませんが、説明をいたしますと……」
四葉は竹林に自身の障害についての説明をした。
一花と四葉も含めて五人の人格がいること。風太郎もそれを知り、理解した上で自分と交際してくれていることまで、今度こそ自分の口で説明できた。
竹林という女性は頭の柔らかい人のようで、多重人格の症状など普通の人からすれば初耳の話ばかりであるだろうに大した混乱もなく理解してくれたようだった。
だから一通り話し終わる頃になると。
「お名前を間違えてしまってすみませんでした、四葉さん。それから一花さんにも」
と、自然な流れで裏で控えているであろう一花に対してまで言葉をくれた。
「今日は二人と話せてよかったよ」
満足そうな竹林へ風太郎。
「帰るのか?」
「風太郎の顔も見れたしね。それにカップルの邪魔なんてできないよ」
「別に俺は構わな────」
「構わないわけないでしょ。そうだよね、四葉さん」
「ええとええと、私も別に……!」
呆れるように溜息をつく竹林。
「まったく似た者同士のお熱いことで」
「あつ……!」
「その反応もご馳走様」
「もう、からかいすぎです……!」
顔が熱くなっているのを感じながら抗議の声を挙げると、竹林はカラカラと笑った。
「そろそろ行くよ風太郎。あ、最後に四葉さん」
「なんでしょうか?」
「ニュースの話とか出してしまいましたけど、私は別に信じてませんから」
「……」
「ネットで話題になっている時、あなたのことを少し調べさせていただきましたが、その時に噂の出所もちゃんと調べました」
それ自体はただの暇つぶしですが、と照れるように補足する竹林。
「結果は全て空振り、あなたが役者の方を傷つけてしまったという根拠はどこにもなく、インフルエンサーの方が憶測で不用意な発言をしているのだろうということが分かりました」
「凄いですね……」
「まあこれでも昔は風太郎に勉強を教えてましたし」
「……え」
「こうしてお話しても四葉さんの人柄も分かりましたし、到底故意に人を傷つける様な方には────」
「…………」
「四葉さん?」
「……あ」
名前を呼ばれ、弾かれるように顔を上げた。
視線の先では竹林がこちらを不思議そうに見てきている。
ただ、こちらは途中から話を聞いていなかった。
何気なく竹林が言った、彼女が風太郎の先生ということに驚いてしまって考え込んでしまっていた。
話とは別のことを考えていたわけだが、竹林の方はそうは受け取っておらず。
「もしかして、噂は本当なのですか?」
不穏な四葉の沈黙に、不要な勘繰りを招く結果になってしまった。
驚きに忙しく胸を打っていた心臓の鼓動に拍車がかかった。
否定しなければとすぐに思ったが、何て言えばいいのか、嘘が苦手な四葉の頭では言葉が出てこなかった。
紛れもなく、あの障害事件は一花が引き起こしたということこそ真実なのだから。
そうして迷っている間に竹林の胡乱気な目は徐々に確信めいたものへと変わる。
「一花さんが役者の方の怪我に関わっているのは本当で、それがもしもただの事故なら、インタビューの記事で素直にそう言っていたはずです」
「それは……」
「でもそうは言わなかった」
「……」
「嘘を答えたということは、何かを隠しているということ?」
一つ一つ、絡まった糸を解くような丁寧さで、まるで探偵のように論理を組み立てていく竹林。
「もしかしてあれは事故ではなく事件で、原因は一花さんにあったんですか?」
一瞬、ここで素直に言ってしまえばどうかと考えた。風太郎だって事情は知っている。真実を話したからといって嫌われることは多分ないだろう。
竹林にしたって言いふらすような性格ではないように見える。やはり言ってしまっても……そう思うも、しかしさっき初めて会ったばかりで絶対とは言い切れなかった。
ネットの噂として流れている多くの情報は真実に近いものであるが、真実そのものではない。少なくとも、あの事件の関係者の中から情報を漏らした人間は誰もいないのだ。ここで四葉が口を滑らせてしまえば、自分が情報をリークする最初の一人になってしまう。
やはり正直に話すことだけはどうあっても避けるべきだと、結局元の考えへと帰結する。
ただひたすらにどうしよう、どうしようと考えが巡る中、聞こえたのは音質の悪い校内放送の音だった。
『放送部からのお知らせです。三年A組の中野四葉さん。ご家族の方がお呼びですので校門前までお越しください』
「……あ」
自分の名前が呼ばれたことによって強制的に思考は打ち切られ、違う方向へと向けられた。
内容からして、きっとマルオの方が来てくれたのだろう。
竹林を見た。そもそも話の最中の今、行っていいものかと思っての目線だった。
「呼ばれてしまったようですね。話はまた後でにしましょうか」
「……いいんですか?」
「私も少し考えをまとめたいと思っていたところですので構いません」
竹林はスマホを取り出すと、わざとらしく風太郎に見せる。
「帰る前に一度連絡するからさ、連絡先教えてよ」
「俺も四葉に付いていっていいのか?」
「残りたいならそれでもいいけど」
「やっぱいい。四葉、悪いが一緒に行かせてくれ」
「……はい」
四葉が頷いた後、目の前で二人のアドレス交換が終わるまで待った。
風太郎が後ろに続く形で、四葉はその場から立ち去ったが、去り際に一度だけ後ろを振り返った。
その場に立ち留まっている竹林は、スマホを耳に当てていた。
風に流れて、小さくだが話が少し聞こえてきた。
「もしもし真田君? 悪いんだけどそっち行くの少し遅くなるね……うん、少し気になることができちゃって」
呼び出された通りに校門前まで向かうと、入場係の近くにスーツ姿のマルオと私服姿で車椅子に乗っている零奈が待っていた。
てっきり来るのはマルオだけだと思っていたことに加えて、昨日の今日で零奈が外出していることもあって、近寄った時に二人の姿を確認した時には四葉は目を見張った。
「お母さん! 来て大丈夫なの!?」
「平気ですよ。本当はこれだって大げさなぐらいです」
零奈は車椅子の手すりを摩りながら言った。それからマルオの方に向くと、話の向きだけは四葉の方を向いて続ける。
「それなのにマルオさんったら私の外出の許可する条件だって言って聞かなくて、さっき病院でギリギリまで交渉してたんです」
「僕としては最大限の譲歩をしたのつもりです」
優しい口調だが呆れるように言うマルオ。
「四葉」
マルオがこちらの名を呼んだ。呼び方は君付けではなかった。
「わざわざ呼び出してすまなかったね。今日はなるべく僕も零奈さんと一緒にいるつもりだが、最後までいられるとも限らない。その時は零奈さんのことを頼めるかな?」
「うん、もちろん」
「本当ですか? 昨日、二乃が学級委員の仕事が結構忙しいと言っていましたが」
「今日は仕事お休みになったんだ」
流石に仕事が無くなった理由までは言えないと、内心で口を固く結んだ。
今日は一日フリーだということだけを聞いた零奈は心底嬉しそうに口角を上げる。
「そうですか。では今日は運が良かったですね。昨日の分の不幸がこちらに回ってきたのでしょうか」
「だから笑えないってば」
昨日と同様、自虐風な冗談に対して少々困ったように愛想笑いを浮かべながら、二乃と同じ返しをした。
そこへ、四葉と零奈達の視界に入るように一歩、風太郎が入ってきた。
「あの、そういうことなら俺はいない方がいいですかね? せっかくの家族水入らずですし」
「風太郎君、いつからそこに?」
「初めからです」
「もしかして今まで四葉と一緒に回っていたのですか?」
言いながら零奈は自分と風太郎を交互に見た。
釣られて自分も風太郎を見れば顔が赤い。零奈のせいで昨日のことを思い出しているらしかった。
私はどうだろうかと少し、鏡を見てみたい気分になった。風太郎と同じく母を前にして少し恥ずかしい気持ちはあるが、まだ先ほどの竹林との会話の余韻が抜けきらない。
圧迫されるような感覚が残っていることが顔に出ていないかと心配になった。
しかし、どうやら杞憂だったらしい。
「マルオさん」
「なんでしょう?」
「やはり今日は二人で回りましょう」
「ここに来る前に散々話し合って四葉も一緒なら外出を許可すると決めたじゃないですか……! 何故急に」
「若い二人の邪魔など私にはとても……」
「上杉君?」
例のしょうもない持病を発症させて顔を赤らめている零奈の傍ら、明らかに殺意が視線が風太郎を貫いた。
「誤解です!」
即座に叫ぶ風太郎。
(誤解ではないよね?)
「誤解ではないですよね?」
顔を赤らめたまま黙っていればいいのに、すさまじい変わり身の早さで真顔で四葉の心の声とハモって指摘する零奈。
「むしろ昨日、私の前で二乃へ言ったことは、誤解させるようなことだったのですか?」
顔色に黒のトーンが追加された。
まずい、お母さんが本気で怒る五秒前の顔だ。
四葉自身はといえば、風太郎が自分の多重人格のことを理解しているように、自分も風太郎が焦ると失言をする変な癖を持っていることを最近分かってき始めているので、零奈とのやり取りをほほえましく眺めているだけだった。
でも助け舟は出さなかった。
どっちに話が転んでもよかったし、先ほどまでの竹林との会話に消耗した心が元気を取り戻していく感じがしたので。
「なんだぁ? 知ってる顔がいると思ったら零奈先生達と風太郎じゃねえか」
ただ、どうやら天は風太郎のことを見捨ててはいなかったらしい。
この場にいる四人とは別の声が少し離れた位置から聞こえてきた。
声のした方を向く零奈。
「あら、上杉君じゃないですか。それにらいはちゃんも」
「こんにちは!」
「ちーっす」
学校の入り口で騒いでいたせいで目立っていたらしい。
零奈の言う通り、サングラスを額へ上げた勇也といつも通りポニーテールをぴょこぴょこ揺らしたらいはがこちらへ来たところだった。
近くに寄るなりマルオの肩に肘を置く勇也。
「楽しそうなことしてんじゃねえか。俺も混ぜてくれよ」
「零奈先生。すみませんが僕はこれで失礼します」
「おい無視すんな、つーか逃げんじゃねえよ」
「急患が出たんだ」
真顔で言うマルオ。
(エスパーじゃあるまいし、そんなこと分からないんじゃ)
明らかな嘘を付く父に対してのツッコミを喉元で四葉は飲み込んだ。
「ていうか仮に本当だとしても患者さんをダシにしちゃダメでしょ」
後から思い浮かんだ方のツッコミは抑えられなかった。
いけない、凄い不機嫌そうな目をこっちに向けてきてる。
「まあ、四葉の言うことはもっともですね」
ダメ押しするように零奈。
「まだ始まったばかりなんだ。これから帰るってこたねえだろ?」
ニヤつきながら言う勇也。
「お父さん、来て早々ヤンキーみたいなことしないでよ……」
恥ずかしそうにするらいは。
マルオの顔色がどんどん悪くなっていってる気がした。少なくとも現時点で間違いなく零奈よりは悪い。
一気に空気が弛緩していくと同時に、空気が混沌としていく中で風太郎がスススッ、と忍び寄ってきた。
「なあ、俺も一人で回ってきていいか? 親父たちは後で適当に追っ払っていいからよ」
どうやら風太郎は段々この状況に対応するのに面倒くさくなってきたらしい。
なので。
「嫌だなぁ上杉さん……逃がしませんよ?」
ちょうど風太郎と同じ気持ちだったことに喜びつつも、ガッチリと彼の腕を捕まえると、道連れにしてやるという意味を込めて四葉はにっこりと笑った。