「成幸、みかんちょーだい」
「ほら」
「剥いたのがいいー」
「はいはい」
唯我家のこたつに入って寛ぎながらみかんをねだるうるかに、成幸がやれやれといった様子で返事をしながら、差し出したみかんを戻して皮を剥く。
うるかはこたつの天板に顔をつけながら、笑みを浮かべて成幸のことを見つめていた。
BGM代わりにつけているリビングのテレビからは再放送のバラエティが流れている。成幸以外の家族は買い物にでかけていて家の中には2人きり。穏やかな冬の休日だった。
「はい、剥けたぞ」
「あーん」
「いやちょっとそれは」
「あーん」
「……しょうがないな」
成幸は誰もいないことを確認するように一度左右に首を振ってから、口を開けてせがむうるかにみかんを一房差し出した。みかんを口に含んだうるかは楽しそうにしながらもぐもぐと咀嚼して、食べ終えるとまた口を開けて成幸に次を催促する。
成幸は一瞬ためらったがすぐに諦めたような顔になり、満足するまで付き合おうと、次のみかんを一房ちぎった。
「んー美味しかったー! あんがとね」
「なあ、せっかく日本に帰ってきてるんだから、ウチでこんな感じでいるより外に行ったほうがいいんじゃないか?」
うるかがみかんを食べ終えたタイミングで成幸がうるかに問いかける。
高校を卒業した後、うるかはオーストラリアの大学に留学していた。日本に帰ってくるのは年に数回。滞在できるのもあまり長い期間ではない。
そんな貴重な時間をこんなふうに過ごしていいのかと、成幸は不安に思っていた。
「成幸には自宅だけどあたしはお邪魔してるわけだから外に出てるよ?」
「いやそりゃそうだけど」
「まあそれはジョーダンだけど」
次のみかんに手を伸ばしながらうるかが笑う。成幸はうるかが皮を剥く様子を見つめながら待っていた。
「成幸はよーするになんか特別なことしようと思ってくれてると思うんだけどさ」
「特別なってことはないけど……せっかくなんだしもっと楽しいことしたほうがいいんじゃないか。うるかの実家で休むならともかく外出てるわけだし」
「まあ外行って遊ぶのは好きだけど」
剥いたみかんを今度はうるかが成幸に差し出して、その口の中に押し込んだ。突然口の中に生まれた冷たさと、唇に触れた指先の感触に成幸は動揺しながら、屈託のない笑顔をしているうるかを見つめた。
「こんなふうにこたつに入ってのんびり成幸と過ごすのも好きだから、今日はこっちがいいかなって。こうやって甘えるなんて、向こうにいたら絶対できないし」
うるかはそういいながら成幸の手に自分の手を重ねて、さわさわとくすぐるように甲を掻いた。この時間も特別なんだと、小首を傾げて見つめる姿は、からかうような、甘えるような、そんな仕草をしていた。
みかんを噛み締めた成幸の口の中に冷たい果汁が広がる。頭を冷やすのには十分で、心臓のドキドキを鎮めるのには足りない。こたつの温かさが落ち着くのを妨害しているようで、今だけは少し邪魔だった。
「……そう言ってくれるんならいいんだけどさ」
こんななんでもない時間を大切だと思ってくれていることは嬉しかったが、同時に顔を見るのが照れくさくて成幸はうるかから目を逸らす。
顔を赤くした成幸の様子を楽しそうに見つめながら、うるかは手元に残ったみかんを口に運ぶ。
そのとき唇に指が触れた。何気なくその指を見つめて、それから成幸の顔に視線を移す。どうかしたのかと不思議そうな顔をした成幸に見つめられて、ふと頭に浮かんだ言葉がうるかの口から零れた。
「今の間接キス……?」
「い、今さらそのくらい気にするなよ」
「な、成幸だって顔赤くしてんじゃん」
「お前だって赤いからな」
穏やかな空気の中での不意打ちのような言葉のせいで、普段なら気にしないような出来事でも2人は慌ててしまっていた。
どこか緊張感のある、けれど心地良い雰囲気の中、どちらともなくこたつの上でもう一度手を重ねた。そのままゆっくりと顔を近づけようとして。
「ただいまー! お兄ちゃん、武元先輩、なにもありま……お兄ちゃん何かあった?」
「い、いや……」
「な、なんにも……」
玄関から聞こえてきた水希の声に、2人は弾けるように手と体を離した。部屋の障子が開いたのはそれからだったが、普段とは違う空気を感じた水希は怪しむような視線で忙しなく2人を交互に見つめ、その後ろでは花枝たちがあらあらと口元を緩ませて2人を見つめていた。
これから何度でもありそうな、なんてことのない日常の一幕。
顔が赤いのはこたつのせいだとしどろもどろになりながら言い訳する2人を、訝しげな目をした水希がしばらく見据えていた。