「おはよ~う~」
「おはようママ、パパ」
『お、おはよう……』
あれから一睡も出来ずに……いや、寝る必要はないけど……朝を迎えた俺は、起きてぽやぽやしている聡子さんに下着や服を着せて、リビングまで手を引いて連れてきた。
『お、朝御飯準備してくれたのか? ありがとうな』
「ふふん」
「ぷえ~」
テーブルには三人分の焼いたトーストと牛乳、真ん中に置かれたバターとイチゴのジャムがなんとも懐かしい気持ちにさせる。……天道さん、ほっとんどエナジーバーとゼリーだったからなあ……。
「ほら、ママ起きて」
「うふふ~……海さ~ん……」
いかん、まだ寝ぼけてやがる。このままではヤバイこと言い出しかねないため、俺は肩を掴んで軽く揺する。
『聡子さーん。朝御飯食べるぞー!』
「あん、はげしっ」
『起きろ!!』
ガクガク揺すっていると横から手が出てきて……聡子さんの口を開けてトーストを突っ込んだ!?
『ちょ!?』
「ママは口になにか入れたらだんだん起きてくる」
奏ちゃんは得意気に語ってるが……大丈夫? 喉に詰まらせたりしない!?
「ん~……もぐもぐ」
「ね?」
『おお、ちゃんと食べてる……!』
心配そうに見ていたが、どうやら杞憂だったようだ。目をつぶっているのに食べ進めている姿はちょっと異様だけども。
「そのうち起きるから私たちも食べよ?」
『そうだな……にしても朝早いね?』
時刻は7時。朝御飯を準備する時間を考えると、それより前に起きてるはずだから十分早起きだろう。
「ママがこんなだから朝は私が色々してる」
「んに~」
奏ちゃんにほっぺをつつかれている聡子さん。うーん、いい子だな……ほんと。
『偉いなぁ、奏ちゃんは』
「……ん」
照れてる照れてる。ふふ、可愛いなあ……ん?
「ふぐぐ……!」
『おあ!?』
「牛乳牛乳!」
パンを喉に詰まらせた聡子さんに、俺たちは慌てて牛乳を飲ませて事なきを得た。……まあ、最後はバタバタしちゃったけど実に和やかな朝食だったんじゃないかな。
「よーし、じゃあママ頑張ってくるわね!」
「うん、いってらっしゃい」
『無理せず頑張ってな』
その後、ようやく目を覚ました聡子さんは奏ちゃんと共に身支度をして、颯爽と玄関を飛びだ……さない?
『ん? なにか忘れ物か?』
「持ってくる」
「ん~忘れ物というか~なんというか~」
もじもじと指先を弄りながら上目使いで俺を見てくる……これは、あれか!?
『あー……奏ちゃん? ちょっとあっち向い「やだ」……というわけで残念だ「やー!!」……わかったよ……』
昨夜の手前、どうも断れなくなってるなぁ俺……なんてことを思いながら聡子さんに近寄る。
「……」
『……』
ああ、顎を上げて完全にキス待ち顔だ……というかめっちゃ奏ちゃん見とる……。
『いってらっしゃい、聡子さん』
俺は聡子さんを軽く抱き締め頬にちゅっと
「ーーっ! が、頑張ってきます~!!」
顔をめっちゃ真っ赤にした聡子さんは玄関を飛び出していった。……ええ、昨日あんな事してたのにキスだけでそうなるの……?
「……」
俺が呆然と聡子さんを見送っていると、隣から凄い圧を感じる。
『……なにかな?』
「おはようのキス」
はっはっはっ、急になにか言い出したぞこのおませさん。……だから見せるべきじゃなかったんだよ!!
『奏ちゃん? そういうのは本当に好きになった者同士がやるんだよ?』
「……? 親子同士の親愛の情を表すのにキスをするのは普通だって聞いた」
『グッ』
それは……そうなんだが……。だがしかし、俺と奏ちゃんは血が繋がった親子ではないからその……!
「……それとも、私はパパの子供じゃない……?」
悲しそうに俯く奏ちゃんを俺は反射的に抱き締めてしまった。
『奏ちゃんは俺の娘だよ。だからそんなこと言わないでくれ』
「……ん」
小さく返事をした奏ちゃんは恐る恐る抱き返してくる。……俺はなんてことをしてしまったんだ、奏ちゃんにあんな顔をさせてしまうなんて……。
俺が後悔しているとお腹の辺りにある奏ちゃんが
『おっと、苦しかったかな? ごめんね』
「すー……はー……」
『か、奏ちゃん?』
「な、なんでもない」
今深呼吸しなかった? 気のせい? なら気のせいか!
「というわけで娘の私にもおはようのキスをしてほしい」
『そう……だな。それくらい普通だもんな』
「そう、親子なら全然おかしくない普通なこと。だから早く」
おかしいなぁ……親愛を表すキスのはずなのに、奏ちゃんの頬は上気してるし顎を上げて完全にキス待ち顔。うーん、聡子さんそっくり……さすが親子だな。
『はいはい』
俺は身を屈め、手で前髪を持ち上げて額に触れる程度の口付けをする。
「……!!」
『これで俺の親愛を証明できたかな?』
笑顔で話しかけると、奏ちゃんは顔を真っ赤にして両手でおでこを押さえたまま固まっている。ちょっと刺激が強かったかな?
「……しゅき……結婚して……♡」
『はいはい、馬鹿なこと言ってないで奏ちゃんも学校行く準備するよー』
よいしょと立ち上がり、リビングへと向かうと背後から声を掛けられる。
「私、今日学校行かないよ?」
『えっ?』
『……あー。そうだった。聡子さんが言ってたこと忘れてた……』
俺が固まっているのを不思議そうに見たあと、奏ちゃんはリビングに行ってしまった。
『引きこもり……なんだよな……もしかしたらいじめか?』
子供は自分の気持ちに素直だ。見たもの、感じたことを思ったままに言ってしまう。それが奏ちゃんの心を傷付けて……いや、わからん。もしかした見た目じゃなくて、リーダー的な存在に目をつけられて……みたいな事かもしれない。
くそ、情報が全く足りない。聡子さんに聞こうにもさっき出ていったばかりだし、奏ちゃん本人に聞くのも……ああ、俺はどうしたら……!
「……? パパ、何してるの?」
『な、なにも! なんにもしてないぞ!?』
「そう? じゃあ、こっち来て一緒にお茶飲も」
『う、うん』
リビングからひょっこり顔を出した奏ちゃんに、素っ頓狂な返事をしてしまいつつリビングに向かう。
「紅茶だけど、パパは砂糖とかミルク入れる?」
『いや、ストレートで大丈夫! 大人だからな!』
「……わかった」
奏ちゃんは訝しむように俺を見たあと、自分の紅茶にミルクと砂糖を入れてかき混ぜている。
『い、いただきます』
ギクシャクとした動きで紅茶を一口飲む。……うん、味はよくわからないけどなんかホッとするなぁ……なんか落ち着いてきた。
『あー……その、奏ちゃん?』
「なに?」
両手でカップを持ち、ちびちびと紅茶を飲んでいる奏ちゃんに俺はカップをテーブルに置いて声をかける。
『あー……その、なんで今日は学校に行かないんだ? もしかしたら体調悪かったりする?』
あえて引きこもりの件は知らないふりをしつつ、体調を案じるふりをしつつ休む理由を聞く……! これしかない!
「行きたくないから行かないだけ。ママから聞いてない?」
『……そ、そっかー。行きたくないだけかぁ』
判定:失敗。これだけじゃ行きたくない理由はわからない……! どうする? あえて触れずに今夜にでも聡子さんに聞くか!?
「……パパ、さっきから様子が変。どうしたの?」
『そ、そんまっことないぞ?』
「噛んでる……」
くっそ、動揺が舌に!! 俺は誤魔化すように紅茶を再度飲み始める。
「……パパ」
『……なんだい?』
奏ちゃんはカップをテーブルに置いてじっと俺の目を見てくる。真剣な表情に、俺もカップを置いて見つめ返す。
「パパは私に学校、行って欲しい?」
俺はすぐに返事ができなかった。恐らく、俺が行けと言えば奏ちゃんは学校に行くだろう。だが本当に行かせるべきか。
『……正直に言うと、俺は学校に行った方がいいとは思う』
「……そっか」
俺の回答を聞いた奏ちゃんは立ち上がろうとする。それを、片手を上げて押し止める。
『だけど、無理して行く必要もないと思う』
「……?」
さっきとはまるっきり正反対の言葉に奏ちゃんは首を傾げる。
『学校では勉強はもちろん、人間関係とか色々学べる。それに小学校で過ごした体験や思い出は、人生の中でかけがえのないものだと俺は思う』
「うん」
決して怒るでもなく叱るでもない。自分の考えをゆっくり伝えていく。
『だから俺は学校には行った方が良いと思う。でも』
「でも?」
『嫌なら無理に行かなくてもいいじゃないかとも思うんだ』
これが正しい選択なのかはわからない。間違ってすらいる可能性は大いにある。だけど、俺は思うんだ。
『勉強は学校じゃなくてもできる。嫌いな人間といやいや付き合うのは……まあ、社会に出たら役には立つが、人間関係があまりない職種を選ぶ事もできる。体験も思い出も、役に立つが無理に得なくてもいい』
「……」
『つまり、パパが言いたいのは奏ちゃんが選ぶことが大事だってこと』
「私が選ぶの……?」
俺は優しげな笑みを浮かべて頷く。
『そう。俺や聡子さんじゃなく、奏ちゃんが選ぶんだ』
奏ちゃんの人生は奏ちゃんが主人公。俺や聡子さんじゃない……だからこそ、大事な選択は奏ちゃん自身が決めるべきだ。
『どちらを選んでも怒ったり叱ったりしない。選んだ方を全力でサポートするよ』
ーー子の選んだ道を全力でサポートする。それが親の役目で義務だ。
「……パパ」
『うん?』
もし仮に行かない事を選択したら、聡子さんに事情を話して土下座でもなんでもして、理解してもらうしかない。……ああ、天道さんにも話さなきゃな。
「……私、学校に行く」
『……そっか、わかったよ。急いで行く必要はないから、ゆっくりちゃんと準備して……』
「行く日を週2から週3に増やすね」
『そっかそっか、週2から週3に……ん?』
週2…? 週3? あれ、学校に行ってるの!?
俺の呆然とした表情を見た奏ちゃんが、悪戯が成功した小悪魔のような笑顔を浮かべていた。
「毎日じゃないけど、ちゃんと学校行ってるよ?」
『はえ? い、いじめは?クラスで孤立は……?』
「そんなのないよ。みんな幼稚園からの友達だもん」
奏ちゃんが、私が通ってるのは幼小中高大の一貫校だよ?と教えてくれる。……俺の、勝手な……勘違い……?
『じゃ、じゃあ、行きたくないから行かないのって……』
「そのまんまの意味だよ?」
『』
そういえば……聡子さんは奏ちゃんのこと引きこもりじゃなくて、引きこもり
がっくりと力無く背もたれにもたれ掛かって天井を見上げていると、腕になにやら柔らかいものが。
「パパ」
『……なんだい、奏ちゃん?』
どうやら腕に奏ちゃんが抱きついて来たらしい。……ちょっと今はそっとしておいてほしいかな……?
「パパが私のこと真剣に考えてくれて嬉しかった」
だから学校行く日を増やしたんだよと、嬉しそうに話す奏ちゃん。
『……当然だろ? 俺は奏ちゃんのパパなんだからな』
「奏」
『ん?』
「呼び捨てでいいよ。パパなんだから」
そういって俺の二の腕に顔をすり付ける奏ちゃ……いや、奏の頭を優しく撫でる。今日の髪はボサボサではなく、ちゃんと櫛を通しているのだろうさらさらとした感触が心地良い。
『わかったよ、奏』
「うん! パパ大好き!!」
すり付ける行為に満足したのか、顔を上げた奏ちゃんは満面の笑みを浮かべていた。
まあ……この笑顔が見れたから、さっきの痴態もやってよかったかな思うのであった。
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