例えば吸血鬼。またはフランケンシュタインの怪物。もしくは狼男。
それらと起源を同じくして、近代社会で生まれたのが都市伝説である。
こちらも例を挙げるとするのならばメリーさんやスレンダーマンと言った、人間の想像しうる恐怖から語られるものが多数を占めるだろう。
逆に言ってしまえば、それは世界中で語られる怪異譚や都市伝説の類は人間と言う語り草が存在する限り概念として輪郭を持つことが出来るという事だ。
概念と言う輪郭は認識されることで形を手に入れ、その存在に人間が考える設定を元に肉付けされていく。
形を肉付けされていった概念は、この世界に存在を与えられ顕現する。
「ポンコツ怪異のメリー、ちょっと聞いてくれる?」
「スマホの取扱説明書読んでるところなんだけど、それよりも大事な話なの? あとポンコツ怪異っていうな!」
これは一つ隣の別天地(エルスウェア)から始まる吸血鬼とメリーさんの物語とか、別にそういう大層な訳ではないといっておこう。
0 ■■■■ 桜ヶ咲
最近何かがおかしい。違和感があるという事に気が付けたのは彼が普通の人間ではなく、彼が人類のある種の願い、願望と言った形で生まれた存在である怪異の類であったからだ。
「なぁメリー。ここ最近何かが、こう、おかしいと言うか違和感があると言うか、そう感じたことってないか」
いつも以上に、今まで以上調子の良い自らの肉体を確認するように動かしながら、彼は住処を同じにする都市伝説の少女メリーに問いかける。
もっとも彼女の事を普段からポンコツ怪異と思っている彼からすれば、まともな返答を期待しているわけではなく、ただの世間話と言った感覚であるのだが。
「なによ、はっきりしない感じの問いかけね。でもまあ、ここ最近はおかしいとか違和感を感じるくらいには身体の調子はいいわね」
しかし返答は彼の確かめたかった、自身が感じていた違和感と同じようなモノを感じていると言う、彼女にしては珍しくまともな返答であった。
そのせいで彼は、この違和感の正体を突き止めなくてはならないと思ってしまうのだが、どこか思考を誘導されている様な気がして不快感が生まれる。
まるで己が、強制的に舞台の役者としての役割を与えられたのではないかと言う、そう言う類の不快感を感じずにはいられなかった。
「不愉快だな。ああ、本当にさ。全く持って度し難いとはこの事か」
彼は呟く。
己の存在理由を、自身の生まれ方を思い出して。
「え、ちゃんと答えてあげたのに何で罵声を浴びさせられてるの私。どういうことなの。ねえ、何か気に障ったなら謝るから怖い顔するのやめてよ」
何か勘違いをして震えているメリーを横目に、彼は外出のための上着を手に取り、違和感の正体を探るべく立ち上がる。
「何処かに行くの?」
「まあそういう事になるね。メリー、僕は少し外に出ることにするから留守は任せたよ」
「理由は聞いてもいいのかしら。それともダメなのかしら」
「別に構わないよ。そうだね、あえて言葉にするのなら……役者としての役割を果たしに行くことにするってところかな」
「ふぅん。とりあえずよくわからないとだけ返してみるけど、怒らないでね?」
「別に怒らないし、メリーが理解できるなんて小指の先ほども思ってないから安心していいよ」
彼にとって今の言葉が全てであり、別にメリーを馬鹿にしているつもりなどないのだが言い方が悪い。それも壊滅的なまでに。
しかしメリーからしてみても、彼に特別悪気はないのだと、割と長い時間を共に過ごしてきていたため分かっているので、内心では少々言い返したい部分はあったのだけれども、ぐっとこらえて言葉を飲み込むことにした。
「そ、そう。ならいいのよ。気を付けて行ってらっしゃい」
もっとも言葉こそぐっとこらえて飲み込み、平常を装い「いってらっしゃい」と言ったものの、メリーの豊かな表情までは隠しきれてはいないのだが。
そんなことなど気にした様子も見せずに彼は外に出る。
時期にして夏、日付で言うなら七月七日、日本の世間一般で言うところの七夕である。彼の視界に広がるのはいつもと別段変わらない月夜が照らす静かな街のはずだった。はずだったのだ。
「なんだ……、これは」
雪が降っていた。それも黒い雪が。極所的に、彼がテリトリーとしている桜ヶ咲と言うとてつもなく狭い範囲で。
雪が降るだけでも異常だと言うのに黒い雪だ。怪異と言う存在である彼も自分の見た光景を疑わずにはいられなかった。
そして彼は何となく、ただ本当に理由などなく、引き寄せられるように黒い雪に触れた。
その瞬間だった。
「うっ!?」
まるで電気ショックでも与えられたかのようにびくりと身体が跳ねる。それに続いて悪寒が走り、視界が揺らぐ。
身体は不調を訴えるかのように膝をつき、その場に強制的に倒れこむ。
なんとか意思を込めて身体を、どうにか動かそうとしてみるが、脳内をぐちゃぐちゃにかき混ぜられてるかのような痛みのせいでそれさえもままならない。
「こ、これは、流石に……、不味いかな」
そう呟くことが限界だったようで、彼は徐々に意識を失っていく。
彼が薄れゆく意識の中、最後に見た光景は玉虫色の球体が無数に浮かぶ空と、崩壊してゆく桜ヶ咲だった。
1 邂逅
突然な事ではあるが、例え話をさせてほしい。
目の前にボロ布と見間違うほど小汚い格好をした上に、かすり傷やらその他もろもろ小さな傷がついた見知らぬ人物を発見したら、君ならどういう行動を取るだろうか?
一つは恐らくだが素直に心配の声をかける。というモノになるだろうか。
否である。
目の前にそんな見るからに怪しい、ヤバそうな奴に声をかけるとか普通に考えたらありえない。そんな奴がいるとしたら根っからの善人か変人であろう。
では二つ目、今すぐ国家の犬……ではなく優秀な国家の公務員様に繋がる魔法の番号をポチポチと押して一般市民として通報する。
これもまた否である。ていうかめんどくさい。絶対に面倒なことになる。
よってこれもまた無しである。
では三つ目。速やかにこの場を離れて何も見なかったことにして穏やかな日常に戻る。
これが最適解であろう。
さて自分を落ち着かせるべく始めた例え話に答えが出たことなので三つ目の解を元にこの場を離れることにしようそうしよう。
などと心の中で言ってはみるが、どうやら既に手遅れなようだ。
足首を掴まれてしまった。オー、ジーザス。神は死んだ。むしろ何もしないのであるのならくたばれゴッド。
敬虔であったことは一度も無ければ、そもそも神様なんて信じてない私がそう言いたくなるくらいには最悪だ。今すぐ逃げたい、できれば足首を開放してもらいたい。そうしたら一目散に逃げるから。
ん? あれ? なんかコイツの歯やたらと鋭いような?
そのやたらと鋭い歯もとい牙を、強く掴まれた足首に近づけられる。
「おい、ちょっと待て。はなそうじゃないか、二つの意味で。いや、マジで、待った待った、お願い! お前絶対人間じゃねぇだろ! あ、やめ、やめろォォォォ」
恐ろしい程の力に抵抗するためにゲシゲシと頭を蹴りながら、必死に私はその脅威に抵抗しては見るがどうやら効果はあまり無いようだ。
チクリとした痛みが足首に奔る。見た目ほど痛くはなかったが、何かが吸われていくような感覚に陥る。いやね、そりゃ血ももちろん吸われてるのはわかるよ? それ以外の形容しがたい何かを吸われてる感覚と言う意味でね。
意識が遠のく、あ、これダメだわ。そう思った頃には手遅れと言うモノで、無事に意識を手放した。
もしも次があったのなら、気まぐれに真夜中に散歩なんてしないと誓うとしよう。
「勝手に終わらせようとしないでくれるかな。それと非常に、とても言いずらいんだが二度と飲みたくない血の味だったよ。不健康にもほどがあるんじゃないかな?」
何だよもう、ほんとにさ。
さっさとどっか行ってくんないかな? こうやって逃げやすいようにワザと意識手放したふりしてるんだからさ。こっちの気遣いとか全部台無しじゃねぇか。ふざけやがって。
「さっさとどっか行けよ本当にさ。感謝とかいらねぇんだよクソ怪異の分際でよ。しかも吸血種とか何してくれちゃってんの? 仲間入りしちまう一歩手前じゃねぇかこの野郎。今までなかった反応を感知したから来てみたら襲われるとかないわ、めんどくせぇな。まあ全部まとめるとだ、なんでしょうかハイ」
まともな人間じゃ、夜に、弱ってるとは言えど怪異に勝てるわけなどない。
低級な神話生物の方がまだいい。
「情緒が不安定な人間なのかな。まあクソ怪異とか言ってる当たり、僕がどういった存在なのかは知ってるみたいだけどさ。なに?普通に陰陽師とかゴーストバスターが居たりしちゃう世界だったりする? 回復したからわかるけどさ、結構この辺り僕みたいなの溢れてる感じかな?」
「まあどういった存在か知ってるとかの前に関係者ですハイ。あとそう言った連中はいない訳じゃないけど当たり前のように認知されてるような世界ではないデス。あとはまあ、察してる通りだと思いますネ、ええ」
「どうやら君は正直な人間みたいでとても助かるよ。ああ、それと助かるついでで悪いんだけど携帯電話とかそう言うの持ってたりしないかな?」
「え、まあ持ってはいますけど……。もしかして貸せってことです?怪異のアンタが?」
吸血種系の怪異で携帯電話を使うってどういう存在なんだ?
電話といえば有名どころの都市伝説のメリーさんか? いや、アンサー君とかさ〇るくんみたいな派生種も増えたしその辺はよくわからんな。そもそも吸血種ってだけで候補が多いのに。でもどう見てもこの怪異の性別は男だ。僕っ子とかでもない限りだが。どう見てもやはり男だ。もっとも怪異の性別なんて当てにならないのだろうが。
「あー、愉快な妄想?想像かな? しているところ悪いんだけど知り合いに繋がるか確かめたいだけだから君が思っている様な事は無いからね」
「人の頭の中をまるで覗いたかのように指摘しないでもらえませんかねぇ? まあ、じゃあどうぞ」
「助かるよ、ありがとう。えーっと、あのポンコツの番号は……」
ポンコツ? ダメだ、全く候補が絞れない。
普段から働いていないような脳を稼働させ、必死に思い当たる候補を思い浮かべては消してを繰り返すがこれといった確信には思い至らなかった。
「ダメだね、繋がらないみたいだ。返すよコレ」
諦めたように言うと、案外普通に手で渡して返してくれた。
「あ、普通に返してくれるんっスね」
「君って結構失礼な奴だよね。よく言われないかい」
「な、なんだよ、何も言ってないんですけど」
「表情、いや。この場合はなんだっけな、目は口ほどにモノを言うが正しいのかな? まあそんな感じだよ」
ただの見た目だけで考えるのならば西洋風の顔立ちなのに随分と日本語に明るいようだ。
「なんだい、そんなに僕が何者なのか気になる感じかな? 不味いとはいえ血液の提供をしてくれたわけだし、別に構わないけどさ」
「あー、はい。……教えていただきたいのですが」
「そうして言いたいことを飲み込めるのは美徳だね。名はアルノルド、それ以上でもそれ以下でもない血を吸う鬼、吸血鬼だよ。今後ともよろしく、木々津(きぎつ)皆守(ともさね)君」
EX1 一方その頃メリーは①
メリーさんの電話、それが私自身の存在理由である都市伝説である。
とある少女が引越しの際、【メリー】と名付けられた古い外国製の人形をやむを得ず捨ててしまった事を発端に始まった現象であった。
電話を媒介に、対象人物に迫り、真後ろにまで近づき最後の電話でその姿を見ようと振り向いてしまった相手を殺す。
そのようなことが噂として囁かれ始めた当初は、避けようのない死として扱われていたというのに……。
「どういう訳か、今じゃポンコツ怪異呼ばわりをされてるし。なんか拠点にしてたアルのお家も吹き飛んでしまってるし……、殺される、あの冷酷無比なイかれた化け物に殺されちゃう! 私のせいじゃないのに!ど、どどど、どうしろって言うのよぉ!!」
つい先ほどまでの私は、今の時代に対応するためにスマートフォンを使いこなそうと必死に取扱説明書を読んでいただけだというのに。
「というか、さっき外に出てくるとか言ってなかったっけ? なんなら死んでたりしないわよね? 逃げちゃう? 逃げちゃおうかしら? ああでも絶対にアルは私が何をどう言っても留守を任せたのに家が無くなるとか何を任せられたのかな?とか言ってくるわ。逃げても逃げ切れる気もしないしもうほんといやぁ」
EX2 現地人との帰り道
「お、黒猫がいるね。野良かな? それともこの子も僕と同じような存在だったりするのかな?」
足元にすり寄ってきた野良猫にしてはやけに毛並みの良い、額に白い三日月模様のある黒猫を撫でようと手を顎下に入れようとしてみる。
「え、どこからどう見てもただの黒猫っすよそれ。それ以前にアルノルドさんみたいな存在の方が珍しいんでその辺に溢れてるような言い方しないでもらえませんかねぇ」
皆守の言葉を聞き流しながら黒猫の顎を軽く撫でる。嫌がるそぶりも無く気持ちよさそうにしている。
「随分気持ちよさそうにしてくれるね。んー、そうだね。君、僕の眷属にでもなってみるかい」
そんな思い付きの提案をしてみると分かっているのかやけにいいタイミングで「にゃあ」と鳴くのだ。
「え、何をそんな軽いノリで眷属とか作ろうとしてんっすか? 猫も猫でわかってんのか知らないっすけどにゃあとか言ってるしやめてくださいよこれ以上増やさないでくださいよアンタだけでも嫌なのに」
近くでものすごく嫌そうな顔をしてる皆守を無視して指から血を垂らして黒猫に舐めさせてみる。
黒猫はそれをぺろりと舐めると肩に飛び乗ってくる。
「んー、もう少し馴染めば会話もできると思うけどそれまで我慢しておくれよ? え?名前が欲しい? そうだね、じゃあその額の三日月にかけてツキとかでどうかな? それでいいって?」
「あぁぁ、無視された上に早速なんか増えてるんっすけど」