ポツポツとにわか雨が降り始めた。徐々に勢いが強くなっている。すぐに滝のようになるだろう。
だからプールから上がれという号令がかかる前にプールに飛び込んだ。
飛び込んだ泡が弾けてなくなるより早く、仰向けになって水面を見る。
パラパラとした音とともに水面に降る雨は、まるで光の粒が落ちてくるようで。
この光景が好きだから、雨のことも好きだった。
◆◆◆
「あちゃー。降られちゃったね」
「だなあ。せっかくのデートなのに悪い」
「いやいや、成幸が謝ることじゃないし」
夏の盛りの暑い日に、うるかと成幸は2人でプールに来ていた。
うるかの指導の賜物で成幸のカナヅチもそれなりに改善していたのでデートに来ていたのだが、楽しく遊んでいたところで雨に襲われてしまっていた。周りには同じようにプールから上がった人で溢れていた。
「ちょっち弱くなってきたけど、雨まだ止みそうにないね」
「そこまで強くないからそのうち止むと思うんだけどなあ」
「梅雨は終わったのによく降んね」
「夕立だからな」
「夕立めー」
雨宿りをしながら空を見上げる。空は灰色の雲で覆われていて、雲の切れ間は遠くのほう。にわか雨とはいえそれなりに続きそうな天候だ。
「ねーねー。成幸は雨って好き?」
「んー? そうだな……昔は嫌いだったけど、今は嫌いじゃないかなあ」
「へー。なんで嫌いだったん?」
「……ウチよく雨漏りするんだよ」
「あー……あはは」
「さすがにすぐ修理はしてるけどな」
まずいことを聞いてしまったと愛想笑いを浮かべるうるかを見て、成幸は何でもないという調子で軽く応える。成幸にとっては日常的なことだったので、うるかがそこまで気にするとは思っていなかった。
「でも今は雨嫌いじゃないんだよね? なんでなん?」
「いや、まあその……お前のおかげだよ」
「へ? あたし?」
話題を変えようとしたうるかは成幸の返答を聞いて目をしばたたかせた。雨を好きになる理由にどう自分が関わっていたのかと首を傾げる。
「あー……中学のとき学校帰りにバスに乗って海まで行ったとき、うるかがついて来てくれたことあったろ? あのとき雨降ってたし、それに高校の卒業式の日に空港まで会いに行ったときも雨降ってたんだけど、覚えてるか?」
「うん。確かにどっちも降ってた」
「……それで海でうるかが俺を笑わせてくれるって言ってくれたときも、空港で告白を受けてくれたときもどっちも雨上がりだったんだよ。どっちも俺にとって大切な思い出だから、雨自体はそこまで好きじゃないけど、雨上がりにはいい思い出があるから嫌いじゃなくなったんだ」
成幸は顔を赤く染めながら最後まで言い切った。うるかの顔を見るのが恥ずかしくてじっと前を見ていたが、しばらく待ってもうるかの反応がないのでうるかの方へと顔を向ける。
うるかは自分の行動が成幸に大きな影響を与えていたことが嬉しくて感極まったまま成幸を見つめていたが、急に成幸と目が合ってしまったので目を泳がせて慌ててしまった。
「や、あ、そ、そっか! も、もー成幸あたしのこと好きすぎない?」
「好きだよ」
「うぇ!?」
うるかが恥ずかしさをごまかそうとして茶化すつもりで言った台詞を、毒を食らわば皿までとばかりに成幸は即肯定した。
顔から火が出そうになったうるかは羞恥心からの言葉をボソボソと呟きながら、体育座りをした両膝の上に置いた腕で顔の下半分を隠すように顔を伏せ、もう片方の手は成幸の手に重ねた。
もうこれでおしまいとばかりのうるかの態度を成幸も感じて、しとしとと降る雨を無言で眺めていた。
「うるかは雨好きなのか?」
しばらく無言でいた成幸が、真っ赤に染まっていたうるかの耳が元の色に戻ったのを見計らって声をかける。問いかけられたうるかはすっかりいつもの様子を取り戻していた。
「うん、割と好き。普段から好きってワケじゃないけど、プールの中から雨が降ってるの見んのケッコー好きなんだよね」
「プールの中から?」
「うん。そっか、成幸泳げなかったから見たことないよね。水中で仰向けになって見る水面に落ちてくる雨ってキレイでさー」
雨を見ながら弾むような声でうるかが答える。自分の知らない景色を楽しそうに語るうるかのことが、成幸には眩しく見えた。
うるかは水中から見る景色の様子を伝えようと身振り手振りを交えて解説をしていたが、成幸には伝わらないのか苦笑いを浮かべてしまっていた。
「よっし! じゃーせっかくだし雨降ってるうちに見に行こっか!」
「え、うわっ!?」
「ほら、そろそろ止んじゃうかもしれないし速く速く!」
言葉で説明するのを諦めたうるかは成幸の手を引いて立ち上がり、雨で濡れるのに構わず踏み出した。最初は戸惑っていた成幸も、ポツポツと当たる感触を楽しむように笑ってプールへ向かっていった。
雨はまだ好きではないけど、今日好きになるかもしれない。好きになれなくても2人だったらきっと楽しめるだろう。
雨の中でも輝くようなうるかの姿を見ながら、成幸は世界が広がっていくような心地を感じていた。