「最近よーやく暖かくなってきてんね」
「そうだな。春も受験もすぐそこだ」
「うえー……帰るまでベンキョーの話は忘れたいんだけど」
「あはは。悪い」
息を吐いても白くならないことの増えた冬の終わり。受験を間近に控えた成幸とうるかは2人で下校していた。受験勉強に追われる中でのたまの息抜きにと、今ばかりは勉強のことを忘れようとしていた。
「成幸は冬って好きなん?」
「昔は嫌いだったけど、今は好きだよ」
「へー。なんで?」
「俺の家ボロいから隙間風が寒くってな……」
「あー……」
腕を交差させて凍えるように肩を擦るジェスチャーをする成幸を見て、うるかは愛想笑いを浮かべる。本気だとしても冗談だとしても、ちょうどいいリアクションがわからなかった。
「ただ寒いから家族みんな自然と居間に集まるんだよ。特に親父が死んでからなんだけど、そうやって家族が集まる時間があるのって悪くないなって思うようになったんだ」
「……そっか。大事だよねそーいうの」
続いた成幸の言葉にうるかはホッと安堵のため息をついた。どういう経緯であったとしても、今成幸が暖かい表情が浮かべることができているならきっと幸せなのだろうから。
「そういううるかはどうなんだよ」
「うーん……あたしもおんなじかな。昔は嫌いだったけど、今はどっちかっていうと好き」
「確かに同じだな。うるかはなんで好きになったんだ?」
「えっとね――」
冬なんて好きじゃなかった。寒くて運動に付き合ってくれる友達がいない。泳ぐなんてもってのほか。
室内プールは使えるけど、それにしたってカイホーカンが足りない。
だから体を動かすのが好きなあたしにとっては相性最悪の季節だった。
そんなふうなことをうるかは口にして、それから少しの間俯いて歩いた。
「ただまあ、そんなんより、自分の意気地の無さを突きつけられるのが嫌だったかな」
どうしたのかと成幸が声をかける前に、俯いたまま遠い目をして小さな声で思いを吐露した。すぐ隣にいる成幸にではなく過去の自分に対して言っているようだった。
だからうるかの言った内容は成幸には聞こえなかったけれど、少なくとも好きだと言っていないことは察しがついた。
「……でも今は好きなんだろ?」
「え!? あはは……まあ、なんというか、それなりにはコクフク出来たっていうか」
思い出に浸っているようなうるかを無視して成幸が声をかけると、うるかは慌てて誤魔化した。
成幸は慌てるうるかの様子を見ると、躊躇うように何度か口を開閉させたり目をそらしたりしていたが、やがて覚悟を決めたようにうるかの目を見つめた。
「中学になってから冬のことが好きになった理由、さっき言ったことの他にもう一つあってさ」
「そ、そうなん? 何で?」
「……誰かわからなかったんだけど、バレンタインのとき、俺の机の中にチョコ入れてくれてたやつがいたんだよ」
「……へ、へー。そ、そーなんだ。成幸も隅に置けな」
「あれうるかだよな?」
「うぇ!? な、なんで!?」
確信を込めた成幸の言葉にうるかは慌てて叫び声を上げた。その様子は成幸の9割方確信していた予想を10割にするのに十分なもので、成幸は心のなかでホッとため息を付いた。
「今年くれたチョコと同じ味だったから多分そうなんじゃないかって。やっぱりそうだったんだな」
「えと、あの、いや、その……………うん」
成幸の言葉に観念したようにうるかがうなずいた。
とぼけようとすればとぼけられたかもしれないが、せっかくバレンタインにチョコを渡して意気地の無さを克服できたのに、ここでまた前の自分に戻ってしまうのはもったいないからもう少しだけ勇気を出そうと思った。
「お前にとってはそんなにいい思い出じゃなかったかもしれないけど、俺にとっては大事な思い出だったし、好きなチョコの味にもなったから毎年楽しみにしてたんだ。だから、その……ありがとな」
「う、ううん! 全然そんな別にだし、恥ずかしくって渡せなかったけど今年ちゃんと渡せたからあたしにとってもよかったっていうか!!」
「今年のホワイトデーは今までの分も含めてお返ししないとな」
「えっ? あーそんなんいいって! あたしが直接渡さなかったのが悪いんだし!」
「いや、本当に嬉しくて楽しみにしてたからちゃんと返したいんだよ」
バレンタインの日にうやむやになって聞けなかったことを確認して、感謝の気持ちを伝えられた成幸は、朱に染まった顔に満足げな表情を浮かべる。
うるかはそんな成幸の表情を見て、こちらも満足そうに微笑んだ。ホワイトデーの頃にはオーストラリアに行ってしまっているからお返しを受け取れないことはわかっていたが、それでもそんなふうに思ってくれていたことが嬉しくて、胸がいっぱいになっていた。
「じゃあ成幸また明日!」
「ああ。受験までもう少しだし帰ったら勉強しろよ」
「わかってるって! 受験終わったら色々やりたいことあるしね」
雑談を続けていた2人は下校途中の分かれ道に差し掛かり、別れの挨拶を交わすとそれぞれ帰宅の途につく。うるかは別れ際吹っ切れたような晴れやかな笑顔をしていて、成幸にはほんのわずかにいつもの笑顔と違うように感じられた。
うるかの言う受験の後にやりたいことは何なのか。成幸は少しだけ考えて、どうせもうすぐわかるからと考えを打ち切った。
合格発表を聞いてすぐそれを知ることになるのだが、今の成幸にはそれを知る由もなかった。