ここは『キヴォトス』弱者に口なし   作:GAU-8

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ブラックマーケットの“普通”

 ワラワラヘルメット団の勤務体系は……というか、学校に所属すらしていない模範的不良生徒たる私の勤務体系は完全週休2日制。その内1日は周回遅れのノルマの返済に当てられた。さらに残りの1日も気がついたら既に日が傾き始めていて、それまでは寝床で一人さみしく死んでたので実質完全週休半日制である。

 この調子ではキヴォトスでの私の最後は、誰もいないはずの廃墟ビル我が家でチンピラのくせに過労死した謎の白骨死体として発見されるというものになってしまう。せめて周回遅れが発生する状態だけは早急に解消しないと……

 私。そう、わたし。今の姿とは全くのミスマッチだった俺という一人称はやめた。リーダーから聞いてる方が恥ずかしくなるレベルの虚勢だと変えるよう促され、そのことで印象を聞いたシロコには子猫が一生懸命威嚇してるみたいでかわいいとお褒めいただいた俺。それでも納得いかなくて鏡の前でオレオレやってみたら、まあ合ってないのなんの。

 せめてもっと声が低いか、ちょっとは強ければオレっ娘のままでも良かっただろうけど……個人的にはナシよりのナシ。オレっ娘はイケメン、男勝り、オラオラ系のどれかでなければならない。私のような奥ゆかしい性格のオレっ娘は戒律に違反する。

 それに考えてみれば、ちてきでりせーてきなキャラには男女問わず私って一人称が多いし、“私”は男女兼用だ。一人称を変えたからといって心まで女の子になるという話ではない。この世界に来る前だって就職面接の練習と本番で散々……さんざんな……う゛、オェッ!は、吐き気が……

 やめよう。何も覚えてない。何もなかった。とにかく、宗教上の理由から俺はちょっと前から私になった。()()()移行はすんなりできた、以上。

 話を戻して、今日はその超貴重なお休みなのだが……

 

「暇……」

 

 せっかくの休みなのにやることがない。建物の外は世紀末社会、目的もなくフラフラ外出するのは犯罪に巻き込んでくださいと言ってるようなものだ。かといってここに閉じこもっていたところでスマホもなければ本もない、できることといえば天井のシミを数えるくらい。明日に備えて今から寝ようにも、お目々ぱっちり意識はっきり、さらには寝すぎたせいか頭が痛い。

 さて、どうしたものか……う〜ん、やっぱりスマホが欲しい。暇潰しにも、情報収集にも、現代人には必需品といってもいい。ブラックマーケットなんだし、身分証なしで手に入るスマホもあるんじゃなかろうか?よし、探してみよう。なにかしていないと退屈で死んでしまう。

 

 

 

 一癖も二癖もありそうな怪しげな店が立ち並ぶブラックマーケットの一角にそれはあった。どこにでもありそうで逆に異質な存在感を放っているキャリアショップ、その名もコーテーモバイル。いったい何ザーコーポレーションの傘下なんだ、検討もつかない。

 どこにでもありそうな、などという印象は、学生証なしで契約できないかと、ものは試しで店員に聞いてみた瞬間には消し飛ぶことになる。

 

「その場合ですと事業計画書を提出していただくことになります」

 

「じぎょーけーかくしょ」

 

 学生証の代わりに何故そんなものが必要になるんだろう。このロボット壊れてるのかな?

 

「はい、それと通常料金に上乗せして、事業による利益の何割かを手数料としてお支払いいただくことになります」

 

「りえき」

 

「ええ、利益です。お客様、端末の使用用途は詐欺でしょうか?はたまた身代金交渉で?」

 

「それはじぎょーではなくはんざいでは?」

 

「ええ、ええ。そうでしたね。そのような用途であろうはずがございませんね。勿論でございます……ところで、もしよろしければ奥の方で詳しいお話を」

 

「結構です!失礼します!お邪魔しました!」

 

「あ、お客様!?」

 

 店を飛び出すように後にした。うん、やっぱりブラックマーケットの店だわ。ポップでGPS非搭載とか、逆探知防止機能とか売り文句にしてる時点で気づくべきだった。

 こうなると、銀行口座も犯罪用のやつしか作ってくれなさそう。身分証がないって本当に不便だ。いや、身分“証”どころか身分がねーのか、ははっ……はぁ。

 

「あ!わっわっ!ど、どいてくださぁい!」

 

 切羽詰まったようなその声の方を見ればそいつは既に目の前まで迫っていた。避けようにも間に合うはずもなく、足を浮かせたその瞬間にはもう衝突していた。

 避けようとするより受け止めた方がマシだったのでは?と、激突犯と一緒に1秒にも満たない空中浮遊をしながら思った。

 

「いたたたた……あ!ご、ごめんなさい!大丈夫ですか!?」

 

 私をクッションにしやがったそいつは、2人分の体重でアスファルトに側頭部から落下した私より遥かにダメージが少なそうだった。だが私はずのーはのしんしなので怒りは押し殺してまず相手の心配をする。

 

どこ見てやがんだ、この野郎!ぶち殺すぞゴラァ!大丈夫です。そちらはお怪我ありませんか?

 

「ひぃぃっ!?ご、ごごご、ごめんなさいぃぃ!」

 

「あーいたたた、腕が折れちゃったなあ。これは慰謝料……を……」

 

 そこで始めて、謝りながらもパニックになっているのかいつまでものしかかったままどこうとしない相手の顔を見た。あどけなさの残るお顔立ちに、涙が浮かんだ大きなお目々、クリーム色の髪をおさげにしているその生徒の顔を。

 我々はこの生徒を知っている!いや!ブラックマーケットをトリニティの制服で平気でうろつくその“普通”っぷりを知っている!

 

「……ごめんなさい。今のナシで。あの、ぶつかるところからやり直しませんか?」

 

「え、えぇっ!?」

 

 阿慈谷ヒフミ。自分を普通だと思い込んでいる異常ペロロ愛者。ブルーアーカイブのストーリーにおける超重要人物であり、彼女からそんじょそこらのチンピラみたいに誤解されるのは非常によろしくない。だからやり直そう、ねっ!お願い!

 

「え、えっと……ごめんなさい!私今急いでて──」

 

「そーだ。そいつは今、こわーい悪党に追われてるんだよぉ」

 

「わあっ!?」

 

 頭の上から降ってきたその声の主は、赤ヘルメットが一匹に黒ヘルメットが二匹。いつの間に現れたのか、私達を囲むように立っている。

 おそらくチンピラの本能でトリニティ生を誘拐しようと追い回していたのだろう。これは天から与えられたチャンスに違いない。この4人を血祭りにあげて最初の失点を取り返してやる!

 

「大丈夫です。ここは私に任せてください!」

 

「えっ、えっ!?」

 

 困惑するヒフミをどけて、赤ヘルメットの前に立ちふさがる。バカ共め!手の届く距離での撃ち合いで私に勝てると思うなよ!

 

「なんだテメェ、邪魔する気……ってレイじゃねえか。お前何してんだ?」

 

「へっ!?パ、パイセン?パイセンこそ何してんすか?」

 

「んなもんトリニティ生を誘拐して身代金を取ろうとしてるに決まってるだろうが。財テクだよ、財テク」

 

 チンピラみたいなことやってんじゃないよ……チンピラかよ。チンピラだったわ。

 

「逃げられるとこだったけどお前のおかげで捕まえられたよ、あんがとよ」

 

「ど、どういうことですか!?あなた、この人たちの……!?」

 

「へへっ!そういうこった、運が悪かったな」

 

 最悪だ!もうリカバリーのしようがない!こ、こうなったら身代金だけでも……い、いや。いかん。既に半分犯罪者だが、超えてはならない一線もある。

 

「ま、まあまあ、パイセン。落ち着きましょうよ、ねっ?」

 

 ヒフミとパイセンの間に割って入り押し止める。

 

「お、おい邪魔……ちっ!わあったよ、お前にも取り分やるよ。1割でいいか?」

 

「5割!」

 

「ふざけんな!業突く張りが!よくて2割だ!」

 

「わかりました、それで……じゃなくて!」

 

 危うく協力するところだった。パイセンめ。なんという人心掌握術だ、侮れない。

 

「パイセン、トリニティ生の誘拐なんて本気で上手くいくと思ってますか?」

 

「あん、トリニティつったら金持ちのお嬢様学校だろ?温室育ちの連中なんて楽勝に決まってる」

 

「……正義実現委員会が相手でも?」

 

「せいぎ?じつげん?なんだそのヤバそうな委員会」

 

 トリニティ生誘拐しようってのに正実をご存知ない?正気か?

 

「……あの」

 

「はぁ〜。パイセン、いいですか?正義実現委員会ってのはねえ、正義を実現するためならどんな犠牲も厭わないヤバい連中なんですよ。アジトに人質なんか連れてった日には、私等なんか人質諸共に皆殺しにされますよ?」

 

「ありえねえ!そういう噂ってのはだいたい尾ひれがついて」

 

「いいえ!この目で見たんです!」

 

 正実のグループストーリーで。

 

「あの……」

 

「特に委員長の剣先ツルギはヤバいです。笑いながら人を潰れた空き缶みたいにするのが趣味で……」

 

「う、嘘だ!お嬢様が集まるトリニティにそんなヤバいやつが入れるわけが……」

 

 いるんだよなぁ。あれが趣味ってわけではないだろうけど、ごめんツルギ。

 

「あの!」

 

「なんだ!うるせえぞ!」

 

「に、逃げちゃいましたけど……」

 

「は!?」

 

 ヒフミは忽然と姿を消し、いたはずの場所にはペロロ様のバルーンが挑発的な表情でユラユラと揺れているのみだった。え?これで普通の表情?そんなわけない。絶対喧嘩売ってるよこの顔、ぶん殴りたくなるもん。

 

「な、なんで黙って行かせた!?」

 

「す、すみません!気がついたらもういなくて!」

 

 恐ろしく速いミガワリジツ。私も見逃しちゃったね。

 

「クソッ、追うぞ!レイ、お前も来い!」

 

「あ、すんません。今日非番なんで」

 

「はぁっ!?ふざけ……覚えてろコノヤロー!」

 

 パイセンはお手本のような捨て台詞を吐いて、1号2号を引き連れ駆け出していった。あんだけ言ったのにまだ諦めてなかったんだ……

 なんかパイセンが悪党みたいなことしていてちょっとショックだなぁ、と小さくなっていく背中を見て思う。いや、そういやアイツ行き倒れから金奪おうとする鬼畜外道の悪党だった。あんまり近づきすぎないようにしよう。

 パイセンとの付き合い方を見直そうと決意し、家路につこうとしたその時、足元にカードのようなものが落ちていることに気づく。トリニティの校章、そしてヒフミの顔写真がついているそれは、紛れもなく私が欲している身分証ではないか。

 

「おやおや、おやおやおやおや──」

 

「おやおやおやおや」

 

「ぎゃああ!?」

 

 目の前をすり抜けたように見えたヒフミとの接点を繋ぐ学生証を拾った。この偶然に思わず黎明卿になっているところへ、突然背後からの全く予想外の共鳴卿に思わず悲鳴卿をあげる。振り返れば一人のロボットがそこにいた。たぶんさっきのショップの店員だろう。

 

「お客様、学生証をお持ちではありませんか。それならば通常通りの契約も可能ですよ」

 

「あ、いや、これ私のじゃなく──」

 

「あ、そうですか。で?それが何か問題でしょうか?」

 

 やっぱりこのロボット壊れてる。

 

「そちらの学生証での契約であれば当然請求は先程のトリニティの学生さんに支払いいただくのがスジでしょう。ということはお客様はなんと料金が無料となるわけですよ!そして今回お客様だけに1バイト100円、料金青天井の特別プランをご案内……!」

 

「結構です!失礼します!」

 

「あ!お客様!」

 

 ブラックマーケットって怖い場所なんだなぁ……

 

 

 

 

 ブルアカのストーリーで特に評判が高いものと言えば最終章とエデン条約編。その盛り上がりはすさまじいものでブルアカを知らない私もその評判に釣られてアプリをインストールするほどのものだった。

 ブルアカは他のソシャゲにあるような自分の手持ちキャラでストーリーを攻略していく方式ではなく、その都度レンタルされるキャラだけでストーリー上のバトルは展開される。そのためメインストーリーを読むだけなら他のことを一切やらなくても読み進めることができる。

 ……そう、エデン条約編の途中までは。クライマックスで突然自前のキャラで戦うことを強要された私はあえなくヒエロニムスくんの前に惨敗を喫した。つまるところ私はメインストーリー目当てにブルアカを始めたにも関わらずエデン条約編は3章途中まで、最終章に至っては触りすら見ないままに何の因果かキヴォトスに来てしまったのである。

 そんなん見るしかないじゃんね!ストーリーの続きを、この目で!

 といってもエデン条約編はキヴォトス三大マンモス校の一つであるトリニティ総合学園でのお話だ。片やキヴォトス屈指のお嬢様学校、片や路地裏住みのゴミ、接点を持つことすら不可能に思える。

 はぁ〜……どこかにエデン条約編の重要人物でブラックマーケットに抵抗がない普通のアウトローお嬢様いないかなぁ……

 

「うぅ……どうしましょう……」

 

 いないよなあ。こんなブラックマーケットにトリニティの生徒なんて、いるわけ……いたわ。

 

「こんにちは。さっきぶりですね」

 

「あ、あなたさっきの!な、なにか用ですか……?」

 

 パイセン達を撒いたのか戻ってきたヒフミに、落とし物を返却すべく待ち伏せしていただけの私が声を掛ける。なんだかものすごい警戒されてるし……ライフルに手を伸ばすのやめてもらっていいですか?

 

「いえ、あなたが落としたこれを──」

 

「あっ!わ、私の学生証!」

 

「はい。お困りかと思っ──」

 

「か、返してください!」

 

 そう叫んでヒフミは銃口を……銃口を向けてられている。キヴォトスでは優しい部類のヒフミに……

 

「ぐはぁ!?」

 

「あ、あれ?今私撃っちゃいましたか!?」

 

「撃たれてないですぅ……」

 

 銃弾は食らってません、心は既に撃ち砕かれましたが……

 

「これ、ここに置いときますね……余計なお世話かもしれませんけど、ブラックマーケットに来るならその制服だけは辞めたほうがいいと思います……じゃあ、さようなら」

 

 ヒフミの学生証を足元に置いて、両手をあげたまま背を向けてその場を立ち去る。

 やっぱりファーストコンタクトがあれでは巻き返しなんて絶対無理だよ。アビドニアンデススチューデンツと違って対立する理由もないのに……私のばかぁ!

 

「あ、ああ、あの!せっかく拾ってくれたのに私ったらとんだ失礼を!」

 

 ヒフミが追いかけてきて隣で頭を下げる。

 

「いえ、大丈夫です」

 

「で、でも……」

 

「さっきの連中まだ探してるかも知れませんよ……今日はブラックマーケットから離れた方がいいんじゃないですか?」

 

「うっ……こ、今度会った時にちゃんとお礼しますね!ごめんなさい!失礼します!」

 

 立ち去るヒフミを見送る。きっともう会うことはないだろう。最後のあれはいわゆるトリニティ仕草ってやつだ。間違いない私にはわかる。ヒフミもいっぱしのトリニティ生だったんだね……うぅ。

 

 

 

 

 あいつのせいだ。スマホも銀行口座も。ヒフミとの大事なファーストコンタクトに失敗したのも……ミオリネ タカナシ。

 

 




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