ここは『キヴォトス』弱者に口なし 作:GAU-8
考えるまでもないことだが、キヴォトス人として以前より遥かに高い脚力があるこの体で全力疾走したときの速度が以前と同じになるわけがないのだ。マラソンばかりしてきたせいで、このことに気づくのが遅れてしまった。
……思い立ってすぐに試してみたらシロコの目の前で盛大にすっ転んで、危うくアスファルトで人間おろしになるところだったんだけどね。銃で撃たれるのとは別方向で痛いわ、シロコから本気で頭の心配されるわで泣きそうだった、というか泣いた。
以前より遥かに速い。それこそ走るために生まれてくる馬耳人型実体娘といい勝負できそうなくらいの速度が出る、そして背中には以前にはなかった大きな翼。以前と同じ感覚で走れるわけがなかったのだ。そら転ぶわ、アホか。
ではどうするか、簡単だ。馬耳人型実体娘と同じくらいの速さで走れるならウマ耳人型実体娘の走り方を参考にすればいいじゃない!という発想の元、今の身体に適した走り方を練習したが……これが自分でも驚くほど上手くいった。
役にたったのがこの翼。普段はただただ邪魔な飾りでしかなかった翼が、走るときは時速70kmの向かい風を捕まえて揚力を生み出す。それが体重を支える助けとなり、あの超がつくほどの前傾姿勢での走法が実現されたのである。翼の迎角の調整や、時には羽ばたくことでバランスを保つことも容易……に、なる、はず。練習すればそのうち。自分の身体の一部だもの、上達は早いから大丈夫。今の段階でも小学校低学年児童くらいの頻度でしかコケないし大丈夫。
この革新的な進化によって12時間マラソンは劇的にタイムを短縮──
「ガハッ……オェェ……ハヒュッ……ケヒュッ」
「ん……当然の結果。だから止めたのに」
「モウヤメル……」
「ダメ」
──できませんでした。2時間半も全力疾走できるか。やっぱり200kmはイカれてる。
トレーニングの方は残念な結果になったが、実戦の方で活かせればいいんだ。気にしない。気にしない。
私の強み、低い姿勢による被弾面積の少なさ、100m5秒だいたいフラットの超スピード……これらを活かす戦法、それすなわち一撃離脱戦法である。
死角から急速接近して一撃ぶちかます。そして深追いはせずに速度を活かして反撃をもらう前に離脱する。相手を一方的に攻撃し続けることができる、つまり最強。
まして、相手は射程の短いショットガンだ。接近に2.5秒、離脱に2.5秒。やれる……か?あのピンク、普通に対応してきそうで怖いんだけど……ええい、ままよ!
程よく乱戦模様になっている戦場から少し離れた場所から目立つピンク髪を見つけ出してロックオン。一気に加速し、味方の間をすり抜けながら最高速で接近──!
「小鳥遊ホシノこんにちはぁ!!」
ホシノは一瞬だけ目を見開くも、即座に盾を構えて私の進路を防ぎにかかる。私は盾が完全に地面につく前に隙間に腕を差し込んで、上に押し上げた。
拍子抜けするほど簡単に盾が跳ね上がって、目の前に無防備な姿のホシノが現れる。
とった。そう確信して7.62mm弾をあるだけぶち込んでやろうとライフルを構える……前に背中を伝う悪寒。
いくらなんでも手応えがなさすぎた。ホシノの力も、盾の重さすら感じないなんておかしい。
もう一度ホシノを見る。両手が真上にあげられていて、胴体はがら空き。跳ね上げた盾はホシノの頭の上にしっかりと両手で保持されていて……今にも振り下ろされそうだね、うん。
なんだぁ、私じゃなくてホシノが自分で振り上げただけか。そっかぁ……そっかぁ!?
「ごうぇぇえぇぇ!?」
気づいたところで時すでに遅し、ギロチンの刃の如く私の腰に盾が降ってきた。
「こんにちはぁ、羽付きちゃん。今日は元気だねぇ」
「ち、ちぎれりゅ……」
「ちぎらないよ〜。おじさん殺人犯にはなりたくないからねぇ」
そこはやらないじゃなくて、できないって言って!
「く、クソが!」
「うへ、まだやる気なの?」
出鱈目にもがいて盾の下から脱出すると、ライフルを乱射しながら後退して距離をとる。チンピラを撃ちまくって体で覚えた感覚で、マガジンが空になりかけていることがわかった。
「……ひっ!」
その瞬間、ホシノが足に力をこめたのが見えた。弾幕を絶やしたが最後、一瞬で詰め寄ってきてあの分厚い金属板でぶん殴られる未来が見えてしまった。
ライフルの射撃を中断し、ハンドガンをホシノへ向ける。
「ふ〜ん?」
牽制は成功。突っ込んで来そうだったホシノは一旦、こちらの出方をうかがう様子をみせる。
「今だぁ!」
その隙をついて、今度は完全に背中を向けて一気に離脱する。
「いや〜、それは甘いんじゃない?」
「いったぁ!うぎゃぁ!あひぃん!」
道を逸れてホシノの射線から逃れるまでの間に、背中に三発ももらってしまった。でも気絶してないからヨシ!
「しゃ、しゃんだんではにゃあ!」
「十分効いてそうだけど?」
うるさいな!3発も使わせたうえにやられてないんだから私の勝ちでしょ!やーい、バーカ!ザーコ!だいたいなんで散弾なんだよ、まさかスラッグ弾は私にしか使ってないなんて言わないよな!?
「ほら、出ておいで。今降参するなら縛るだけで許してあげるよ?」
は?誰が降伏なんてするか、舐めやがってよぉ。だいたいザコモブヘルメット共に囲まれてたのに私にばっかり構ってる暇があるのか?なんて考えながら気づく、いつの間にか周りが静かになっているではないか。まさか全滅?
「み、みんなは?」
「うん。羽付きちゃんの見事なやられっぷりを見て逃げちゃったよ。あとはキミだけ」
そんなことある!?ちくしょうが!根性なしどもが!
「……ホントに撃たない?」
「逃げようとしなければね」
「くすぐらない?」
「……」
そうかよ!よし、わかった。勝利か、ソブンガルデかだ!アビドスはヘルメット団のものだ!
答えの代わりにライフルを向けてホシノの前に出る。
「そっか。幼稚園児をいたぶる趣味はないんだけど仕方ない」
幼稚園児だと!?私は人道18年のベテランだ!
「ホント、そんなんでよく16?17?年も生き延びてきたね。自分の身体の使い方もわかってないんじゃ幼稚園児どころか赤ちゃんみたいだよ」
「な、ななな、なにを言うか!生まれてこの方この身体じゃ!バカなこと言うな!」
「えぇ……別にそんなこと言ってないよ」
カマをかけたのか!?なんという巧みな話術!嵌められた!
引き金に指をかけると、ホシノも半歩引いて臨戦態勢に入る。
突破して逃げ帰る戦術をなんとか組み立てようとしてみたけどなんも思いつかん。もうめんどくせぇ、高度な柔軟性を維持しつつ立ち上がり強く当たってあとは流れで臨機応変に作戦だ。
口火を切るその寸前、視界の端から白い影が現れたかと思えば、盾の前に立ち塞がるように飛び出してくる。
「あぶね!」
咄嗟に銃口を上に向ける。ホシノへ撃つはずだった銃弾は空の彼方へ消えていった。
「シ、シロコちゃん!?そんなとこに飛び出してきたら危ないでしょ!?」
げぇっ、シロコ!
「ホシノ先輩、羽付きは私にやらせて。ここらでおあそびはいいかげんにしてってところをみせてやりたい」
「うえぇ……?う、うん。それは別にかまわないけど……」
「ひきょーものー。こーはいにたたかわせるつもりかー。おくびょーものー。さぼりまー。あほぼけくそかすいんらんぴんく」
「ふ、ふ〜ん。そんなにおじさんと戦いたいんだ?いいよ、相手になってあげる。シロコちゃん、下がってて」
ヒェッ⁉
前に出ようとするホシノをシロコが手で制する。
「私が相手だとなにか不都合があるの?」
「あぇ……や、べつにぃ……そんなことは。でもあの、腹が焼き肉の気分になってる時に寿司は食いたくないとかそういうアレでしてぇ……」
「……?」
「す、隙ありぃ!」
人語を話すチンパンジーを見るような眼を向けてきたシロコがフリーズしている隙をついて脇道に飛び込んでそのまま逃げる。が、脇道の向こう側を丁度セリカが通りがかるのが見えた。
「あっ!?羽付き!逃さないわよ、二度とこんなことできないようにボコボコにしてやるわ!」
「羽付き羽付きって!人の身体的特徴をあだ名にしちゃいけませんってママに習わなかったか、ネコ娘!」
「あ、ゴメ……ってぇ!あんたのそれも一緒じゃないの!うえぇ!は、はや!?」
足を緩めずそのままセリカに向けて突進する。距離の詰まり方が想定外だったのか、攻撃でも、防御でも、回避でもなく、ただ中途半端に通りへの出口立ち塞がるだけだった。
この反応は私にとっても想定外。ぶつかる寸前でなんとかなれーと思い切り地面を蹴ると、ふわりと体が浮き上がり、次の瞬間、目の前に民家の屋根が現れた。
「ぐっはぁ!?」
高さが微妙に足りず、屋根の縁に膝を打ちつけてそのまま屋根の上に転がった。
「降りてきなさいよ!ボケガラス!」
「誰がボケガラスだ!そんなこと言われて降りるやつがいるか!おつむの方も猫並なのかにゃ~ん?」
「なんですってぇ!」
「あ、あぶね!」
下から口撃してくるセリカに応戦しているうちに顔を赤くして銃撃してきた。なんてやつだ!口喧嘩の途中で実力行使だなんて!屋根の傾斜の向こう側へと退避して影から一方的に罵声を浴びせているうちにホシノとシロコが追いついてきた。
シロコは屋根の上にいる私を見つけるなり、そのままお構い無しに飛びかかってくるような構えを見せたのでライフルを向けて威嚇する。すかさずホシノがシロコの両肩を抑えて、盾の後ろへと下がらせた。
「終わりだホシノン。地の利を得たぞ!」
「やれやれ、おじさんも見くびられたもんだね」
「やめておけ」
「とぉ〜」
忠告も無視して気の抜けるような掛け声と共にジャンプして、空中で無防備な姿を晒すホシノへとお望みどおり銃弾を浴びせてやる。
ホシノは当然のごとく空中で姿勢を変えながらその全てを盾で受けきり、無傷で着地。そのまま私へ銃口を向ける。あの、なんていうのかな、ちゃんと物理法則に従ってもらっていいですか?
「あ、あいへいちゅー!」
「おじさんはキミのことそんなに嫌いじゃないけどね」
「じゃあ撃たないで……あっ!ちょっ!待っ──」
「待ったはなし」
「タイ──」
「タイムもなし」
「お母さん!」
「……なにそれ?」
無情にも引き金が引かれ、スラッグ弾を撃ち込まれて意識が薄れていった。殺せなくなる魔法のような素敵な言葉が効かないなんて……さては魔族だなオメー。
筆者が住んでる水星の自転周期は88日なので、前回の投稿からまだ1日経っていないということになりm