ここは『キヴォトス』弱者に口なし   作:GAU-8

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表裏比興

 ティーパーティーの制服を着た少女が発したその声に、部屋にいた誰もが視線を向けた。

 

「……ティーパーティーの方がなんの御用ですか?」

 

「質問をしているのはこちらです、ハスミ副委員長。先に教えていただけますか、これはいったいなにをなさっているのでしょうか?」

 

 いつの間にやら現れた少女は2段階くらい声が低くなったハスミの態度もまるで意に介さぬかのように凛とした足取りで私と正義実現委員会との間に割って入ると、頭一つほども身長差のあるハスミと正面から対峙した。

 ……誰だろう?あの髪型なんて言ったか……ルーズサイドテールじゃなくて……そう!死ぬお母さんキャラの髪型!ん?逆だったかな?

 栗毛の死ぬお母さん……?ティーパーティーにそんな子いたかな……いや、考えるまでもないか。ナギサ、ミカ、セイアじゃないのは明らかだ。ほなモブかぁ……

 

「見てのとおり、昨夜のことについて謝罪をしていたところですが?なにか問題でも?」

 

「被害者をこんなに怯えさせてなにが謝罪ですか!?貴方がた正義実現委員会の言う謝罪とは暴力を背景に被害者の口を閉ざす行為なのですか!?ティーパーティーとしてそのような蛮行は看過できません!」

 

 ……び、びびび、ビビってねーし!

 

「そんなことはしていません!誠心誠意謝罪し、たった今解決したところです!なにをどう曲解したらそのような見方になるのですか!?」

 

「曲解ですって!?その言葉は被害者があんなにも目に涙を浮かべて震えているのに解決したと言い張るあなたにそっくりそのままお返ししますわ!」

 

 やめてよ……泣いてないから……そんでなんでツルギさんはこっち見てるの?

 

「……えへ」

 

 えへ、じゃないんだよ。なんだそれこわいい。目の前で派手に口喧嘩してる人達がいるでしょう?そっちに集中しようねツルギちゃん?

 

「私の勝手な認識だとでも!?ご本人にツルギ委員長が直接謝罪し快く受け入れてくださいました!そうですよね!?」

 

「えっ、あっ、はい……」

 

「ツルギ委員長に直接謝罪させた!?正気ですか!?首をへし折られたばかりの相手とまともに話ができるわけがないでしょう!可哀想に、それであんなに怯えられて」

 

 いまなんていった?……首を?誰が?誰に?何を折られたって?セリナ先生?はなしがちがうんじゃ?

 セリナ先生は私の視線を優しく受け止めると両肩に手を置いて微笑みながら語りかけてくる。

 

「いいですか?大事なのはどんな状態だったか、ではありません、今どういう状態なのかということだけです。あなたの首はきれいさっぱり元通りです、安心してください」

 

「えっ、あっ、はい……」

 

 ほなそんでええかぁ。お医者様がそういうんだから間違いない……

 セリナは私が返事をすると頷いて、ヒートアップする二人へ優しくされど毅然として声をかける。

 

「お二人とも、ここは病室ですよ?患者への配慮に欠けた行動は慎んでください。喧嘩なら外でお願いしますね」

 

 顔が接触せんばかりに睨みあっていた二人はセリナの言葉にバツが悪そうにしてすみませんと小さく謝った。

 

「場所を移しましょうか……」

 

 ハスミさん!?こういう時って普通うやむやになって終戦するもんじゃないの!?ホントに場所変えて続行とかある!?

 

「いいえ、結構。これ以上この件は正義実現委員会には任せておけません。以降のことはティーパーティーが引き継ぎますのでどうぞ、ツルギ委員長と二人でお引き取りを」

 

「何故ティーパーティーが……既に謝罪も受け入れてもらって解決したといったでしょう?」

 

「その認識の甘さが問題だというのです。今回の正当な手順を欠いた強硬な捜査、なによりこともあろうにジラペ……いえ。なにより所属校もわからない一般生徒への行き過ぎた暴力、外交問題にも繋がりかねない重大な失態ですよ、ハスミ副委員長。エデン条約を控えた今、貴方がたがそんなことでは困ります。トリニティの代表として活動する正義実現委員会が、ゲヘナの風紀委員会以下だなどと思われたらトリニティ総合学園そのものの品位が疑問視されかねないのですよ?正義実現委員会への沙汰は追って通達いたします、お引き取りを」

 

 ハスミの顔がみるみるうちに真っ赤になって、拳を固く握りしめてわなわなと震えている……うわぁ。まさかハスミのゲヘナ嫌いを知っててそれ言ったの?死ぬお母さんモブちゃんその髪型全然似合ってないよ、変えた方がいいと思う……

 

「……それはティーパーティーとしてのおおせですか?それとも貴女のご一存でしょうか?」

 

「まさか、ナギサ様の決定です。異議がおありでしたらどうぞ、正当な手順を踏んだ上で、お申し立てください」

 

「……っ!ええ、そうさせていただきます!失礼します!行きますよツルギ!」

 

「……あぁ」

 

 ……大変だねあんたら。

 

「小鳥遊ホシノ……名前、覚えたからな」

 

 ………………なんで?…………なんでぇ!?

 

「ツ、ツルギ委員長!?あなたはいったいどういうおつもりで……!?」

 

「ケヒヒ」

 

 ツルギはそれだけ言い残して、先に飛び出すように出ていったハスミを追いかけて保健室を去っていった。静まり返った保健室で自分の心臓の音だけがうるさく聞こえてくる。

 

「も、申し訳ありません。ツルギ委員長があなたに個人的に危害を加えることなどティーパーティーの威信と誇りにかけて絶対に許しません、どうかお気を確かに!」

 

「ひ、ひえ!?どうぞご自由にというか、勝手に戦えと申しますか……むしろ望むところなんですけど!?」

 

 ツルギvsホシノの対戦カードは非常に興味をそそられる。そもそも決着がつく前にどっちか、あるいはどっちも引き下がることになるんだろうが、ぜひぶつかってみてほしい!

 ……私?私違うよ、だって小鳥遊ホシノなんて名前じゃないもん。

 

「……そうですか、お強いのですね。ツルギ委員長を相手にそのように言える方などそうはいませんよ」

 

 死ぬお母さんモブちゃんはさっきまでの剣呑とした気配はどこへやら、まさしく母親のごとき柔和な笑みを浮かべて言った。

 

「お聞きになられたかとは存じますが、この一件はティーパーティー預かりとなりました。ティーパーティーにはあの方達のような粗野な方はいらっしゃいませんので、どうかご安心を」

 

 ……なんなんその変わり様。目の前であれだけ派手な口論ぶちかましておいて自分はあいつらと違って暴力的ではありませんよ?しかもノックもしないし、セリナの了承も得ないで保健室に入ってきませんでした、あなた様?

 ティーパーティーってこんなトリカスを煮詰めたようなやつばっかりなの……?こわぁ……

 

「つきましては、今回のお詫びをかねてティーパーティーのホストであらせられる桐藤ナギサ様があなたをお茶会の席へご招待したいとのおおせです。ご同行くださいますでしょうか、小鳥遊ホシノさん?」

 

 しかもそのティーパーティーの首領であるナギサ様とお茶会?やだよそんな……ナギサ様とお茶会?ナギサ様とお茶会!?行く!行きます!ぜひご同行させてください!小鳥遊ホシノは私です!

 

「ちょっと待ってください、今からですか!?ホシノさんは先ほど目を覚まされたばかりなんですよ、もう少し──」

 

「いえ!大丈夫です!お陰様でもう万全です、ありがとうございましたセリナ先生!このご恩はいずれお返しいたします!それから、ご招待にあずかり大変光栄に存じますわ!是非にとも参加しとうごぜえますわ!」

 

「ふふっ、そうですか。ではご案内します、どうぞこちらへ」

 

「えっと……お大事に」

 

 

 

「トリニティ総合学園、ティーパーティーの桐藤ナギサと申します。本来であればこちらから出向くべきところご足労いただき感謝いたします。心ばかりですが、お茶とお菓子をご用意いたしました。よろしければどうぞお召し上がりになってください」

 

「お、おぉ……」

 

 言いながら私の前で優雅に一礼する桐藤ナギサ。その非の打ちどころがないたたずまい、そして何より私の鼓膜を直に震わす透き通るような素敵ボイス。

 どうせ私は知らないだろうと似ても似つかない影武者のところに案内されるのかと覚悟していたが杞憂だったようだ。ティーパーティーのテラスでないのは少し残念だが、案内された広い一室で正真正銘ナギサ本人が待っていた。

 

「……どうぞ、おかけになってください」

 

「アッハイ!失礼します!」

 

 しばらく立ち尽くしているところを後ろから死ぬお母さんモブちゃんに促され、ナギサに一礼してから正面に用意された椅子に座る。

 

「お怪我の方はもうよろしいのですか?」

 

「ハイ!まったく問題ござりません!お気遣いありがとうございますわ!」

 

「それはなによりです」

 

「私が保健室にお迎えにあがりましところ、正義実現委員会のツルギ委員長とハスミ副委員長が、その、少々型破りな謝罪をなさっておりましたようで……」

 

「まあ、なにか失礼を?」

 

「い、いえ!とんでもごさいません!つ、つるぎ様からか、菓子折りもいただきましたし、こちらにも落ち度はございましたといいますか。この件は解決したということで金輪際水に流していただければと

 

「そうですか、承知いたしました。ですが今一度トリニティを代表し、重ねてお詫び申し上げます。原因究明と再発防止を徹底してまいります」

 

 ……どうかお願いしますから謝罪のリテイクなんかは絶対にご遠慮いただければと存じ上げます!

 

「ツルギさんは風紀を乱す方たちを相手にやりすぎてしまうことはあっても、見境なく暴力を振るうようなお方ではないのですが、何があったのやら……」

 

 マジでおっしゃっておられる!?……そうかなぁ?……そうかも。ツルギがそんなことする人だったら今頃トリニティの総人口の半分を死に至らしめて、人びとはツルギの行いに恐怖してるもんな……

 

「そのツルギさんが小鳥遊ホシノさんに重症を負わせた、との一報があった時は本当に肝を冷やしました」

 

 ……………やっべ。

 

「ご存知でしたか?小鳥遊ホシノさん、アビドス高校の副生徒会長さんと同姓同名なのですよ?ふふっ、すごい偶然ですね」

 

「へ、へへ、へぇ〜。全然ご存知ありませんでしたわ……」

 

「ええ、私も小鳥遊ホシノさんというお名前をお聞きして、真っ先に思い浮かんだのはアビドス高校の小鳥遊ホシノさんだったものですから。けど、背格好も髪色もなにより身体的特徴が全く異なる別人だとわかり本当に……いえ、このようなことを言ってはあなたに失礼ですね。申し訳ありません。そういえば、学生証をお持ちでなかったと聞き及んでおりますが、もしやあなたも学校で代表格となるようなお役を務められていたりは──」

 

「し、しません!全然全く平も平の学生でございますわ!」

 

「……そうですか。とはいえ今後の怪我の保証などもございますので、どちらの学校にご在籍でいらっしゃるか教えていただくわけにはまいりませんか?」

 

「や、そ、そんな!全然!もう怪我もすっかり治りましたし大丈夫ですよ!」

 

「いいえ、そういうわけには参りません。ケガを甘く見てはいけませんよ、ホシノさん。あとから後遺症が発覚することなど珍しくないのですから、あなたのケガの責任はトリニティとして最後まで負わせていただいたいのです。私達のためだと思って教えていただけませんか?」

 

「いやっ……その…………ち……チェレンコフ高校」

 

 な、何を言ってんだ私!どっか適当な……ゲヘナかミレニアムみたいなマンモス校にしとけばそれで済む話しでしょ!?

 ナギサは頬に指を当てチェレンコフ高校、と何度も呟きながら宙に視線をやってなにやら考え込んでいる。

 

「申し訳ありません、チェレンコフ高校という学校は──」

 

「あっ!ま、間違えちゃったかなぁ!?ちょっと、あの……ど、ど忘れしちゃって!」

 

「ご自身が通っておられる学校を?」

 

「……ぴゃい」

 

 ナギサは口を閉ざして気まずい沈黙が流れる。いつの間にやらカップに注がれた紅茶から昇る白い湯気だけがゆらゆらと揺れていた。顔は見れないけどきっと養豚場の豚でも見るかのような冷たい目を──

 

「ふふっ、なにやらとても緊張されているようで。気配りがいたらず申し訳ありません。紅茶をどうぞ、落ち着きますよ。お菓子も召し上がってくださいな」

 

「は、はい!いただきます!」

 

 こ、これは……素手で行っていいのか!?いや、確かこういう時は外側にある食器から順番に……あ、あれ?どの段から食べればいいの?フォークで刺す?なんかすごいマナー違反な気が……あれ?あれ?そ、そうだ紅茶!紅茶なら……熱っ!

 

「お味はいかがですか?」

 

「味がしねぇ……」

 

「お口に合いませんでしたか?」

 

「い、いえっ!大変美味しゅうございまひゅっ!

 

「それはよかったです」

 

 ……そうだ!常に口に物を入れておけばナギサも話しかけてこないんじゃないか!マナー?知らんな?だいたいこんな野良犬にマナーなんか期待する方が悪い。マナー違反を指摘するのはマナー違反。指摘されないならマナー違反はなかったのと一緒。よって私は無敵である、QED。待てよ、お菓子がなくなったら帰れるのでは!?

 

「喉を詰まらせないようお気をつけてくださいね。お気に召したようでなりよりです。ふふっ、お代わりもたくさんありますから、どうぞご遠慮なさらず」

 

 ……わ、わぁい。ありがとう、ナギサ様。

 

「……そういえば、ヒフミさんは私達の共通の友人、ということになるのでしょうか?」

 

「んぎゅっ!……こふ!……ごく…………ふ、ふぅ。そ、そうなのですか?」

 

「えぇ、私も普段からヒフミさんとは懇意にさせていただいておりまして……ホシノさんはヒフミさんとはどちらでお知り合いに?」

 

「な、なんでそんなこと聞くんですか?」

 

「答えられませんか?」

 

「そんなこと言ってないじゃないですか!」

 

「ただ、お茶の席に花を添える雑談の種にでもなればと思ったのですけれど、お話したくありませんか?わかりました、では別の話題に……しかし、そうなると。困ってしまいましたね、身の上のお話もしたくない、ヒフミさんのお話もしたくないとなると……さてはて……次はどんなお話をいたしましょう……」

 

 心臓痛い……息できない……さっき食べたお菓子吐きそう……

 これホントにお茶会なの!?お詫び……されたか、開幕数分くらい……それからずっと尋問されてない!?

 

「……も、黙秘権を行使します」

 

「あら?……うふふ!ええ、もちろん。これはただの雑談、ホシノさんが話したくないことはお話しならなくともよろしいのですよ」

 

「……」

 

「……」

 

 無言で微笑むナギサの顔を見ていると、寒気がとまらなくなる。ナギサってホシノやツルギレベルのバケモンだったっけ?いや、そんなはず……でもこのプレッシャーは……もういや、帰りたい……夢にまで見たナギサ様との対面がなんでこんなことに…………

 ……下手に隠そうとなんてするからこんなことになるんじゃ?どうせこのまま黙秘を続けてたって素性の知れない変な奴だと思われてヒフミからも遠ざけられておしまいじゃんね……嘘なんてナギサに通用するとは思えない。だったらいっそ全部ぶちまけて…………それでだめならもうその時はその時でいいか……ふふふ!

 

「ナギサ様、失礼します」

 

 給仕をしてくれていたモブちゃんがナギサに耳打ちをする。ナギサは一瞬こちらに目線を向けると小さく頷いた。モブちゃんはそれを見て部屋を出ていく。

 

「ヒフミさんがいらっしゃったようですね」

 

「……学校通ってません」

 

「ええ……は、はい?学校に……はい!?それはその……以前の学校は退学なされたということ、でしょうか?」

 

「一ヶ月くらい前に廃ビルに転……目覚めてそれ以前の記憶がありません……」

 

「……そ、その、おっしゃっていることの意味がよく──」

 

「ナギサ様!失礼します!」

 

「ヒ、ヒフミさん!?い、今は……あの、その……!」

 

「あっ!レイさん!良かった、無事だったんですね!」

 

 ふわりと何か温かくて柔らかいものに包まれる。

 

「……本当に良かったです。あんなになっちゃって、私てっきり」

 

 すぐ耳元から聞こえる撫でるような優しい声に私は……

 

「ひ、ひふみさん……わたし……わたしぃ……!」

 

「えっ!?……レ、レイさんっ!?どうしっ……!?……よしよし、怖かったですね……」

 

 

 

「お菓子美味しいです!」

 

「…………それはなによりです」

 

 よくわからんけど頭もすっきりしたし!味覚も戻った!ナギちゃん様も凄く優しくなった!きっとヒフミが参加したおかげだろう、たださっきから二人でしきりにアイコンタクトしてるのはなんだろうね……私も混ぜてよ。

 

「渡里レイさん」

 

「はい!…………はい?あっ!?え、あの、ちがちがちが……これには深いわけが……!」

 

「違うんです、レイさん。あなたが小鳥遊ホシノさんではないことも、渡里レイさんというお名前であることも私は最初から知っていました。そのうえでからかっていたのですが……度が過ぎました、本当にごめんなさい」

 

 椅子から立ち上がって深々と頭を下げるナギサを慌てて制する。からかってただけ?あれで?こ、こわぁ……

 

「……でも、どうやって?」

 

「公的なルートを通じて小鳥遊ホシノさんご本人と連絡いたしました。ホシノさんは自分の名前を騙るような輩は一人しか思いあたらないと……そこであなたのお名前と、あなたについても少々お話を」

 

「……ど、どのようなお話で?」

 

「……ご本人から口止めされておりますので。悪いお話ではないですよ」

 

 あいつ後で殺す!

 

「それから一つ言伝を、アビドスに来ることがあったら必ずアビドス高校に顔を出すように、と」

 

 ……カイザーの脅威もまだあるかわからんからアビドスには当面近づけないよ!命拾いしたな、ホシノ!

 

「あっ、そうです!私も正義実現委員会の皆さんからレイさんにお届けものが!どうぞ!」

 

 ヒフミが持ってきたのは先に返してもらったスマホ以外の私の所持品とそれから……武器!?私今まで丸腰でうろついてたってこと!?は、恥ずかしい……言ってよ。

 

「よくここがわかりましたね?」

 

「あっ、はい!ハスミさんがたぶんここだろうから届けて欲しいと!」

 

「……なるほど」

 

 ヒフミは一つ一つ確認しながら所持品を手渡して来たのだが、その手が止まる。右手にはブツ、左手にはカネ……の入った封筒。私の表情を窺うように苦笑いを浮かべている。選べということだろか、ここは当然左だ。あんな恐ろしい記憶と紐づけられた忌々しいブツなどさっさと手放してしまうに限る。

 私が封筒の方を受け取るとヒフミはパッと明るい表情になってジラペロくんの姿を隠した袋諸共に人形を強く抱きしめた。

 

「それが例の?」

 

「はい!ジラペロくん様です!」

 

「……なんというか、独創的なお姿ですね」

 

「そこがいいんです!……でもまさかお腹を裂かれそうになるなんて思いもしませんでした」

 

「正義実現委員会は現在特別警戒態勢を敷いておりまして、それで気が立っておられるのかと。なんにせよ私の管理不行き届きです、すみませんヒフミさん」

 

「い、いえ!そんな!こうしてジラペロくん様もご無事でキズ一つありませんし!なにも問題ありませんよ!こうしてカワイイジラペロくん様がここにある、それで十分です!そうですよね、ナギサ様!」

 

「カワイイ……そうですね、人の数だけカワイイはございますからね」

 

 ナギサはペラッペラのオブラートに包んだジラペロくんの感想を述べると紅茶を一口、口にしてこんなことを言う。

 

「少々、ぬいぐるみには不相応な取引価格に思えるのですが?」

 

「うぐっ!そ、それは……」

 

「ナ、ナギサ様!これは、あの、これでもお買い得でしてぇ……」

 

「もう収入源がヒフミさんしか残ってないんです……これがなくなったらもう飢え死にするしか……」

 

「レ、レイさん!?そんなレベルでお金に困ってたんですか!?」

 

 ナギサはあたふたとする私とヒフミを交互に見ながら、紅茶を口にする。そして、給仕のモブちゃんを呼び寄せてなにやら小声で話をすると、モブちゃんは部屋を出ていった。

 

「そういうことでしたら、レイさんにいいお話が……確かあなたは傭兵として活動されていると以前ヒフミさんからお話いただいたかと」

 

「え……?あぁ、はい!してます!普段傭兵として生計たてております!」

 

 屋号は……なんだっけ?万事屋金ちゃん?

 モブちゃんが帰ってくると私の前に数枚の紙が差し出される……顔写真に名前、金額。これは、手配書?賞金は……一、十、百……!?………!?

 

「他学区へ逃亡された方たちなのですが、正義実現委員会に対処していただくわけにもいかずこうして──」

 

「やります!」

 

「よろしいのですか?潜伏先までわかっているのは数名であとは──」

 

「Why,not!キヴォトスは庭です、任せてください!」

 

「……頼もしいですね、ではよろしくお願いします。それからこちらは……」

 

 ナギサの手元から追加で差し出されたのは手配書に似て非なる一枚の生徒の写真と名前……エイルル高校の大奥トオル?

 

「犯罪者というほどではないのですが、そちらの方は大聖堂で大変冒涜的な歌を歌われた、とのことでシスターフッド、いえシスター様が個人的に「お話」されたいと。ですがそれを察してか以来トリニティには来訪なされないのです。連れてきていただければ……そうですね、トリニティとしてできうる範囲でレイさんの「自分探し」のお手伝いをさせていただきます。いかがでしょうか?」

 

「……はぁ。なるほど?わかりまし、た?」

 

 自分探しってなに?でもまあ手配書とは別口ってことはナギサ様からの個人的な要望ってことでしょ?やります!ルルイエ高校のオークトゥルーちゃんね、覚えた!大聖堂でハレルヤの替え歌でも歌ったのかな?

 

「一つ条件が……」

 

「なんでしょうか?私にできることであればなんなりと」

 

「準備は一任してください」

 

「……はい?ええ、それはもちろん。元より準備にまで口を出す気はございませんけれど」

 

「準備は一任してください!」

 

「……準備は一任します」

 

 準備を一任された+47。よし!やる気でてきた!

 

「ヒフミさん?」

 

「あ、あはは。レイさんはたまにこういうことがあるんです、ナギサ様……よかったですね、レイさん……あ、あれ!?待ってください!じゃあ、あの、モモフレンズグッズ探しはどうなるんでしょうか!?」

 

「……えー……あー……」

 

 それは、ナギサ様がお気に召さないみたいだし……そんな内心を察知してかナギサが言った。

 

「全て禁止とまでは言っておりません。ただ、学生としての領分を出ない範囲でなら、ヒフミさんとレイさんの間のことに口を挟む気はございませんよ?」

 

 トリニティ物価で賞金のかかった手配書があるのに今更そんな細々とした案件やっても……

 

「……やれたらやるわ」

 

「だ、そうですよ。よかったですね、ヒフミさん」

 

「あうぅ……今のは典型的な社交辞令ですよ、ナギサ様……」

 

「……そうなのですか?」

 

 

 

 その後、ヒフミを交えたお茶会はつつがなく進行し、私は晴れてトリニティ総合学園を後にした。

 正直ナギサとのファーストコンタクトは完璧とは程遠いが、路地裏暮らしのゴミが面識を持つことすら難しそうだったものが面識を持てたという時点で及第点だろう。ペロジラくんの取引からこんなことになるとは、骨折り得のお休み儲けってやつだな。

 なにより、依頼と金。ギブアンドテイク。最初の一歩としては十分だ。今のナギサにはそのシンプルな関係構築が一番刺さる。

 “ナギサ。今の君はきっと、疑心暗鬼の闇の中だ。”

 私が闇の中の唯一の光になって君を導いてあげるね……ふふふ!




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