五つ子ミルフィーユ   作:真樹

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65_生地とクリームを重ねたやつ

「いったぁ……!」

 

 耳に鋭い痛みが走ると同時、発したつもりのない聞き慣れた自分の声からそんな感想が漏れたのを四葉は耳にした。

 どうやら入れ替わったらしい。

 

「大丈夫か?」

 

 気遣うような声色の風太郎の声がする。

 その声に視界は縦に頷いた。

 

「うん……大丈夫だよ……フータロー」

 

 答える自分の声での彼への呼び方に、三玖の番だったかと理解した。

 それは彼も同じようだったが一瞬、三玖の方をまじまじと見る。

 

「……どうしたの?」

「いや、なんでもない。それよりほら、ティッシュだ。しばらく押さえとけ」

 

 言ってからポケットティッシュを差し出してくれた。

 

「耳たぶだって穴を開ければ少しは血が出るかもしれん」

「ありがと、多分大丈夫だと思うけど」

 

 言いながら三玖は痛む耳に触れた。固い感触が指先に当たる。

 友達から借りたピアッサーは結構新しいもののようで、穴を開けると同時にファーストピアスで固定してくれるものだった。

 ファーストピアスとはファッション用のピアスではなく、開けた後の穴が馴染むまでの間、穴が塞がってしまわないように固定するためのものである。

 零奈からもらったピアスのような水晶体はないが、銀メッキの棒のようなピアスが今は付いているらしい。

 風太郎からティッシュを受け取った三玖は一枚取り出すと、そのファーストピアスの上から軽く押えた。

 

「四葉無茶しすぎ。一言くらい相談してくれたっていいのに」

「本人は平気そうなフリしてたが、顔は思い詰めたような感じだったからな。よほど思うところがあったんだろ」

「そうなんだ」

 

 三玖と同じ感想を裏で四葉も思った。自分としては上手く立ち振る舞ったつもりだったのだけれども、端から見ればバレバレだったらしい。

 教室にいるので無いのだが、鏡が欲しい気分になった。

 

「というか、フータローも止めてくれればいいのに」

「俺に言うなよ。あいつが言い出したことだ」

「そうだけど……フータローは自分の生徒が不良になってもいいの?」

「ピアスごときで不良も何もないだろ」

「そっか、フータローも昔は開けてたんだもんね」

 

 と、先ほどまだ四葉が表に出てた時にした風太郎との話について三玖は触れた。

 続けてボソリと。

 

「非行少年」

 

 と揶揄した。

 

「その非行少年に家庭教師をしてもらっているのはどこのどいつだ」

「五月でしょ?」

「お前もだ。すっとぼけやがって」

 

 ギロリと三玖を睨む目が鋭くなる風太郎。

 三玖はそんな風太郎の目線と意図的に合わせないようにそっぽを向いた。

 

「非行少年が大きくなったら更生して先生になる、なんだかドラマみたいだね」

「……そうだな」

 

 返事をした風太郎の声はどことなく心がこもっていなかった。

 風太郎の家は貧乏でテレビがないらしいから、三玖にそんな例え話を出されたってイマイチしっくりこなかったのだろう。

 それがおかしいのか、三玖は少し笑うとそれから立ち上がって自分の鞄を手に取った。

 

「四葉のわがままに付き合ってくれてありがとね、そろそろ帰ろっか」

「いいのか? 学祭まだやってるぞ」

「四葉がいっぱい食べたせいでもうお腹いっぱい。私が五人の中だと一番少食だから」

 

 三玖は鞄を持つ手とは反対の手で自分のお腹をさすった。四葉的にはもう少しは入りそうな感じがする気がしたのだが、確かに普段の三玖だったらそろそろギブアップするだろうというぐらいの量は食べた記憶がある。

 おそらくここからバトンタッチをして更に食べられる相手などせいぜい、

 

「つまり五月に入れ替わってたらまた食いに行ってたってことか。俺も早く帰って勉強できるし、今ばかりはお前に変わってくれて感謝だな」

「……フータローって本当にノーデリカシーだよね。本当に五月のこと好きなの?」

「ああ、好きだな」

「────」

 

(…………!)

 

 風太郎らしからぬ、あまりにもあっさりとした言い方に、茶化した三玖の方が驚き、四葉も裏で言葉を失った。

 普段の彼であればこういう時は話を逸らすか、好きだと答えるにしたってもう少ししどろもどろになるだろう。

 四葉の持つ風太郎像とはあまりにもかけ離れている。

 

「なんだよ、その顔は」

「だ、だってフータローがそんなにはっきり好きって言うから……!」

 

 あのなぁ、と言いながら風太郎は頭を掻いた。

 

「俺は昨日、二乃のせいでお前らのお袋さんの前で告白させられたんだぞ。今更お前ら本人に言うことくらい、あの時に比べれば全然マシだ」

「そうなんだ……」

 

 それにしたってあんまりにも変わりすぎな気がする。

 もしかして。

 

「フータロー、最近二重人格とかって誰かに言われたことない……?」

 

 こういう時、多重人格は少し便利だと思う。頭のどこかではやっぱり繋がっているのか、聞きたいことをそのまま三玖が聞いてくれた。

 けれどバッサリと、

 

「お前らと一緒にするな」

 

 言い切られた。

 別に本気で信じてたわけでもないのだが、少し安心した。

 もし本当に風太郎まで二重人格になってしまったら2×5通りの恋愛事情が展開されてしまう。そんなことになったらもはや話のややこしさが限界を超えるだろう。

 

「ならいいけど……でも本当に、フータローも変わったんだね……」

「伊達にお前らに振り回されたわけじゃないってことだ」

「そっか……でも少し惜しいところもあるかな」

「なんだよ」

 

 ぶっきらぼうに言う風太郎。

 四葉もここには三玖が何が言いたいのかよくわからなかった。

 

「フータロー、さっきまで四葉と良い感じだったのに好きって言ってあげてなかった」

「……!」

 

 しまった、というように口元を覆う風太郎。

 

「あの子が一番複雑なものを抱えてるんだから、彼氏ならもっとしっかりリードしてあげて」

「わりぃ」

 

(別に私は、そんなに気にしてないのに!)

 

 意気消沈する風太郎に向けて、伝えることはできないが四葉はフォローした。

 正直、先程までの自分の精神状態で言うと好きだと改めて言われたところで、さほど響かなかったんじゃないかという気がしていた。

 所詮二乃の二番煎じかと、直接聞いたわけではないがいつの間にか済ましていたという五月への告白も加えれば三番煎じのようなもので、そんな告白をされたって、風太郎から自分への気持ちはそんな出涸らしのようなものなのかと穿った解釈をしてしまったかもしれない。

 だから四葉は自分に納得できる形のものとして、今もじわじわと痛む耳の傷を彼からもらったのだ。

 結果的にいえばそれで十分満足できたし、風太郎を責めないであげて欲しいという気持ちしか今はなかった。

 そんな四葉の願いも虚しく、裏で控えている間の人格が外へ意思を伝える手段などまるでなく、三玖の厳しい声は続く。

 

「それと間違っても今、四葉への気持ちをこの場で言わないでね」

「それは、流石にわかってる。お前らに気持ちを伝える時は、ちゃんと本人を前にした時に言うさ」

「わかってるなら、いい」

 

 自分を落ち着かせるように三玖は長い息を吐いた。

 気まずい空気が流れてしまった。

 今日はずっと静かだった校舎の中が、今だけはその静けさに棘があるような痛さを感じた。

 そんな空気の中、その雰囲気を作った張本人である三玖は自覚があるように、少し努めて明るくした声を出した。

 

「それじゃあ帰ろ。変な空気にしてごめんね」

 

 話している間に鞄を持つ手が疲れてきたらしく、反対の手に持ち直した。

 三玖は廊下の方へ振り返り歩いてくと、出入り口の辺りで電気のスイッチに手をかけた。風太郎も来たら消すつもりだろう。

 スイッチに手をかけたまま、少し風太郎がついてくる音を待ったが、いつまで経っても音がしなかった。

 どうしたのだろうと四葉が思うと、同じことを考えたのか三玖の視界が振り向いた。

 振り向いた先、先程まで自分がいた場所で風太郎は移動する気配もなく、腕を組んでこちらを見ていた。

 

「帰らないの?」

「お前の言う通り四葉にはまた今度ちゃんと伝える。だがせっかくだ、反省を活かしてお前にはこの場できちんと言っといてやろう」

 

 言いながら風太郎が手ぶらのまま三玖へと近寄ってきた。

 眼前まで詰められたところで慌てるように両手を左右に振る三玖。

 

「私はいいよ……! その、また今度会った時に聞かせてくれればいいから」

「ダメだ。ここで言っておかねえと有耶無耶になる」

 

(有耶無耶?)

 

 風太郎の言葉の意味に四葉は少し混乱した。

 要するに今の状況というのは風太郎が三玖にも告白をしてあげるということなのだろう。

 だけど今それをしなかったからといって風太郎の気持ちが変わるわけではないだろうし、どういう意図での発言なのだろうかと、四葉は状況が読めなくなった。

 ただ、傍観するようにして三玖の視界を通して風太郎を見る。

 その視線の先で、風太郎。

 

「お前が妙なことをし始めたせいでここで伝えるべきか迷っちまった」

「だからそれは今じゃなくてもいいって────」

「だがそうもいかん。俺はお前と約束をしたからな」

「約束って……」

 

 話を聞きながら四葉は自分の記憶を探る。

 風太郎と三玖の約束。

 五人のことを好きなること? 

 告白の返事をすること? 

 だけど何か、それらの約束と今の風太郎の言動が噛み合わない気がする。

 

「しただろ、俺はもうお前から逃げねえって」

「────」

「お前と約束したんだ。一花」

 

 息を呑む音がした。

 それが自分のものか、三玖が────いや、一花が本当に発したものか動揺に揺れてわからなかった。

 全く気が付けなかった。

 鏡の無い教室の中、自分の姿を見る機会があれば気づけただろうか。そんな焦った思考を巡らせている四葉の、一花の視界に、一つの星の輝きが飛び込んできた。

 夜の背景に蛍光灯の光が照らされて、鏡のようになった窓ガラスに映る自分の左耳の、小さな星が。

 

 

 

 

 

「え……?」

 

 震える声でたった一音、それだけ発することが一花の精一杯だった。

 どうして私の名前が出るのか。

 だって自分は、完璧に三玖になりすましていたはずなのに。

 私を見分けられるということは、それはつまり────

 

(あ、そっか……)

 

 そこまで考えて、どうして風太郎が見分けることができたのか考えが追い付いた。

 

「あははは、流石だねフータロー君。お姉さんしてやられちゃったよ。そうだよね、三玖のことが好きだったら、偽物なんて見分けられて当たり前かぁ」

「はぁ?」

 

 要するにそういうことだ。

 愛があれば見分けられる。そうやって風太郎はかつて五月に変装した四葉のことを”五月じゃない”という理由で見分けることができた。

 今度は自分があの時の四葉のポジションになっただけだと思えば、納得できた。

 

「何言ってやがる。確かに三玖じゃねえとも思ったが、俺はお前が一花だとも思ったから────」

「そんなわけないじゃん」

 

 作り笑いの声から一転し、抑揚のない声で返す一花。

 突き放すような言ったのは、慰めなんて聞きたくなかったから。

 絶対にないけど、いつか聞くことができたらと思った言葉。

 

「騙そうとした私も悪かったけどさ、今は君の嘘、聞きたくないかな」

「嘘なもんか。何度も言うが俺は本当にお前のことが────」

 

 パンッ、と一つ拍手をして風太郎の声を遮った。

 猫だましを喰らったかのようにまんまと固まる風太郎に向けて、今度は努めて明るい声で。

 

「じゃあきっと適当に言ったんだ。ほら、私の名前が最初に出るってことは順番に言ってこうとしたとかさ、デリカシーのない君のことだから────」

「一花!」

「…………何?」

 

 再び、軽口のようにぺらぺらと話す一花を一喝して止める風太郎。

 ようやく止まり、風太郎を見つめ返す一花の眼は、わずかに怯えの色を含んでいた。

 彼の怒声が恐ろしかったからではない。

 望んでいたはずの、しかし絶対に無いと信じて疑っていなかった結末を迎える覚悟ができていなくて、怖かったから。

 昨日と今日の間、何度も彼から言われた”五人のことが好き”という言葉さえ、社交辞令の嘘だと信じていたから。

 三玖になりすましたのだって、今の彼と向き合って『自分だけは好かれていない』という事実を突きつけられたくなかったから。

 

「もう一度言う。一花、俺は初めからお前が一花だと見分けていた」

「……」

「俺が一度でもさっきまでのお前のことを”三玖”と呼んだか?」

「……っ!」

 

 そんなこと、ありえないから。

 

「お前のことが好きだ。一花」

「……だからさ、何言ってるの?」

「なにって」

「わけわかんない! 意味わかんない! なんで私もなの!? なんで!!」

「……っ!」

「フータロー君、おかしいよっ!」

 

 叫ぶ言葉に嘘はなかった。こんな自分のどこが好きなのか。どうして好きなのか。風太郎のことが何一つ分からなかった。

 けれども、嘘でないと同時に、どうしてこの口は自らを感情と反する言葉を言ってしまうのかと呪わずにはいられない。

 こんなに真剣な目をして言ってくれれば分かる。彼は私のことを心から好きだっていってくれているって。

 受け入れたい。嬉しい。私も。だけど。でも。

 細切れになった感情の切れ端のような言葉が頭の隅に映り込んでは形を成さないまま消えて行く。

 眩しすぎる彼を受け入れたいという気持ちと同じくらい大きく、そんな彼を自分なんかが汚してはいけないと思ってしまうから。

 だって、私は。

 

「私は君にひどいことをたくさん言った!」

 

 一度目の花火大会の日に、嫌いだと。

 

「ひどいこともした!」

 

 別の男子と約束を取り付けて、林間学校を台無しにしてやろうとした。

 

「君だけじゃない! 皆にも、お母さんたちにも、私が怪我をさせちゃった役者の人にも! 皆に嫌われるようなことをしてきた!」

 

 多くの罪の意識が今も一花を苛んでいる。

 そして事実として、その罪の意識が一花を内側から蝕まんでいるだけに留まらず、亡霊のように罪は贖罪をさせようと不幸を振りまいてきている。

 今更世間に流れ始めているあのニュースのように。

 

「今、私のせいで退学になりかけてて五月ちゃんに凄い苦労をかけてる! 皆にだって、クラスから居場所をなくならせちゃってる! お母さんだって!」

 

 言って、そこで一度言葉を止めた。

 かつて零奈だけは言ってくれた。

 仮に零奈の身に何か不幸が起きたとしても、それは零奈自身に原因があるだけだと。

 あの時はその言葉に救われた。零奈が倒れた時にそう思おうともした。

 二乃は大丈夫だった。自分のせいだなんていう風に自分のことを責めなかった。

 だけど自分は違う。車椅子に乗ってまで学校に来てくれた母の姿を見て、そんな責任転嫁が今の自分にできるわけがなかった。

 

「お母さんだって、私のせいで倒れちゃったんだよ……!!」

 

 まるでそこに痛みの核があるかのように、片手で胸を抑えて苦し気に叫んだ。

 痛みの核は叫べば叫ぶほど、更に鋭利になっていき一花の心臓を突き刺していく。

 それこそがきっと一花がこれまで振りまいてきた攻撃性なのだと、自ら思う。

 これがまたいつ、周囲の人間に危険を及ぼすか分からない。

 

(そんなことになるくらいなら、やっぱり私はフータロー君と結ばれるべきじゃないんだよ!)

 

 彼を突き放すために。

 心の中に黒い炎を灯す。

 人を傷つけるための嘘をつくことに何も感じなかったあの時の自分に力を借りるつもりで、自分は酷い人間だと思い込む。

 

「嫌い……!」

 

 本音とは真反対の言葉を口にする。

 口にすると同時、頬にあたたかな感触が一筋流れた気がした。

 

「フータロー君のことなんて私は嫌い! 大っ嫌い! 私から告白されたこともないくせに思い上がらないでっ!」

 

 一つ嫌いだという度に、身が割けるような激痛がする。

 初めて言うわけじゃないのに。

 あの夏祭りの日、同じように彼に嫌いと嘘を言った時はなんとも思わなかったのに。

 なのに。

 

「……」

 

 どうして彼は何も言わず、ただこちらを見つめてくるのだろうか。

 こんなに酷い言葉を言っているのに、どうして傷つかないのか。こんなにひどい言葉を言っているのにどうして怒らないのか。

 聞こえていないわけじゃない。だってまっすぐと彼は私のことを見つめ続けてくれているから。

 

「それだけか?」

「……っ!」

「なら今度は俺の番だ。聞かせてやる」

「何を……!」

「お前のどこが好きかってことに決まってんだろ。嫌いで結構。こっちは好かれてない相手に告白するのだって二度目なんだ。自意識過剰だと思うか? それで結構だ」

「────」

「……! 待て!」

 

 風太郎が続きを言う前に一花は後ろを振り返ると一目散に駆け出した。

 教室から廊下に飛び出て、直角に曲がろうとしたために手を扉に強く当てる。引き戸にはめ込まれた窓ガラスがびりびりと鳴った。

 蛍光灯が落とされた月明かりだけが頼りの薄暗い廊下の中をまっすぐ走る。

 後ろでは自分とは別の、もう一つの走る足音がする。きっと風太郎が追いかけてきている。

 だけど足音とは徐々に距離が空いていく。多分こっちの方が足が早いのだろう。

 

「三玖、ごめん。ごめんね!」

 

 走りながら一花は内側にいる三玖に話しかける。

 風太郎から距離だけでなく、少しだけ心でも離れて余裕ができた一花の心には、今度は三玖への謝罪の気持ちでいっぱいだったから。

 三玖が提案してくれた五人全員で風太郎に好きになってもらおうという作戦を、台無しにしようとしているから。

 

「でも、私がフータロー君を好きになっちゃダメなんだよ! 私がフータロー君と一緒にいたら、彼も不幸にさせちゃう!」

 

 昇降口に辿り着いた。

 乱暴に自分の下駄箱を開けると投げ捨てるようにスニーカーを放り出した。

 今朝はまだ四葉の番だったから、あの子が選んだお気に入りの靴だ。乱暴な扱いにも心が痛んだ。

 上履きからスニーカーへ履き替え、更に走り出す。

 外に出れば学園祭はまだ続いていて、冗談のように一気に賑やかな空気へと変貌した。

 けれども生徒の喧騒も、様々な食べ物の匂いも、全て何も思わなかった。

 そんな雰囲気などどうでもいいくらい、今はただ逃げたかった。

 屋台通りを通り抜け、校舎を回り込み、校舎内と似た雰囲気を持つ出店も何もない芝生のエリアに来た辺りで、ようやく立ち止まった。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 むしろそこが体力の限界だった。

 四葉だったらまだまだ余裕だっただろうか。

 もっと自分も健康を気にしないといけないかもと、そんなことを考えて無理して笑う。

 息が切れて苦しい。振り返る余裕すらない。

 ここまで風太郎は来ないだろう。

 きっとこれから、彼の告白を断ってしまったのだから後悔が湧いてくるだろう。

 新しいことでも始めよう。他の皆が彼と仲良くしている間、それを見せつけられても耐えられるような楽しい何かを。

 そんなことをしている場合じゃないというのに、何か楽しいことを考えようと無理をして、息を整えながら夢中で考えに耽った。

 だから反応が遅れた。

 

「また会いましたね」

「え……?」

 

 一花が好きなドラマであれば、ここで来るはずの人物は風太郎だったろう。

 それとも優しく諭してくれる母だろうか。

 それともそれとも、意外性のある父か。

 現実として、呼びかけに振り返った先に立っていたのは昼間に風太郎と一緒にいた女性だった。

 名前は確か。

 

「竹林、さん……?」

「そろそろ帰ろうと思って風太郎に連絡をしようと思っていたのですが、まさかあなたとお会いするとは」

 

 奇遇ですね、と竹林は愛想笑いを浮かべた。

 こんなところにどうして彼女が、と考えたところで一花は自分がさっきまで散々敷地内を走り回ったのだから目立っていたのだろうと、自分で納得した。

 しかし、風太郎にならともかく、自分に何の用かと竹林を見ると、彼女の方から話を切り出してきた。

 

「本当は風太郎に伝えようと思ったんだけど、裏でこそこそするのも性に合いませんし、これも縁でしょう。あなたに直接言います」

「なんですか……?」

「風太郎と別れてください」

「……!」

 

 唐突なその言葉に、整ってきたはずの呼吸が止まった。

 自分が今、彼からの告白を断ってきたのだから、彼女の言う通りの結果になっているというのに、不思議なほど心境は穏やかでいられなかった。

 

「私は風太郎の友達として、あなたのような人と交際することに賛成はできませんので」

「なんで、そんなこと……」

「昼間、あなた達と別れた後で少し調べました。四葉さんの反応から察するにどうやら中野一花が今川義子という役者に怪我を負わせたということの方が事実のようでしたから、所詮は世の中に出回っているネット情報に過ぎませんが集めてみたんです」

 

 竹林はスマートホンを取り出した。

 夜空の下、スマホの画面から発せられる白色の光が竹林の顔を照らした。

 どういう画面なのか向き合う一花からは見えなかったが、カラフルではないその光の色からただのテキストメモかと予想した。

 

「噂として部外者が話していることはあまり信憑性が欠けるにもほどがあるので除外しました。基本的には怪我をした彼女のインタビューにまつわるところとか、活動記録を調べました」

 

 光の色が白から青に変わった。

 画面を切り替えたらしいスマートホンを、今度は一花にも見えるようにしてくる。

 

「もちろん、あなたの活動記録も」

「……!」

 

 映されていたのは非公式のブログ記事だった。

 織田プロダクションに所属するタレントの活動記録について書かれているページのようで、スクロールは自分こと、中野一花のところで止まっていた。

 何が言いたいのかは一目でわかった。公式が公開している出演リストとは明確に違う点が書いてあるからだ。

 そのブログには、一花の出演が取り消しになった作品のことまで記載がされていた。

 

 事故の後、不祥事を起こした少女のことを選んでくれる現場などあるわけもなく、今川という役者の子が怪我の療養をしている期間と同程度の期間の間、一花の仕事はなくなっていた。

 中には出演が決まっていた作品のキャスティングから外されたものだってある。ブログに取り消し線付きで書かれている作品はそれであった。

 中野一花という無名の少女が表舞台に姿を見せない期間の間、彼女に興味のない世間一般からすれば単純に仕事がなかっただけというように見えるかもしれない。

 実際、例の役者と事故を起こした時に居合わせた作品については撮影も終わっており問題なく放送されたので、一花と例の役者を繋ぎとめる要素というのは単に共演し、多少役柄上の絡みがあったというだけに過ぎない。

 ネット情報程度では一花が事件の犯人だと確定できないからくりというのがここにあったのである。

 

「驚きました。怪我をした役者の子と同じ作品に出演した次の作品では降板になっているのですから。状況証拠としては出来すぎていますし、案外最初の噂の出所もここかもしれませんね」

 

 何も言えなかった。真実であるからこそ、不用意に発言をして下手を打ちたくなかった。

 たったこれだけの会話と直感でわかった。竹林という女性はとてつもなく頭の回る女性らしい。

 流石は風太郎の先生というべきか。

 

「とはいえ、これを鵜呑みにするのは些か軽率です。嬉々として言いふらした人のモラルの気が知れますね」

 

 ですが、と竹林は続けて次の画面を見せて来た。

 見慣れないWebサイトだったが、よく見ると表示されているのは裁判所の過去の判例を検索するデータベースのようだった。

 

「裁判所の過去の事例記録を確認しました。検索してみたところ、あなた方の療養期間の少し前頃に『愛知県内の撮影現場において発生した損害賠償請求事件』が見つかりました。最終的に訴えは取り下げられています。これって要するに、今川さんが所属している劇団アサヒが一花さんが所属している事務所を訴えて刑事裁判をしている最中に示談になったということですよね?」

 

 絶句した。

 この人はそんなことまで調べたのかと、最早恐ろしさすら感じるほどに。

 

「同じサイトを見た人はいるかもしれませんが、あなた方の名前が書いてあるわけでもないですし、よほど確信を持って見ないとここまでは気づかないでしょうね」

「確信……」

「昼間のあなたの態度で十分、私は確信を持ちました。後に必要だったのは証拠だけです」

「……!」

「これでもまだ言い逃れをしますか? 別に私は言いふらすつもりはありません。私はただ、友達が悪い人と付き合うのを止めたいだけなんです」

 

 どこまでが本当か信じられなかった。

 ここで彼女の要求を断れば、今度は要求を飲まなければどこかにリークすると言い出したっておかしくはない。

 

「あの、他の人格の子達は────」

「もちろん認めません。”あなた方全員”に私はお願いをしています」

 

 自分ひとりの話であれば無論飲んだが、そう言われてしまえば飲むわけにはいかない。

 自分のせいで、もうこれ以上誰も不幸になんてさせたくないから。

 

(でも、こんなのもう言うことを聞くしか……!)

 

 一つしかない選択肢の前に、今一度の涙がこぼれた。

 そこへ。

 

「お前ら、そういう大切な話は当事者を交えてやれ」

 

 彼の声がした。

 竹林の更に少し斜め後ろ、さっき自分が走ってきた方の校舎の角から彼が姿を現した。

 驚く様子もなく振り返る竹林。

 

「風太郎。いつの間にいたんだ」

「お前と一花が話している様子が見えたからな。こっちだって急ぎだったんだが、少し聞かせてもらった」

 

 えっ、と竹林は驚いて一花の方を向いた。

 

「今って一花さんなの?」

「……そうか、お前は入れ替わる前の四葉に会ったっきりだったな。あれから色々あって今は入れ替わってるんだよ」

「そうなんだ。じゃあ、なおのこと話をしやすいですね、一花さん」

 

 言ってから竹林は薄く笑みを作った。

 

「待て、その話だったら俺にも答える権利がある」

「……まあ、それは確かに。元々私も風太郎にしようとしてた話だしね」

「結論から言おう。答えはノーだ」

 

 風太郎は歩き出すと、竹林を通り抜けて一花の前で立ち止まった。

 全身で振り返ると、一花からは彼の背中が見え、竹林と向き合う形となる。

 

「お前は肝心なことを見逃している。竹林」

「何?」

「今の一花は、お前が思っているような奴じゃないってことだ。今のこいつは誰よりも過去のことを後悔して、正しくあろうとしている。追い詰められて、折れちまうかもしれないほどだったところからでも、今度こそ誰よりも優しくあろうとするこいつに変わったからこそ、俺も本気で好きになったんだ」

 

(…………!)

 

 いっぺんの卑下や妥協もなく、まるで全肯定のように言い切る風太郎。

 その背中に一花は目が離せなくなっていた。

 これまで何度も救ってくれた太陽のような彼の輝き。何度見たって救われる思いがして、守られている気がした。

 それと同時に。

 

(……こんな光景、前にも見たことあるような)

 

 一つの既視感を覚えた。

 それが何かは思い出せない。

 考えていると、竹林の声がする。

 

「ご馳走様。風太郎の気持ちはわかったけど、それってつまり今の一花さんは更生したって言いたいの? そんなに簡単に人が変われるって、風太郎は本気で思ってる?」

「思ってるも何も、ここにもう一つお前も知ってる実例があるじゃねえか」

 

 風太郎は親指だけを立てた握りこぶしの、その指先を自分に向けた。

 一瞬、呆気に取られたような顔をした竹林。

 ただ、次の瞬間。

 

「確かにそうだ、昔の風太郎もひどかったもんね」

 

 ふふふ、と笑みを混じらせながら言った。

 それと一緒に今まで至って丁寧なはずなのにどこか圧迫するかのような雰囲気が漂っていたのが、竹林の周囲から消えた気がした。

 でも、と柔らかな笑みを浮かべたまま竹林は言う。

 

「私は一花さんのことをまだあんまり知らないから、鵜呑みにはできないかな」

 

 竹林は首を傾げた。風太郎の背中に隠れる、一花に向かって目を合わせるように。

 

「ねえ一花さん。あなたの言葉も聞かせてよ」

「私の……」

「結局私もあなたのことを追い詰めるばかりで、あなたからの言い分は何も聞けてないからさ。四葉さんも含めてだけど」

「……」

「さっきも言ったけど、私は本当に一花さんが問題を起こしたかどうかなんてどうでもいいの。ただ、風太郎があんなに勉強を頑張って、こんなに変わってまで付き合う相手が悪い人じゃないかどうか確認したいだけだから」

「私は……!」

「ん」

 

 竹林は喉を鳴らした。一花から出てくる言葉を楽しみにするように眺めてくる。

 その視線に応えるように、今度は自分が風太郎を追い越して、さっきよりも近い距離で竹林と向き合う。

 間近で見る彼女の顔は優しく、だけど今ではすっかり怖くなってしまい、俯いて口を開く。

 

「竹林さん」

「はい」

「私は、罪を犯しました」

 

 それは一花にとって、初めての懺悔だった。

 

「昔の私は周りの全てが憎くて、拒んでばかりで、そんな時にあの事件を起こしました」

「そうですか」

「私は今も自分で自分を許していません。私が私の罪を忘れていい日なんて一生来ないと思います」

「……それだけですか?」

「でも!」

 

 一花は顔を上げた。

 

「私は今、自分以外の人たちのことを、他の人格の子達のことを、フータロー君のことを、好きになれました! 皆は私なんかと違ってずっと正しくて優しくて私のことを助けてくれた大事な人なんです!」

 

 だから、と胸に手を当てた。

 今度は痛みなんかなかった。

 だけどどうしてだろう。もう今日は何度目にもなる感情の溢れが、目から止まらなかった。

 

「私のことは何て言ったっていい! でも私の好きな姉妹達を、愛してる人のことを悪く言うのだけはやめてください!」

 

 溢れる感情は声量にも乗っかっていた。

 言い終わる頃には喉が少し痛いほどだった。

 言いたいことを言い終えた後、それを聞き終えた竹林は一つ、息を吐いた。

 

「愛していると来ましたか」

「あ……」

「少し首を突っ込みすぎたかもしれませんね。考えてみれば今日初めて会った私では知らないような沢山のことが、きっとあなたと風太郎にはあったのですよね」

 

 少し後ろで、風太郎の声で「まあな」と聞こえた。

 竹林は「ごめんね」と言って、手を出してきた。

 

「あなたにも嫌な思いさせちゃったね。嫌いに思われちゃったかもしれないけど、許してくれると嬉しいです」

「あ……もちろんです。私が許さないだなんてそんな、おこがましいですし……」

 

 一花もその手を握り返した。

 

「そんなことないよ。あなたのことは、あなたの言葉を聞いてちゃんと分かりました。どうやら私が穿った考えをしすぎていたみたいです。ですから今のあなたは胸を張ってください」

「…………でも」

「風太郎の彼女なんでしょ?」

「────!」

 

 竹林に言われてようやく自分がさっき勢いで何を口走ったのか、理解が追い付いて来た。

 ここに来る前まで、風太郎のことなんて嫌いだと言って逃げて来たというのに、よりにもよって風太郎の目の前でなんてことを言ったのだ。

 恥ずかしさのあまり、顔中の血液が沸騰したんじゃないかと思って覆うとするも、竹林は大笑いしながら手を離してくれなかった。

 ようやく離してくれたのは、ひとしきり竹林に遊ばれた後だった。

 笑いが収まってきたらしい竹林は。

 

「そろそろ帰るね。風太郎。お邪魔したね」

「おう」

「一花さんも、今度何か出ている作品見てみますね」

「えっと、大した役は出てないんですけど……」

「良かったら友達に女優がいるんだって自慢もできるしね」

 

 竹林の言い草に呆れ顔をする風太郎。

 その言葉の中の一単語に一花はひっかかった。

 

「友達って────」

「お前それ、自分が芸能人のダチだって自慢して回りたいだけだろ」

「バレた?」

 

 悪びれる様子もない竹林。最後にもう一度だけ笑うと、じゃあ、と小さく手を挙げた。

 

「またね、二人とも」

 

 

 

 

 

 竹林が見えないところに消えて行くまで、二人の間に会話はなかった。

 しかし、見えなくなるや否やすぐさま、

 

「ったく、あいつのせいでお前に言いたいことを言わされちまったぜ」

 

 文句を垂れるように風太郎は言った。

 その彼の顔が一花は見れなかった。

 竹林と解散したのに合わせて多少、恥ずかしい気持ちも霧散してくれたのだが、それでも自分だって気持ちを全部風太郎の前でぶちまけてしまったのだから、ちょっとやそっとでは立ち直れない。

 

「お前も色々言ってくれたし、お互い様か」

「────! 君はやっぱりデリカシーを持つべきだと思うな!?」

「つーか姉妹ってなんだよ。あいつらのことだろ?」

「……前々から思ってたの。ほら、一応あの子達は六年前に生まれた人格のわけだし、私の方がお姉さんじゃん?」

「つっても人格が分かれる前の記憶だって持ってんだろ。あいつらって」

「それはそうだけど」

「ならお前だけが姉っていうのはおかしいだろ」

 

 それを言われるとやや言い返しづらい。

 確かに後で生まれた他人格のことを妹に例えたとして、では四人の内訳はというとそこまで考えていない。

 強いていうなら名前の数字順だろうか。二乃が次女、三玖が三女のように。

 

「でも五人全員同じタイミングで生まれた姉妹っていうのもなんだか変と言うか……」

「五つ子」

「え?」

「そういうのって双子とか三つ子って言うんだろ? ならお前らの場合は五つ子ってことになるな」

「そんなの聞いたことないよ」

「五重人格のお前が言うのか……!?」

 

 ふと、いつの頃だったか五月が日記でそんなことを書いてくれたことを思い出した。

 修学旅行の前のころだっただろうか。

 凄く怖い夢を見たとかで夢日記のように状況を書いてくれて、その時の状況が確かもしも自分達が五つ子だったらというような話だったと思う。

 あの日記の本題は確か、五つ子がどうというよりも四葉だけが夢の中でのっぺらぼうだったとか、そんな変な話の方だったと思う。

 日記を読んだ当時、一花は夢の中の四葉の異変を、四葉本人の心境の変化だと思い込んでいた。

 実際、あの頃から四葉は自分の嫉妬心に振り回され始めたし、間違いないと思った。

 

(でも、もしかしたら違うのかな)

 

 夢の世界の四葉がもしもしっかりと描かれていれば、それはきっと完全な五つ子の景色を見ることになっただろう。

 だけど夢は夢。見たこともないものを想像するには限界がある。

 四葉の顔がなかったのはきっと自分達が五つ子ではなく多重人格だからなのかもしれない。

 同じ体に五通りの顔が当てはまる。まるで福笑いのような顔のパーツが取り付けられる前の下地の状態だ。

 五つ子の夢の中で四葉だけは自分達を示していたのかもしれない、そんなことまで考えたところで頭を横に振った。

 

(考えすぎかな)

 

「フータロー君には悪いけど、やっぱり私達を五つ子って例えるのはちょっと変だよ」

「お前が姉妹とか言い出したんだろ」

「そうだけど、想像してみたら当てはまんないというか」

「ならやっぱり五重人格か?」

「でもやっぱりみんなのことは姉妹”みたい”に思ってるし」

「どっちだ!?」

 

 どっちだろうね、と一花も思わず噴き出した。

 

「きっとどっちでもないのかも」

「?」

「私達五つ子は、五つ子みたいだけど、本物の姉妹みたいに別人じゃない。五つ子だったら顔は同じなだけの他人じゃん?」

「姉妹のことを他人って言うのか?」

「細かいことは気にしないっ。それでね、私達の場合は互いの人格のことを別人だと思ってるけど、やっぱり体は同じだから切っても切り離せないところもあるから、自分の延長線上でもある」

「何が言いたいのかさっぱりわからん……」

「ケーキでさ、そんなのあるでしょ? 何枚も生地を重ねて一つの形にするやつ」

「……お前らがそうだっていうのか?」

「例えて言うなら、だけどね」

 

 そう言ってから、一花は風太郎の手を取った。

 彼の右手を両手で掴むと、それを額に当てる。

 

「フータロー君、あなたが好きです」

「────」

「沢山迷惑をかけてしまった私ですけど、こんな私でよければ、付き合ってくれませんか?」

 

 風太郎の手を包んで両手を上げるその仕草は、まるで祈りのような姿勢だった。

 その姿勢のまま、目を閉じて答えを待った。

 さっき確認したけど、あれは風太郎に向かって言ったわけではないから、ノーカンになってしまうかもしれないから。

 自分の幸せを噛み締めたかったから、もう一度問いかけた。

 答えはすぐに来た。

 

「ああ、勿論だ。俺も好きだ、一花」

 

 その答えに、ようやく一花は何か、辿り着いた気がした。

 顔を上げた。上げて、彼を見た。

 頭の中では何度も彼の言葉をリフレインしながら。

 

「やっぱり、好きって気持ちは言葉にしてあげないとダメだよ」

「……四葉には悪いことしたな」

「大丈夫、もっと悪いことをした私が許してもらえたんだからきっと君のことも許してくれるよ。お姉さんが保証してあげる」

「嫌な保証の仕方だな」

「だね」

 

 少し口の端を上げ、喉を震わせた。

 

「フータロー君、料理のおいしさの秘訣って知ってる?」

「急になんだ? ……いや、えと、調味料とかか?」

「ベタだなー」

 

 自分だってそうなのだが、ベタ過ぎる答えに今度は声を出して笑ってしまった。

 

「……愛情だよ」

「味に関係ない気がするが……」

「そんなことないよ。愛情っていう隠し味をたっぷり含ませた生地が五枚、重なることで本当に美味しくなるはずだから」

 

 気が付いたように風太郎は一花を見た。

 自分とケーキを重ねて話すのは、少し芝居がかり過ぎてるだろうかとこのタイミングで羞恥芯が湧いてきた。

 でも、ここまで言い出したんだから最後まで言い切ろうと自分で自分に喝を入れる。

 だって私は、女優なんだから。

 

「五つ子ミルフィーユ、完成させてね。フータロー君」

 

 

 

 

 




あとがき的なことは基本書かないのですが映画が公開され、ちょうど新婚旅行後をテーマにした過去作のタイミングが良いので宣伝させてください。
完結済みの作品なので読んで、欲を言うと感想なんかいただけるととても嬉しいです。
二乃の人生二周目フー君略奪大作戦(シリーズタイトル名です)
https://syosetu.org/novel/327002/
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