ここは『キヴォトス』弱者に口なし 作:GAU-8
ミカからの依頼は留まるところを知らず、最近は何百kmのお使いのために移動してるか、戦利品をお供にお紅茶をしばいてるか、あるいは人気店の先着順を争ってドンパチやってるかしかしてない気がする。
私としてはなんの問題もないどころかむしろバッチコイだ。懐事情は劇的に改善、弾代も気にならなくなったし、スーパーの値引き食品をSDGsして生きていかなくてもよくなった。身分証さえどうにかなれば墓暮らしのトリニッティも卒業してアパートに住むことだってできるだろう。
……戸籍と身分証どっかに売ってない?
そんな順風満帆なパシり生活の中、次の依頼を求めてミカに会った時、ミカはしばらく黙りこくったと思えば、頭を抱えてうんうんうなったあげくに絞り出すようにこんな依頼をくれた。
『なんか美味しくて珍しいお菓子を買ってきて!よろしく☆』
う〜んこのなんか面白い話してレベルの無茶振り。ネタがないなら頼まなければいいのでは?私は訝しんだ……だったら断ればいいのでは?渡された経費をばっちり握りしめながら私は訝しんだ。
私は慎重に検討を重ねた結果ミカやナギサがおそらく生涯で一度も口にしたことがないであろう練る練る練るねな知育スイーツをスーパーで調達しようとして思いとどまった。
逆張り精神でワンコイン以下のケミカル美味……美味?を上納する前に上流階級の好みそうなものを知っている人物がいたではないか。
都落ち貴族こと我らがリーダー、ユウちゃんが。
「というわけなんです」
「……」
どしたん?梅干し食ったような顔して、話聞こか?
「もう一回聞いてもいい?」
「……はい?ええ、どうぞ」
「レイちゃんは今日なにをしにここに来たのかな?」
「だから、ミ……さる上流階級のお方が好みそうなお菓子を教えてほしいんです」
「……あんた最近聖園ミカとずいぶん親しくしているようね?」
「な、なな、なんですか急に?今そんなこと関係あります?」
「もう一つ質問いい?さる上流階級のお方って、誰?」
「……君のような勘のいいガキは嫌──いだだだ!?」
「喧嘩売ってんのかアンタはあああぁ!」
リーダーはうんうんと頷いて突然満面の笑みを浮かべて歩み寄って来ると、そのまま私の両頬を掴んで左右に思い切り引っ張った。
「き、協力してください!ここで下手な物献上したら今までの積み重ねがパーです!」
「イヤ!なんで私がミカへの献上品を選定しなくちゃいけないのよ!」
「ミカ様……ゲフン!ミカに取り入るためです!」
私の言葉にリーダーは一瞬はっとしたように目を見開いた。頬を引きちぎらんばかりに引っ張っていた手を緩めたか思うと、今度はジト目になって両手のひらで私の頬を挟む。
「アンタにそんなこと期待してない……」
「じ、じゃあどうしろと?せっかく目の前に機会があるのに」
それは……モゴモゴゴニョゴニョと人様のほっぺたをこねくり回しながら口籠るリーダー。
なんなの?私がミカに近づくとなんか不都合ある?
そんな私の疑問が届いたかのようにリーダーはまたもや頬を摘んで笑みを浮かべる。
「アンタ、ミカ様からこれまでいくら貰ったのかしら?たぶん私がアンタに今まで支払ってきた額超えてんじゃない?」
「い、いや〜……へへ、そ、それほどでも?」
ある。
「な、なんですか!私が金で寝返るとでも!?」
「そうよ」
そんなことは…………ないアル。
再び左右に引き伸ばされたほっぺたが悲鳴をあげ始めた。
「そ、そのようなことがあろうはずがございません」
「あったわよね。私にことわりもなくアビドスの生徒と交流して」
「あ、あれは、その……それとこれとは話が違います!」
どうせ適当に時間稼ぎしとけばミカは勝手に自白するし、セイアも帰ってくる、それでめでたしめでたしだもん!いくらでも協力しますとも……原作に影響しない範囲で。
しっかり目線を合わせて忠誠心をアピールするとリーダーはため息をついて私の頬を解放した。
「はあ……金の切れ目が縁の切れ目、なんてことにならないといいけど」
「なるわけないじゃないですか、やだなあ」
「……信じるわよ」
……信じるなら釘刺すのやめてもらえます?
「それで、珍しくて美味しいお菓子ねぇ……そうだ、トリニティにはミラクル1000って滅多に手にはいらないケーキが──」
「──あっ、それはもうやりました」
「あら、そう……定番だものね。なら趣向を変えて和菓子なんてどう──」
「──それももうやりました」
「そ、そう……じゃああれは?ハイランダーの車内販売限定で世にも珍しい百味グミ──」
「──やりました」
「……」
「……」
こんな被ることある?趣味が似通ってるというかなんというか……もしかしてミカを目の敵にしてるのも同族嫌悪か?
いや、ないな。ミカがリーダーみたいな瞬間湯沸器だったらある意味健全、エデン条約編のだいたいの問題が始まる前から解決してる。
「ならとっておきがあるわ!」
今度はスターゲイジーパイなんて言い出すんじゃなかろうか。自信満々のリーダーには悪いが自分でお題のお菓子を探す覚悟で次の言葉を待った。
「……ねぇレイちゃん、これはなに?」
「ウナギのゼリー寄せでございます」
「……わ〜ぉ」
わ〜ぉ頂きました!自分でも流石にこれはないだろと思いつつも提出してみたが合格だったようだ。さっすがリーダー!
ミカはケーキスタンドの隣に置かれたその異物をフォークでブスブスと突き刺して崩していく。そのうちにゼリーの中に浮かんだぶつ切りのウナギの身を避けるように、ほんの小さく切ったゼリー部分を恐る恐る口に運んだ。
「ん〜……見た目の割りに不味くはないけど、なんか……う〜ん」
すごい微妙な反応!?あれれ?おかしいぞ、リーダーイチオシの逸品だったはずでは?ハメられた?
ミカに促され私も一口。
ゼリーともぬめりともつかないぐにゃっとした食感と口の中に広がるレモンとお酢の風味、それから若干の魚
臭さ……不味くはない。不味くはないが……お茶請けとしては絶望的では?
「……今日はナギちゃんがいなくてよかったかも。こんなの出したら倒れちゃうよ」
「そういえばナギサ様は?」
「ナギちゃん今日は忙しいんだって、つれないよね」
アフタヌーンティーをすっぽかすほど忙しいだと!?戦車にまで給湯器を搭載するようなイギリス人が!?……いや、イギリス人じゃなかったわ。日本人でもないし……キヴォトス人?
ぶーぶーと文句を垂れながらぶつ切りウナギをフォークで穴だらけにして遊んでいたミカがふと私を見る。
「これ、お茶請けというよりどっちかと言うとご飯の時に食べたいおかずだよね」
「す、すみません」
「ううん、今回レイちゃんに丸投げしたのは私だから。レイちゃんはいつも仕事が早くて助かってるよ……ホントにいつ学校行ってるの?」
「えっ!?……それは依頼の合間をぬってなんとか……」
「ふ〜ん、そうなんだ」
自分で聞いておきながらさして興味もなさそうに相槌を入れたミカがウナギを一切れフォークで刺して差し出してくる。
「あ〜ん」
「あ、あ〜ん……」
うん!私このウナギのゼリー寄せ好きじゃないわ!嫌いってほどでもないけどわざわざ進んで食べる気にもならないくらいの味!
そんな私の内心を知ってか知らずか次はケーキを一切れ差し出してくるミカ。
「……う、ぐ」
「ならさ、トリニティの生徒になっちゃう?」
「……はい!?」
なに急に!?なら!?なにがなら!?キヴォトスで野良生徒スカウトするの流行ってるの!?
「ふふっ、なんて、冗談だよ。レイちゃんみたいな真っすぐな子がトリニティの生徒だったらあっと言う間に食べられちゃうもん」
なるほど、小粋なトリニティジョークだったのか。私にはさっぱり分からない。
ミカは紅茶を口にするとまたウナギを差し出しながらにこりと笑う。
「じゃあどうしてナギちゃんとお近づきになりたいのかな?」
「い、いや、そんなつもりは全く」
「え〜、あるよね?わかるよ、お茶会の時ナギちゃんのことばっかり気にしてるもん」
あの……ウナギとケーキ交互に食べさせるのやめてもらっていいですか!?さっきから口の中で魚の臭いとケーキの甘さが最悪のマリアージュ奏でてるんですけど!
「お金……だけだったら私でもいいはずだし。ねぇねぇ、他の理由は?」
「り、理由と言われましても、そんなのな──」
「あ〜ん」
「むぐぅ……!?」
地獄か?ここはティーパーティーではなく、甘さと酸っぱさと生臭さで反復横跳びを強いられる拷問部屋だったのか。
ミカの笑顔が怖い。目が笑っていない。そんなもんありませんじゃ済まない雰囲気だ。
エデン条約編を近くで見届けるため……だったらミカでもいいはず、ナギサでなくてはならない理由えーと、えーと……
「……ナギちゃんのこと、どう思ってるの?」
「……もごッ、ふ、ふつくしい……と……」
「ふつくしい? なあに、それ。もっとはっきり言って?」
ウナギ。ケーキ。ウナギ。ケーキ。酸味と甘味と生臭さが脳のメモリを埋め尽くしていく。限界を迎えた私の口から飛び出したのは、取り繕った建前でもエデン条約を見据えた打算でもなく、ただの純度100%本音であった。
「……顔!顔です!」
「……へ?」
「……顔が好みです……!あ、あと、声もめちゃくちゃ好きです!」
……何を言ってるんだ私は?それはミカにも当てはまるだろうが……ではなく!終わった。不敬罪でお姫様に物理的に握り潰される。これまでの懸命なパシり生活はなんだったんだ……ばにたすばにたす。
「──っ、あははははははっ! な、なにそれ!顔って!」
ミカは突然お腹を抱え、バンバンと膝を叩いて爆笑し始めた。その笑い声は、つい数秒前までの息が詰まるような圧迫面接が嘘のように晴れやかで、毒気がすっかり抜け落ちている。
「そっかそっか!レイちゃん、ナギちゃんに一目惚れしちゃったんだ!あははは!そんな理由で必死に私に媚び売ってナギちゃんに近づこうとしてたの!?おっかし〜!」
ひとしきり笑い転げたミカは、目尻に浮かんだ涙を拭いながら満足げに最後の一切れを私の口に放り込むと、ポンと私の肩を叩いた。
「いつかレイちゃんがナギちゃんの『お気に入り』になれるように応援してるね」
「……へ? 応援ですか?」
「うん。だって、ナギちゃんの周りにいるのって何を考えてるか分かんない子ばっかりなんたもん。今のナギちゃんには、レイちゃんみたいなバカ正直──じゃなくて、真っすぐな子が必要だと思うからさ」
今私にバカつったか?
「じゃあ、さっそく次のお茶請け買ってきてもらおうかな……次はちゃんとお菓子、お願いね」
やっぱお菓子判定じゃねーじゃん!ユウちゃんよお!