ここは『キヴォトス』弱者に口なし 作:GAU-8
おお、ここがスチルで散々見てきたティーパーティーのテラス!……と感動する場面だが今はそれどころではない。
耳が痛くなるような静寂の中、淹れたての紅茶から出る白い湯気がゆらゆらと立ち昇っては消えていく。
ケーキスタンドの向こう側に座った桐藤ナギサが音もなく熱々の紅茶を啜り、カップをソーサーに置く音だけがやけに響いた。
「ふぅ……ミカさん、遅いですね」
「あっ、そ、そっすね……へへ」
ナギサは私の愛想笑いに眉一つ動かさないまま手元の書類に目線を落とすとそれっきり黙りこくってしまう。時折話す相手は同じテーブルを囲う私……ではなく、扉の前に控えたティーパーティーのモブちゃん。しかも私には聞こえないよう小さな声耳打ちでなにかを伝えている。
友達の友達どころかクライアントの友達、ほぼ他人のナギサと何故こんなお茶会とも業務ともつかない気まずい時間を一対一で過ごすハメになっているのか、諸悪の根源は自分で場をセッティングしておきながら平気で遅刻してくる聖園ミカのせいである。
はやくきて……なんとかして……
そんな願いとは裏腹にナギサから耳打ちされたティーパーティーモブちゃんの方が部屋から出ていってしまい正真正銘ナギサと二人きりにされてしまう。
「ヒフミさんとはその後どうですか?」
「へっ、ヒフミ?……あ、えと、よろしくやってますよ」
「そのようですね」
……あれ?なんか怒ってない?
「以前、ペ……ペ……」
「ペ?」
「ペr──ェ様」
「……なんて?」
ナギサはわずかに頬を赤くして咳払いをすると今度は絶対零度の目を細めて私に微笑みかける。
「ん、ん!とにかく、グッズの取引は学生として常識的な範囲を出ないようお願いしたはずですが」
「も、もも、もちろんお言いつけは守ってますよ」
やっぱり怒ってる!?なんで!?こわい!
「神に誓って?」
「は、はい!」
ナギサは椅子に深く座りなおして大きなため息をつくとこう続けた。
「この短期間のうちに何度も取引していますね。1回の額が小さいからいい、と言う話ではありませんよ?」
「え!?いや、そんなつもりは全く……」
「28回の取引ですよ。確実にヒフミさんの懐を殺したかったのでしょう?」
え、なに、28回?……取引の回数!?私もいちいち把握してないのになんでわかんだよ、キッショ!
「ち、違いますよ!……ペロロ様グッズを探すのが癖になってて、それでぇ……ほ、ほら!最近ミカ様の依頼で普段行かないような場所によく行くんです!それで、ついつい……ご、ごめんなさい」
ナギサはなにも答えない。私はただただ俯いてナギサの裁定を待つ。まさかついに接触禁止令が、そ、それだけはどうかご勘弁を……
「ヒフミさんの今月のお小遣いの残高、ご存知ですか?」
「……い、いえ」
「食費にも手を付けているようですよ」
「……」
……それ悪いの私なの?
「ヒフミさんはとても優しい方です。頼まれれば断れないでしょう、まして愛するペペローニ様のこととあれば尚更です。そこにつけ込むようなマネは見過ごせません」
「わ、わかりました。もうヒフミさんのモモトークにペドロ様グッズの写真送るのはやめます」
「それは……就寝時間帯にスイーツの写真を送るが如きテロ行為ですよ」
別にもうヒフミ相手に商売しなくたって食うに困るような状態でもないし。ていうか、ナギサに怒られてからほぼ原価ママのボランティア同然の値段で売ってたし。ヒフミの好感度稼いだらなんでナギサの好感度下がってんの!意味わかんない!
「……以前あなたには十分な報酬をお支払いしたはずですが?」
金に困ってヒフミ相手に転売続けてると思われてるのだろか?否定を……いや、これはチャンス!ヒフミの財布を人質にもう一度営業だ!
「お、お金なんていくらあっても困ることはありませんし、でも他に仕事あったらそんなことしなくていいかも……」
「それはつまりヒフミさんを相手に商売を続けていたことを認めると?」
「い、いいい、いえ!?それはまったくもって誤解でございます!大事な友達を食い物にしようなんて気はこれっぽっちもございません!」
営業魂は微笑んだまま声だけが一段低くなったナギサの前に一瞬にして萎えてしまった。
ナギサはと言えば私の弁明を聞き入れる様子もなく、ただ冷ややかな目で私を見据えたまま無言で紅茶に口をつける。
これは、ダメだ。ああ、どうして就職活動とはこんなにもバニタスでバニタスなものなのでしょう。
「ごめーん、遅くなっちゃった☆」
気まずい沈黙をバーン☆と破ったのはミカだった。
ナギサは眉間を押さえながらもどこか剣呑な雰囲気が和らいだようにため息をつく。
「ミカさん、遅くなっちゃった☆ではありません……」
「ごめんってば〜。あ、レイちゃんまた青い顔してる。ナギちゃんにまたいじめられてたんだ?かわいそ〜」
「いじめてなどいません」
そう、イジメじゃないよ。詰られてただけ。
「それで、今日はなぜレイさんがお茶会に?わざわざ部外者を招き入れるのはあまり関心しませんね」
「え〜、ナギちゃんだってあの子……ヒフミちゃんだっけ?しょっちゅう招き入れてるじゃん」
「なっ!?……ヒフミさんはれっきとしたトリニティの生徒です。レイさんとは理由が違います」
「いっしょいっしょ、細かいことは気にしな〜い。今日はレイちゃんに特別なお茶菓子を買ってきてもらったの、ねっ、レイちゃん」
「あっ、はい」
「……特別な、お茶菓子……またですか?」
何故か腕を抱いて身構えるナギサ。私がこれまでにミカの依頼で買ってきたお茶菓子と言えば、和菓子に百味ビーンズならぬ百味グミにスターゲイジーパイ……う〜ん、ナギサが身構える理由はさっぱりだ。
「大丈夫、大丈夫、今日はちゃんとしたスイーツだから」
「今日“は”ですか……できることなら毎回ちゃんと紅茶に合うかを考えて用意してもらいたいのですが」
「そういうわけでレイちゃん、アレよろしく」
「あっはい」
と言っても今日の依頼の品はこのテラスに入る時に武器と一緒に取り上げられてしまったので、ミカが私に手で促すのとはまったく関係ない方向からワゴンで運ばれてくるわけだが。
どこから見ていたのかナイスタイミングなモブちゃんが三人の前に優雅な所作で音もなくケーキを並べていく。
「ふふん、ナギちゃんこれな〜んだ?」
「これは……ミラクル5000ですね」
「えっ!?なんで知ってるの私も食べたことなかったのに!」
「以前親交のある方から差し入れとしていただきまして」
「えー、なにそれ!?なんで私にも分けてくれなかったの、ズルいズルい!」
「生憎一人分でしたので」
ケチーと文句を言うミカとは対象的にナギサは涼しい顔で紅茶を一口。
「ま、いいや。今日はレイちゃんが買ってきてくれたし!いただきま〜す!」
ミカはフォークを手に取ると、ケーキの一角を崩して口に運ぶ。
「ん〜!おいし〜!レイちゃん、ありがと!ほら、ナギちゃんもレイちゃんも食べなよ……あれ?なんかレイちゃんのだけ小さくない?」
たしかに私の前に運ばれてきたケーキはナギサやミカのに比べて若干小さいというか、削られているというか……つまみ食いの跡があるような?
もしやと給仕のモブちゃんに視線をやれば、食べましたがなにか文句でもと言わんばかりに悪びれもせず居直る。
「念のため毒見をさせていただきました」
「毒見て……ま、いいけど」
「申し訳ありません。念には念を、ということですのでどうかお気を悪くなさらないでください」
と小さく頭を下げつつ、毒見済みと知って初めて手をつけるあたりナギサの信頼など欠片もないようだ。おかしい、ミカの有能パシりとして活躍しているうちに羨ましくなったナギサから依頼がくるはずでは、もしかしてこの作戦全く通用してない?
……!このケーキ、今まで食べたどんなものより美味い!誰だつまみ食いしやがった奴は!?許さんぞ!
「さすが、愛好会ができるだけあるね。これなら毎日でも食べたいかも。レイちゃん、手に入れるの大変だったんじゃない?」
「いえ、日の出前から並べば余裕です!」
「日の出前?レイちゃん学校は?」
「あ、え〜……や、休みました!」
「そっか〜。そこまでしてくれたのに毒見なんてひどいよね……そうだ、一口あげるね。はい、あ〜ん」
ミカが差し出したフォークの先にはケーキが一口刺さっている。
「えっと……あ〜……ありがとうございます」
断るのも失礼だからね!仕方なく!仕方なくケーキのお皿を差し出してそこに置くようミカに促すがミカはフォークを微動だにさせない。
「あ〜ん」
「え、いや、それは……」
「ミカさん。お行儀が悪いですよ」
「あ〜ん」
このままだと一生このままだからね、仕方ない……仕方ない、不可抗力ってやつだ、いただきます!
私がミカから直接ケーキを受け取ると、ミカはふにゃっと笑ってささやくように一言。
「……ふふっ、おいしい?」
「は、はひ」
あ^〜。cv早見某に冷たく拒絶された心にcv東山某が突き刺さるぅ〜……もう一生ミカ様のパシりでもいいかも。