「すまない、待たせた」
「やっと終わりました? 早く行きますよ」
「ああ……ついてくるんだ、13号」
『畏まりました』
入浴を済ませ、手早く服を着た天道さんと一緒に部屋を出る。……ちなみに、俺の服はないらしい。
どんな世界が広がっているのか、少しだけ興奮しながら二人の後に着いていく。だが気取られてはいけない……俺は自我を持たないアンドロイドなのだから。
わりと緊張感を持って歩いていると、すれ違う人に挨拶をされる度に、鷹楊に返事をする天道さんの後ろ姿をみて俺はつい尊敬の念を抱いてしまう。すげえ、重役の人みたいだぁ……。
『すごいな、あれが新しいセクサロイドらしいぜ』
『まじで人間の男みたいだ……早く販売されないかな……』
『お前、家に3台もあるのにまだいるのか?』
『全部の穴に突っ込むのが最高に気持ちいいんだよ。一台壊れちゃったし』
『どう使ったら壊れるんだよ……』
高性能な耳は随分離れた人の声まで拾う。声の主は先程すれ違った女性の二人組だ。改めて貞操概念逆転世界に来たんだなぁと思いつつも、いや、同性しかいない場合は前の世界でも同じような会話がされてるのかもしれんと益体も無い事を考えてしまう。
「そうだ、今日の担当者はだれだ?」
「
「そうか」
……先程の二人と違い、こちらの二人は特に会話無く目的地に向かっている。まあ、同じ部署だからみんな仲良しってわけじゃよね。でも、なんか寒いなぁ……服を着てないせいかなぁ!?
「遅くなってすまない。試作機13号を持ってきたぞ」
「待ってましたよ天道博士。では、お預かりしますね。おーい、みんな始めるぞー」
『はーい』
なんだか寒い思いをしつつ、ようやく着いた実験場に入る俺たち。……めちゃくちゃ広いなここ。とても同じ建物内にあるとは思えんくらいだ。
「さて、引き渡しも済みましたし我々は報告書を仕上げてしまいましょう」
「……」
おや、どうしたことか。天道さんは入り口すぐの壁にもたれ掛かったまま動かないではないか。
「博士……? どうしました?」
「なに、見学しようと思っていてね。報告書の期限はたしか明日だろ? ちゃんと私の分は今日中に提出するから、
「ええ……まあ、構いませんが……」
おっと? どうやら天道さんは居てくれるようだ。これは心強い!
「はあ……どうしたんです? 試作機を使用したり、今まで引き渡したらすぐ部屋に戻っていたのに」
「そんな日もあるといっただろう? それに、私が見ているとなにか不都合でもあるのか?」
おっふ、天道さん……いくらなんでもその言い方は不味いですよ。その証拠に高木さんの表情が能面のように……。
「いつにもまして当たり強くないです? ……もしかして、臭いって言ったこと怒ってます?」
「ち、ちが!!」
「まあ、いいですけどね。仕事さえこなしてくれれば。じゃあ私は博士が見学すること伝えたら戻りますので」
そう言って俺たちから離れていく高木さんを見送る。ちらりと天道さんを見れば腕を組んで忌々しそうに離れていく背中を睨んでいた。
『すいません磯辺課長。実は博士が見学したいと言ってまして』
『えー! 天道博士見るの? やりにくいなぁ……』
試験の準備をしている磯辺さんに話しかける高木さんの声が聞こえてきた。100mは離れているのにずいぶんとよく聞こえるものだ。
『嫌なんだよなあ上の人に見られながら仕事するの……』
気持ちはわかる。上司と一緒に仕事するってだけで緊張するし、仕事を見たいと言われた日にはプレッシャーやらなんやらでひどく疲れるものだ。
うんうんと頷きそうになるのを堪えながら聞き耳を立てる。天道さんからこの世界の事を色々聞いてはいるものの、まだまだ知識不足だしこういう普通の人の会話から得られる情報は大事だ。
『急にどうしたんだ? 今までそんなことなかっただろ?』
『どうも試作機を気に入ってしまったみたいで……ほら、今回の試作機のコンセプトは『より本物らしく』でしょ?』
『あー……だからかぁ。……いくら本物みたいでもセクサロイドなのになぁ……』
『あの見た目ですから。男にも拒否されたらしいですし仕方ないですよ』
『相手が博士だとわかったら私も拒否するよ。きっついきっつい』
『はっはっはっ、私もですよ』
どうやら不要な情報だったらしい。俺は楽しそうに天道さんの悪口を言う二人の会話をシャットアウトした。
「すべての仕様確認完了。全て基準値以内ですね」
……どうやら終わったらしい。言われるがままちゃんと行動したがまじで意味がわからん。1秒間に4回腰を振れとか、200キロの重りを持ちながらがに股で実験場を一周するとかどんな仕様だよ……。
「以上で試験を終わりですが、いかがだったでしょうか……?」
「無事終わってなによりだ」
磯辺が天道さんの顔色伺いをしていると、他の補助員さん達が俺の目の前に円柱のような台車を持ってきた。ああ、このまま天道さんとお別れになるのかなぁ……いやだなぁ……。
なんて思っていると、磯辺との会話を早々に切り上げた天道さんが補助員さん達に声をかけた。
「おっと。保管は私の研究室でするから運ばなくても結構だ」
「え?」
「ちょ、ちょっと天道博士!? 保管は機密漏洩防止のため専用の倉庫にする決まりですよ!?」
天道さんの突拍子もない発言に慌てて磯辺が駆け寄ってきた。もしかしてお別れしなくても済む? なんて事を思いながら事の成り行きを見守ることにする。
「私の研究室も同等の情報漏洩対策はされている。なら別に倉庫でなくても構わんだろ?」
「構いますって! 規定でそう決まってるんですから!」
「なら上には私から伝えておこう。話はこれで終わりだ。行くぞ13号」
『畏まりました』
わーい、天道さんと一緒だー!
「ま、待ってくださいって! 私が部長に怒られてるんですって!! いくら気に入ったからって……!」
「すまんな」
ようやく天道さんの部屋に帰れると喜んでいると、出入り口から
「こらこら、わがままはいけませんよぉ天道」
「……
ーーあまりにデカイ。あまりに太い。あまりに起伏がない。樽のようなとか、ドラム缶体型と言う言葉があるがまさに、この人を表すためだけにあるんじゃなかろうか? あと目がめちゃでけえ。一昔前の少女漫画の登場人物みたいだ。
「なんでお前がここにいる? 引き渡しは二週間後だろ?」
「随分良いものができたと小耳に挟みましてねぇ。ですから、見に来ちゃったんです」
俺がショックを受けている間に話は進んでいく。しかしそんな中、また新たな衝撃が俺を襲う。
「わあ、太田部長だ……!!」
「いつ見ても綺麗だなぁ……抱いてほしい……」
「私は抱きたいなぁ……あのどすけべ過ぎる体を好き勝手したい……ハアハア……」
ーーいせかい、しゅごい。
「そうか、では目的は達成したな? 研究室で13号を保管せねばならんから、私はこれで失礼する」
「おっとぉ? 保管は倉庫にするのでは?」
「太田部長! 実は天道博士が急に研究室で保管すると言い出しまして……!!」
チッと天道さんの舌打ちが聞こえて俺は正気に戻る。え、この人がもしかして営業部の部長なの?
「それはそれは……いけないよぉ天道。そんなわがままで現場を混乱させたら」
「……」
「まただんまりかい? 変わらないねえ君も」
悔しそうに顔を歪める天道さん。正しいのは間違いなく太田さんだ……これはもう、どうしようもない。
「わかったなら研究室で報告書を仕上げてきたらどう? 高木ちゃんが困ってたよぉ」
「高木が……わかった」
絞り出すように返事をした後、俯きながら俺に抱きついてきた。て、天道さん……そんなことしたらまた磯辺たちに……。
案の定、その行動を見た磯辺達はひそひそ話をしてるし、太田さんは面白いものを見たようににやりとしている。それでも天道さんは強く俺を抱き締めたあと、すまないと小さく呟いた。
「……では、私は研究室に戻る。あとは頼んだよ」
「は、はい」
「また今度ねぇ」
俺は天道さんを抱き返すこともできずに、ただ、逃げるように実験場を出る天道さんを見ることしかできなかった。
「ありがとうございました太田部長。おかげで試作機を倉庫に保管できます」
「……」
「では、試作機を運びますので……」
「この試作機は私が保管しますぅ」
「……え?」
「ーーああ、私の要望通りの見た目ぇ……良い……良いわぁ!!♡」
ずっと出入り口を見ていたら、乱暴に顔を持ち上げられた。いきなり目の前に現れた、太田さんの顔を視認したと同時に俺は触覚を切断した。
「じゅる、じゅるるるるるっ!!♡」
う、うおおおおおおお!? こ、こいついきなり俺の唇をぉぉぉぉっぉぉ!?
「お、太田さん!?」
くそ、触覚を遮断してるのに音が口の中で反響して……ヴォエ!!
「じゅっぽっ!♡ ……んん、ごめんなさいねぇ。13号のデザインコンセプトを出したのは私だからつい……。ね、磯辺ちゃん、試作機を二週間ほど私のほうで保管したいのだけどぉ……ダメかしらぁ?」
ふ、ふざけんなこのヒキガエル!! てめえさっきと言ってる事がちげえじゃねえか!!
相変わらず俺の顔を掴んだまま、流し目で磯辺を見る太田。その視線の先はもちろん磯辺がいて「こ、今回だけですよ太田さん!」てめぇ磯辺!!
「ありがとぉ、磯辺ちゃん! この埋め合わせはまた今度二人っきりで……ね?」
「はい!」
「じゃあ、私はもう行くわねぇ。おつかれさまみんな」
ようやく俺の顔から手を離して、ついてきなさい13号と命令してくる太田。くそ、行きたくない……行きたくないのに行かなきゃ天道さんにもう一度会えなくなるっ!
背後から聞こえる、ずるいとか課長代わってくださいとかの声を聞き流しながら、俺は心を圧し殺して太田についていった。
◇現在◇
「な、なあ……海君、もしかして怒っているのかい……? 君を守れなかった私を怒っているのかい!? なんだか口調がおかしいし、博士呼びだし……も、もしかして太田に心を奪われてしまったんじゃ!?」
おっと、地獄の二週間を思い出していたら天道さんの情緒がぐちゃぐちゃに。これはなんとかせんといかん。
『すいません、二週間もAIのふりをしていたので……もう大丈夫。いつもの俺ですよー』
「ほ、ほんとにほんとか?」
『信じてくださいよー』
よーしよしと頭をわしゃわしゃ撫でたあと、そのままほっぺもむにむにいじってあげる。うん、
「うんん……信じる……」
『よかった。天道さんに逢いたいがために頑張ったんですからね、俺』
「うう……海君……」
まあ、決して無駄で地獄な日々だった訳じゃない。この体に大分慣れることができた。あとこの会社や協力会社のことも少々……。
「そ、その海君……?」
『はい、なんですか?』
「その、太田に綺麗にされてるとは思うんだが……私の手でしっかり洗浄したいんだ。……だから、一緒に入らないかい……?」
そういって赤面しながらちらちら浴室を見る天道さんに、俺は是非全身お願いしますと即答し、抱き上げて浴室に飛び込むのだった。
ようやく過去話が終わりました。
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