ここは『キヴォトス』弱者に口なし 作:GAU-8
「……セイアちゃんってそんなに布面積多かったっけ?」
「その話は、もういい……」
何故かお脇もお背中も鉄壁ガードされた服を着たセイアは疲れきったようなハイライトが消えた死んだ目をして、深く椅子の背もたれによりかかってただ虚空を見つめた。
そうしてしばらくすると大きなため息をついてテーブルの向かいに座った私へと視線を戻した。
「いいや、なにもよくないよ。セイアちゃんがセクシーでもなく、cv江口拓──」
「君は私と何処かで会ったことがあるのかい?」
無視!?
「……いいや……ないけど?」
「……そうだろうね。面識があればこれほどまでに強固でそれも事実に即さないステレオタイプと呼べるようなイメージを抱くこともないだろう。質問を変えよう君はどこで私のことを知った?」
どこで知ったのかと言われても、未実装だったしそんなに詳しく知っているわけではないが強いて言うなら……原作?
「げんさく?とは、なんだ?聖書の原典のようなものかな、それとも失われた預言書?あるいは……」
「ブルーアーカイブ」
「ブルー……?青い、書庫……? もしやアカシックレコードのようなものかな? 事象の地平の彼方にあるという、過去から未来に至るまでの全宇宙の記憶を記した概念宇宙の蔵書……」
そんなものがあるならこっちが読んでみたい。
アカシックレコードというのであればまだ公開されていない裏設定やら先の展開やらなにからなにまで記されているものだろう。あるとしたらヨースターのスタジオ……もしかしたらそこにすらまだないのかも……
「……つまりアカシックレコードのようなものではないと。では最初の質問に戻ろう。君はなぜ私のことを知っている?」
「……原作でみたから?」
「…………ふぅ」
おみみがピクピクしてるよ、かわいいね。
「レイちゃ〜ん?寝てるの?」
「……んあ?い、いえ!寝てません!」
ここはどこ?私はグルート……じゃない!私は渡里レイでここはティーパーティーのテラス!今は楽しいお茶会……あれ?さっきまで夜じゃなかったか?……まあいいか、今はいつもの業務で用意させられた珍しいお茶請けでミカとナギサのお茶会の最中……か?
バシンバシン!とお茶会には似つかわしくない音が鳴り響いている。
音の発信源は右手に万年筆、左手にハンコを装備してお茶には目もくれずただ黙々とケーキスタンドの脇に積み上げられた書類を処理し続けているナギサであった。ミカはそんなナギサをじっと見つめながらこれ見よがしに頬を膨らませている。
「ね〜レイちゃん、どう思うこれ?」
「ど、どうと言われましても……」
「マナー違反じゃないかな?せっかくのお客さんもお茶菓子もほったらかしにしてさ」
「ま、まあ、一般的には?そうなりますかね?一般的には」
必死の私の意見じゃないアピールも虚しくナギサは一瞬だけ書類から目線をあげて私をチラリと見ると小さなため息を吐いた。
「どうかお構いなく。すみませんが、どうしても今日中に処理しなければならない書類がありまして」
「あはは、ムリムリ、そんなテーブルでバンバンやられたら気になって仕方ないよ。ねっ、レイちゃん」
「いえ、私は……」
「えっ?」
「き、気になりますかね……少し」
「ほらほら、レイちゃんもこう言ってるよ?せっかくのケーキが台無しだよ、お茶会の時くらいゆっくりしようよ、ねえねえナギちゃんってばー!」
ミカに両肩を揺さぶられながら器用に書類を処理していくナギサ。張り付けたような笑顔の隅に青筋が浮かんで見えるのは気の所為だろうか、うん、たぶん気の所為じゃないね。ミカ!それ以上ナギサを刺激するのは止めよう!なんか危険な匂いがする!
「ミカさん?そもそもあなたの書類の不備の後始末も含まれているのですが?」
「え〜、それはそれ、これはこれじゃんね。そんなの目の前のケーキをないがしろにしていい理由にならないよ、ねっレイちゃん!」
「えっ……いっ……はい……」
私を巻き込まないで!
「だいたいさー、ナギちゃんは昔から頭固いんだよ。もう少し肩の力抜いたら?ねぇねぇ、レイちゃんもそう思──」
ナギサはハンコを押す手をとめると椅子から立ち上がる。
「へっ、ナギちゃ──」
「少し、静かにしていなさいッ!」
ダンッ!
「むぐぅっ!?」
ナギサの手がテーブルの上にあったロールケーキを鷲掴みにしたかと思うと、煽り散らかしていたミカの口へシュート!超エキサイティンッ!……じゃねんだわ。
顔の半分までロールケーキを突っ込まれたミカが、目を白黒させながら「もごごご!?」とくぐもった悲鳴を上げている。
ロールケーキぶち込むところ生で見ちゃった。わ〜お。などと感動している場合ではない。
肩で息をするナギサが、ゆっくりとこちらに首を向ける。
そして光の灯らない瞳と目が合った。
「……あっ」
「お、お構いなく……」
どうぞどうぞと差し出した手にもなんら反応しないまま、ナギサは机にあったもう一本のロールケーキを握りしめるとなにやらぶつぶつと呟きながらこちらへにじり寄ってくる。
「ティーパーティーのホストたる私が……あのような、粗暴ではしたない振る舞いを……もし他言されればトリニティの品位に関わりますね」
「ひぇ……」
口封じに殺られる!?ロールケーキで!?
ヒュッと耳に届いた風切り音に咄嗟にナギサの腕を掴む。瞬く間にロールケーキが眼前にまで迫っていた。
お、押し込まれる!?
受け止めたはずのロールケーキがそのままじりじりとしかし着実に迫ってきている。
「ちょっ……!な、ナギサ様落ち着いて……」
「落ち着いていますよ、ええ」
などと言いつつミカやツルギの担当だろと叫びたくなるような力技でロールケーキをぶち込もうと迫るナギサ。
な、なにかないのかナギサを正気に戻すなにか……考えろ!考えろ……はっ!そうだ!
「ち、違います! 誤解ですナギサ様!」
「……何が誤解だと言うのですか?」
私は左手で口にケーキを詰まらせて涙目になっているミカを指差した。
「ミカ様は……ミカ様は、激務で倒れそうなナギサ様を休ませるために、わざわざ私に『珍しいお茶請け』を探させて、このお茶会の口実を作っていたんです!!」
「……はい?」
「もごっ!?」
キョトンとするナギサと、ロールケーキを咥えたまま固まるミカをよそに、私は一気にまくしたてる。
「考えてもみてください! 私にオデュッセイア海洋高校まで行かせたり、ハイランダーの限定グミを買わせたり……あんな無茶苦茶なお使い、普通頼みますか!? あれは全て、多忙なナギサ様に少しでも息抜きをしてほしいという、ミカ様なりの不器用な優しさだったんです!」
「ミカさんが……私のために……?」
「そうです! それなのに、口にロールケーキをぶち込むなんて……いくらなんでも、ミカ様が可哀想すぎます!」
どうだ。完璧な論理のすり替え。これなら「粗暴な振る舞いを見た」という事実よりも、「友人の思いやりに気づけなかった」というナギサの罪悪感を刺激できるはず。
ナギサはハッとして、口元のロールケーキをようやく飲み込んだミカを見た。
「ミカさん……あなた、本当に私の体を気遣って……?」
「げほっ、ごほっ! ち、違うよ!? 私はただ、美味しいお菓子が食べたかっただけで……! 」
ミカが慌てて立ち上がり、両手を振って全力で否定する。
「……ミカさん。あなた、耳が真っ赤ですよ?」
「……ッ!?だから、 違うってば! もう、なんなの! お茶会再開! ほら、レイちゃんも座って!」
「アッハイ!喜んで!」
顔を真っ赤にしてそっぽを向くミカ。
それを見たナギサは、小さくため息をつきつつも、どこか嬉しそうに笑みを浮かべた。
「……仕方ありませんね。それでは、少しだけ休ませていただきます」
……助かった?
「そうそうレイちゃん?後で二人でお話しよっか」
……ロールケーキ喰らった方がマシだったかも。
平穏なお茶会の中、ミカが紅茶を啜りながら、ふと思いついたように口を開いた。
「ねえ、ナギちゃん」
「なんでしょうか?」
「ナギちゃんがそんなに忙しくて、人手が足りないならさ……いっそのこと、レイちゃんに手伝ってもらえばいいんじゃない?」
「……レイさんに、ですか?」
「うん。ほら、この子フットワーク軽いし、頼んだことはすぐ持ってきてくれるし。それにほら少しは機転もきくみたいだし、ね」
当てつけのような響きを感じるのは気の所為だろう。たぶん。
「……ですがレイさんは部外者で」
「もぉ〜、本当に頭固いなナギちゃんはさ〜。レイちゃんには雑用してもらってその分の人に大事なことしてもらえばよくない?」
「……なるほど」
ナギサは口元に手を当て、私をじっと観察するように見つめている。以前のような「お祈り」の冷たい視線ではなく、値踏みするような、それでいて少しだけ期待を含んだような視線。
「……そうですね」
ナギサは静かに微笑んだ。
「……レイさん、後ほど少し、お時間をいただけますか?」
「……っ!はい、もちろんです!」