ここは『キヴォトス』弱者に口なし 作:GAU-8
黒づくめのカラスの真っ当な商売現場
襲撃、マラソン、気絶。トリニティへ引っ越したことによって、アビドスでは日常の大半を占有していたこれらの日課からも解放されることとなった。
とはいえ、きままに自由を謳歌していられたのも最初の3日程度のことで、突然生まれた膨大な余暇は却って私を退屈させる敵になった。
暇を潰すにもとにかく金がかかる。このキヴォトスではただ歩いて散策するだけでも弾代が必要になるのだ。街じゃなくて草むらや洞窟の中なんじゃないかと錯覚するくらい、野生のチンピラがとびだしてくる。
キヴォトスへやってきたときのように一文無しというわけではない。当面の生活費に困るようなことはないだろう。だが、いつ連邦生徒会長閣下が失踪するともわからない以上、安心はできない。最近も元気にエデン条約締結のために尽力しているとかなんとか……いつまでいんだよさっさとくたば──
そもそもシャーレに転がり込んで養ってもらえるという確証があるわけでもなし、やはり自分の食い扶持は自分の力で稼げなければならない。
お金を得る手段として真っ先に思い浮かぶのは労働だ。労働とは言ってしまえば自分の時間を誰かに売ってその分の対価を得るということである。売る相手や形態は関係ない。時間があり余ってる私、時間の代わりにお金を出せる人間、両者がいれば労働契約は成立するのだ。
たとえばレアものグッズを探して回りたい衝動を必死に堪えながら毎日学校に通う普通の生徒の代わりに、日がな一日店を回ってレアものグッズを手に入れたとしよう。譲渡する際に仕入れ値に私がした労働の対価を上乗せした額を貰ったとしても、それは当然の権利であると言えよう。
だから私のやってることはれっきとした労働である。断じて転売などではない……そもそも値段決めたの私じゃないし!写真送ってから5秒でアホみたいな金額提示してきたのはヒフミだもん!私悪くない!
トリニティの夜はなんとなく薄暗い、中心地から離れると特にそうだ。無粋な蛍光灯よりも風情のあるガス灯を好んで使っているせいだろうか。それでもキヴォトスでは、比較的、治安が良い、方、だと言えるのは正義実現委員会の努力の賜物だろう。
とはいえ、女子高生が出歩くのは避けた方がいい時間帯なのは間違いない。こんな時間に、こんな場所を、ただのぬいぐるみの受け渡しに指定してくるヒフミの意図は全くわからない。せめて、日が沈む前、どうしても夜にするのならもっと人目のある場所にすべきだろう。別にヤバいブツの取引をするわけでもあるまいに……TSしても私には自称普通の女子の考えることはよくわからない。
「……ヒフミさん?」
そんな待ち合わせ場所に何事もなくたどり着いたはいいが、呼びつけた当人の姿がなかった。やはり時間か場所を間違えたかと、モモトークでヒフミとのやりとりを今一度確認するが、時間も場所も合っている。
メッセージを送ろうかと文字を入力しているうちにかすかに私を呼ぶ声がしているのに気がついた。
「……レイさん……レイさん」
曲がり角から伸びる白い手と壁から半分だけ飛び出た顔が手招きしている。
取り敢えず撃ってみよう、弾がすり抜けるようなら逃げよう、そうしよう、うん。などと逡巡している内にその声に聞き覚えがあることに気づき銃口を下ろす。
「レイさん、こちらです」
「……そんなにコソコソする必要あります?」
「しっ!あるに決まってます!誰かに見られでもしたら……早くこっちに来てください、さぁ」
やたらにキョロキョロと周囲を警戒するヒフミに急かされるままに通りを外れ、狭い生活道路へと入っていく。やがて通りから死角になっている所まで来てようやくヒフミは立ち止まって私と向き合い、そして緊張した面持ちでこんなことを言う。
「……それで、例のものは?」
今日はそういう感じで行くんです……?しょうがないにゃあ……
「へっへっへっ、まあそう慌てなさんな。まずはカネを確認させてもらおうか」
「な、なんですか?その映画に出てくる小悪党みたいな言い方……あ、いえ、すみません。こちら代金になります」
ヒフミが渡してきた無地の茶封筒を受け取り、中身を確認する。1……2……3……4……うん、ちゃんとあるね。ほんとにこんなに貰っていいのだろうか?原価率10%以下になっちゃうんだけど……
「い、いかがでしょうか?さすがにその額を現金で持ち歩くのはちょっと怖かったです……振り込みじゃダメだったんですか?」
口座なんかねえよ。うるせえよ、黙れよ。口座なんかねえよ。じゃなくて、えーと……
「現金なら足がつかねぇだろ?へへへぇ……」
「足がつくと困るようなことしちゃったんですか!?」
「……冗談ですよ」
「お、驚かさないでください……」
失礼な。私がそんなことすると思うか?そんな人間に見えるのか?……しかし、なるほど、確かにこれは学生としては大金だ。夜のキヴォトスで持ち歩くのは正気の沙汰ではない。なるほど、それで今日のヒフミはやけにビクビクしてたんだな。
「はい、確かに……桁一つ間違えてたのかと思いました」
「えぇっ!?それはさすがに……で、でもオークションだったら、もしかしたら……」
どういうこと!?大きい方に桁一つずれるの、小さい方にでなく!?ちょっと待って、ヒフミに売るのやめていい!?
「すみません、ちょっとフレに呼ばれる気がするので……」
「どこに行くんですか!?ま、待ってください!あ、そうです!偽物!偽物の可能性だってありますよ!?結構多いんですよ、偽物!私が見ますから、ねっ、ねっ!?後生ですから一目だけでもぉ!」
裾を掴んで食い下がるヒフミと自分の腕を綱にした綱引きが始まる。アビドスでそれなりに鍛えた自負を打ち砕くように微動だにしないヒフミの執念と、このまま肩を引き抜かれるのではないかという恐怖に負け、渋々例のブツをヒフミに手渡す。
シロコならともかくヒフミに強奪されるようなことはないだろう……ないよね?いくらペロロ様絡みとはいえ……普通ならそんなことしないよね?
「……拝見します」
どこから出したのか白い手袋を両手にはめ、生唾を飲みながらブツを包み隠してきた袋を開け、中身を抱き上げるヒフミ。
デフォルメされたマグロ食ってそうなトカゲとその口から顔をのぞかせるペロロ様のぬいぐるみ。今にも丸呑みにされかかっているように見える悪趣味なパチモンのようだがれっきとした公式グッズだとか。大きさ20cm。その名は──
「こ、これが、ジラペロくん様」
……さかなクンさん的アトモスフィアを感じる。
「少し保存状態が悪いですね……どちらでこれを?」
「駄菓……知る人ぞ知るショップです」
たまたま、絶滅危惧種になったキンジョノ=ダガシヤを見かけて脊髄反射で飛び込んだら、その見たこともないペロロ様ぬいぐるみが棚の隅に鎮座してました。
「ええっと、それって……合法、ですよね?」
「当たり前でしょう……そんなにレアなんですか?」
「……そうなんです。このジラペロくん様は見ての通りモモフレンズの映画と同時上映された怪獣映画とのコラボ商品なんです。ただ、組み合わせの悪さと映画の出来に関して、双方からの不満のはけ口にされたジラペロくん様は……そのほとんどが映画館の外でお焚き上げにされるという憂き目に……うぅ」
治安が悪すぎる。
「そういうわけで、ジラペロくん様を知っている方に見られた場合……血で血を洗う奪い合いになります。そして燃やされるか、厳重に保護されるかのどちらかしかないんです」
どういうわけだ、治安が悪すぎる。
「……間違いありません、本物です。え、えっと、それで私に売っていただけるんです、よね?あ、あはは……」
「……」
オークションならヒフミに売る10倍も夢では……いやいや、でもヒフミも元々駄菓子屋物価で手に入れたブツとしては十分すぎる値段を提示してくれてるんだし、なにより一度合意したことを土壇場で気が変わりましたじゃ信用問題に……じゅうべぇ……それだけあれば向こう一ヶ月は遊んで暮らせる……でもヒフミへの裏切りに……いや!暴利をふっかけてるんだからもう裏切ってるも同じ、つまりもう一度裏切ったって一緒……
「あうぅ……そ、そうですよね、わかりました。ジラペロくん様はお返しします。でも、どうか大事にしてくださる方にお渡ししてあげてください」
そ、その目はズルだろ、この普通の美少女が……くっ!ここは目先の金よりも好感度稼ぎだ!
「な、なな、なに言ってるんですか!?約束通りヒフミさんにお譲りしますよ!?」
「いいんですか!?オークショ──」
「いいんですぅ!私とヒフミさんの仲じゃないですかぁ!」
言うな!決意が鈍るでしょうが!
「レ、レイさん……わかりました。ではこちらを」
ヒフミから中身を確認した茶封筒を再度受け取り、私からはブツを手渡す。
「これで取引成立──」
「か、かくほー!」
夜半の取引は、成立寸前になって気の抜けるような掛け声と共に乱入してきた招かれざる客によって阻止されるのだった。
「レ、レイさん!?やっぱり非合法──」
「してません!」
生存報告兼進捗報告
プロット:ふんわりふわふわ
書き溜め:ないよぉ!
以上です!では!