ここは『キヴォトス』弱者に口なし 作:GAU-8
「……セイアちゃんってそんなに布面積多かったっけ?」
白いテーブルの向こう側で優雅に紅茶を飲んでいるセイアは何も答えない。反応もない、ただ視線を固定して一心不乱に嫌がるシマエナガをグリグリと撫で回している。
なんだろうこの違和感、原作でのセイアはもっとこう、脇が甘いというか手を突っ込みたくなる脇というか……目の前にいるセイアが着ているのはまるでモブが着るような標準的なティーパーティーの制服じゃないか?当然脇がガバガバだったりはしない。
「……セイアちゃんって品性の無いボロ切れみたいな服着てなかっ──」
「聞こえているよ、聞き間違いだと願いたかったがね。どうやら君に品性を期待した私が間違っていたようだ、すまない」
なんだコイツ。喧嘩売ってんのか?
「まあいい、私はいつもこの格好だよ」
セイアはさもそれが常識と言わんばかりに肩をすくめた。
「え〜?……ん〜?」
でもそれじゃあセクシーフォックスなんてあだ名されない気がする。
「……あれを見給え」
セイアはおもむろに立ち上がりテラスから下を指差す。その先には……路肩に止まった自動車が1台あるだけだった。特段珍しくもないただの白いセダンタイプ。あれが何だというのだろう。それともなにか他の物を指しているのだろうか。
「あれは自転車だ」
「はい?」
「君にはあれが自動車に見えるのかな?」
ほかのなんだと?タイヤにドアにボンネットにフロントガラスにetc……100人が見れば100人が自動車と認識するはずだ。
「ここは君の夢の世界、君の認識が歪んでいれば世界も歪んでしまうのさ。ほら、そこの柱なんてねじ曲がっているし、屋根も波うっているだろう?」
「???」
セイアが次から次へと指を差す先、建物のディテールは指摘されるまで気づかなかったのが不思議なくらい曖昧でふわふわしたものだった。
「もう一度聞くよ。あれはなにかな?」
そうして、最後にセイアはさっきの自動車を指差す。そこにはたしかに自転車があった……いやでもさっきまで絶対自動車だったよ……?
「君が普段いかにデタラメに世界を見ているかがよくわかるね」
「そんなバカな……自動車と自転車の区別もついてないなんて」
「なに、そう落ち込むことはない。今の君の夢は殊更不安定だ。きっと安静な眠りとはほど遠いのだろうね……一つだけ覚えておいてくれ、いいかい?いつも、私は、この制服だよ、これまでも、これからも」
「アッハイ」
「品性の無いボロ切れみたいな服なんてものを着ている百合園セイアは君の歪んだ願望が生み出した虚像にすぎない。いいね、忘れないように」
「アッハイ」
「さ…………ィ…ん……レ…………レイさん?」
「……んぇ……ひぃっ!?な、ナギサ様!?」
「お疲れのようですね」
「い、いえ!?その、ちょっと……そう!世界平和!世界平和について考えを巡らせておりました!」
「……そうですか」
はて、なぜ私はナギサと二人でお茶をしているのだろうと記憶を探る……そう、ここには依頼完了の報告にきたんだったな。ふと目が合うと、ナギサはにこりと微笑んで目を細めた。が、細めた瞼からわずかに覗く瞳には蛇の如き冷たさがあった。
怒ってますか!?私鼻がいいからわかるんです!その声はずっとずーーっと怒ってる人の声ですよ!
「あ、あの……私なんかやっちゃいましたか?」
「いいえ、大変迅速な依頼の完遂に感謝していますよ」
「じ、じゃあ──」
「──ですが」
「ひ……」
ですが、上の句をぐちゃぐちゃポイして無意味にする万能接続詞。じゃあなんのために上の句をつけるかと言えば下の句の威力を和らげるため。もっとも受け取る側がそれを知っていれば効果も消えてしまうが。
「……大奥トオルさんは半狂乱で懺悔室にやってきた挙句にシスターさんの拳銃を見て泡を吹いて気絶したのだとか」
「……へ、へぇ」
それは私ではなく50口径の拳銃持ち歩いてる暴力シスターさんの方が悪いと思う。
「少々強引なやり方をしたのではありませんか?」
「い、いやあ……その……迅速な依頼達成のために、致し方なく」
へへへと笑う私に、ナギサは眉一つ動かさずに紅茶を一口。ふうと小さく息をついてこう続けた。
「ですが結果は結果です。やり方をレイさんに委ねたのは私どもですので、この件は不問といたしましょう」
「は、ははぁ〜。ナギサ様の寛大なご処置に感謝いたします」
「いいえ、お礼を言われるようなことはなにもありません。と言うのも、お約束していた「自分探し」のお手伝いのことなのですが」
「……へ?」
気にはなっていたんだがその自分探しってなんのことだろう?
首を傾げる私にナギサが一枚の紙を手渡してくる。それは以前アビドスで書かされた反省文のコピーだった。
「私どもに可能な限り『渡里レイ』という人物について照会いたしましたが、見つかったのはヴァルキューレに保管されていたその……少々前衛的な反省文のみでした。それ以前の痕跡は、戸籍はおろかあらゆる記録にも一切存在しませんでした。まるで、突然キヴォトスに発生したかのように」
……まあ、そうでしょうね。だって発生したんだもん。
「お力になれず申し訳ありません。ですが、これをもって報酬とさせていただけますか?」
「……はい、ありがとうございます」
「……記憶喪失のことはヒフミさんには?」
「はい!?えっと……いえ、なにも」
誰が記憶喪失だって!?私!?ナギサにいつそんなこと言ったんだ!?自分探しってそういうことかよ!
「そうですか、ではこのままヒフミさんには内緒にして私達二人の秘密としてはいただけませんか?代わりと言ってはなんですが、もしも困ったことがあればティーパーティーとしてできうる範囲で協力いたします」
「それは、はい。もちろんです」
……いや、待てよ。どのみちナギサはヒフミの周りにいる素性の知れない怪しい輩として私の身辺調査はやるつもりだったはずだ。どのみちやる身辺調査の結果だけ共有してご苦労さまでした、報酬はこれですだって?体のいいタダ働きでは?……やられた。
まあいいか、多数の指名手配の確保に、大奥トオルの確保、ナギサへの有能アピールは十分のはず!やり方の問題は依頼をこなしがら修正していけばいいはず!さあ、ナギちゃん様次の依頼を──
「では、お帰りはあちらです」
そう言ってナギサは退室を促した。
わかりました!帰ります!……ん?
「あの、ナギサ様」
「どうされましたか?」
「次の依頼とかは……?」
「次の依頼、ですか?いえ、特には」
ないの!?首をへし折られてたまたま転がり込んできたティーパーティーとの接点がこれでおしまい!?それは困る!エデン条約編が始まるまでにはもっともっと太いパイプにしておかないといけないのにこんなところで振り出しに戻るわけにいくか!
「あ、あの! 私はまだまだやれますよ! 今回だってこんなにスピーディに解決しましたし! 他にも賞金首とか、雑用だって構いません!報酬さえいただければなんでもやりますよ!?」
「確かに今回の依頼の遂行は迅速でした。ですが早ければいい、というものではありませんよレイさん。なにをしたのかは存じませんが、大奥トオルさんがあのような状態で謝罪に来た結果、まずティーパーティーの仕業と疑われ、私達は貸しをつくるどころか関与を否定せざるを得ませんでした」
「そ、それは!所謂コラテラルダメージというものにすぎません!」
「申し訳ありませんが、預かり知らない所で不必要な犠牲を出してしまう方にティーパーティーとして協力をお願いするわけにはいきません」
「で、でも……そう!私、学籍ないので!学区をまたいで好きに活動できますよ!?いかがでしょうか!?」
「……なるほど、それは確かに魅力的な長所ですね」
「そうでしょう!?」
はじめての好意的な反応にナギサの顔を見る。しかし、ナギサは空のカップをソーサーにことりと置くと、こんなセリフが返ってくる。
「お気持ちはありがたいのですが、ティーパーティーには優秀な方たちが揃っておりますので……そうですね、ゲヘナ学区などにレイさんがご活躍できるような場所があるのではないでしょうか?」
なんてひどい侮辱!
内心憤る私に、ナギサはあからさまな営業スマイル全開でとどめを刺しに来た。
「そういうことですので、エージェント0047様の今後益々のご活躍をお祈り──」
「ぐはぁっ!?」
お祈りメールならぬ、お祈りアルカイックスマイル。それは、実社会においては「あなたは不要」という意味に他ならない。丁寧なお断りの薄皮をかぶった鋭い刃が私の就職活動をいま再び一刀両断したのだった。ああ、バニタスバニタス。
「──ミカ様!困ります!」
「え〜、いいじゃん別に」
「……お祈り申し上げ──」
「ふ〜ん、そっか、わかった。フィリウス分派でなにか企んでるんでしょ。パテル分派の代表として私にもナギちゃんのお客さんとお話する義務があります」
「なぁっ!?そんなわけがないでしょう!こ、こらっ!」
「……」
「ばーん☆やっほー、ナギちゃん」
「やっほー、ではありません……」
「へ〜、この子がナギちゃんのお客さん……って、どうしたのこの子!?真っ青な顔してるよ!?お〜い、大丈夫〜?もしも〜し!」
「……んはっ!て、天使!?」
「へ?」
違った、お姫様だった。突如として私の眼前に現れてひらひらを手を振るピンク髪に白い肌、あどけなくも美しい彼女はティーパーティーの一人聖園ミカその人であった。
「あはは☆なにこの子、おもしろ〜い。初めまして、私は聖園ミカ。あなたは?」
「初めまして!ミカ様!私は渡里レイと申します!しがない傭兵を営んでおります!」
「傭兵?ふ〜ん。ナギちゃんに何か頼まれてたの?どんなこと?」
「賞金首の逮捕と大聖堂で悪戯をした方をつかまえてもらっただけです。余計な詮索をしないでください、ミカさん!」
「え〜、じゃあなんでさっきまで青い顔してたの?クライアントの立場を利用していじめてたんだ?」
「いじめてなどいません!」
……これは、チャンスだ!この際ミカからの依頼でもいい、とにかくティーパーティーとの繋がりを保っておけばなんとかなる!はず!
「ミカ様!なにかお困りではありませんか!報酬さえいただければたとえ火の中水の中、靴磨きでも凶悪犯の逮捕でもなんでもやります!」
「レイさん!?」
「へぇ〜、なんでもやってくれるんだ?」
ミカは私の必死な形相を見て、楽しそうに目を細める。その瞳は無邪気な子供のようであり、同時に獲物を見定めた捕食者のようでもあった。
「……ミカさん、この方はもうお帰りになるところです。あなたの出る幕ではありません」
「え〜、いいじゃんナギちゃん。ねえレイちゃん、本当にどんなことでもいいの?」
「はい! もちろんでございます!」
「じゃあさ、百鬼夜行までいって百夜堂の限定スイーツ、買ってきてくれない?」
「はい……?」
予想外の依頼に、私の思考が一瞬停止する。
百夜堂? お祭り運営委員会の、 あの?
「前から和菓子も紅茶に合わないかなってずっと気になってたんだよね〜」
「ミカさん!何を勝手な!」
「え〜、いいじゃんお使いくらい……レイちゃんに頼んじゃダメなら派閥の子にお願いしちゃおっかな〜」
「ミカさん!?」
「……なるほど! 承知いたしました!」
あからさまなパシりだが、凶悪犯の確保に比べれば赤子の手をひねるような任務だ。しかも報酬は金銭感覚がバグってるティーパーティーと応相談。こんな美味しい仕事があるだろうか。
私はナギサが何か言いかけるよりも早く、風のように部屋を飛び出した。背後から待ちなさい、というナギサの悲鳴に近い声が聞こえた気がしたが、きっと気のせいだろう。