ここは『キヴォトス』弱者に口なし 作:GAU-8
『あのお店のケーキ、開店前から並ばないと買えないんだよね〜。レイちゃんお願いできないかな?』
『ハイランダーの車内販売限定でね、百種類の味が入ったグミが売ってるんだって〜。ね〜ね〜、レイちゃん買ってきてくれる?』
『オデュッセイア海洋高校に星見パイってのがあるんだって、素敵じゃない?レイちゃん買ってきて!』
「……なにをやってるんだ私は」
「はい?」
「あ、いえ、なんでもないです。これ、ミカ様にお願いします」
「……ふふっ、はい。あなたも大変ですね」
順調にミカのパシりとしての地位を築きつつある私だが、これがナギサからの仕事に繋がるのだろうかは。いや、ない。
数件の依頼をこなすと、ついには直接手渡すことすらなくなり窓口役になったティーパーティーのモブちゃんへミカへの依頼品を届けるとふとそんなことを思う。
キヴォトスに暮らすうちのわずか0.0000〜%しかいない原作キャラとお近づきになるのも楽じゃないな、やっぱりアビドスだけ原作第一章なのになにもかもが異例だ……トリニティを乗っ取ろうとしてるヘルメット団とかいないかな……?
「……それで、次はなにを?マリアナ深海高校の購買にしか売ってないミネラルウォーターですか?」
「いえ、今のところはなにも仰せつかっていませんね……けれど、今のお話をミカ様が聞けばきっと欲しがるとは──」
「──あ、いや!そんなもん存在しません!適当言っただけで!」
「まあ、ご冗談でしたか」
うふふと上品に微笑むサイドテールモブちゃんの微笑みと、せめてと上品な柄封筒につつまれていながら無骨な厚みを隠せない依頼料だけが私を労ってくれる。
「二、三日後にまたいらしてくだされば、そうですねえ、たぶんですけど、ミカ様がまた次の依頼を思いついているかと」
「は〜い」
なんだ、クビじゃないのか、よかった……よいのか?学校にすら入れてもらえなかったけど。
「たしかに、わざわざ百鬼夜行やオデュッセイアまで使いをしていただいたのに、玄関先でさよならでは味気ないですよね」
「え、いま口に出てました!?」
「いいえ、お顔に書いてありました」
ふふ、と彼女は口元に手を当てて上品に笑う。
「これだけ奔走していただいたのですから、次は直接ねぎらっていただくよう、私のほうから口添えしておきますね」
「……は、はい。お願いします」
……こわ。
暇な時間でナギサへのアピールになることを考えてみたが、やっぱり賞金稼ぎという名の地道な治安維持活動が一番だろう。
以前にナギサから紹介された指名手配犯は特に賞金の多いものだけで、トリニティ物価でささやかな懸賞金がかけられた相手など五万といる。トリニティとはいえキヴォトスはキヴォトスなのだ。
今日のターゲットは、罪状に薬物の密売とかいうとんでもないことが書いてあるくせに懸賞金は自販機荒らし以下!どうなってんだこの街!優先順位おかしいよ!
「ん、この程度の犯罪者なら隠れてもいないと思う。足で探すしかないかもね」
シロコに一応声をかけてみたら2つ返事で協力してくれることになった。いいの?こんな小物山分けにしたら大した額にならないよ?暇なの?私のこと好きなの?
「じゃあいこっか」
そう言ってシロコはトリニティ・スゴイオジョウヒン公園のベンチでの作戦会議を早々と打ち切ると立ち上がって私と向き合った。そしておもむろにライフルに手をかける。
「……あ、あの、なにか?」
「……最近何キロ走ってる?」
質問を質問で返……!これ前にもやった気がする。
「も、もちろん……」
カチャリとライフルがわざとらしく音を立てた。嘘をついてもわかる、とはっきりと警告するような含みがあった。
「に、二十キロ……くらい?」
「……はぁ。レイ、サボりすぎ」
だよねえ……やっぱり?せめて50kmくらいは頑張って日課にすべきだろうか?
「い、いや、でも最近忙しくってぇ……」
シロコは銃口を降ろすと私の言葉を遮って両肩に手を置いた。そして一点の曇りもない瞳で正面から私と見つめ合ってこんなことを言うのだ。
「いい、レイ?トレーニングは自分との戦いなんだよ。忙しいから、疲れてるから、そう言って負け続けて最後にはトレーニングをやめちゃうの」
う、うぐ……一理ある、というか実際そう成りかかってる。せっかくアビドスでは半強制とはいえあれだけ頑張ったのだからせめて維持くらいはしたい。
「き、肝に銘じます」
「ん、じゃあ今日はターゲットを見つけるまで一緒に走ろっか」
「……見つからなかったら?」
「見つけるまで、走る」
目的が変わってないか?明日から頑張るから今日はちゃんと指名手配犯探しにしない?
「トリニティってアビドスに負けず劣らず広いですよ?闇雲に走り回って見つかるわけないと思いますけど」
「本望」
「いやいやいや、何日かかるんですか!?こんな小物に時間かけてやってられませんよ!あ、そうだ!ドローン!ドローン使いましょうよ!」
「ん、私のドローンのカメラはあんまり解像度がよくないから、通行人の顔を識別するならかなり近寄らないと……」
ロケット満載のドローンが近寄ってきたら私ならまず間違いなく撃墜する。意図なんて確認するまでもない。私でそれなら手が早いキヴォトス人達なら半径200m以内の攻撃型ドローンはまず撃墜されるとみて間違いない。
「仕方ない。やっぱり走るしかないね」
作戦立案を放棄していいから諦めて走れとにこやかに手を差し伸べるシロコの言葉をカァーッと一羽のカラスが遮った。
そいつはさっきまでシロコが座っていた場所の背もたれに舞い降りると今度は私の顔を確認してもう一度カーと鳴いた。
「あ、ピーちゃんだ」
「ピーちゃん?」
ついにおかしくなったのかとこれでもかとわかりやすく訝しげな顔をしてシロコが繰り返す。
「パトリック・ジェームズ・ベケット、クロウのPJ、略してPちゃんです。趣味はボロ、あの馬がするやつ。最期はなにがしかのレーザーで蒸発……な、なんちゃって……」
「レイ……本当に忙しかったんだね」
「ち、違います!そんな憐れむような目やめて……そう、怪我してたのを助けてあげたら懐かれたんです!」
「……動物を?ただで?助けた?レイが?」
いや、銃撃戦にでも巻き込まれたのかかなり弱ってたし、本当は看取ってから食べ──供養してあげるつもりだったけど、持って帰ってから冷静になってやっぱりないわと踏みとどまって頑張って看病した。といっても肉を食わせまくって温かくしたくらいだけど。
「まあ多少の紆余曲折ありましたけど、助けて、以来こんな風に懐かれました、はい」
「カァーッ」
「なに?今日の分の餌はあげたでしょ?あっちいった!しっしっ!」
「ギャーッ!」
「痛ッ!?やめ、つつくな!」
「……たかられてるだけじゃない?」
「ち、違いますよ。私が飼ってるんです!ねっ、ピーちゃん?……いったぁ!」
「ピーちゃん、めっ!」
「カア」
私が払いのけようと振り回す腕をスルリスルリと躱しながら髪の毛を啄み始めたピーちゃんはシロコの一言で急に大人しくなってベンチの背もたれへと戻っていく。
「このヤロー……」
「ん、賢いね、この子」
「どこがですか!?芸の一つも覚えないし!誰のおかげで飯食ってると思って……なんだ!やんのかコラ!」
ピーちゃんは鳴き声を荒らげ羽を広げて再びファイティングポーズをとる。私とピーちゃんが一触即発のなか、シロコは気にする様子もなくピーちゃんに向けてスマホの画面を差し出すと、ゆっくりと言い聞かせるように命じる。
「ピーちゃん、この人を探して。見つけたらご褒美をあげる」
ピーちゃんは何度も首を傾げながら画面をしげしげと見つめた後、高らかに一声鳴くとどこかへ飛び去っていった。
「そんなバカな……」
「じゃあ、私達もいこっか」
あっ、結局走るんすね。それもそうか、あのボケガラスはただの保険……と、そんな予想を嘲笑うかのようにピーちゃんは数分のうちにランニングを始めた私とシロコの頭上に戻ってきて鳴き声をあげながら旋回し始める。
「きっともう腹が減ったんですね!」
「違うよ。ついていってみよう」
「そんなバカなことあるわけ……」
いた。みつけた。捕まえた。
…………そんなバカな。